この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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四話目。


大団円の脚本

「──本当は、何も言わず帰るつもりだったんですけどね」

 

 老人の不勝利を断言した僕は続ける。

 

 アルバス・ダンブルドアが最初に言った通りだった。

 僕と彼が会って短い話で終わる筈もなく、互いが平行線である事の再確認をしない限り、僕等は決して道を違える事が出来ないようであった。

 

「しかし貴方が一方的に僕に多くを与えているのに、僕は何も言わず、はいさようならというのは公平では無いのでしょう。貴方に届く筈が無いと薄々解っていようと、最初から言葉を尽くさず諦めるような不道徳は、僕自身としても気が進みませんしね」

 

 今更言葉を交わす意義は見いだせない。

 けれども、言葉をぶつける価値は零では無いのかもしれない。

 

 ここまで来て尚、そう思ってしまうのは、僕が四年を通じて尚学ばないからか。それとも、この偉大なる老魔法使いに、未だに期待してしまうからなのか。

 

「もっとも、貴方が僕の話を聞く気すら無いというのであれば、僕は黙ってここから立ち去りますが。子供の戯言だと一蹴されても仕方が無いというのは解っていますし」

「……何故、君は儂の敗北の可能性を断言出来るのじゃ?」

「……貴方は本当に複雑な人ですよね」

 

 独裁的に振る舞い続ければ良い、嫌ならば最初から聞かなければ良いというのに、物分かりの良い賢人面をして、人の話を聞く姿勢を取ってしまう。

 

 それは何の話も事情も聞かずに高圧的に振る舞い続ける人間は、彼が想定する善良さ、在るべき校長や老賢者としての姿(〝アルバス・ダンブルドア〟)から外れるからだろう。その理想像を貫き続ける事を彼の冷淡な理性が許さないとしても、余程の冷静さを喪わない限り、この老人は体面を取り繕う事を辞められない。

 アルバス・ダンブルドアという人間は、そのように出来ている。

 

 今までこの老人が僕の言葉を容れた事は無いにしても、言葉を耳にする事自体を拒絶はしない。その一点だけは、純粋に敬意を抱ける点でも有った。

 

「儂はここまで胸の裡を明かした。ならば、冷徹で合理的である君は当然に、儂の勝利を確信――は言い過ぎじゃが、こちら側の立場に近付く可能性が高いと踏んでおった。儂は相応の勝算と覚悟をもって、この場に挑んでおるつもりじゃ」

「それは認めましょう。幾ら僕が多少閉心術に長けていると言っても、貴方は多くを暴露した。いえ、し過ぎた。その意味を理解出来ない程に愚かであるつもりはない」

 

 僕の事前の予想に反し、とうの昔に引き込む云々の話は終わっていた。

 

 アルバス・ダンブルドアは最初から僕を自分の味方として換算していた。僕が何処の陣営に身を置くか自体がこの老人にとっては些事であり、彼は今回の会談、その最低限の目的は既に果たしてしまっていた。ここまで来て尚、その必然の結論に向き合わないつもりは無い。

 

 しかし、その通りに僕が動くかどうかというのは、やはり別である。

 

「貴方は勝ちきれない。僕も貴方に付けない。そう断言するのは何ら根拠も無い物では有りませんよ。そして正気を喪っているつもりもない」

「……そう考えているのであれば、儂は君の言葉を今こうして聞こうとしておらぬよ。他ならぬ君だからこそ、耳に痛い反論を受け容れようとしておる」

「涙が出そうになる程に有り難い話ですね」

 

 もっとも、やむを得ない事でもあるか。

 真正面からの批判を子供に求める程、この老人は周りに〝味方〟が居ないのだから。

 

「貴方は僕が冷徹で合理的だと評しました。しかし、僕はそう在ろうと心掛けていますが、僕の認識ではそうでは有りません。そして他ならぬ貴方もまたそうなりきれていない。だからこそ、僕はこのように述べている訳ですし、貴方が勝ちきれない事を断言出来る」

