とある青年ハンターと『 』少女のお話   作:Senritsu

10 / 20
第10話 繋:龍に等しく在れ(イコール・ドラゴン・ウェポン)と願われて

 

 しん、と静まりかえった空間だった。

 

 やや白みを帯びた煉瓦色の石でできた床、壁、天井。つまり石室だ。日の光を取り入れるための窓はなく、隙間も埋まられているので明かりをつけなければ真っ暗になる。

 その空間そのものは天井こそ低いもののそれなりに広い。が、そこには本棚が所狭しと敷き詰められており、窮屈さを感じさせた。

 本棚はほぼ例外なく巻物やら本でいっぱいになっている。それらがここで発される音、または外から響いてくる音を吸収して、この静謐は保たれていた。

 

 つまるところ、今僕がいるのは書庫の中──砂原地方のとある村で偶然見つかった、過去の古龍観測所の資料室である。

 

「…………」

 

 机の上に置かれたランプはそれなりに新しいか質の良いものらしく、ちらついたりすることなくぼうっとした明かりを供し続けている。

 僕はその明かりをもとに、石壁の傍の小さな椅子に座ってある本を読んでいた。

 ぱらり、ぱらりと本の頁を捲る音と、自身のかすかな息遣いの音くらいしか聞こえない。

 その他に感じるのは──視線。それもそのはず、この一年弱の間、僕と一緒に旅をしてきたテハが、本を読んでいる僕をじっと見ているからだ。彼女は特に何もするまででもなく、幾つものレンズを重ね合わせたかのような深緑の瞳……人のそれとは組成の異なる光を宿した眼を僕とこの本へと向けている。

 

 しかし、僕はそんな彼女の視線に応えることなく、一心不乱に目の前の文章を追いかけていた。

 

 ──この本はテハに渡された。僕たちが探していたものは恐らくこれだろう、と僕の目を真っすぐ見ながら言われた。自分は必要なところをもう読んだ、とも。

 今、テハが僕を見ているのは僕の反応を確かめたいからかもしれないし、ただ単にすることがないからかもしれない。視線から思想を読み取ることはできず、それが彼女らしい。

 

 テハから渡されたその本は相当に古いものだった。所々傷んでいて、皺と黄ばみが目立ち始めている。さらに、古いだけあって今では使われていない言葉や文法が多く用いられていて、読むのにすら時間がかかってしまっていた。

 それでも、僕は黙々とその本を読み進めていた。分からない言葉があっても大まかに内容は読み取れる。今は一通り読み切ってしまいたかった。

 

 ぱらり、ぱらり。頁を捲るその音は数百回を数えたか。

 

 時間などとうに意識に彼方に追いやってしまっていて、窓もないため今が何時かもわからない。そう言えば、テハが一度ランプに燃料を注いでいた。かなりの時間が経っていたことが、それだけで察せられる。

 

 僕がぱたんと本を閉じたのを待っていたかのように、テハが僕を見た。瞳にランプの光が反射し、まるで自ら光を放っているかのようだ。

 モンスターに睨まれたときのような威圧感はなく、人に見られたきのような気まずさもない。目を合わせるのに抵抗がほとんどないというのも不思議なものだ。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、僕はぽつりとある言葉を零した。

 

 

「……イコール・ドラゴン・ウェポン……」

 

 

 古代の言葉で、『()()()()()()()

 

 

「お前の正しい名前は、こっちの方だったんだな」

 

 続けた言葉に、テハは淀みない口調で即答する。

 

「はい。本機の正式名称は『第二世代イコール・ドラゴン・ウェポン零一号』です」

 

 まるで自分自身をそう定義づけて宣言しているかのような、そんな返答。

 いつも通りと言えばいつも通りの返し方だが……今はそんな風に思ってしまった。

 

「この本を読んで思い出したのか?」

 

「肯定します。本機は本機の通称である『竜機兵201号』を正式名称であると誤認していました」

 

「ああ、そう言えばお前に初めて名前を聞いたとき、番号は201番だとか言ってたっけか……」

 

