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任務で数日空けていた家に帰り着いたのは、日が傾き空がうっすら茜色に染まる時間帯。 僕の寝室で、僕が普段使ってる布団を抱きしめて、くうくうと穏やかな寝息を立てて転がっている炭治郎。そんな光景を目の前に立ち尽くす。 なんだろう、この状況。 首を傾けて、少し考える。 炭治郎が僕の家にいることは、別にいい。僕の家だけど、炭治郎は出入り自由だ。お付き合いというものを始めた頃、「そうしてくれていい」と言ったのは僕。未だ胡蝶さんのところを拠点にしている炭治郎だから、誰にも邪魔されないで過ごすには僕の家が一番いい。 面倒見が恐ろしく良い彼は、最近では時折、僕が不在の間に掃除なんかをしてくれているようだった。そんなことのために出入り自由だと言ったわけじゃないんだけど。僕のそんな苦言は、「好きでやっているんだ、やらせてくれ」という彼の言葉と笑顔によって封じされた。 おそらくこの状況も、その関係なのだろうけれど……。 そこまで考えたところで、とてとて、と軽快な足音が近づいてきた。
「むいちろー」 「禰豆子。君も来てたの」 「おはよう、おかえり」 「もう夕方だけどね……おはよ、ただいま」
嬉しそうに駆け寄ってくる鬼の少女。つたない言葉に返事をしながら、その頭を軽く撫でる。 実際は僕と同じ年齢らしいけれど、鬼化の影響で言動が小さな子供のようになっている彼女を、僕もついつい年下の子のように扱ってしまう。僕は下の兄弟をもった経験がないけれど、妹ってこういう感じかな。まあ実際妹なんだけど、炭治郎の。 声をいつもよりひそめている。炭治郎が眠っているからだろう。起こしてしまわないように気を遣っているのだ。
「禰豆子、しばらく炭治郎、僕にちょうだいね。そうだ、居間の隣の部屋に折り紙が置いてあるんだ。好きにしていいよ」 「わかった」
こくこくと頭を縦に動かして、禰豆子はまた軽い足取りで離れていく。勝手知ったるなんとやら。案内しなくても迷わない程度には、ねず子もこの家を訪れている。 けれど、大抵は胡蝶さんのところでお留守番だ。連れてきてもあまり構ってやれないから、と炭治郎は照れくさそうに言っていた。 ……ふむ。 状況を整理して、改めて炭治郎を見下ろす。僕の大好きな人は、まだ夢の世界で遊んでいるらしい。 その傍らにひざをつく。ふんわりと、香ばしい、独特の匂いが鼻をくすぐってきた。 なるほど。 どうやら僕が不在の間に、布団を干していてくれたようだ。任務で数日不在にすると報せてはいた。いつ戻るかは明確じゃなかった。帰り着いたら連絡しようと思っていたんだ。まだだろうと思って、禰豆子も連れて来たのか。ということは、掃除だとか洗濯だとか、禰豆子も手伝ってくれたんだろう。後で改めて、あの子にもお礼をしておこう。 そして、干した布団を取り込んできて、何故かそのまま眠ってしまったらしい。 何故か。 そこがわからない。 少し考えてみたけど、やっぱりわからない。わからないなら、聞くしかない。このまま眠り続けられるというのもつまらない。しばらくぶりに会えたんだから。 と、いうわけで。 いつぞやのように、鼻をつまんで強制的な覚醒を促してやることにした。
「――、ふがっ?」 「おはよう、炭治郎。よく寝てたね」 「お、おはよう……?」
寝ぼけ眼だった炭治郎は、徐々に意識が明瞭になっていき、状況の把握も進んだのだろう。ゆっくりと目を丸くして、なにやら顔も赤くなっていく。
「……お、おかえり、お疲れ様、時透君」 「ただいま」
想定外に寝落ちてしまい、そのまま家主の帰宅を迎えることになったという状況を恥じている、といったところかな。別に気にしなくていいのに。
「また掃除しにきてくれてたの?」 「あ、ああ。そろそろ帰ってくるかな、と思って。俺もちょうど任務明けで、数日休養を言い渡されたところだったし」 「そっか、ありがとう。炭治郎もお疲れ様。休養ってことは、怪我したの?」 「ちょっとだけな。たいしたことはないよ、大丈夫」
