とある青年ハンターと『 』少女のお話   作:Senritsu

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第13話 転:朱色を霜に浸して

 

 意識が一瞬にして焼き切れた。

 火花のような光と、明滅する赤で目の前が埋め尽くされる。

 

 手足があらぬ方向へと揉みくちゃにされ、胴は拉げた。

 それは防具の隙間から入り込み、皮膚をずたずたに切り裂いた。

 

 だが、それよりも。

 衝撃で僅かに開いてしまった口から内へと侵入した、風が。

 暴れ狂う。

 

 

「────」

 

 

 口内が、喉が、肺が風の刃に蹂躙されていく。

 悲鳴すら上げることも叶わず、代わりに吐き出されたのは、血潮のように思われた。

 

 方向感覚が一切分からなくなり、ただ感じられるのは浮遊感。自らが打ち飛ばされているという感覚のみ。

 

 そうなるだろうと覚悟はして飛び込んだ。僅かながらも身構えた。

 それでも尚、言い切れる。

 

 

 これは、己がこの身で受けた吐息(ブレス)で最も凶悪なものだ。

 

 

 ああ、それでも。

 あらゆる音が風に上塗りされたはずなのに、聞こえたその声が。

 

「────え?」

 

 

 自らの選択に何かの意味を与えた、ような。

 

 

 衝撃。

 

 

 

 

 

 

 

 僕がその場から身を動かせたのは、地に転がってから十秒近く経ってからだったかのように思う。自らの意識が途切れていなかった自信がないので、どうかは分からない。

 耳鳴りが酷く、全ての音が遠ざかってしまったかのようだ。脳震盪でも起こしているのか、平衡感覚も定まらない。

 しかし、身体は起こさなければ。──手足はまだ使えるだろうか。

 

 震える手で頭を地面から引きはがし、足を折り曲げ、四つん這いになった。よし、よし。まだ動く。

 だが遅い。身体の勝手が聞かない。はやく立ち上がらなければならないのに。

 

「ぉ、ごぼッ」

 

 唐突にこみ上げてきたものを地面にぶちまければ、それは鮮やかな赤色だった。

 よく見れば、防具の隙間からもぼたぼたと赤い液体が流れ落ちている。それらは雪と土の入り混じった地面を朱色に染め上げた。

 しかし、そんなことはどうでもいい。今は、いい。

 

 立ち上がれ。立ち上がる。目を開け。目の前を見る。

 

 滲んで定まらない視界。しかしその眼は、なにかちいさいものが巨大なものに打ち飛ばされているのを捉えた。

 見間違えようもない。テハと、クシャルダオラだ。

 

 恐らくクシャルダオラの前足で蹴り飛ばされたのだろうテハは、よろめきながらも僕と違ってすぐに立ち上がる。

 それを見て、よかった、と。すぐに立ち上がれたということは、受け身を取れたということ。そして受け身を取れたということは、この状況に対処しようとする意思があるということだ。

 

 クシャルダオラはそれに追いすがろうとしたのだろうが、僕が立ち上がっていることに気付いたらしい。標的を切り替えて僕に向かって突進してきた。

 疾い。風の力を使って若干身体を浮かせているのか、その巨体に見合わぬ軽い足取りであっという間に近づいてくる。

 足に力は入らず、跳べない。走ろうとして数歩歩を進めたところで足がもつれて転んだ。しかし、それが逆に功を奏したらしい。僕を蹴散らそうとしたクシャルダオラの脚が空振りして通り過ぎていく。

 

 無論、これでやつが隙を与えるはずがない。さっき使ったものと同じ矢を矢筒から取り出して、それを杖にして立ち上がろうとしたところで、僕の辺りに影が落ちた。

 咄嗟に振り返って矢を楯にした直後、こちらを踏み潰さんとするかの龍の前足が矢の腹にぶつかった。

 

「う、ぐッ……!」

 

 踏み込まれる。全力でそれに耐える。ぎしぎしと矢が軋んだ。

 身体が悲鳴を上げている。身体に刻まれた切り傷が、破損した防具の隙間から入り込む風に触れて、傷口に針の束を刺されたかのような痛みを生み出す。肺と喉は焼け付くように熱く、呼吸がままならない。ひっきりなしに襲い掛かる尋常でない痛覚に、脳が溶け落ちそうだ。

