後悔先に立たず
「エフメ様、本当にあのような言葉を仰せになりましたの?」
尋ねるエカテリーナの声音は、ついつい冷たくなった。
今は放課後で、ここはクラスの教室とは別の空き教室である。そこにコルニーリーとユーリ、そしてエカテリーナとフローラ、さらにもう一人、クラスメイトの女子の五人で集まっている。
女子は、学園祭の劇では衣装係の一人だった裁縫上手で、本番ではエカテリーナの頼みに応じて、照明係のユーリのもとへ伝令として向かってくれた子だ。
そして舞踏会で、ユーリのパートナーになるらしい。
そう聞いて、いつの間に!と驚いたエカテリーナである。
もちろん、他に驚く者はクラスに誰一人いなかった。
ヒロインらしく恋愛に鈍い系のフローラさえ、わかっていたようだった。
私、お姉さんなのに……なぜ……。
と、エカテリーナが遠い目をしたことは言うまでもない。
精神年齢ならぬ恋愛年齢というものがあれば、アラサーどころか十歳児、下手をするとゼロ歳児かもしれないことを、今も全く自覚していないのだった。
エカテリーナと向かい合って座るコルニーリーは、しょぼんと縮こまっている。しかし厳しい表情の公爵令嬢を上目遣いに見ている彼は、冷たい声をどことなく喜んでいるようでもあって、なんだか妙な心配をしてしまう。
君、十五歳かそこらの身空で、特殊性癖に目覚めちゃったりしてないだろうね?私はそりゃ悪役令嬢だけど、君を鞭でしばいたりしないからね?
それはともかく、きりきり吐けい。
遊んでいるつもりはないのだが、ついつい時代劇の台詞を思い浮かべてしまうエカテリーナである。
「その、そんな……きつい、言い方、を、した、わけじゃ……する、つもりは、なくて……いやあの、でも、ただ、たたたただその、あの……」
コルニーリーの言葉はぶっちぶちに途切れまくる。目は泳ぎ、額には汗が浮かんでいる。
「お前がどういう言い方したか、僕、なんだか想像できるよ」
ユーリがじとっとコルニーリーを見ながら言った。
今では親友と言っていい間柄の二人だが、仲良くなったのは二学期になってからのこと。一学期は、コルニーリーがたびたびユーリに嫌がらせをして、彼らの仲は最悪だったのだ。
友達の言葉にコルニーリーはますます小さくなり、ユーリはふー……とため息をついた。
「お前もいろいろあったんだろうなって、今は思ってるけどさ……」
コルニーリーは、裕福な子爵家の嫡男だそうだ。
領地は豊かで平和、子爵家といえど下手な伯爵家より富裕だというのだから、恵まれた生まれといえる。
しかしそれだけに、将来すべてにレールが敷かれているようなもの。父も祖父も歩んだ通りのわかりきった道を、決められた通りに歩いてゆくしかない人生というのは、この年頃の男子にとって、生きる意味もないように思える時があるのだろう。
一学期のユーリへの態度も、今にして思えばそういう鬱屈の表れだったわけだ。その後、ユーリの将来のために奔走し彼の人生が拓けたことで、コルニーリーも何かを乗り越えたようだったのだが。
友達のそういう心理をある程度は察していたようで、ユーリは悩ましげな顔だ。
ユーリは決してコルニーリーを責め立てたいわけではなく、むしろ恩返しがしたいらしい。今ここにこの五人が集まったのは、ユーリが御膳立てしたからだ。エカテリーナも、ユーリに頼まれてここにいる。コルニーリーと向かい合って口火を切ったのも、ユーリに視線で懇願されたためである。
なにしろ休み時間の教室でインパクト抜群の暴言を暴露されたことで、クラスの女子がコルニーリーを見る目は揃ってブリザード。これからの学園生活が針のむしろになる予感が、ひしひしとしていたのだ。
これを救えるのは、実質的にクラスのリーダーとなったエカテリーナだけであろう。
が。
エカテリーナは、ふっと嘆息した。
「エフメ様が決して悪い方ではないことは、よく存じ上げておりますわ。レイ様への献身には、わたくし深く感銘を受けました。
ですが……一度口にしてしまった言葉は、取り戻すことができないもの。先ほどの方とのご関係は、わたくしが口出しをして回復できるものとは思えませんの。であれば、クラスの皆様のお気持ちも、如何ともし難いものがありましょう」