 

 理性が本能を克服するのにも限界が有る。

 僕がこの四年間で自らの身をもって思い知らされた現実が、その結論を導かざるを得ない。

 

「率直に言って、今回の事件でハリー・ポッターが死んでいたのなら、貴方に全賭けするのも厭いませんでしたよ。ここまで道筋が見えているのであれば、貴方の勝利を疑う理由は余り無い。貴方は今己が持つ全てを犠牲にしても、勝利へと辿り着いてみせた事でしょう」

 

 あくまで示されたのは大枠であり、細部を詰める必要からは逃げられず、事態が進むにつれて不測の事態や新たな問題が生じるのは当然だろう。しかしそれでも、この今世紀で最も偉大な魔法使いであれば、絶対に勝利を掴み取ってみせるだろうと断言出来る。

 

 愛する子を喪って復讐鬼と化した人間程に、恐ろしいものは無い。

 その人間が、世界の歴史を悉く浚っても見つけられない位の怪物ならば余計にである。

 

「……儂は君の変化を期待したが、それでも立場を変える事までは余り期待しておらんかった。君は既に闇の側に忠誠を誓ったのでは無いのかね?」

「蛇は神の意図と命令に叛逆し、原初の女性を唆してみせた生物ですよ。バーテミウス・クラウチ・ジュニアが勝つ側に立たないのであれば、(スリザリン)が付く理由も無い。そして僕は()()闇の帝王自身に忠誠を誓った訳では無い」

「…………良く口が回るものじゃ。いや、ここで一番問題なのは、君がそんな言葉を吐きながらも、一切それを信じていない事なのじゃろうな」

「どちらでも良いでしょう。ハリー・ポッターは生き延びた。故に貴方には勝ち得ない可能性が高く残り、だからこそ、僕は今の貴方に付くのは遠慮したい」

 

 今の、と限定を付したが、この老人は間違いなくハリー・ポッターが死ぬまで変わるまい。

 そうでなければ、アルバス・ダンブルドアはアルバス・ダンブルドア足り得ない。

 

「貴方はハリー・ポッターが生きている事こそ勝率を上げ得ると主張するかもしれませんね。しかし、護る者が居る事が必ず強さを齎すとは限らない。そして足手纏いが居ればいる程に、貴方という強力な個は弱くなる」

「……それは真正面からはっきりと述べさせて貰う。儂は多くの友や仲間が居るからこそ、このような強さを持ち得ていると考えておる」

「そうでしょうか。しかし、僕にしてみれば、不死鳥の騎士団は貴方にとって足枷にしか見えないのですけどね。ゲラート・グリンデルバルトの戦争時は兎も角、闇の帝王の戦争について考える限りは、そのような大仰な組織を作る事は不要に思えますが」

「儂は決してそうは思わぬよ。マグルやマグル生まれ、そして善良な魔法使いや多くの子供達を護る為に――」

「貴方がセドリック・ディゴリーについて僕に投げ掛けた言葉を返しましょう。それらの()()()命を救ったとして、()()戦争の終結にどれだけ役に立つのです?」

「…………」

 

 その指摘で漸く、アルバス・ダンブルドアの口を塞ぐ事に成功する。

 

「そして不死鳥の騎士団という枠組みが有る事は、僕には悪い結果を齎す気しかしませんがね。バーテミウス・クラウチ氏が死に、魔法省がこの体たらくな以上、貴方は光の陣営の核心でしょう。しかもよりにもよって貴方は独裁的な騎士団長だ。貴方一人が間違えれば、その組織全て、陣営全体が間違える。間違えた結果、全てが死ぬ」

 

 流石のアルバス・ダンブルドアとて、自身が過たないと強弁する恥知らずでは無かった。

 セドリック・ディゴリーの犠牲が、ハリー・ポッターの両親達を含めて彼が喪ってきた者達が、そのような解答を許しはしない。けれども受け容れた訳では無く、僕が隙を見せれば即座に噛み千切るという獅子の姿勢は崩していなかった。