 僕はしみじみと呟いた。今の話を聞く限りでは、あのときのテハは自分の正しい名前すら思い出せない……いや、自分の別名を正しい名前と勘違いしてしまうような状況だったわけか。僕が考えていたよりも、彼女の記憶はかなりあやふやだったようだ。

 

「201番ってのは、第二世代の一号機ってことだったんだな。ってことは、第一世代もいたってことか」

 

「肯定します。第一世代はドラゴンの力を持たず、また本体と制御部が同化しており本機のように制御部のみの分離が不可能です。機体の耐久性も第二世代より低く設計されています」

 

「第二世代強いな……完全上位互換じゃないか」

 

「単体の性能面についてはその通りです。しかし、第二世代は第一世代に比べて量産が不可能という欠点がありました。第二世代の一号機である本機の開発後も第一世代の生産は続けられていました」

 

 なるほどな。道理だ。強力な兵器は開発するのにも、生産するのにも大きなコストと時間がかかる。結果的に大量生産が可能な下位互換品に総合力で劣ってしまうのはよくあることだ。

 イコール・ドラゴン・ウェポンという名前から推測すると、当時の人々が創りたかったのはドラゴン、今でいう古龍種に匹敵する力を持つ兵器だったのだろう。

 その点においては、テハはよりその目的に近いような印象を覚える。いや、当時の人々がそれを目標にしてテハを造り出したなら当たり前のことか。翻せば、()()()()()()()()()()()()のだ。

 古龍種により近づけるために古龍の力を使えるようにしたし、耐久力も第一世代より上昇させた。巨大な本体とテハのような制御部が分かれるようになっていたのは……なんでなんだろうな。これはよく分からない。

 

 テハが古龍種と戦うべくして造り出されたのは既に知っている。タンジアで教えてもらった。

 

 龍に等しい兵器を目指して開発されるも、恐らく竜種と渡り合える程度で古龍種には敵わなかった第一世代。

 古龍種と互角以上に戦うために、量産できないという欠点を抱え込みつつも造り出された第二世代。

 

 テハの正式名『第二世代イコール・ドラゴン・ウェポン零一号』は、そのことを知っている人にとってはこの上なく分かりやすい識別名だったのだろう。

 

 そんなことを考えていて、僕はテハが未だ僕を見つめ続けていることに気付いた。相変わらず表情らしきものはないが、彼女が何かを言いたそうにしていることは何となく伝わった。

 閉じたまま手に持っていた本を机に置きながら、僕は何でもない風を装って話す。

 

「どうした? 何か言いたいことがあるなら──」

 

「アトラは、他に聞きたいことがあるのではないのですか」

 

 彼女が僕の言葉を遮ったのは、これが初めてのことで。そしてそれが僕の言ったことをそのまま返すような内容で、僕は口を噤んでしまった。

 とうとう言葉の裏を読むようにまでなったか。それが人間らしいかは別として、少しづつだが着実に変わっていくな。こいつは。

 正直に言うと、図星だ。返す言葉もない。この本は確かに僕とテハが探し求めていたもので、たったこれだけのやり取りで補完できてしまうほどに薄っぺらい内容ではなかった。当時の記憶のある彼女に尋ねたいことは山ほどあった──が。

 

「んー。それもそうなんだけどな。とりあえずここから出ようぜ。こんなところにずっといたら気が滅入っちまうよ」

 

 そう言って僕はテハに笑いかけた。テハの問いに否定はしない。外に出ようと提案したのは単なる気分の問題だ。

 ──周りを本棚に囲まれ、小さな机だけが石の壁に寄り添っているような閉塞感のある場所では話したくなかった。それだけだ。

 

「……分かりました」

 

 少しの間をおいて、テハは立ち上がった。そして僕がさっきまで読んでいた本を手に取って、元の場所へと戻しに行く。

 僕も立ち上がって懐から鍵を取り出した。ここは普段人が入れないように施錠されているらしく、出入りには鍵が必要だった。

 さて、懐中時計はあえて見ずに外に出てみよう。一体何時になっていることやら。

 