その言葉を聞いて、コルニーリーがかくんとうなだれる。ユーリがすがるような顔でエカテリーナを見たが……エカテリーナは、あえて表情を変えなかった。
だって、ねえ。
こういう状況で私が取りなして表面上を繕っても、薄氷の平和にしかならないと思う。
人と人との関係だもの。コルニーリー君が自分でどうにかして、自分で築いていくしかないものだよ。
社畜時代、仕事のためにキーマンを動かしてトップダウンで現場を変えてもらったことは何度もある。でもそれをやったとしても、その後からでも現場に行ってなるべく多くの人と話して直接システムを教えて、気持ちで納得してもらうことは、大切だった。それをやらなくて、システムが現場から総スカンをくらって使われずに風化してしまったことさえ、あったもんです。
「なあ……あの子に謝ってさ、あらためてパートナーになってくれるように頼んでこいよ」
ユーリがコルニーリーに言うが、コルニーリーは力なく首を横に振った。
「あの子、気が強いんだよ。頭も回るし……それで最初に、売り言葉に買い言葉であんな話になったんだ」
そーか、やっぱり言ったんだ。と、エカテリーナは内心でジト目になる。
ま、本気じゃなかったようだけど。
「クラスの皆に睨まれるから謝りに来ただけだと思われたら、余計に嫌われるだけのような気がする」
「お前それ、謝りたくないだけじゃないだろうな」
ユーリの言葉に若干、目が泳ぐコルニーリー。謝っても余計に……というのは本当に思っているのだろうが、謝りたくないのも事実のようだ。
「いやだって別に……待ってれば、パートナーが見つからなかったって向こうから謝りに来るかもしれないし……」
「そのお言葉、本気で仰せですの?」
久しぶりに低い声が出たエカテリーナである。
久しぶりに背景が暗雲と雷鳴だ。
コルニーリーとユーリが、揃ってビビりまくっている。
「でも……心配ですわ」
おずおずとそう言ったのは、衣装係の女子だった。
「わたくし、母から聞いたことがありますの。毎年この時期には悪い殿方が現われて、婚約破棄を目指す方に優しくして期待させたあげくに、何人もの女性に同じことを言ってたぶらかしていたことが解ったり、もう他の方はお相手が決まってどうにもならない時期になってから、パートナーになりたければ……と、その、大切なものを要求するような卑劣なことが起きると……」
「そんなことが?」
フローラが思わずといった様子で声を上げたが、エカテリーナも驚愕だ。
いやでも、あるよね!あり得る話だよね!
「あの方の身にそのようなことが起こったら……取り返しがつきませんわ」
エカテリーナは呟く。
本当に害を受けなかったとしても、貴族令嬢としての評判が地に落ちてしまうだけで、人生に関わるのだから。
エカテリーナはコルニーリーを見る。フローラもユーリも、全員が視線を向けている。
コルニーリーは……その誰とも視線を合わせることなく、うつむいてだらだらと汗を流していた。
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
8歳で前世の記憶を思い出して、乙女ゲームの世界だと気づくプライド第一王女。でも転生したプライドは、攻略対象者の悲劇の元凶で心に消えない傷をがっつり作る極悪非道最//
一迅社アイリスNEOより書籍1~3巻が発売中です。 イラストレーターは八美☆わん先生です。 コミックスは1巻発売しました! コミカライズはゼロサムオンラ//
【書籍版重版!! ありがとうございます!! 双葉社Mノベルスにて凪かすみ様のイラストで発売中】 【双葉社のサイト・がうがうモンスターにて、コミカライズも連載中で//
薬草を取りに出かけたら、後宮の女官狩りに遭いました。 花街で薬師をやっていた猫猫は、そんなわけで雅なる場所で下女などやっている。現状に不満を抱きつつも、奉公が//
頭を石にぶつけた拍子に前世の記憶を取り戻した。私、カタリナ・クラエス公爵令嬢八歳。 高熱にうなされ、王子様の婚約者に決まり、ここが前世でやっていた乙女ゲームの世//
