この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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六話目。


匣に残ったモノ

 告解は終わった。

 

 己の立ち位置の表明も。

 闇の側に身を置くのだという宣誓も。

 

 彼女の疑問全てが解消された訳でも無かろうが、それでも大枠を理解するには十分だった筈だ。これは誰にも――アルバス・ダンブルドアにすらも突き付けた事のない僕の行動指針で、或る意味で、この魔法界への僕なりの宣戦布告と言っても良かった。

 

 ……と大袈裟に言っても、この世界が影響を受ける事は何も無かろうが。

 

「――――立ち去って良いとは言ってないわ」

「そうだとしても。もう、この期に及んで話す事はないだろう?」

 

 未だ顔を上げられない彼女に、立ち上がりつつ答える。

 

 ここまで好き放題言って尚、彼女と共に歩めるとは思っていない。

 他人が自分に都合良く動いてくれる事を、期待すべきではない。

 

「初めから衡平(フェア)で無かった事は解っている」

 

 嗚呼、そんな事は解っていたとも。

 

「この手の問題は〝マグル〟の世界でも道半ばで、解決なんぞ夢のまた夢だ。この理屈を否定し得る答えを持つとすれば、それは全知全能たる神だろう。必然、君を言い負かせる――いや、君が答えを持たない事は解っていた」

 

 最初から議論になど成り得る筈が無かった。

 彼女達が〝善〟足らんとする限り、この瞬間は負けねばならなかった。

 

 彼女が僕を糾弾出来るのは精々方法論に過ぎず、しかもそれは政治によって解決される領分。つまりは光の陣営と闇の陣営の何れに理論的正当性が存在するかではなく、単純に何れがより強大な暴力装置を用いて結論を定めるかという話でしかない。

 

「それが解っていて、けれども、残念ながら僕達はこうなってしまった。ならば君が知る以外に方法は無かった。しかし……まあ、これで良かったのかもしれないな」

 

 笑みを忘れて自嘲する。

 

「今後当然のように僕が負ければ、手法の違いはあれど、君は僕を継いで戦わなければならないのだから。君達が闇の帝王を滅ぼし勝利した後、更に()()()魔法戦争、或いは()()()世界魔法大戦を止めようとするならば、君は必ずやそうせねばならないのだから。であれば、知るのが早いに越した事はない」

 

 アルバス・ダンブルドア。

 あの御都合主義(デウス・エクス・マキナ)もその時ばかりは頼りにならず、彼女達が大量の出血と共に道を見付けなければならない。しかも、立ち向かった所で即座に解決する問題でもない。それから何十年もの苦闘を強いられ、そして彼女が生きている間には届かないかもしれなかった。

 

 もっとも、既に闇に付いた僕には関係ない話であるのだが。

 

 僕はローブを翻して立ち去ろうとし――しかしハーマイオニーの見せていた反応が僕にそれを許さなかった。立ったまま髪を掻き上げ、暫く逡巡した後、溜息を吐き、改めて椅子に座り直す。乱暴に座った椅子と木の床が擦れて立てた音が、悲鳴のようで不愉快だった。

 

 そして問うた。

 思わず苦笑しつつ。

 

「――何故、泣く?」

 

 何時の間にか顔を上げた彼女の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていた。

 

「君が心を痛める必要は無い。()()()〝マグル生まれ〟である君に責任は無いし、そんなにもコレを真剣に受け止める必要などないのだ。闇の陣営に既に付いた悪人の戯言だと切って捨てれば良い。ハリー・ポッター達とて、こんな事に一々思い悩んで生きていないだろう。幸せになりたいなら何も考えないで生きるというのも一つの選択だ」

 

 それが〝正解〟なのだろう。

 大多数の真っ当な人間は、自分の手の届く範囲の事しか考えない。

 考え過ぎてしまえば最期、その果てに行き着くのは錯乱と破綻の道以外にないからだ。

 

 けれども、彼女は首を大きく振った。燭台と星々の明かりの中で、涙が舞った。

 

「悔しくて悔しくて溜まらないのよ……! 貴方の取る方法は、その結論は絶対に間違ってる。けれども、止める手段が思い浮かばない。だって貴方は正しさもまた含んでいるんだもの。貴方にそう言わしめるのも仕方が無いって思ってしまうんだもの……!」

「正しい事など無いさ。君こそが正しい」

 

 僕を認める言葉を、敗北を受け容れる弱音を、しかし敢えて否定する。

 

「最初から犠牲を見据えた正義など在ってはならない。誰もが笑顔となって終われる大団円(ハッピーエンド)こそが〝正義〟だ。賢しげに暴言と非難を吐くだけ吐いて、身勝手にも世間に失望を抱き、世界の善性に見切りを付けた人間は、この世で最も否定されるべき〝悪〟なのだ」

「でも、貴方はまだ諦めてないじゃない! ハリーに期待を懸けているじゃない!」

 

 泣きながらも、今度の彼女の言葉は震えていなかった。

 

