登場人物も減り、思想対立に関わる部分も殆ど終わるので、文章が過度に膨れ上がる事も無い筈。というより、四章がここまで長くなるとは思っていませんでした(各章の二倍程度で終わる見込みだった)。
始まりの鐘
夏休みに入り、僕はマルフォイ家に世話になっていた。
それはホグワーツ入学以後の四年間の生活で、最も大きな変化であっただろう。
これまでの夏休暇中におけるマルフォイの誘い――というより一方的な自慢を垂れ流す妄言は、程度が如何なる物であろうと聞き流し続けてきた。
純血達が毎夏集まって如何なる遊びをしていようが全く興味が無いし、他人に煩わされる事自体が余り好きではないし、マルフォイの側も僕に来て欲しいとは考えていないだろうと思っていたから、当然の結果として僕がマルフォイ家を訪れる事はこの四年間で一度もなかった。
しかし、闇の帝王の復活により情勢は変わった。
自分の立場という物を、改めて表明しておく事が必要だった。
毎年恒例とも言えるマルフォイの今年の素晴らしい夏休み予定表の朗読を何時もより真剣に聞き流した後、僕は彼に対して「可能であれば、この夏、君の家に一度行ってみたいのだが」と申し出た。それに対してマルフォイは何故か盛大な驚愕の表情を浮かべた――その瞬間、僕は断られるのではないかと危惧した――が、彼の側も必要性は理解したようである。考えさせてくれという発言は有ったものの、最終的に僕はマルフォイ邸へと招かれた。
もっとも、多少の擦れ違いは有った。
僕としてはルシウス・マルフォイ氏に挨拶を、そしてナルシッサ・マルフォイ夫人にクリスマスの際の礼を改めて言おうとする程度の意思しかなかったが、ドラコ・マルフォイは僕が夏休暇中に滞在し続けたいと申し出たと解釈したらしい。僕に対して閉ざす扉は無いとルシウス・マルフォイ氏から直々に迎えられた上で、夏休暇中の間
滞在部分についてはマルフォイが勝手に先走っただけなので最初は辞退したが、意図的で無くとも言質を奪ってしまった以上、徹底的に拒否する訳にも行かない。結果として幾度か宿泊する羽目になり、そもそも宿泊を断ろうが余り変わらなかった。というのも、マルフォイが大した用事もないのに、殆ど毎日僕を呼び付けたからである。
ビンセント・クラッブやグレゴリー・ゴイルの姿は見かけなかったのでどうしたとも聞いたのだが、彼等は殆ど産まれてからの付き合いであり、どうせ社交の場で顔を合わせるから問題無いらしい。そして僕の家まで屋敷しもべ妖精が呼びに来たとなれば、用事が無いのに断る訳にも行かない。
無理矢理用事を作って家を出ておくのも考えたが、その場合、マルフォイが僕を屋敷しもべ妖精に追跡させるだろうという事は容易に想像が付いた。一応頼みを聞いて貰った身では有るのだし、結局従うのが一番面倒が無いだろうと、僕は夏休みに入ってから暫くさながら使用人のようにマルフォイ家へと頻繁に出入りする羽目になった。
一応、悪い事ばかりでは無かったとは言える。
特にマルフォイ家の書庫に立ち入りを許されたのは非常に幸運だった。
当然の事ながら僕はマルフォイ家の外部の人間であり、尚且つ今現在アーサー・ウィーズリー氏らが執拗に嗅ぎまわっている事からして、間違いなくマルフォイ家からすれば大した事のない書庫ではあったろう。ただ、旧い純血が千年近く掛けて収集してきた一部というのは、それ以外から見れば普通に貴重な書籍ばかりであり、普通の闇の魔術の書物を読んだり、純血の歴史や家系図を調べるには事欠かなかった。
ただそれはそれとして、面倒事からもまた逃れられなかった。
たかが書庫に五時間程度引き籠っていた程度で干渉しにくるドラコ・マルフォイよりも非常に厄介だったのは、僕が一生無関係だと考えていたスリザリンの恒例行事、いわゆる社交界に出るのを強制された事である。
純血以外を排除せず、かつ未成年の男女が参加するような気楽で格の低いパーティだとしても、自分達が紹介した人間が無様な真似をするのはマルフォイ家、というよりナルシッサ・マルフォイ夫人にとって我慢出来るものでもないらしい。
しかも発言を聞く限り、彼女は僕がクリスマス時にガブリエルに行っていた数々の〝不作法〟を見ており、そして許し難かったようである。徹底的に教育する旨を宣言され、彼女が呼んだ家庭教師による指導を受ける羽目になった。僕がマルフォイ家に入り浸る羽目になったのは、その熱血教育に長く時間を割かれたという部分も大きい。
勿論、彼等が生まれながらに身に着けて来た数々――社交場における礼儀作法と立ち振る舞い、言葉遣いや発音など――は、スリザリンで七年のホグワーツ生活を送った程度では身に着けられないし、促成教育でどうこうなる物でもない。無礼にならないギリギリまで妥協するとしても、夏休暇は習得期間として短過ぎる。
ただ、僕に〝純血〟の前でも恥ずかしくない振る舞いをして欲しいというのは一応彼女の好意に分類される行いであり、どういう形であれ将来的に役に立つ可能性があるというのは、バーテミウス・クラウチ氏が死んだ今でも尚否定出来ない。
