「はい、では残念ながらシュヴァインさんはレッドフードコブラに丸呑みにされてしまいました…」
そう言ってルーデウスは戦士シュヴァインの死を告げた。
周りに沈痛な空気が流れる。
シュヴァインは良いやつだった。
両親と死に別れ、愛していた恋人とも幾多もの誤解が重なり道を違えても絶望せずに頑張っていたのにこんな最後とは…。
「すまんな、あたしの魔術がもっと早ければシュヴァインは死なずにすんだかもしれん…」
確かにあの場でギレーヌが詠唱をもっと早くに唱え始めていれば間に合っていたのは事実だ。
事前に通常の魔術師は詠唱に時間がかかると伝えていたが、その時間の管理が出来なかったのは客観的に見てしまうとギレーヌのミスだ。
無論ソレを責める者などここには居ない訳だが。
「い、いえ頭なんて下げないでください、ギレーヌ!」
そしてシュヴァインと呼ばれていた犬耳のメイドさんは軽くだが頭を下げようとしているギレーヌを慌てて止めた。
「それに、この戦士さんはルーデウスさんが用意してくれた、さ サンフル?キャラクターですので気にしてません! 私の方こそ良い出目がでなくてすいません」
「サイコロは所詮運だ、お前のせいではない」
このままだと謝り合戦が始まりそうなので、俺も謝っておこう。
「そんな事を言ったら一番悪いのは僕ですよ。
もっとやりやすいシナリオを考えるべきでした。
折角の2回目の冒険なのに死なせてしまってすいません。
しかし、ギレーヌのキャラはまだ生きています。冒険を続けますか?」
「ふむ、シュバインの為にもやり直すか…」
「私の事は気にしないでください、このゲームはギレーヌの勉強の為に有るんですから」
「何でしたら最後までやった上でシュバインを復帰させるのも良いですよ?」
「まぁ、赤蛇相手にどこまでやれるか分からんがやってみよう」
「分かりました、ではサイコロを振って出た目の合計とレッドフードコブラの装甲と体力の計算をしましょう」
と俺達は三人で和気藹々と地球でTRPGと呼ばれたゲームを楽しみながら計算の練習として続けた。
さて、何故こんな事をしているか説明せねばなるまい。
あの誘拐事件から一ヶ月経過し、辛くも家庭教師としての職を確保した俺だったが早々に非常に危うい立場に陥っていた。
エリスが、授業を聞いてくれないのだ。
算術と読み書きの授業になると姿をくらまし家庭教師としての本分が全うできない。
いくら俺が諭しても逃走し、追い付いても俺を殴り倒してから逃走し、罠を張ろうが待ち伏せしようが俺を叩きのめして、どこかに潜伏し魔術と剣術の授業だけ顔を出した。
幾ら授業構成が俺の自由とはいえ一番大切な読み書きと算術を一切していないのは俺の首が危ない。
老人に相談した所『やる気の無い奴に幾ら言っても仕方がない、勉強ができないとどれだけ苦労するか体験談でも聞かせるか、勉強そのものに興味をもたせるかだな』
とアドバイスを貰ったが、もっとアイデアが貰えないかとチラ見し続けてみると、思いの外呆気なく老人からアイデアを出してくれた。
交換条件付きだったが…。
『俺に魔力結晶を買ってきてくれ、それならアイデアを出してやる』
と言われたので、俺は早速市場に行き言われた通りに出来るだけ買ってきた。
あんまり多く買うと魔力結晶と共に市場の不興も一緒に買うので、日付を分けて不興を買わないようにチビチビと買ってきたが、老人は満足そうにしていたので問題は無いらしい。
『悪いんだが、これからも定期的に魔力結晶を買ってきてくれ。量はオマエに任せる』
との指令を受けたのでソレも了承する。
むしろ、こんな事で老人の役に立つなら楽な事はない。
と少し得した気分になっていると、じゃあ本題だと老人が一拍子置いてアドバイスを出してくれた。
『エリス・ボレアス・グレイラットが勉強を嫌がっているのは退屈でかつ問題が解らないからだ、コレは分かるな?』
「はい」
『だったら退屈を解消して、何なら取り敢えず今は解らなくて良いと思わせればいい』
「それはおかしく無いか? 勉強は解ってこそだろう」
『今は勉強したい、とか勉強って楽しそう、とか思わせるのが良い、今のエリスは勉強なんて分からない、要らない、嫌い、って感じだから今は興味を引いた方がいい』
「興味って言ったって…」
あのお嬢様が勉強って楽しそう!なんて言っている姿なんて思いつかない。
『それでコレだ━━━━━』
と俺は老人から貰ったデフォルメフィギュアとサイコロを使ってTRPGを使って授業をした。
イメージは王道な怪物退治の冒険者モノだ。
俺を受付の人に見立ててモンスター退治の依頼を受けて貰う形だ。
ゲームするには人数が微妙だったので手が空いてるメイドさんを借り、俺が適当に用意したサンプルキャラクターを使ってプレイして貰っている。
さっき死んだシュバインはその中の一人だ。
ちなみに設定は俺が適当に考えた。
ギレーヌには自分の名前を使ってもらい、自分の名前を書く訓練をついでにして、今は主にサイコロを使った算術の授業を行っている。
せっかくなのでギレーヌには本人とは全く違うキャラとして魔術師をして貰った。
これから先システムが出来たら魔術の効果なんかも作っていく予定だ。
俺の後ろで老人がバックアップしてくれてるおかげで予想外の行動にも直ぐに対応方法を教えてくれて滞りなく進んでいる。
半開きになった扉の端に赤い影を見ながら俺はサイコロを振った。
前に感想欄で返信した私のやりたかった授業風景です。