 拮抗などできるはずもない。あっさりと押し込まれ、膝と腰が歪む。このままでは押し倒される。

 離脱しなくては。そう思って後ろを振り向くと、そこにテハの姿が映った。こちらに向かって駆けながら、あるものをポーチから取り出して投げようとしている──

 

「だめだッ!!」

 

 僕は今出せるあらん限りの声でそれを止めた。ひゅう、とまるで喘息のような呼気が混じる。

 

「ぞれ、は……ゴホッ……それは、まだ、づがうな……!」

 

 そう叫ぶのと、身体の方に限界が来たのは同時だった。がくんと膝が折れる。

 それと同時に、残っていた力を振り絞って、上方に掲げていた矢を振り下ろすかたちで破棄する。

 そして、かの龍が生み出す風にあえて飛ばされることで、何とか踏み潰されずにそこから転がり出た。

 

 クシャルダオラは尚も僕に向けて追撃を仕掛けようとしたが、そこにいくつもの黒い短剣が飛来する。やつはそれをきっと睨み付け、それと共に短剣が風の壁に飲み込まれていく。

 テハの機転に助けられた。どうやらやつはテハの生成する砂鉄の剣への対処を優先させるらしい。その間に脚を叱咤しよたよたと走る。

 走りながらポーチを弄り、回復薬と活力剤の瓶が割れていないことに安堵してそれらを一気に飲み干した。これで少なくとも口内と喉の傷はある程度塞がる。この尋常でない息苦しさを生んでいる肺の傷は……今は、耐えろ。

 

 砂鉄の剣を次々精製しては放つテハと目が合う。僕は左手方向を指差した。森の奥地へと続く方向。補助がいるというハンドサインも送る。

 テハはそれを見て、小さく頷いた。そして剣の生成を止めて、僕に向かって走り出す。合流するつもりか。その理由を考えて、はっとした僕はその歩をできる限り早めていく。

 

 背後からも風の音と大きい足音が聞こえてくる。かの龍が走ってきている。まともに走れない僕とやつとの間に鬼ごっこなど成立するはずもなく、一気に距離が迫ってきているのを肌で感じ取れる。

 

 しかしそれでも、テハの方が早かった。

 半ばぶつかるようにして僕に抱き着いたテハは、僕の背中側の方を見て、その身を強張らせる。

 すぐ近くにいるであろうかの龍に対する恐れか、と思ったが、違う。これは、力を溜めているときの仕草だ。

 クシャルダオラにとっては好機に見えるのだろう。そして、さっきテハの磁力によって離脱させられたことも覚えているはず。風の鎧の独特な音が一瞬だけ止んだ。僅かに距離を取ってからの、吐息(ブレス)

 テハが僕を抱いたまま、ぐらり、と翻って右手方向によろめいた。

 

 それを見逃すはずがない。クシャルダオラはよろめいた先を塞ぐようにブレスを放った。

 しかし、それこそが見せかけである。

 

 クシャルダオラがブレスを放った直後、僕とテハは左の方へ数歩進む。

 初歩的なフェイント。まだ見せていなかった手札をここで切っていく。

 

 至近距離で風の砲弾が炸裂した。地面に向けて鋭角に放った場合はその場で炸裂するらしい。雪が一瞬で掻き消され、土も吹き飛ばされ、固い地面を穿つ。その流れ風が僕たちに襲い掛かる──。

 テハがクシャルダオラに向けて手を翳し、振るう。すると、テハの身体が急な加速力を得て、それに僕が抱えられ、僕たちはクシャルダオラから見て左斜め後ろの方向へと弾き出される。

 そして、テハの背中を押すように、炸裂した風圧が加えられた。決して生ぬるい加えられ方ではなかったが、もとよりそれを利用するつもりだったらしい。

 

 またも二人の身体が宙を舞う。その速さ、先ほど風の砲弾が直撃したときに匹敵するのではないか。二転三転する視界に、胃の中のものがせりあがってきそうになり、それを堪える。回復薬を飲んでいなければ吐いたが、まだそれを吐き出すわけにはいかない。

 まだ倒されていない木々の隙間を縫う。その太い幹にぶつかるのではないかとひやりとしたが、運が良かったのか、そうなるようにテハが配慮したのか、すれすれながらも僕たちは地上に着地した。