「貴方が今の話をするのは、この場で、私だけの前じゃなくても良かった筈よ。ダンブルドアが何も触れなかった始業式を台無しにして、全校生徒に広く訴える形でも出来た。貴方がそれに及んだならば、貴方の力をもってすれば、四寮のホグワーツを八つに割れたわ」

「…………。流石の僕も、そこまで自分を評価――」

「――いいえ。貴方ならやれたわ」

 

 僕の否定を強く遮って、泣きながら彼女は断言する。

 

「去年一貫して問題を指摘し続けた貴方の話を、四寮の誰もが無視出来ない。『あの人』に付く人間は増えないかもしれないけど、ダンブルドア――いえ、ハリーと共に居る人間を減らせはしたのよ。貴方が大っぴらに今の問題を突き付けてしまえば最後、ロン達を取り巻く状況は一変し、その親友であるハリーへの眼も厳しい物になった筈だわ」

「……何も変わらんよ。彼等の歪みに気付き、不愉快に思っている者は少なからず居る」

 

 近しい位置に居るからだろう。

 ハーマイオニーは僕を過剰に評価している。

 

「ハリー・ポッターがスリザリンの継承者扱いされた時、彼に対してアーニー・マクミランが何を言っていたか覚えているか? あの時に内心で反発を抱いていた者は少なくない。コーネリウス・ファッジを抜きにしても、君達の陣営もまた一枚岩ではないのだ」

 

 勿論、アレが純粋な魔法族の信条であって、しかし新たなる魔法族(半純血やマグル生まれ)にとっては非常に受け入れがたい思考である。

 魔法族間の亀裂は既に、確かに存在している。

 

「既にこの問題に気付いているが故に、不死鳥の騎士団に味方したがらない者も居るだろう。これを考慮せず〝マグル〟との友好を唱えるなんぞ論外だからだ。だから僕が訴えずとも、誰かが代わりにやる。この現代において、代わりの利かない人材など存在しない」

「ええ、確かにそうかもしれないわ」

 

 ハーマイオニーは静かに涙を零しながら続ける。

 

「ホグワーツの外には、貴方と同じ問題意識を持っている人間が少なからずいるんでしょうね。――でも、今このホグワーツにおいては、これ程の理屈を持って戦えるのは、貴方が唯一でしょう?」

 

 ……それは、まあそうか。

 ドラコ・マルフォイですらもやろうとしない。

 

 〝ウィーズリー〟を貶める為には、知性の感じられない歌を作る必要は無い。こんなにも簡単な道が存在しているというのに、彼の純血としての常識が、闇の帝王が提唱した主義の歪さが、この視点を欠落させている。

 

「貴方だけが冷徹に、劇的に、確たる理論をもってマグル愛好家を悪へと反転させられる。そうしないのは、貴方がハリーなら――ただ一人、〝生き残った男の子〟ならば、この状況を変え得る可能性が有ると看做しているから」

「…………」

「貴方はハリーの好意を喪う事が損だと考えているし、またハリーの敵を増やすのも良い方向に働かないと考えている。だから今年、こんな絶対に解決しようもない難題をぶちまけて、ホグワーツに大混乱を起こそうとしない。違う?」

「――遺憾ながら、我が寮監殿から何もするなと釘を刺されているからな」

 

 僕が辛うじて紡いだのは、疑問への答えでは無かった。

 それでも、ハーマイオニーには十分伝わってしまったようだった。

 

「ええ、貴方が何故私でなく、ハリーに期待するのかも良く解ったわ。そして何故、魔法戦士では無く、ネビルやルーナのような人間を集めろと言ったのかも。光の陣営が勝った後の事を考えた場合、確かにハリーだけが資格を持つ。そして彼の周りに必要なのは、グリフィンドール的でない人間だわ」

「……しかし、あの男は性格上、人の上に立つ器には見えん。政治に向いてるとも思えない」

「それでも、貴方は自分の見立てが覆される事を期待しているのでしょう?」

「そこまで期待出来ているならば、一貫してハリー・ポッターの側に賭けている」

 

 期待出来ないからこそ、その逆に付いた。

 

 僕が選ぶ先に大団円は無く、己の破滅の末路しか有り得ないというのは理解している。

 それでも、どうしたって光を嘯く陣営には付けないのだ。それがフラーやガブリエル、ハーマイオニーと共に歩む道と承知していて尚、僕の思考はその反対を進んでしまう。

 

 けれども、彼女は泣きながら笑みを形作った。

 今日初めて、綺麗だと思った。

 

「――ねえ、自分で気付いてる? 貴方の言葉は全て、今虐げられている側から発されている事に」

「――――」

「去年や、先程の屋敷しもべ妖精も。狼人間も。そして、貴方が最も譲る事の出来ない問題も。貴方は全て、世間が光を当てたがらない側に立った。貴方はヴォルデモートとは違うわ。貴方は優し過ぎるから、この魔法界を滅ぼそうとしている」

「……馬鹿げている。優しいならば、そもそも滅びの道を歩みはしない」

 