 もっとも、一度食らいついた蛇の方も、その牙を離すつもりはない。

 

「たとえば、貴方は()()()()()()()一貫性が重要だと言いました。しかし、それって何処まで信用出来るでしょう? バーテミウス・クラウチ氏はこう言っていましたよ」

 

 あの老紳士は言った。

 

()()()()()()()()()()()()()と」

「――――」

 

『良いか、人間とは単純に割り切れる物では無い! 決して一貫性を抱ける物では無く、例外を常に造りたがる生き物だ! そして、それさえも普通の一枠なのだ! 一面だけを観て全ての結論が導き出せるような者では決してない!』

 

 服従の呪文の支配下に在ったという事情はある。

 しかしその一点だけを無視し、話された状況そして話した相手を考えれば、あれは疑う余地もなく、己が命を燃やしながら紡がれた言葉のように感じられた。

 

「……それが誰に適応されるかは予め限定した。バーティは、儂等とは違う」

「一部は同意しますが、全部は肯定しかねますよ。貴方が人を辞められないように、闇の帝王が人を超えられないように、バーテミウス・クラウチ氏もまた人でしょう」

 

 一貫的で、一面的である人間など有り得ない。

 

「僕に対して語られた一切の言葉を無視し、客観的行動から判断しても、彼は一貫性を欠いていた。正義の下に自分の息子を自らの手で裁き、しかしその息子を脱獄させるという不正義に手を染め、脱獄させた後は単なる先送りに過ぎない、どっちつかずな幽閉を選択した」

 

 正義を貫くならば、脱獄させた息子を始末しておくべきだった。

 不正義を貫くならば、脱獄させた息子を自由にしてやるべきだった。

 

「彼は一体どうするつもりだったのでしょうね」

 

 高貴なる由緒正しきクラウチ家。

 彼が生きた理由全てが終わった今だからこそ、余計にそんな感慨を抱く。

 

「バーテミウス・クラウチ・ジュニアが服従の呪文を破る日が来ないという前提に立ったとしても、彼は自分が死ぬまで息子を飼育し続けるつもりだったのでしょうか。危険を解っていたのに、息子にクィディッチ・ワールドカップの観戦を許したのは何故だったのでしょう。息子が闇の印を撃ち上げた以降も、何も変わらないと思っていたのでしょうか。前年にポッター家の悲劇の元凶とされたシリウス・ブラックが脱獄し、それまで大人しくしていた死喰い人達が何故かワールドカップで突然行動を再開したというのに?」

 

 彼の行動は合理的では無かった。少しでも頭が回れば未来が無い事は解った筈だ。

 だがそれでも解決し切れずに引き摺り続け、そして当然のように破綻した。名家中の名家の当主は、己が選択によって家を潰した。今年、息子の手によって殺されたのはあくまで余禄に過ぎない。クラウチ家の最後の末裔を自らアズカバンに送り、しかしその結末を受け容れ切れなかった時、その滅びは確定していた。

 

「貴方は、バーテミウス・クラウチ氏がどうするのが正解だったと思います? 愛すべき妻の最期の願いを無慈悲に却下すべきだったと思いますか? それとも、息子が闇の印を撃ち上げた時点で、悔い改めとしてアルバス・ダンブルドア、貴方に真実を告白すべきでしたか?」

「…………」

「貴方が如何なる大賢者であろうと、その解答を導く事は出来ないでしょう。正解などない。合理的な決断と行動などという、不合理的な論理を持ち出す事は許されない」

 

 正気を失ったバーテミウス・クラウチ氏は、ハリー・ポッター達が見た恰好からして、恐らく姿現しすらロクに使えない身であり、しかしそうなりながら尚ホグワーツに辿り着いた。

 