聞けば、腕と脚に裂傷を負ったらしい。僕たちの任務に怪我は付き物だけど、その中でも炭治郎はなかなか怪我が多いほうだ。増えていく傷を見る度顔をしかめる僕を宥めるように、炭治郎はほほ笑む。納得はしていないけれど、それで心臓がほわりとあたたかくなってしまうのはどうしようもない。だから僕は今日もまた、誤魔化されてあげるのだ。 それで、とまだ彼が抱えたままの布団に視線を落とす。
「なんだって、布団抱えて眠ってたの? 寝不足?」
う、と炭治郎が苦しそうに顔をゆがめた。 別に責めてるわけじゃないんだけど。せっかく会えたのに寝っぱなしでいられるのはさみしいけれど、どうしても眠いと言うなら寝たほうがいい。つまらないからと起こしたけれど、一緒に過ごしているのにうつらうつらされるというのは尚更つまらない。何より、無理を強いたいわけじゃないから。 顔を見て、声を聞けたことで、さみしい気持ちは少しだけどマシだ。 眠いのなら、いっそちゃんと布団を敷いて寝たらいい。 しかしどうも、炭治郎としてはこれは失態らしい。何か耐えるような表情で呻く。
「その……干した布団を取り入れてきたんだが、なんというか……」 「うん」 「……時透君の匂いと、お日様の匂いがまざって、それがすごく落ち着いて……気持ちよくなってしまって……」
気が付いたらこの有様だ、と。不甲斐ないとばかりにしぼみ気味の声で告げられる。 僕はそれに、きょとりとしてしまう。 ようするに、干したての布団がとてもいい匂いでつい眠気を誘われた、という話なんだろう。その布団は普段から使っているものだから、必然的に僕の匂いが染みついていて。 心臓が、あたたかいを通り越して熱くなった。僕の匂いというのは、僕にはわからないけれど。炭治郎がいい匂いだと思ってくれている。なんだか照れくさい気持ちだ。 だけど同時に、少しばかり、納得いかないとも思う。 起きてからずっと、炭治郎の両手は僕の布団を握っている。いくらいい匂いでも、僕の匂いが染みついたものであっても。だって、僕がここに、目の前にいるのに。 僕だけじゃ駄目ってことなのかな。干したての匂いが同時に必要なのか。でも、布団を間に挟むというのは、邪魔だ。 そもそも、炭治郎のほうが絶対ずっといい匂い、……。 あ、そうか。
「ねえ、炭治郎」
呼びかけながら、炭治郎の体をその場に倒す。もちろん、傷には障らないようにゆっくりと。 不思議そうに見上げてくる彼に覆い被さる。その視界から天井を隠すように。ぱさり、と僕の長く伸びた髪の毛の先が畳に落ちる。 見開かれた炭治郎の瞳には、きっと今、僕しか映っていない。
「それなら、こっちでよくない?」 「え、え……?」 「僕の匂いと炭治郎の匂いがまざれば、似たような匂いになると思うんだ。炭治郎からはいつも、お日様みたいな匂いがするし」
ずい、とさらに乗り上げて、顔を近づける。このくらい近づけば、僕と炭治郎の匂い、ちゃんとまざるかな。そうなれば、干した布団なんて必要なくなるよね。 もっと、もっと、僕しか見えなくなればいい。炭治郎の周りにはいつもたくさんの人がいるから、こういう時くらいは、僕のことだけ見ていてほしいと思ってしまう。 頬どころか耳まで真っ赤になった炭治郎が、慌てたように僕の肩に手をあて、力を込めてくる。
「と、とりあえず、近い! 近すぎる! アッ、動かない!」 「柱舐めないでね」 「そうだな時透君が見かけによらず力強いのは知っているな!」 「近いと何か問題でもあるの?」
力比べで負けるつもりはないけど。何か気がかりなことがあるなら、ただ押さえつけてしまうわけにもいかない。 しかし、
「こんなに近いと接吻したくなるだろ!?」 「……うん、それの何が問題なのかさっぱりわからないな」