 この先の時代で誰が真っ先に死ぬかを考えれば、僕の本質は優しさとは程遠い。

 母達が備えていた普通の穏健な思考では無く、父の過激な思想を継いでしまう僕は、やはり人でなしと呼ばれるべき存在であろう。

 

「そもそも君がそんな事を宣えるのは、君が多くを知らないからだ。ハリー・ポッターにしても、今年度彼を殺してみないかと複数人に持ち掛けすらした。……断られたが。そのような人間が優しい? 有り得ないだろう。君が言うような善人など、今この場には存在しない」

 

 その自白に彼女は一瞬だけ視線を伏せたが、それでも僕へ向ける眼を変えなかった。

 

「……ええ、貴方はそんな人よ」

「なら――」

「――貴方が本気でハリーを殺したいと思ったなら、他でもなく自らの手で挑んだ筈でしょう? 貴方は他人に借りを作るのが嫌いだし、大事な事は全て自分で決めてしまうわ。それなのに他人を巻き込もうとしたのは、誰かの後押しが無いと踏み切れなかった証じゃないの?」

 

 そうではない。

 その否定の言葉は、僕の口から発されなかった。

 

「そして単に酷薄なだけの人が、どうしてルーナに対して助け船を与えるのよ? 何の得なんてないのに、貴方は何故セドリックの家に行ったのよ? 貴方が貴方の思う通りに、言う通りに悪い人間だと言うならば、決してそんな真似はしないわ」

「……どちらも何も変わらなかったと思うがな」

 

 やはり君は僕を美化し過ぎている、と言葉を零す。

 場違いだと解っているのに、何故だか苦笑が深まってきてしまった。

 

「ジネブラ・ウィーズリーは、三年間で築いた彼女なりの交友関係が有るだろう。別の寮の人間に何時までも構っていられるとは思えんし、そもそも誰かと交友を持った程度で状況が改善するなら、虐めなんぞ世界から早々に一掃されている」

 

 簡単に解決出来る問題ならば、フィリウス・フリットウィック教授が既にやっている。

 出来ないからこそ、他人の介入が必ずしも良い事態に転ぶとは限らないからこそ、ルーナ・ラブグッドは今まで虐められ続けて来た。そして三年前の邂逅が何の変化も齎さなかったように、今年のホグワーツ特急内での出来事が、彼女を取り巻く世界を激変させる筈も無い。

 

「でも貴方はジニーに救いの言葉を、自分の友達だという発言を紡がせた。それはルーナにとって一つの救いで、何より、貴方はハリーにルーナを意識させた。ジニーはルーナの庇護者に成り得ずとも、ハリーはルーナの庇護者に成り得ると理解しているから。魔法戦争が始まった以上、『生き残った男の子』の友人を虐めるような人間など居ないと確信しているから」

「それでも結局あの英雄殿次第だ。丸投げしただけで、何かを与えた訳でも無かった」

 

 そしてハリー・ポッターは未だにルーナ・ラブグッドを友人と認めていないだろうし、また、彼は己の友人関係を殊更周囲に誇示するような人間でも無い。今年度も変わらず、ルーナ・ラブグッドは虐めを受け続けるだろうと確信している。

 

「セドリック・ディゴリーの方にしても――ディゴリー夫妻が賢明だっただけだ」

 

 流石にあの男、ミスター・ハッフルパフを育てた人間達だった。

 

「アルバス・ダンブルドア校長を今年最も強く糾弾出来たのは、断じて魔法大臣では無かった。愛する息子を〝事故〟によって喪う羽目になった彼等だった」

 

 セドリック・ディゴリーの遺体と共にハリー・ポッターが帰還した時点。

 その時不死鳥の騎士団長(アルバス・ダンブルドア)が直面していた最大の問題は、己に対して最も致命的な刃となるディゴリー夫妻を、果たしてどうやって黙らせるかという点だった。

 

「年齢線を失敗しなければ、或いはハリー・ポッターの参加を何とか阻止出来ていれば、セドリック・ディゴリーが死ぬ筈も無かった。彼は所詮〝生き残った男の子〟の()()()に殺された訳だからな。その余計な殺しを発生させたのは明らかな失態で、責任を取って校長を辞任しろと彼等に主張されてしまえば、アルバス・ダンブルドアの立場は現状より苦しいものとなっていた」

 

 ホグワーツ理事会は、内部の保護者の訴えが有った程度で校長を辞めさせるような組織では無い。また、外部の魔法大臣の訴えが有ったとしても同様である。

 しかしながら、その両方が揃ったのならば――ディゴリー夫妻が他の保護者達も巻き込み、直近四年間にホグワーツで起こった不愉快な事件を数え上げ、その上で魔法省からも校長の辞任要求が為されたならば、それが叶った可能性は有った。

 