 要は彼は最初から解っていた。

 自身が頼るべき最強の切札にして最善の解答が、今世紀で最も偉大な魔法使い(アルバス・ダンブルドア)である事を。光の陣営の将来を考え、またクラウチ家の名誉の失墜を最小限に留めるには、この老人に対し、自身の過ちの告解をする以外の選択肢は有り得なかった。

 

 しかし、それでも尚、正気を喪わなければ選択出来なかった。

 彼に残っていた理性こそが、合理的な選択というのを邪魔し続けていた。

 

「貴方は人の行動の殆どを正確に読み切れるでしょう。闇の帝王もそこに例外は無いのでしょう。けれども実際、貴方は闇の帝王の思考を一度読み間違った」

「……確かに儂の失敗は認めよう。じゃが、次は無い」

「そうなのかもしれませんね。けれども、人は理屈で説明し切れず、そしてまた一人で動くもこともない。貴方が勘定に入れていなかった人間が、闇の帝王を変え得る可能性は有る。スネイプ教授が闇の帝王の行動に干渉したが故に、〝生き残った男の子〟を生んだように」

「ヴォルデモートにとってマグル生まれ(リリー・ポッター)一人などどうでも良いから、それが為せたのじゃ」

「どうでも良かった事が、どうでも良くなくなった事には変わりませんよ」

 

 あの教授も、つくづく奇妙な立場に置かれている。

 僕は部外者から抜け出せないが、彼の方は部外者として抜け出せないのだろう。

 その事実を知った時ハリー・ポッターがどうするかは、僕をして読み切れない。同時に、教授の選択自体もまた読み切れない。全く予想が付かない訳ではないが、確実にそうするだろうと考える程に、僕は傲慢になれない。

 人間という代物は、それ程までに単純ではない。

 

「そして闇の帝王と比較すれば些細ですが、貴方は僕の行動すら読み切れていない。貴方は僕が貴方を嫌っているという事は解っていても、()()()付く事は疑っていないのでしょう。であるからこそ、貴方はこういう馬鹿な行動を目論んだ」

 

 バーテミウス・クラウチ・ジュニアが課題前にそう考えたように。

 アルバス・ダンブルドアもまた、僕が自分の味方の側に着くと思っている。

 

「けれども、明言しておきますが。そもそも僕にとって現時点の最善最高の結果はアルバス・ダンブルドア、()()()勝利する事などでは無い」

 

 眼鏡の奥の蒼い水面が、僅かに動揺で揺らいだ。

 

「……ヴォルデモートの勝利は、君が大切に想う少女の未来には繋がらぬ。たとえ君が彼女の命を救えたとしても、以降に待っているのは、尊厳無き家畜としての生活じゃ」

「それは確かでしょう。そもそも彼女の気性を考える限り、ハリー・ポッターかロナルド・ウィーズリーが死んだ時点で、彼女は復讐に身を投じる可能性が高い。故に闇と光、どちらが勝って欲しいかを敢えて言えば、それは光の側が勝つ方が望ましい」

 

 闇の帝王の生存を知った一年生の時から、既にはっきりと解っていた事だった。

 これまでの四年間を過ごす内に、確信が強まり続けてきた事だった。 

 

「まあ、この魔法戦争から彼女が一切の手を引くというならば決してその限りでは有りません。そして僕が今年多少の期待を寄せていた人間はビクトール・クラムであり、伴侶として彼女を連れ出してくれないかと思っていたのですが、どうもそういう訳には行かないらしい」

 

 学期末、別れの日、あの気難しい男は僕に会いに来た上で言った。

 

『ハーミィ-オウン-ニニーは僕の誘いを断った。今年はポッターの、傷付いた親友の傍に居たいそうだ。仮に僕が来年以降誘ったとしても、それを嬉しくは思えど、応えられるかというのは解らないと言っていた』

 

 それをわざわざ僕に伝えに来た意味と必要性が今一理解出来ないが、まあ一応助言をした者に対する義理を果たしに来たと見るべきだろうか。

 