 二人で抱き合ったままに雪上をごろごろと転がる。雪が緩衝材となっていてもその衝撃は大きく、僕はまたしばらく立ち上がれなかった。──が、そんな僕をテハが抱き起す。

 

「クシャルダオラが森へ入って追いかけてきています」

 

「はぁ、はぁ、ゴホ……そりゃ、めんどうな、こったな」

 

「走れますか」

 

「あぁ……コホッ……まだ、なんとか」

 

 そんな問答の直後に聞こえた、風の音。木々の隙間に絡まって異質な音色を奏でている。振り返ってみれば、その白銀の巨体が見えた。ばきばきと悲痛な音を立てて倒れ行く木の幹も。

 

「肩を貸します」

 

「だす、かる」

 

 テハが僕の腕の下に潜り込み、身体を支える。そして森の奥地へ。背後の存在を撒くためにはそうする他ない。

 

 走りながら、テハに支えられている腕を見ると、血塗れになっていた。見れば、テハの首元がずたずたに切り裂かれている。ユクモ装備で保護されていない部位だ。

 あのときか。至近距離で炸裂した風の砲弾を受けたとき、テハは一身にそれを受けていた。

 そうとう無茶なやり口だったことが察せられる。テハのあの割り込むような動きは、あの風の刃をその身で受けるためか。

 

 唇を嚙んだ。しかし、言い訳も弱音も吐けない。その選択をしたのは僕自身だ。

 木々が風の渦に飲み込まれていく音が聞こえる。無様でもいい。走れ。そして反撃の徴を見出すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ、はぁ……はぁ、はー……」

 

 なだらかな地に突如として現れる急な斜面。そこから覗いた岩の陰にひとまず隠れこんだ。

 追いかけてくるクシャルダオラの気配はそれよりも前になくなっていたが、念のために進めるだけ進んで距離を稼ぎ、急襲されても少しは持ちこたえられそうな場所を探したのだ。

 なるべく見つけられないように工夫したが、次々と零れ落ちていく血だけはどうにもならなかった。血痕を消す余裕がなかった。

 日はだいぶ傾き始めている。それなりの時間走り続けていたらしい。

 

 座り込む。身体の方がもう限界だと訴えかけてきている。

 血が失われ過ぎたのか、頭の鈍痛が前よりも低くなっている。心臓は足りない血と空気を身体に行き渡らせるべく早鐘を打ち続けている。大方の傷は自然と止血したが、体は未だ熱っぽく、しかし指先は凍り付いてしまいそうなほどに冷たい。

 そして、未だに血痰を吐き続けている原因の肺が最も深刻だった。

 いつものように息を吸えないというのは、その状態で走るというのはここまで苦しいものなのか。途中で何度も意識が飛びかけたが、その度にテハが僕を半ば背負うように支えてくれた。それがなければ僕はとうにクシャルダオラに追いつかれて死んでいただろう。

 

「テハ……見張り、頼めるか。すまん」

 

「了承しました」

 

 息も絶え絶えにテハに指示を出す。テハはまだ余裕が感じられそうに見えるが、彼女は体力が限界になるまであの調子で、あるとき一気に消耗が表に出る性質だ。気を抜いてはいけない。

 深呼吸をする。ひょっとしたら数秒もしないうちに待ち伏せしていたかの龍が現れるかもしれない。しかし、そうなったときはそうなったときだ。そのときに少しでも遠くへ走りたいならば、或いは戦うなら、回復する時間を一秒でも長く伸ばせ。

 

 ポーチから取り出したのは握り拳程度の大きさの巾着袋。口はぎゅっと閉じられている。それを解き、袋の口を自らの口にあてがう。

 

「すー……ふー……すー……ふー……」

 

 中に入っているのは、白い粉。それをむせてしまわない程度に吸引して、喉の奥、気管支から肺に入れてしまってから鼻で息を吐く。それを何度も繰り返す。

 しばらくそれを続けていると、何となく、今までの苦しさが和らぎ、息がしやすくなった気がした。実際にそうなのだろう。これは、火竜の吐息に肺を焼かれたときも有効な手なのだから。

 