 ホグワーツ理事会員とて血の通った人間だ。

 校長がセドリック・ディゴリーの死の責任を負うべきなのは疑う余地がないというのに、何故自分達が彼の盾となり、また尻拭いをせねばならないのかという思いを抱くのは普通である。各所からの吠えメール、家族にすら向くだろう四方八方からの批判を撥ね退けるには、それなりの正当性、恥じる事無き大義が存在しない限りは戦えない。

 そもそも、彼等は三年前にルシウス・マルフォイ氏の脅迫に屈した者達が大半である。内外からの非難に耐えられたとは思えず――しかし今も尚、彼等はアルバス・ダンブルドアを校長に据えたまま耐え忍んでいる。

 

「だがディゴリー夫妻は、あの校長を責めなかった。彼を政治的に弱体化させる事は、この魔法戦争に負の影響を及ぼすと理解していたからだ。校長に対して色々と思う所は有れど、彼等はそれを呑み込んだのだ」

 

 そして少しでも考える頭を持っている者ならば、本来在って然るべきディゴリー夫妻の非難が無い理由を考える。

 

 夫妻のそれが無いならば、理事会としてもそれを大義名分として戦える。セドリック・ディゴリーの死について遺族が納得している以上――黙示であれ校長の続投を支持している以上、魔法大臣のような部外者が余計に出しゃばって来るなと。

 

「あの男の最後の仕事にしてもそうだ。ハリー・ポッターが帰還しても、仮にセドリック・ディゴリーの遺体が無かった場合。その後はどうなったか」

 

 彼女の答えを待たず、僕は続ける。

 

「決まっている。ディゴリー夫妻は校長に対し、消えた息子を捜索し、自分達の下に身体を返すように騒いだ事だろう。その嘆願を既に無意味だとして校長が断るにしろ、或いは無意味と知りながら移動鍵(ポート・キー)事故の前例を基にサハラ砂漠を捜索するにしろ、闇の陣営にとっては非常に有り難い事になっていた」

 

 ハリー・ポッターの善性を僕は否定しないが、それでも彼は、物事の細部まで気を利かせられるような男ではない。ましてその時の彼は、闇の帝王と死喰い人達に囲まれ、絶対絶命の状況下に置かれていた。既に死んだセドリック・ディゴリーの事が意識の外となっても可笑しくはない。

 その状況で遺体を残してハリー・ポッターが逃げて来たとしても、それは決して非難されるものではなく――けれども、それでは彼の帰還後、校長が政治的に困るのだ。

 

「しかし、結果は今見ての通り。彼の遺体は帰ってきた。あの聡明かつ賢明な男が、それを見透かした上での願いを残したからだ」

 

 死人が思考し得るかの問題を別とすれば、アレはそれが出来る人間だった。

 

「セドリック・ディゴリーは理解していた。自分の遺体が亡者として弄ばれ、魔法戦争再開の伝言役(メッセンジャー)として魔法省に送りつけられる事態にでもなれば、校長閣下に非難が集中し、光の陣営からの大々的離反を招きかねないとな。だから自身の遺体を〝生き残った男の子〟に奪還させ、その功績をもって、彼こそが希望だと世に広く示したのだ」

 

 勿論、自分自身(セドリック・ディゴリー)の遺体を取り戻す中で、ハリー・ポッターが死んだり、改めて囚われる危険というのは有った。

 けれども、己の遺体の価値を正確に把握していた彼は、〝生き残った男の子〟の資質、三大魔法学校対抗試合で認め合った仲間の強さに賭けた。そして確かな勝利をもぎ取って見せた。

 

 まあ、あの男の事だ。自分の両親達が後世、コーネリウス・ファッジと同列の愚か者扱いされるのを避ける為という考えも有った筈である。けれども彼が阻止した事態、その際に光の陣営が置かれたであろう苦境を思えば、それ位の役得は許されて然るべきだろう。

 

「ディゴリー家は戦う事を選択した。彼等()()は決して杖を振るっていないが、それでも光の陣営の為に今戦っているのだ」

 

 現在のグリフィンドールの誰よりも勇敢で、高潔な道を選び取っている。

 

「でも、そこに貴方の干渉もあるでしょう? 貴方はディゴリー家に行った。そして貴方が伝えた言葉の中には、セドリックの両親がホグワーツへ敵対する事を防ぐ内容が含まれていたんじゃないの? 彼は間違いなく、ホグワーツを愛していたから」

「……何故そう言ってのけられる?」

「彼は私と貴方が──たとえたった二人だけであれ、グリフィンドールとスリザリンが仲良くするのが望ましいと言っていたもの。それは彼がホグワーツ全体の事を考えていた以外に有り得ない」

「…………だとしても。彼等の意思決定に何ら影響を与えた訳ではない。僕が彼等の家を訪れるという話は学期中に存在していたが、実際に訪れたのは一ヶ月以上後だからな」

 

 光の陣営に、僕は欠片も貢献した覚えはない。

 全てが終わった後に行った、僕の後始末に意味は無い。現在の状況を、光と闇の拮抗を形作っている理由は、全て僕以外の場所に在る。

 

「この四年間、僕の行動は一貫して何かを変えた訳では無かった」

 