「故に、アルバス・ダンブルドアが闇の帝王に勝利する未来は我慢、いえそれどころか歓迎出来ると言って良い。それは確かです」

「……ならば何故、君は儂が勝つ事を良しとせぬのかね」

「彼女にとってそれが最善の大団円では無いからですよ」

 

 上を望めばキリが無いと言っても、手が届く可能性が有るならばやはり望むべきだろう。

 

「彼女が今年からS.P.E.W.という活動に手を染めた事は御存知ですか?」

 

 アルバス・ダンブルドアは困惑の表情を浮かべた。

 それは意図して形作られた物であり、話題に上らせる必要が真にあるかと同時に問う物でも有った。しかし僕は軽く頷くだけの対応に留めた。何の意図もなく話題に出した訳ではないし、僕の取るべき立場について大いに関係が有る部分だった。

 

「……一応、耳にしておるが。そして君であればまず間違いなく空回りと表現し、真正面から否定するであろう事も推測出来ておる」

「ならば話が早い」

 

 何処から耳にしたにせよ、速やかに済むのは良い事だ。

 

「確かに僕には色々と疑問符が付く部分が多かったですが、それでも彼女が屋敷しもべ妖精のみならず、魔法界の古い因習と偏見自体に強い憤りを感じているのは変わりません。彼女自身、入学以来マグル生まれとして差別と偏見に晒されて来た訳ですからね。魔法界での自分の扱いを意識するマルフォイも近くに居ましたし」

 

 そして彼女は一度決心すれば頑固であり、一途であった。

 

「彼女は現在社会を変えたいという願いを抱いており――しかし、ハーマイオニー・グレンジャーはそれを叶え切れない。彼女はそんな何ら〝特別〟ではないから。例えば彼女が社会を変える為に魔法大臣の地位を欲したとしても、彼女はそれを手にする事が出来ない」

「……儂は決してそうは思わぬ」

 

 有り難い事に、その否定は力強かった。

 

「流石に今すぐ魔法大臣になって仕事が出来るとは言わんが、彼女には類稀な資質が有る。それも良い魔法大臣になれるじゃろう」

「貴方の見立てを全否定しませんよ。寧ろ同意すら出来るでしょう」

 

 能力以上に、彼女には強い意欲と意思が有る。

 世界を自ら変えられる人間は、ハリー・ポッターのような人間では無く、何時だってああいう類の人間であるのだろう。

 

「しかし、コーネリウス・ファッジを見れば解ると思いませんか? 魔法大臣はテストの点数順で就ける物では無い。選挙に勝たなければ魔法大臣になれない。選挙に勝てないのならば、大臣としてどんなに上手くやれる能力が有ろうが無価値に等しい」

 

 コーネリウス・ファッジは選挙に勝利したのは偏に運が良かったからだ。

 アルバス・ダンブルドアが変わらず魔法大臣の地位に興味を示す事はなく、それまで本命であったバーテミウス・クラウチ氏は失脚し、死喰い人疑惑によって政治的打撃を受けたルシウス・マルフォイ氏は手頃な傀儡を探していた。

 

 そのどれか一つでも欠ければ、彼が魔法大臣になる事は絶対に無かった。

 平時の魔法大臣として務め上げるだけの能力が彼に有ったとしても、単にそれだけでしかなかった人間に、魔法大臣の椅子は転がり込んでこなかった。

 

「アルバス・ダンブルドア、そしてハリー・ポッター。貴方がたは〝特別〟だ。貴方がたが魔法大臣に立候補すればまず確実に勝てますし、その地位が無くとも好き放題振る舞える事は、他ならぬ貴方が証明している。一応闇の帝王が復活した現在はまた別の話になりますが──ただ一つだけ確かなのは、同じ事はハーマイオニーには絶対に不可能だという事です」

 

 〝特別〟では無いから。

 どんなにホグワーツで優秀な成績を修め、そしてこの先ホグワーツ首席として卒業しようとも、世間的には、単に学校という狭い社会で御勉強が良く出来ただけの、有象無象の小娘の一人でしかない。

 