 

 

 外に出ると、満天の星空が僕たちを迎えていた。僕たちがあの資料室に入ったのはまだ日も登りきらない早朝だったので、一日近くあの資料室にいたことになる。

 今日は新月なので月は見えない。おかげでいつも以上に外は暗くなっている。夜目が効くようになるまでは光源が手放せなさそうだ。

 資料室の備品であるランプは置いてきているので、ポーチから雷光虫ランタンを取り出して明かりをつける。火を用いるランプの橙色とは違う、緑色の光がランタンに灯った。

 

 鍵を管理人──この集落の長らしい──に返しに行こうと思ったが、民家の明かりもほとんど消えている。人々は寝静まってしまったらしい。

 僕たちが寝泊まりしていた宿の主人も眠っているだろうから、宿に帰るのも億劫だ。そのまま不審者だが、夜が明けるまで外にいて、それから鍵を返しに行った方が良さそうだ。

 

「確か、ここからそう遠くない場所に展望台があったよな。そこに行ってみるか」

 

「はい」

 

 そんなやりとりを経て、僕たちは集落の外れにある展望台へ向けて歩き出した。

 

 砂原地方は太陽が照り付ける昼にはかなり暑くなるが、夜になるとそれが一転してぐっと冷え込む。大地に保温機能がないためらしいが、火山地方とはまた別の意味で過酷な環境だ。

 さらにこの地域特有の砂嵐が重なると、外に出ることすら叶わなくなるらしい。しかし、幸運なことに今の天候はかなり落ち着いていて、夜であることも相成ってひんやりとした澄んだ空気が広がっている。

 そんな中を、僕とテハは二人で歩いていた。こんな時間に出歩いている人などまずいないだろう。展望台へと続く道を、二人だけが歩んでいる。

 

「こんな夜中に出歩いてると、ユクモ村にいた頃を思い出すな」

 

「はい。状況が類似しています。丁度この時間帯にアトラにユクモ村を案内されました」

 

「ははっ、やっぱり覚えてたか。しかもあのときも村の外れの方を歩いてただけだったしな」

 

「ユクモ村とタンジアだけは、この時間でも人々が起きて集っている場所がありました」

 

「今まで立ち寄ったとこだとそれくらいか。その他にも火の国とかロックラックなんかがある。特殊なのだとバルバレってのがあるんだが、あれは大掛かりなキャラバンみたいなもんでな……」

 

 道中は思い出話のような、他愛ないやりとりが繰り広げられた。上滑りのしていない会話は穏やかな雰囲気を伴って、それらは逆にこれから二人の間で話すことの重さを実感させた。

 それが僕にとってはありがたかった。テハはそんなことを意識していないだろうが、気まずい雰囲気でこれからのことを話し合いたくはなかった。気まずさは浅慮を誘う。この他愛ないやりとりがしっかり向き合うための余裕を保ってくれる。

 

 いつの間にか会話が途切れ、二人の間に沈黙が下りても、その穏やかさは変わらなかった。

 僕はテハが言っていたことについて考えていたし、テハはテハで僕が考え事をしているのを察しているような、あるいは彼女も考え事があったのかもしれない。

 結局、それから展望台に着くまで互いに言葉を交わすことはなかった。

 

 

 

「おぉ、かなり見晴らしがいいな。展望台になるだけのことはある」

 

「この規模の星空は……旅の間でも見たことがありません」

 

 長い上り坂を上り、辿り着いたそこで空を見上げる。遮るものがほとんどないそこは、見渡す限りいっぱいの星空が広がっていた。雲のない晴れ渡った空に無数の小さな光が瞬いている。

 旅の間よく空を見上げていたテハがそう言うということは、本当になかなかお目にかかれるものではないのだろう。月があると光の弱い星は消えてしまうのだが、今日はその月の見えない新月だ。いつもは見えなかった星々も、今ははっきりと見ることができる。

 とある小説で読んだ、真っ黒なキャンバスに細かく砕いた宝石を撒いていった様とはよく言ったものだな。他にもいろいろと詩的な表現はあるが、そのどれもが当てはまりそうだ。