 ハリー・ポッターの物語。

 この戦争の中心である彼へ、如何なる影響も及ぼせなかった。

 

 命の危険に身を置き続ける彼の傍から、ハーマイオニー・グレンジャーを奪い取る事もまた出来なかった。

 

「君は僕を何か凄い人間のように評するが、そんな事は無い。少しばかり多くを知り、少しばかり他人より物が見えるだけ」

 

 そしてその力は、己に無力感を与えて来るモノでしかなかった。

 

「行動と結果が伴わないならば、その思索や推察に意味も価値も無いのだ。この戦争で価値が有ったのは、アルバス・ダンブルドアであり、ジェームス・ポッターとリリー・エバンズであり、セドリック・ディゴリーであり、ハリー・ポッターだった。だから君は全くの見当違いをしており、こうして君が僕を弁護しようとする意味も――」

「――何かを変えなければ!」

「――――」

「ええ、変えなければ意味が無いと貴方が宣うのならば……! 私だって、この四年間一切何もしていないわよ!」

 

 悲鳴のように高い声で紡がれた反論が、僕の否定を止める。

 僕が唖然として見つめるのも気にした風もなく、彼女は大きく息を吸った後で更に怒鳴り声を上げた。

 

「私がこれまで何をしてきたっていうのよ! 賢者の石の時は、ダンブルドアが意図した通りに、スネイプ製の論理パズルを解いただけ。秘密の部屋の時は、石化したに飽き足らず、ハリーを死地に送ったわ。シリウスの時の逆転時計だって、偶々私が借りていただけ。去年なんて言わずもがなよ! ハリーの意思こそが、ハリーの資質こそがハリーの命を救ってきたの。私は何もしていない……!」

「……そうは言うが、君が彼の傍に居続ける事こそが――」

「なら貴方も一緒よ!」

 

 ハーマイオニーは、今回ばかりは怯まなかった。

 

「見える形で行動に影響を及ぼさずとも、貴方の言葉は周りの心に響いてる。そう私は確信しているわ。ルーナも、セドリックの両親も、勿論、他ならぬセドリックにも。あの日、最後の日の昼、セドリックが私に何を残してくれたか解る?」

「……そう言うからには、下らないホームパーティーの誘いでは無いのだろう?」

「それも有ったけど、今言っているのは違うわ」

「…………であれば、思い当たる節はないな」

 

 暫し考える時間を与えられ、けれども最終的には首を振る。

 その返答を受けた彼女は、赤い眼のまま笑って答えを紡いだ。

 

「貴方と仲直りする為のアドバイスよ」

「…………それはまた、馬鹿な事を」

「何が馬鹿なものですか。解る? 貴方が理由無く他人を軽蔑するだけの嫌な人間なら、セドリックがあんな事を言う筈が無いのよ。彼の言葉が……その時点ではこうなると思ってなくとも、彼が私に遺してくれた言葉が、貴方の本質を雄弁に語ってる」

 

 死んでも御節介な男――いや、その時点では生きていたか。

 何であれ、非常に気に食わない、嫌味な男だった。

 

「ちなみに何と言っていたんだ?」

 

 そう聞いてみれば、彼女は何故か雰囲気を一変させ、ぷりぷりと怒り出した。

 

「それが聞いて! いいい、今思い返してもとんでもないアドバイスだったわよ……! セドリックってば、一体私を何だと考えていたのかしら! 彼が言うには、貴方と仲直りするのに一番良い方法は、問答無用でガバッと――」

「ガバッと?」

 

 仲直りの手段には程遠いような擬音表現に問い返すと、泣くのを忘れてぷんすかと怒りを表現していたハーマイオニーは、ハッとした顔をして口を噤んでしまった。

 答えを待ってみても、先が紡がれる気配は無い。その代わり、彼女はみるみるうちに顔を紅潮させていった。今日の最初よりも遥かに美しい赤色をしていた。

 

「……兎も角、良いわ。今のは忘れて」

「聞いてくれと求めたのは君だろう。途中で止められると気になるのだが」

「良・い・の! 私がセドリックのアドバイスを実践する事なんて絶対ない――い、いえ、ないとは言い切れないのかもしれないけど、今は決してしないんだから!」

 

 行儀悪く、ダンダンと掌で机を叩く。食べ残しのデザートを乗せたままの食器が揺れる程、その勢いは強かった。相変わらず彼女の顔は、その眼と同じく真っ赤のままだ。

 

「でも、アドバイスは兎も角、セドリックが言いたかった事は解ったわ」

「…………」

「彼が言いたかったのは、貴方と仲直りしたいならマトモに話し合いなんかすべきでないという事よ。ええ、そうよ。元々私と貴方の出逢いからしてそうだったわ。だから貴方と理性的な遣り取りをしようと試みたのがそもそもの間違いだった。初めから、そんな事は諦めるべきだった」

 

 ……余りにもあんまりな評価だ。

 これでも理性と論理の徒たらんとしているのだが。

 