「ここまで言葉を費やせば僕が何を言いたいのか解るでしょう?」

「…………」

「ハーマイオニー・グレンジャーが真に社会を変えたいと望むならば、その最短最速の道は、ホグワーツで良い成績を残す事でも、魔法省で素晴らしい政策を立案する事でもない。国際魔法使い連盟で感動的な演説をする事でもないし、言うまでもなく屋敷しもべ妖精の為にS.P.E.W.の活動を継続する事ですらない」

 

 現在の情勢の下では、それらは全て遠回りである。

 

「これからの魔法戦争において()()()()()()()()()勝たせる事。英雄の友人であるのを良い事に彼の知名度を都合良く利用する売女では無く、魔法戦争での英雄の勝利に不可欠であった戦士の一人となる事です」

 

 アルバス・ダンブルドアが勝利を収めた場合、それは叶わない。

 この良識を備えた老人は、彼女達を直ぐに戦場に出す気は無いし、仮に卒業後にハーマイオニーが不死鳥の騎士団の一員として戦ったとしても、彼女の活躍は埋没する可能性は高い。その場合においては戦争の勝利に貢献した数十人、もしくは数百人の一人でしかない。

 

 しかし、ハリー・ポッターが勝利を収めたならば。

 不死鳥の騎士団の一員としてではなく、尚且つ誰が見ても彼女の戦争への貢献を疑う余地が無い程の大活躍を成し遂げたというならば。

 彼女は〝生き残った男の子〟には及ばずとも、彼に次ぐ〝特別〟と成り得る。

 

「まあ彼女が貴方がたの代わりに闇の帝王を滅ぼす事で〝英雄〟となっても良いのですが、僕はそこまで彼女が才能に溢れた魔法使いだとは考えていない。勿論、今世紀で最も偉大な魔法使いの御墨付きが有るならば当然そちらが優先されますが」

「……ハーマイオニーには絶対に不可能じゃ。それは儂の杖腕どころか命を賭けて良い」

「でしょうね。優秀なだけの魔法使いに多少の奇蹟が起こった程度で勝利出来るならば、そもそも闇の帝王は史上最悪とは呼ばれていない筈だ」

 

 闇の帝王は抵抗する者尽くを殺し続けてきた。

 この国の魔法使いとして生きる限り、ただ一人アルバス・ダンブルドアを除いて、全員の首元に死の鎌が突き付けられ続けて来た。その最悪の状況を誰も――眼前の魔法使いを含めて――変える事は出来なかった。それが出来たのは、僅か一歳の赤子だけだった。

 

「去年まで彼女は魔法界どうこうという事は余り考えていなかった。けれども、彼女は興味を持った。持ってしまった。それが何処まで行くかは解りませんし、まず間違いなく僕が望む方向には絶対に行かないでしょうが──それでも彼女がこの魔法界をどう変えようとするのかというのには一応興味が有る」

 

 彼女には意思があり、能力があり、権利があった。

 何より、彼女はアルバス・ダンブルドアに嫌われている訳では無い。彼が支配する現状維持の魔法界に挑戦する資格を得ている。

 

「故に僕は貴方と立場を異にしている。ハーマイオニーがハリー・ポッターを使って勝利する事を期待している点において、貴方とは相容れない」

「……じゃが、この四年間、君は一貫してハーマイオニーの安全を図る方向に動いてきた。しかしその道は、彼女の危険を是とする道でも有る」

「そうですね。人は死んだら終わりだ。それは確かです」

 

 彼女に死んで欲しくないという考えは変わらない。

 

「けれども、矛盾しているようですが、彼女に偉大になって欲しいという考えもまた存在するんですよ。もしくは自身の理想で有って欲しいと願っているというべきでしようか。彼女はそんなつもりは無かったでしょうが、あの日、人一人を救ったのですから」

 

 彼女が居なければ、何も続く事は無かった。

 

