国を挙げて“マッチポンプ政策”
円安続く限り補助金やめられず

 事態はさらに変化するかもしれない。原油価格の動向に変化が見られるからだ。

 原油価格は、今年の3月初めから1バレル=100ドルを超えた。6月中旬には120ドルを超えた。しかしその後、急落し、9月末では77ドルになっている。

 これは、今年初め頃の水準だ。昨年10月には77ドルだったので、それとほとんど変わらない。

 もっとも日銀の輸入物価指数で見ると、原油、天然ガスの契約価格ベースの数字はまだ高い。またOPEC(石油輸出国機構)プラスが閣僚会議で減産に合意した動きもあり、見通しは必ずしもはっきりしない。

 ただし、原油価格が今後も下落を続ける可能性は十分ある

 仮にそうなれば、輸入物価は、契約通貨ベースで見れば下落だが、円ベースで見れば上昇ということになる。

 つまり日銀と政府を一体として見れば、金融緩和で円安を進めて物価を上昇させ、他方で物価対策のために巨額の支出をするという、何とも理解できない事態になる。

 国を挙げてのマッチポンプだ。そして、円安が続く限り、ガソリン補助金などはいつになっても停止できない。

補助金は価格の需要調整機能を殺す
問題の本質は解決されない

 本当の原因にきちんと対応せず、結果を隠蔽するような政府の物価対策は、ほかにもさまざまな問題をもたらす。

 まず、価格を人為的に抑えると、価格を通じた需要の調整機能が減殺される。

 ガソリン価格が上がるのは、ガソリンの消費を減らせという市場のシグナルだ。しかし、ガソリン価格を抑えてしまうと、そのシグナルが打ち消され、ガソリンの消費が抑制されない。

 電気料金の上昇は電力使用を控えるべきことを示している。そのシグナルに従って、省電力を進めることが必要だ。実際、1970年代の石油ショックの時には、省電力を行なった。

 しかし電気料金を抑制すれば、省電力は進まない。

 なお、円安を抑制する場合にも、価格は抑制される。ただし、それは物価水準の引き下げであって、個別財・サービスの相対価格には影響がない。

 だから、調整機能が損なわれ資源配分がゆがむような問題は起こらない。

 個別の価格抑制策のもう一つの問題は、不公平であることだ。価格が上昇しているのは、電力とガソリンだけではない。それにもかかわらず、これらに対して巨額の補助金を支出すれば、受益者は偏ってしまう。

 電力の利用者は広範なので、この問題はさほど大きくないが、ガソリンの使用者は、どちらかといえば所得の高い人々だ。

 ガソリンの価格抑制のためにこれまで約3兆円の財政支出が行われたが、この政策から直接の恩恵を受けていない人は多数いる。

 政府がやろうとしている総合経済対策の目的は、物価高騰によって起きる国民の不満をできるだけ押さえることだ。そのため物価高騰を人々の眼から見えなくしようとしていることに主眼がおかれている。

 しかし、それでは問題の本質は解決されない。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)