 僕が向ける呆れを一切気にも留めず、彼女は言葉を続ける。

 

「だから私から聞く事は非常にシンプルよ。

 

 ――貴方にとって私の存在は今年必要なの? もう必要無いの?」

 

「……それは――」

 

 何時の間にか、立場は逆転していた。

 一方的に、僕が息を呑まされる立場になっている。

 

「余計な前置きなんて要らないわ。答えを導く為の理由すらも私は聞いてない。単純な二択よ、二択。イエスかノー。そのどちらかで回答して」

「…………」

 

 ハーマイオニーの眼には、僕の返答への恐れが浮かんでいた。

 それでもそれを遥かに凌いでいるのは、圧倒的な自信。僕が共に居続けるのを望む事を、彼女は欠片も疑っていない。僕達が去年までの三年間そんな疑問を抱かなかったように、彼女はこの瞬間もまた、僕達の関係が続く事を疑ってはいなかった。そう在る事を願っていた。

 

 ……本当に、開心術士であっても良い事はないものだ。

 

「……君()それで良いのか? 僕は遠くない将来、確実に人を殺すぞ」

 

 その時に己の杖を向けている先が一体誰なのか。

 そこまでは予測出来ないし、それが出来たら苦労はしない。

 しかし己が手を穢そうとしている瞬間は、今も簡単に、鮮明に想像出来る。その未来は、間違いなくやって来る。

 

「ええ。貴方はそれが出来る人だわ。貴方は既に付く陣営を決めた。必要が有ると判断すれば、それが利益だと判断すれば、躊躇う事は無いんでしょう」

「…………」

「けれども、であれば、貴方は必要が無い限りそうはしない。貴方は最後まで合理的に道を選べる人だから。可能な限り、そう在ろうとして居るから。だから私の取る方針としては簡単よ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、貴方は私達と共に居続けられる」

「それこそ買い被り過ぎだと思うがな。ふとした気紛れに行動する事は有り得る」

 

 椅子に座ったまま、杖を鋭く抜いてみせる。

 その先が向かうのは勿論、ハーマイオニー・グレンジャー。

 

 御互い椅子に座って向き合っているのだ。手を伸ばし、杖を向けてしまえば、彼女の喉元まで数センチの距離しか残らない。危害を加えるのは簡単で、たった一言の呪文を紡げば良い。致命的な傷を負わせる気すらないならば、呪文を唱える必要すらも無い。

 

 嗚呼、けれども。

 今度の彼女の瞳には、恐怖の欠片も見出せなかった。

 

「私に絶交を言い渡されたくなかったら、変な真似は止めて頂戴」

「……嫌過ぎる脅迫だ。一体何処でそんな遣り口を覚えたのか」

「あら、貴方は私が()()()だと思っていたのかしら?」

「…………嗚呼、そうだな、不良生徒(グリフィンドール)

 

 すごすごと僕は杖を引くしかなかった。

 

 深々と息を吐いてローブに杖を仕舞った後、僕は両手を軽く挙げる。

 しかしながら、その上で尚、僕は悪足掻きの言葉を紡ぐ。

 

「……何故、()()は僕に構う?」

 

 敗北は認めよう。

 それでも、不思議で仕方なかった。

 

「自分で言うのも何だが、君達は僕を見捨てた方が圧倒的に気楽な筈だ。こうして僕が態度を表明した以上、変わらず仲良くする理由など無い。それでも尚、君達は僕に関わろうとする。だからハーマイオニー、君にそれをさせる理由、面倒と苦難を厭わせない覚悟は一体何処から来る?」

 

 敵意を表明し、闇の陣営に付くとも明言している。

 けれども、フラー・デラクールもそうだったが、ハーマイオニー・グレンジャーもまた、僕との関係性を断ち切ろうとしない。これまで通りの、いやそれ以上の友誼を結び続けようとする。

 

 その理由は、ハーマイオニー・グレンジャーにとって何なのか。

 

 そんな素朴な疑問に、彼女は笑った。

 彼女からは今日初めて見る、グリフィンドールらしい笑みだった。

 

「眼を離せば直ぐにでも死んでしまいそうな人からは眼を離したくないし、今にも崖から落ちそうな人間に対しては当たり前のように手を差し伸べる。それが善きサマリア人、可能な限り人間が目指すべき理想像というものではないかしら?」

「――――」

 

 完敗だった。

 それを〝マグル生まれ〟から紡がれてしまっては、黙る以外に道は無い。

 

「そしてダンブルドア先生も、まだ貴方を味方として数えているわよ」

「……相変わらず、生徒には御甘い事だ」

「甘いというのはどうかしら。今学期始まって貴方が即座にハリーを殺しに行かないならば、貴方はまだ手遅れではないと仰っていたわよ。……まあ、私は貴方がそんな真似を出来る筈がないって、初めから信じていたけれど」

「…………本当に気に入らん老人だな」

 

 ハリー・ポッターが分霊箱である事は、決して僕を止める理由にならなかった。

 