「たかが一人。それでも救われた側にとっては忘れられぬ記憶で、何にも代えがたい恩義を抱くには十分で、そしてそれが今後世界で一つでも多く増えるとすれば、社会にとって大いなる善と言えるでしょう? であれば、その為の最短経路が存在するならば、僕は独善の欲望の下に阻むべきではない。そう思えたりもしませんか?」

「……ハーマイオニーは君の考えるような、そんな邪な動機でもってハリーの傍に居る訳では無い。彼女は純粋な友愛の為に共に居るのじゃ」

「それはその通りでしょう。彼女はそんな器用な女性ではない」

 

 言われずとも、これまでの四年間でよくよく知っている。

 

「ただ、仮に僕が彼女の立場であったのならば、間違いなく止まれません。そして自分が自制出来ないにも拘わらず、他人に自制を求めるのは道理が通らないと思えてならないのです」

 

 〝生き残った男の子〟の権威と地位は魅力的だ。

 僕がハリー・ポッターの友人であったのならば、ハーマイオニーとはまた別の理由と目的の下で、しかし同様に危険を承知で傍に留まる事を選んだに違いない。自身の目的を果たす為の最短最速の経路は、やはりハリー・ポッターを利用する事だからだ。

 

「そして勿論、これは彼女が求めるならばの話です。彼女はそれを選ばないかもしれない。彼女は僕程に現在の魔法界を疎んでいる訳では有りませんからね。そして、彼女が全て放り出して逃げるとしても、僕は肯定しますよ」

 

 僕のユメを、彼女に押し付けるつもりは無い。

 

「本音を言えば、僕自身、僕が彼女にどうして欲しいのか解らない。英雄の隣で悪と戦い続けた戦士となって欲しいのか、戦火から逃げた無名の母になって欲しいのか。後世にも名を残す魔法大臣となって欲しいのか、これからの歴史を語る伝記作家となって欲しいのか」

()()選ばせようとは思わないのかね?」

()()()選び取らせる事は不可能では? また、貴方と違って自分の良いように操る気も有りません。多少口は挟んでも、最後は彼女が一人で決めるべき事です」

 

 特に彼女の革命については、僕は関わるべきでないのだ。

 最初から、入学前に初めて出会った時から歴然としているのである。彼女は善良で、潔癖で、穏健過ぎると。つまり僕の遣り口には合わない。

 

「……じゃが、それならばそれで儂は構わぬ」

 

 アルバス・ダンブルドアは、微妙に声を震えさせながら言った。

 

「君がハリーを勝たせるつもりだとしても、光の側に立つのであれば手を取り合える。ハリーを勝たせる為に、君は儂の側に付くとは考えられぬのかね?」

「それも既に言った筈です。貴方は独裁的な騎士団長であり、貴方が間違えれば全員が間違えると。ハリー・ポッターも例外では無い。貴方の話から判断しても、僕の眼から見ても、彼は貴方を信頼している。故に貴方が居る限り、貴方の下に留まる事を選択する。貴方の負けが彼の負けに等しい事に変わりはない」

 

 ハリー・ポッターは自ら先頭に立って戦争を率いる類の人間ではなく、また現状立つ気も無い。であれば、僕がハリー・ポッターに味方する事など当然に不可能である。

 

「そして、何時までも猶予が有る訳では無い」

 

 戦争は、何れにも勝ち目が存在し続ける公平な遊戯などではない。

 

「ゲラート・グリンデルバルトによる世界魔法大戦における貴方の不審な行動。つまり、世界中で死人を生み出したあの革命に関して、貴方が参戦を求められながらも当初は拒んだのだと、僕はバーテミウス・クラウチ氏から聞きましたが」

 

 突然質問が飛んだからか。もしくは質問の内容が彼にとって急所だったのか。

 

 直ぐには答えが返って来ず、老人が答えられたのは、たっぷり十秒以上を費やした後だった。そして彼の認識にとっては、直ぐに答えたつもりの筈だった。それが外部から見て取れるくらいには、彼の瞳は何処でもない彼方を見ている時間が長かった。