 

 展望台は丘の頂上の開けた場所にベンチと柵が置かれているだけの簡素なものだ。柵の向こう側、僕たちが登ってきた方の反対側は急な斜面になっている。

 夜目はもう十分に効くだろう。雷光虫ランプを消すと、いよいよ僕たちのもとにあるのは星明りのみとなった。

 テハは柵に手をかけて、僕はベンチへと腰を下ろした。呟きは聞こえないが、会話はできる程度の距離感。

 

 ややあって、このまま黙っていればテハの方から話し出したのだろうが、僕が先に口を開いた。

 

「……さっきの本を読んで、お前に尋ねたいことは幾つもある。だけどな、それらを全部話してたらこんな夜、あっという間に終わる。だから、一番気になってることだけ尋ねたい」

 

「はい」

 

「……あの本を読んで、お前は失ってた記憶をどこまで取り戻せた?」

 

 この旅でテハが取り戻した記憶──テハはときに記録という言い方をする──は数多くあった。古代文字、植物、相対したモンスターの弱点、電磁力の応用方法など、挙げていけばかなりの数になる。しかし、それらは断片的なもので完全とは程遠かった。

 テハは目を瞑って、自らの記憶を探ったのだろう、少し経ってから目を開いて言った。

 

「……欠損した記憶はほぼ取り戻しました。割合で表せば八割を上回ります」

 

八割か。全てとまではいかないまでも、これまでの旅で思い出してきた記憶よりも遥かに多いことは確かだ。逆に、まだ思い出せていない記憶とは一体何なのかが気になるな。

 

「本の名前、そのまんまだったもんな。『人龍戦記』なんて、むしろよくギルドの目から逃れられたもんだ」

 

 これまでの旅を通して、ハンターズギルド、書士隊、龍歴院もしくは古龍観測隊が竜大戦についての情報を隠蔽しているのはほぼ事実として認識していた。

 テハの証言と歴史書の年表、記述はかなり食い違っている。各地の歴史書に齟齬がない辺り、綿密な歴史のすり替えが行われたのだろう。

 あるいはテハが造り出された時代が今の見立てよりも更に過去のものだった可能性もあるが、テハはその時期に滅んでいる古代文明についての知識を持っているので、その可能性は極めて低い。

 

「資料室のあの本は写本でした。恐らく原本は処分もしくは秘匿されており、写本が残されていたのは偶然であると考えられます」

 

「言われてみれば、確かに写本だったなあれ。だとするとそう考えるのが妥当か……」

 

 あの資料室の管理人をしていた集落の長曰く、この集落の歴史はかなり古く、あの資料室は遠い昔に放棄された古龍観測隊の出張所の名残なのだという。

 恐らくこの近く(とは言ってもその間には大砂漠が広がっているのだが)にあるロックラックの発展に伴い、本部をそこに設立すると同時にこの出張所を引き払ったのだろう。そのとき、手違いか何かで資料の一部もしくは大部分が回収されずに残り、ここは忘れ去られた。

 あそこには農業の指導書や、モンスターなどの外敵への対処を記した本、村の伝承なども保管されているので手放すことはできないと彼は言っていたが、それが僕たちに思わぬ成果を与えたかたちとなった。

 

「──さて、僕の質問はここまでだ。あとはテハ、お前の話を聞こう」

 

「……アトラはもう本機に何も尋ねなくてよいのですか。本機が取り戻した記憶には、以前アトラが本機に質問して回答できなかったものも含まれています」

 

「ああ、今はいいさ。というか……たぶんな。お前の話が根幹なんだ。お前がこれから話すことが、僕にとっても大事なことになる。だから、お前の考えてることを聞かせてくれないか」

 

 テハの背中へ向けてそう問いかける。真っ暗闇の中でテハの黒髪に紛れた金髪が、川を流れる金糸のように映る。

 