 生命の粉塵。不死虫と竜の牙、竜の爪を調合して粉末状にしたもの。吸引するタイプの回復薬だ。呼吸器へのダメージに対し特に効果が見込める。

 

 ただ、これの効果を最大限に発揮するためには、今のように外に粉塵が漏れないようにゆっくりと吸引し、しばらく息を止めて粉塵が付着するまで待つ必要がある。狩猟中など激しい動きが溶融される場面で使ってもあまり役に立たないのだ。かえって焦って多量に吸い込み、むせて隙を晒してしまう可能性がある。

 だから、逃げている間はこれを使えなかった。何度途中で足を止めてこれを使おうと思ったことか。

 

 巾着袋がやや軽くなってきたところで吸引をやめた。そして今度は防具を脱ぐ。止血したとはいえ、傷の様子を確認しなくてはいけない。少なくとも包帯くらいは巻かなくては。

 いま襲ってくるなよ。そう願いながら拉げた胴の防具を脱ぐと、むっとする血の匂いと共に、真っ赤なインナーが姿を現した。冷たい空気が直接傷に触れて鋭い痛みを発し、思わず呻く。布切れで血を拭い、外傷用の回復薬を塗っていく。

 回復薬の消費が激しい。もうポーチは半分以上空になってしまった。しかし、出し惜しみをするわけにもいかないだろう、と焦る気持ちを宥める。

 

 あらかた包帯を巻き終わるまでに数分かかった。それなりに息も整ってきた。ただ、肋骨の罅、右足首の捻挫、各所の打撲はどうにか誤魔化していくしかないか。その辺りに構っている時間はなさそうだ。

 岩陰の前で周囲の状況を伺っていたテハのところまで近づき、声を抑えて話しかける。

 

「あの龍何処に行ったんだ? 僕たちに休憩させる暇なんて与えないと思ってたんだが」

 

「ペイントボールをぶつけていないため正確ではありませんが、木を倒しながらの追跡は止めたものと推測されます」

 

「そうか……本格的に見失ったか、やつ自身も傷の回復を図るためにゆっくり追ってきてるのか」

 

 恐らく後者だろう。さっきの戦いで疲れたという考えもなくはないが、それは希望的観測が過ぎる。そして、見失うには僕たちは痕跡を残し過ぎていた。

 僕たちの損傷が自らよりも軽いことに気付いているな。消耗戦に近いことを狙っているのかもしれない。僕たちが逃げる可能性は、もとより考慮していなさそうだ。

 

「テハ、お前の首元の怪我の手当て、やっていいか」

 

「構いませんが、既に止血は行われています」

 

「今のうちにやっておいた方がいい。ポーチに外傷用の薬入ってるだろ。それ出して、襟を緩めてくれ」

 

「了承しました」

 

 テハは僕の指示通りに彼女のポーチから瓶入りの回復薬を取り出し、傷だらけのユクモ装備の首元を緩めた。

 彼女のインナーも真っ赤になってしまっていた。黒い鱗が露出している部分はそれ自身の硬さで切り裂かれていなかったが、それでも傷は多い。

 鱗が干渉するため包帯は巻けない。手当てはすぐに終わった。

 

「アトラ、傷の具合はどうですか」

 

「大分ましになった。万全とは程遠いが、さっきよりはまともに動けるはずだ」

 

「そう、ですか」

 

「ああ、じゃあこれからの方針なんだけどな──」

 

「アトラ」

 

 僕の言葉を遮って僕の名前を呼んだテハは、振り返って、深緑の瞳を真っすぐに僕へと向けて、言った。

 

「何故、本機を防護したのですか」

 

 相変わらずの無表情。しかし、彼女がその問いをとても真剣に投げかけてきているのは伝わった。

 僕は少しだけ苦笑し、そしてまたすぐに真面目な顔に戻る。その質問が来るのは分かっていたから。

 

「その質問の答えとして、逆に問おうか。

 

 ──テハ、もう大丈夫か」

 

 今のテハなら、この言葉の意味は汲み取れるだろう。

 テハはしばらく、十秒ほどかかって、ようやく答えた。

 

「……はい。本機は、大丈夫です。そのためにアトラが怪我を負ったことを謝罪します」

 