 

「……あれには確かな理由が有ったのじゃ」

「理屈が存在すれば非道を看過するのが騎士道精神(グリフィンドール)でしたでしょうか」

「…………」

「それはまあ今は置いておきましょう。では、一方で闇の帝王が殺戮を振りまいた先の革命。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 今度は返答が寄越されない。

 明らかに、老人は答える必要性を見出していない。

 

「その事から考える限り、貴方が本気を出せば軽々逆転とは行かないのでしょう。実際の戦場も、大概は同じだと思いますよ。比例の直線のように淡々と進み続けて勝利決定というのは殆ど無いでしょう。何処かで均衡が崩れて一気に趨勢が傾き、一挙に勝敗が決してしまう」

「……君に言わせれば、儂に逆転の目が無くなった時点でハリーが死んだなら、最早この戦争はどうにも出来ぬという事じゃな」

「ええ。彼はさっさと死ぬか、最後まで生き残るかのどちらかにして欲しいものです」

 

 中途半端が一番悪い。

 そうなった場合、光の陣営は必然のように敗北する気がしてならない。

 

「貴方は完璧では無い。間違える。それは当然だ。けれども、貴方の傍に歯止めを掛ける人間は居ない。誰かが可笑しいと思っても、貴方の実績と権威と地位が、忠告と諫言を、途中での間違いの修正を許さない」

 

 だから貴方の意向には従う気にはなれませんよ、と改めて繰り返す。

 何処を目的地としているか解らない暴走特急になど乗れない。最初から破滅行きと書いてある特急に乗った方が、まだ自分がどう振る舞うかを決めやすいものだ。

 

「実際、()()()の状況が顕著に過ちを、()()()非道に対する貴方への傍観の態度を示しているではありませんか。誰も貴方の我儘を止められず、正されるべき間違いを放置し続けている。今世紀で最も偉大な魔法使いには確たる計画や理屈があるのだろうと、無瑕疵の信頼と忠誠を向け続けている」

 

 そしてこの老人を信仰する一部以外は白けた眼で現状を見続けている。

 

 少なくともセドリック・ディゴリーであれば、ホグワーツには四寮が必要だと理想論を宣ったあの男ならば、これを是としなかった。自己の信条に違おうとも、自らの破滅を導くかもしれないとしても、更なる破滅を防ぐが為に、己の裡に毒を入れるのを選択した事だろう。

 

 それを拒絶し続けている、潔癖症のアルバス・ダンブルドアとは違う。

 

「――貴方は現在の魔法界の状況をどう思います?」

 

 核心の質問、この老人の側に付けない理由の問いを僕は紡ぐ。

 

「……君がそれを聞く真意が解らん以上、答えられぬ」

「そうですか。では答えから言いますが、僕は不当だと思いましたよ」

「…………」

「ええ、そうです。僕ですらそう思ってしまった。アルバス・ダンブルドア。二度の戦争で大きな貢献を果たした英雄。今世紀で最も偉大な魔法使い。一貫して悪に立ち向かってきた正義の魔法戦士。そんな彼の言葉に聞く耳を持たず、闇の帝王の復活を嘘だと切り捨て、耳障りだけが良いコーネリウス・ファッジの妄言を信じようとする、現在の魔法界は愚かだと」

 

 そう思い、しかし直ぐに我に返った。

 果たして本当にそうだろうかと。

 

「落ち着いて考えてみた場合、貴方の証言の信用性はハリー・ポッター達が考える程に高い物なのでしょうか? 頭が可笑しいのは彼等で、正気を保ち続けているのは魔法界である。そんな結論を導く事は、決して不可能だと言えるのでしょうか?」

 

 これまでの十四年――特にハリー・ポッターがホグワーツに入学してから()()()()()の、この老人の一切の所業を踏まえた上で考えた場合。闇の帝王が復活したのだという()()()()()()()()()()()()言葉は、本当に信じるに足ると言えるのだろうか。


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