 彼女が僕と面と向き合って、または並んで話すことができる状況下で、あえて僕に背を向けている。

 その時点で、彼女がまた何か大きな変化を遂げようとしていること、自らの内に何かを抱え込むという初めての心象に向き合っていることは明白だった。

 

「……アトラは、あの本に書かれていた内容を順に述べることはできますか」

 

「ん? ああ。

 まず最初に、古代文明において今のハンターみたいなことをしてた龍の捕獲業者について。次にイコール・ドラゴン・ウェポンについて。それから竜大戦の勃発、戦線の拡大、龍の襲撃の激化を簡単に説明して、竜大戦の終結が本の最後だったな」

 

 いかにも戦争の記録、戦記らしい内容だった。出来事とそれについての考察が淡々と綴られている感じだ。

 竜大戦はとても本一冊だけでまとめられるような規模の戦争ではない。それはこの本の原本を手がけた人物もよく分かっているようで、とにかくその中から特に重要なもののみを選び抜いたという感じだった。

 それでも、僕は引き込まれたし、衝撃を受けたのも一度や二度ではなかった。

 

「……では、アトラは本機とその本体がどうやって造られたかも把握していますか」

 

 その、強く印象に残った箇所のうちのひとつをテハは選び取った。

 

「……ああ。ちゃんと読んでる」

 

 テハを含む竜機兵──イコール・ドラゴン・ウェポンは、鋼で造られ、油と石炭で動く今の兵器とはその根本から異なっていた。

 

「生体技術、そして機械。どちらも聞きなれない言葉だったが、説明もされてたから意味もなんとなく分かった。

 

 

 ──お前とその本体は、龍の素材と機械でつくられていたんだな」

 

 

 雷属性の別名である電気を用いて、金属のからくりを細かく制御する機械という概念。そして、生身の肉や骨、血液といった命を宿しているものをそのまま加工し、別の用途に用いるという生体技術。

 どちらとも現存するモンスターで例えることができたので、何とか理解することができた。前者は飛竜種ライゼクス、後者は最近発見された獣竜種ブラキディオスが挙げられる。

 

 竜機兵はこれらの技術を用いて創られた人造生物だった。──一体の竜機兵を造り出すのには、三十頭分もの成体の竜または龍の素材が必要だったのだという。

 

 出会ったとき、テハの頭から延びていた管は、恐らく本の竜機兵のスケッチにも描かれていた機械に電気を送るもの、導線だったのだろう。タンジアで彼女から壁に埋まった本体部分の話を聞いたとき、あの管は神経のようなものかと思ったが、言いえて妙だったわけだ。

 そして、テハがルコディオラの力である電磁力を扱えるのは──

 

 テハは後ろを向いたまま、右手を自らの胸元へと持っていった。

 

「本を読んだことで思い出しました。……本機の心臓は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自らの内に龍が潜んでいるからなのだろう。

 

 テハの心音は、一度聞いたことがある。ユクモにいた頃、テハが人か否か以前に、血の通った生物なのかすら分からなくなりかけたことがあって、失礼を承知でテハの胸に耳を当てさせてもらった。

 そのとき、確かに一定のリズムで心拍が刻まれているのを聞いて、彼女も自らの命の源を持つ生き物ではあるのだとややほっとしたりなどしていたのだが。

 

 その一部を除いた生き物の根幹である心臓も、彼女の場合はある目的のために人の手によって埋め込まれたものだった。

 

「……実を言うと、そうなんじゃないかとは思ってたんだけどな」

 

 テハが人間ではないことは分かっていたし、彼女は自らを兵器だと言い切っている。つまり、人の手によって造り出された存在であることは明らかだ。

 どうやってそれを成すのか、人の手で新たな生き物を造り出すことなど可能なのかという数々の疑問を、テハがここにいるという事実によってねじ伏せて、古龍の力を使役し、龍の感性を得るにはどうすればいいのかを考えたなら、自然とそういう推論に行きつく。

 

 古龍種ルコディオラの亡骸を回収し、解剖。そこから死んでいない心臓を取り出して、彼女に移植……いや、移植ではないな。彼女の身体を構成するための核として置いたのだ。

 古龍種の力の源は何処なのかという議論はよくなされているようだが、テハはそれに対する一つの答えと言えるだろう。

 