 まるで自分にも言い聞かせているような答え方だった。ただ、目を逸らしはしなかった。今まで彼女が目を逸らしたことなんか一度もなかったけどな。

 そしてその答えに、僕は笑う。

 

「構わないさ。これ、元を辿れば僕の責任だしな」

 

 ──砂原近くの村でのこと。夜空と大砂漠を見ながらテハが告げたこと。

 あのときから今まで、僕はテハに()()()()を示していない。

 

 クシャルダオラの目の前でテハが硬直してしまったのは、これに起因している。そんな確信めいた予感があった。

 だから元を辿れば僕の責任だと言ったのだが……テハには伝わらなかったようだ。

 

 僕はまた苦笑して誤魔化した。要は、気にしないでくれ、という気持ちがテハに伝わればいいのだから。

 

 

 

 ──僕の答えか。あのときは、示していないというよりも、示せなかったのだが。

 

 クシャルダオラの正面で立ち尽くすテハの姿が思い出される。

 

 

 

 今なら、とふと思った。

 感覚的なものが、言語という形を持つ。

 

 それは確実に手放してはいけないものなのだろうが、今はそれについて考え込むわけにはいかない。

 

 

 

 ひょっとすると、このクシャルダオラとの戦いで僕も何らかの変化を強いられているのかもしれないな。

 そして、それをテハにしっかりと伝えるためには、やはり、あの龍を倒すしかないのだ。戦いを挑んで、勝って、掴み取るしかない。

 

「まあ、それは置いといてだ。あの場でテハが離脱したらあの龍にはまず勝てないだろ。生き残るためには仲間を見捨てなきゃいけないこともあるが、今回は一人になることが死に直結する。だから、テハがもう大丈夫だって言えた時点で、庇った意味があったし、それが理由だ」

 

「…………」

 

 テハは目を伏せた。はぐらかされたことが気になっているのか、それとも別の理由か。

 

 ──『勝てない』と分かっている相手に再び立ち向かおうとしている僕を見かねているのか。

 

 そうだとしても、それを咎めたりはしない。実際その通りだろうしな。

 それがテハではないハンターだったとして、似たようなことになっていたなら、咎めるなり励ますなりしただろう。

 ただ、テハに限っては、勝てる見込みとか、戦況だとかが彼女自身のパフォーマンスに寄与しない。戦うときには戦う、それだけだ。そして力及ばなかったならそこまで。とてもテハらしいと僕は思う。

 そこに人間という僕が混じっていることが、彼女の迷いに繋がっているのかもしれない。

 

 ──ほんとに、気にしなくてもいいんだがな。

 

「話が済んだなら話し合いに移るぞ。いつやつが来るか分からない」

 

 そう言いながら、地面に落ちていた枝を拾ってこの辺りの地図を描いていく。ここに来たのは数日前から。吹雪でまともな探索はできなかったものの、この辺り一帯の地形くらいは把握している。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ここにいても、状況は悪くなる一方だ。引きこもってたら一方的に強襲されることだってあり得る。その可能性、あるだろ?」

 

「はい。あのクシャルダオラは自分より離れた地点に竜巻を発生させる能力を持っています。時間はかかりますが、視界が届いている限りは遠方からでも可能です」

 

「やっぱりな。僕が初っ端にやられたあれだろ。正直、あれはどうしようもない。僕たちがそれに怯えずに形成を立て直すには、何としても一度やつを振り切る必要がある。それと同時に成さないといけないのは……」

 

「ベースキャンプへの一時退避ですか」

 

「そうだ。正直このまま戦い続けるには、矢や砥石はともかくとして回復薬が足りない。ポーチに入りきらずに置いてきた道具も多い。

 あいつの攻撃手段は大体知れた。傷を与える方法も分かった。だが、こっちから補給を断ったらまず押し負ける。ベースキャンプに戻ることを忘れちゃいけない」

 

 地図を書くために下を向いていた顔を上げて、テハを見て言う。

 

「それでいいか?」

 

「……構いません。現状、それが最も本機とアトラの生存確率が高い手法です」

 

 そのテハの言葉に、思わず笑みが零れてしまった。

 生存確率が高い、か。テハらしい言い方だ。そして、それがテハの口から出たことが嬉しい。

 

「ああ。それなら安心だ。……全力で挑める。

 じゃあ、そのための道筋を決めていこうか────」

 


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