 分霊箱の原則は、高度な闇の魔法を用いなければ破壊出来ないという点である。

 しかしこの四年間を観察して来た限り、ギルデロイ・ロックハートの骨抜き事件や、ピーター・ペティグリューがナイフを用いて彼の血を採取出来た事など、ハリー・ポッターを傷付けるのは可能だと示す例には事欠かない。

 

 強いて言えば、ハリー・ポッターを殺しても分霊箱による繋がりによって滅ばない可能性が気に掛かるが――仮に滅んでいなかろうと復活出来ないならば、両者の差異は殆ど無い。ハリー・ポッターの帰るべき肉体を消してしまえば何の問題も生じない。

 闇の帝王が復活出来たのもあくまで帝王自身の技量によるものであり、スネイプ教授の力を借りたとしても、校長が同種の真似を出来はしないだろう。そもそも帝王が使った肉体復活の方法をハリー・ポッターは使えない。何せ、彼が『(帝王)の血』と『しもべの肉』を手に入れる事は殆ど不可能なのだから。

 

 だからこそ、ハリー・ポッターをゴースト以下に貶める事は割合悪くないと思っているのだが、結局それを止めさせたのは、僕の立場――彼を殺して以降の、己の立場の難しさだった。

 

 闇の帝王と校長閣下の認識はどうあれ、彼等以外から見れば、ハリー・ポッターは単に幸運により生き延びて来た少年に過ぎない。ハリー・ポッターを殺す事が非常に重要であるというのは、物事の裏を知っているから言える事だ。故に彼を殺したからと言って高位に取り立てて貰えるかどうかは怪しく、他の死喰い人も新人――帝王の寵愛を巡る競争相手――が増える事に反発するだろう。

 

 何より帝王のハリー・ポッターへの執着も読み切れない部分が有る。彼の立場上マルフォイ家の子息は容易く殺せないが、無名の半純血は違う。それでも七、八割方勝てると踏んでいるが、一世一代の勝負に出るのには未だ躊躇われた。

 

 つくづく、闇の帝王に会った事が無いというのが悔やまれる。

 せめて日記に籠められた欠片と会話出来ていれば、今よりも選択肢が広がっていただろうに。

 

 一方で、校長の方は言わずもがな良く知っている。

 だから校長と帝王。行動を読みやすく、()()出来るのはやはり前者なのだ。この四年間散々遣り合って来たからこそ、あの校長は最後の瞬間まで僕を阻まないと解ってしまう。

 

 もっとも、それでも枷を掛けるのを忘れないのは、やはり悪辣なる校長閣下か。

 ハーマイオニー・グレンジャー。もしかしたらフラー・デラクールですらも。そして勿論僕も、彼の掌の内からは逃れられていない。このような結果に終わるのも、恐らくは全て彼の予測の範疇なのだろう。

 

「下らない考え事は終わった? そして貴方が溜め込んで来た事も今日大半は吐き出せたでしょ? じゃあ、これで完全に仲直りね」

 

 安心したように笑った彼女は、テーブルを超えて手を伸ばしてくる。何時の間にか、彼女の眼から涙も消えていた。

 

 が、僕は顔を顰める。

 

「……御互いの敵対関係は変わっていないだろう。僕達は――」

「聞く耳持たないわ。やる前からグチグチ言うのは貴方の悪い癖よ」

 

 彼女は軽く立ち上がって僕の腕を掴んだ後、無理矢理に握手し、ぶんぶんと大きく上下に振った。入学前に時が巻き戻ったと思う位に、彼女の表情は何処か幼く見えた。

 

「だから、黙って見ていて頂戴」

「…………」

 

 笑顔のまま、しかし先程と質の変わった笑みで、彼女は堂々と宣誓する。

 

「貴方が危惧するような未来を何とか……出来るかは断言出来ないけど、それでも私は戦ってみせるわ。ダンブルドア軍団はその一歩よ。この戦争で勝つのは、ダンブルドアではなくハリーでなければならない。その貴方の信念からは、私達の行動を支持出来るでしょう?」

「……一年か、長くても二年。その頃には、既に取返しが付かなくなっている筈だ」

「十分よ。案ずるより産むが易しと言うわ。貴方は既に諦めた人だけど、私は諦めない。どんなに困難な道程のように見えても、探し続ければ貴方も笑える結末(ハッピーエンド)が必ず見付かる。私はそう出来ると信じている」

 

 不可能だ。

 彼女の言葉を聞きながらも、己の心の声は冷酷にそう言っていた。

 

 簡単に未来を変えられると考えているならば、闇の帝王に全てを焼き払って貰おうと考えなどしない。闇の帝王に付く事が己の破滅の道筋と覚悟して尚進むのは、他に道が無いと判断しているからだ。彼女がどんなに足掻こうとも、魔法界は、魔法族は、自分達が地獄を見る事になる瞬間まで決して動こうとしない。

 