「すまない、ダリヤ。婚約を破棄させてほしい」 結婚前日、目の前の婚約者はそう言った。 前世は会社の激務を我慢し、うつむいたままの過労死。 今世はおとなしくうつむ//
魔力の高さから王太子の婚約者となるも、聖女の出現によりその座を奪われることを恐れたラシェル。 聖女に対し悪逆非道な行いをしたとして、婚約破棄され修道院行きとなる//
◇◆◇ビーズログ文庫様から1〜4巻、ビーズログコミックス様からコミカライズ1~3巻が好評発売中です(オーディオドラマにもなりました)。よろしくお願いします。(※//
大学へ向かう途中、突然地面が光り中学の同級生と共に異世界へ召喚されてしまった瑠璃。 国に繁栄をもたらす巫女姫を召喚したつもりが、巻き込まれたそうな。 幸い衣食住//
2023年、アニメ化決定。 書籍版:1~11巻発売中。 コミックス:1~5巻発売中・WEBにてコミカライズ連載中! 舞台版DVD「ティアムーン帝国物語 THE//
王太子から冤罪→婚約破棄→処刑のコンボを決められ、死んだ――と思いきや、なぜか六年前に時間が巻き戻り、王太子と婚約する直前の十歳に戻ってしまったジル。 六年後の//
二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//
【10/12 コミックス7巻発売! ノベル7巻 & ノベルZERO1巻発売中。どうぞよろしくお願いします】 騎士家の娘として騎士を目指していたフィーアは、死にか//
前世の記憶を持ったまま生まれ変わった先は、乙女ゲームの世界の王女様。 え、ヒロインのライバル役?冗談じゃない。あんな残念過ぎる人達に恋するつもりは、毛頭無い!//
貧乏貴族のヴィオラに突然名門貴族のフィサリス公爵家から縁談が舞い込んだ。平凡令嬢と美形公爵。何もかもが釣り合わないと首をかしげていたのだが、そこには公爵様自身の//
※アリアンローズから書籍版 1~8巻、コミックス1〜5巻が現在発売中。 ※オトモブックスで書籍付ドラマCDも発売中です! ユリア・フォン・ファンディッド。 ひ//
エレイン・ラナ・ノリス公爵令嬢は、防衛大臣を務める父を持ち、隣国アルフォードの姫を母に持つ、この国の貴族令嬢の中でも頂点に立つ令嬢である。 しかし、そんな両//
【9/7 ノベル4巻&コミックス1巻、同時発売! どうぞよろしくお願いします】 「ひゃああああ!」奇声と共に、私は突然思い出した。この世界は、前世でプレイしてい//
それは待ちに待った15歳のデビュタントの日の事。 他の女性に跪き、愛を乞う自分の婚約者を目撃してしまった子爵令嬢、マーシャリィ・グレイシス。 まさかの浮気現場に//
本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//
公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//
悪役令嬢にずっとなりたいと思っていたが、まさか本当になってしまうとは……。 現実に直面すればするほど強くなる悪女になる夢を持った少女のお話。 主人公の悪女の基//
異母妹への嫉妬に狂い罪を犯した令嬢ヴィオレットは、牢の中でその罪を心から悔いていた。しかし気が付くと、自らが狂った日──妹と出会ったその日へと時が巻き戻っていた//
婚約破棄のショックで前世の記憶を思い出したアイリーン。 ここって前世の乙女ゲームの世界ですわよね? ならわたくしは、ヒロインと魔王の戦いに巻き込まれてナレ死予//
★6/25 『とんでもスキルで異世界放浪メシ 12 鶏のから揚げ×大いなる古竜』発売!★ ❖❖❖オーバーラップノベルス様より書籍11巻まで発売中! 本編コミック//
【マッグガーデン・ノベルズ様より書籍3巻発売中】 !!!こちらはWEB版です!!! お話自体が大きく異なります【コミックの原作はこちらではなく書籍です】 本//
6/25コミカライズ3巻発売です! 「リーシェ! 僕は貴様との婚約を破棄する!!!」 「はい、分かりました」 「えっ」 公爵令嬢リーシェは、夜会の場をさっさ//