「本機はルコディオラの血液、心臓、鱗を主に用いて造られました。本体はルコディオラの肉、爪、翼、角を主体に、他の竜種の筋肉や甲殻を鉄骨と鋼板で繋ぎ合わせて造られています。古龍種の素材を用いているという点を除けば、基本構成は第一世代と同じです」

 

 一般人が聞けば、まずついていけないであろう生々しい話をテハは淡々と語っていく。

 

「そして、そうやって竜機兵みたいな生体兵器を造り出すことを、古代では造竜技術と呼んでいたと」

 

「はい」

 

「……なるほどな。いろいろ繋がってきた」

 

 イコール・ドラゴン・ウェポンは彼らの理想を言葉にしたものであり、竜機兵とは造竜技術によって生み出された兵器であることを指していたということか。

 

 断片的でぼんやりとした繋がりしか見えてこなかった、テハという少女の生い立ちが明らかになっていく。

 それは、旅の始まりに僕たちが決めた目標のひとつが、達されようとしていることを示していた。

 

 

 ──それが旅の目的を果たす手助けになると、そのときは思っていたのだが。

 

 

「……アトラがそこまでを理解してあの本を読んでいたのなら、既に分かっていると推測されます」

 

 テハの声色はいつもと変わらず、淡々としている。

 僕はベンチに腰を下ろしたまま、前に立って地平線とその向こうの夜空を眺めている少女を見ていた。

 

「竜大戦の引き金を引いたのは、本機を生み出した造竜技術である可能性が高いです」

 

 彼女は感情表現がほとんどできない。と言うよりも、感情そのものが希薄でそれを表現しようがない。

 

 しかし、それらを学ぶことはできる。火山地方で『懐かしさ』を初めて理解したように、人の持つ感覚を新たに得ることができる。

 そして、そんな彼女は今、僕に背を向けて自らにも言い聞かせるように言葉を重ねている。

 

 これからテハが口にするだろうことは何となく予想ができて、僕はそれに対してどう答えるべきかを考えていたのだが、そんな都合のいい言葉は浮かび上がらなかった。

 何故か。僕も今テハが話している流れで、ある問いに辿り着き、未だに答えを出せていなかったからだ。

 

「さらに、ドラゴンの襲撃が本格化したのは竜大戦中期から終盤にかけてです。本機が造られた時期と一致しています。

 ……あの本で書かれていたことが、事実であると仮定すれば」

 

 “成体の龍三十頭もの素材を必要とする竜機兵を生み出すために、数多くの龍や竜が乱獲され、彼らの怒りが頂点に達したことで竜大戦は引き起こされた”という論説。

 真実は分からないにしろ、それが事実であったとすれば、実質的に竜大戦の中心にいたのは竜機兵ということになる。

 そして世界規模の大戦争が終結に向かい始めたのは、古龍種の襲撃が激化してからだ。

 

 つまり、順番が逆だった。

 

 イコール・ドラゴン・ウェポンは竜大戦の産物ではなく、テハは人間を守る存在ではなかった。

 竜大戦がイコール・ドラゴン・ウェポン開発の末路であり、テハという存在は戦争に古龍種を呼び寄せてしまっていた。

 

 

「本機が再び活動しているという現状は、人間にとって危険なのではないでしょうか」

 

 

 無数の星々の瞬く、静まり返った夜空の下。

 彼女の言葉は僕に向けられたものではなく、誰に宛てたものでもなく。

 

 

 

「本機は、この時代に在ってはならないのではないでしょうか」

 

 

 

 それは、この旅を通して生きている理由を探していた少女が、ついに自らのみで導き出した答えだった。

 





 竜大戦は『竜』、竜機兵も『竜』、イコール・ドラゴン・ウェポンは『ドラゴン(=龍)』なのは何故なのでしょうね。自分なりにそれを考えてみた結果がこんな感じです。
 竜操術についても興味がありますが、本作では語れそうにありません。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。