 劇薬無しに社会構造が変わらないというのは、やはり歴史――人口を半減させた黒死病、欧州全土を席捲した市民革命、そして最も広範かつ膨大に殺した世界大戦――が証明してくれている。僕が彼女に突き付けた宿題の最終的解決には、死人の山を作る以外の道は無いだろう。

 

 それでも尚口を挟む気になれなかったのは、彼女の笑顔を壊すのが躊躇われたというよりも、叶うのであればやはりそれこそが最も素晴らしい事で、何より惚れた者の弱みという物に違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで」

「……何だ? 雰囲気を変えて、藪から棒に」

 

 相も変わらず、笑顔で怒りを表現するのは非常に器用な事だと思う。

 フォークを鷲掴みにしたハーマイオニー・グレンジャーは、剣呑さを纏って僕へと質問を投げかけて来た。

 

「あのフランス女とはまだ連絡を取っているの?」

 

 き・み・た・ち。

 どういう訳か、彼女は唇だけでそう語った。

 

「……フランス女と言うと、フラーの事か?」

「そう、ソレよ。ソレ以外に無いわよ」

「…………ソレとはまあ、随分と酷い表現だ」

 

 フラーが女性にどう思われようと他人事では有る。

 とは言え、ここまで来ると何とかならないものかとも思う。

 

 今年度に入っても改めて実感したが、彼女の評判はスリザリン内においても頗る悪い。同じくクォーター・ヴィーラである妹と真逆なのは、本当に彼女の才能だと言うべきだろう。去年表立って言って来る人間は居なかったのに、今年になって良く聞くのは、単純に僕の交友範囲が広がった――広がらざるを得なかっただけだろうが。

 

 そして、同種の悪感情を抱いているのはハーマイオニーも例外ではないようだ。

 

「で、どうなの?」

「連絡は取っているとも。妹の方(ガブリエル)ともな」

 

 齎されるのは相変わらず、どうでも良い情報ばかりだがと嘆息する。

 

 戦争が何かを理解していない妹の方は兎も角、姉の方も同様なのは果たしてどうなのか。上司のゴブリンが意外と紳士的だったとか、僕がそれを知ってどう返信すれば良いのか。かと言って、現在の情勢で重要な情報を齎して来られれば、その方が大問題になるのだが。

 

「……そう」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは俯いた。

 緩いウェーブのかかった髪によって、表情がやはり見えなくなる。

 

「……ちなみに。あくまでちなみに、参考までに、念の為に貴方に伝えておくけど。私も未だにクラ――ビクトールと連絡を取ってるわよ」

「だろうな」

「だっ、だろうな!? 言うに事欠いて、だろうなって何よ!?」

 

 僕は何の気なく頷いたのだが、彼女にとっては衝撃的だったらしい。

 勢い良く立ち上がりながら喚くハーマイオニーに、椅子に体重を預けつつ答える。

 

「そうは言われても、な……。去年あの男がホグワーツを去る前、義理堅くも僕に伝えに来たのだ。君が今年度の夏、ハリー・ポッターの傍にいるのを選択した――つまり、彼のブルガリア本国への誘いを断った事を伝えられるのと一緒にな。その際、彼は君にペンフレンドになってくれるよう頼むつもりだとも宣っていた」

 

 まったく、一体何の為にそんな事を言いに来たのだか。

 彼にそうさせたのは、既に大人(プロ)の世界を知っているからというだけではあるまい。ダームストラング内部について余り知っている訳でもないが、やはりアレも異端の部類の生徒だろう。

 

「言葉の内容から察するに、その提案を君にしたのは僕に伝えに来た後のようだが、しかし君が断らないであろう事は想像が付いていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから今更驚くような事でもない」

 

 あの男と繋がりを持ち続ける事は、ハーマイオニーにとって武器となる。

 

 去年、バーテミウス・クラウチ・ジュニアはビクトール・クラムを二度見逃した。

 それは本筋の計画――ハリー・ポッターを贄としての帝王の復活――に支障が出るのを嫌った為であるが、しかし仮にその目的が無かったとしても、バーテミウス・クラウチ・ジュニアは彼を殺しはしなかっただろう。ビクトール・クラムが一生クィディッチの出来ない身にでもなれば、世界中のクィディッチファンが暴動を起こしてくれるのが目に見えているからだ。

 その点は、帝王の復活が確定し(ハリー・ポッターを送り届け)て以降は殺しても構わなかった、フラーとは明確に違う。

 

 故にハーマイオニーがビクトール・クラムと接点を持ち続ける事は、闇の陣営が彼女に利用価値を見出し、何処かで命を繋ぐ助けとなるかもしれない。既に明らかな通り、闇の帝王は決して純血主義の忠実な信徒という訳では無いのだから。

 

 そんな風に僕は去年度結論付けていたし、一切の疑問も抱き得なかったのだが、俯いた彼女は何故か、全身で反発と不同意を訴えていた。

 

「…………ええ。貴方はそんな人だと知っていたわよ」

 

 本当に何故だろうか。

 その声は今日一番か細いものだったのに、最も空恐ろしく聞こえたのだった。


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