炭治郎の思考って、時々ものすごく謎だ。 そんなことを思いながら、ちゅむ、と軽く唇を重ねた。最初は別に、そんなつもりなかったんだけど。そんなふうに言われたら、意識して。意識したら、当然したくなるものだろう。 接吻なんて、したって何か問題があるわけじゃない。だって僕たち、付き合ってるんだし。むしろしないほうが問題あるんじゃない? 柔らかくてあたたかい感触に、心拍数が上がっていく。 僕は炭治郎ほど鼻が利かないけど、これだけ近ければよくわかる。炭治郎は、匂いまであたたかい。炭治郎のあたたかさは、不思議だ。触れると、満たされた心地になって。同時に、もっとたくさん触れたくなってしまう。満たされていると思うのに、まだ足りないなんて思うんだ。 ますます赤くなった炭治郎が、困ったように喉を震わせる。
「い、一回したら、もっと、したくなるだろ……」 「そっか。じゃあ、いっぱいしよう」
やっぱり、何も問題ない。僕だって、もっとしたい。
「余計なこと考えないで。もっと僕に集中してよ」
だって今は、久しぶりの、二人だけの時間だ。 みんなが大好きな炭治郎。みんなのことが大好きな炭治郎。だけど今は、僕だけの炭治郎なんだ。
「あっ禰豆子は……」 「……言った傍からそういうの、どうかと思うよ、炭治郎」 「い、いや、でも、集中するなら、気がかりなことは先に確認しておかないと」
……顔は赤いけど、ものすごく真面目な顔をして、炭治郎は言う。緊張した様子はない。ごく当然のことを言っている、そんなつもりなんだ、彼は。
「そういうところだよ、炭治郎」 「え、何が……?」
ため息を一つこぼして、禰豆子の行方を伝えて。 大好きだなあ、という気持ちをいっぱいいっぱいに込めて、何度も何度も、お互いの柔らかいところを触れ合わせた。
「くあ……」
ふとした拍子に、小さなあくびが飛び出した。 あ、しまった、と思っても時すでに遅し。僕を見上げてくる炭治郎が、ハッとした様子で表情を変えてしまう。
「時透君、任務帰りだもんな。疲れてるよな」 「んん……でもせっかく炭治郎がいるのに」 「無理は駄目だ」
頑固で真面目な炭治郎は、そう言ってあっさりと体を起こしてしまう。押さえ込もうと思えば、できた。けれど反応が遅れた。 そんな僕の頭を、まるで下の子にするみたいに炭治郎は撫でる。恋人扱いじゃなくて弟扱いみたいだって思うけど、悔しいことに、これがものすごく気持ちいい。 寝たくない。眠るより、もっと炭治郎を感じていたい。そう思うのに、体が言うことを聞いてくれない。うと、うと、とまぶたが重たくなってくる。 そうっと、炭治郎の手が僕から離れていく。その感覚がさみしくて、腕を伸ばし、炭治郎の体にしがみつく。
「と、時透くーん。放してくれないと布団が敷けないぞ」 「いらないー」 「いやいるだろう」 「いらないの、炭治郎のほうがずっと気持ちいい」
そうだよ、炭治郎がいればいい。布団より、炭治郎のほうがいい。あたたかいし。いい匂いだし。柔らかくはないけど、そんなの気にならないくらい。だってこんなに眠いんだ。布団より炭治郎のほうがよっぽど安眠に必要だ。そうに決まっている。 だから、離さない。絶対、離すもん、か……、……。
「……しょうがないな」
遠く、優しい声が聞こえた気がした。
◇◆◇◆
すっかり寝落ちしてしまっていた。 気がついてみれば、夜中。 炭治郎が抱きしめていた布団を下敷きに、僕と炭治郎は隊服のまま、抱き合って転がっていて。そんな炭治郎の背中には、禰豆子が張り付いていた。ずいぶんほったらかしにしてしまったもんね。ごめんね、禰豆子。 二人きりの時間は終わり。そう思うと、少し物足りないけれど。 くうくう、静かな夜に響く、静かな二つの寝息。あたたかな幸せがじんわりと体の芯に染み入る感覚は心地良くて。それをかみ締めるように、僕を抱きしめてくれたまま眠る大好きな人を、しっかりと抱きしめ返し、もう一度まぶたを下ろした。
※ちゃんと付き合ってる
※刀鍛冶の里編から先の展開については深く考えてはいけない
※1~2年後くらいを想定した緩くて平和な妄想