何より女主人の不興を買うのは当主の気分を害するよりも或る意味恐ろしいから、好き嫌いに拘わらず手を抜く訳には行かなかった。
この部分に関しては、ドラコ・マルフォイは何の遠慮もせず、僕が晒す無様へ馬鹿笑いを向けていた。家庭教師が多少困っていたものの、ドラコ・マルフォイは雇い主の息子であり、尚且つ彼が示す例は流石に完璧でもあったから文句も言えないようだった。まあ、彼の態度は僕にとっては何時も通りの事であるし、寧ろ来る本番、何の為に礼儀作法を覚えさせられているかを想えば憂鬱にしかならなかった。
事実、ナルシッサ・マルフォイ夫人から辛うじて許せる――決して合格ではない――との判決を受けた後で出る羽目になった社交界は、僕にとっては苦痛でしかなかった。
祝宴にしろ舞踏会にしろ、余り興味が持てず苦労だけが多い空間は、自分が場違いだという感覚を際立たせた。無知で教養も無いのでただ見ているだけで足る演劇や音楽会、博覧会あたりはまだ気楽だったと言って良いが、何れにしろ改めて思い知らされたのは、自分は貴族という〝職業〟には向いていないという事だ。
一挙手一投足に手順と自制、政治的意図を求められる純血の生きる世界は、クリスマスや第二の課題後にガブリエルに連れまわされた方がマシだったと思えた位である。
……しかし一番最悪だったのは、ルシウス・マルフォイ氏に「君はセブルスと違い、この手の舞踏会や晩餐会にも進んで参加するのだな」と言われた瞬間だったのだが。
貴族的な皮肉でなく半純血の友人を持つ人間としての称賛の響きを有していたのは解ったから、憎悪を向ける先は当然あの教授だった。道理で一度途中で僕を〝応援〟しに来た訳だ。あの時は自分の後輩への哀れみだと思っていたが、振り回される僕の道化ぶりを観察しにきたに過ぎなかったらしい。
もっとも総合的に見れば、今までの一カ月は充実した夏休みと言って良く、残りの一カ月も恐らく同じようになる……いや、やはり残りの一カ月は今以上に酷くなるか。
未だに社交界の為の
そんな未来の事を想うと憂鬱で仕方が無かったが――とはいえ
夏休暇も既に約一カ月が終わり、滞在している訳でも無いのに何故かマルフォイ家での生活にも慣れた頃。それまで引き延ばしていた〝予定〟の日が僕に訪れた。
その予定は、夏休暇中に入って齎された一通の手紙を発端としていた。
余り馴染みのない差出人からの手紙は、しかし余り僕に驚きを生じさせるものでは無かったし、内容を読めば理解を示せる物であった。結局、幾度かのふくろう便の遣り取りを経た上で、
勿論、予め決まっていた事なので、予定の日の前にマルフォイ邸を辞し、自宅へと戻っておく事は一応可能だった。それどころか、掛かる時間が読めないが為に朝から予定を入れていたのだから、自宅から向かう方が寧ろ自然であったと言えよう。
しかしそれでも僕が前日のマルフォイ家での宿泊と翌日暇を貰いたいという旨をルシウス・マルフォイ氏に対して願い出たのは、予定の内容が内容であり、現在の情勢が情勢であるからだった。用心するに越した事は無く、立場の表明も露骨過ぎる位の方が良い。
まあ許可を出した氏の顔が複雑そうだったのは、数多くの人間を直接間接的に始末してきた彼をもってしても、子を持つ親として思う所が有ったのだろうか。
故に僕は休暇中事実上の私室として割り当てられた一室で一泊し、屋敷しもべ妖精の世話を受けながら外出の準備を済ませたのだが、例外的な事は何時でも重なるらしい。もっとも、事前に決まっていた予定と違って、それを予想しろというのは流石に無理だろう。その未来を予見出来たならば、今からでも〝予見者〟に転職出来るに違いないからだ。
僕が朝の準備を終えた頃、ドラコ・マルフォイは来襲し、開口一番こう言った。
「スティーブン、朗報だ! ポッターの奴がとうとう退学になるぞ……!」
マルフォイ家に入り浸っていれば、ルシウス・マルフォイ氏が今現在非常に忙しくしているというのは当然に気付く事である。
僕がマルフォイ邸を訪れた当日こそ彼は僕を歓迎したし、その後も邸宅の中で彼の姿を一切見かけないという訳では無かったが、それでも彼が僕を相手する事は殆ど無かった。大概の場合に対応してくれたのはナルシッサ・マルフォイ夫人であり、その彼女でさえ、ドラコ・マルフォイ経由で不在を伝えられるという事も稀では無かった。
ルシウス・マルフォイ氏から非礼を詫びられはしたものの、世話になっている身としては文句を言えようもない。そして闇の帝王の復活が暗黙の了解となっている現在においては、彼等が忙しいのも当然である。働き甲斐の有る主人であるのかは僕の眼からは定かでは無いが、闇の帝王当人に殺されないか戦々恐々として動いていた去年よりは、多少安心して働いている事だろう。
ともあれ、マルフォイ家当主が忙しいのは珍しくも何ともないが、しかし僕の〝予定〟の前日、つまり昨日は、確かに少々雰囲気が違ったようではあった。
とっくに日も落ちたというのにルシウス・マルフォイ氏が急いで魔法省に向かったというのをドラコ・マルフォイから聞いた時、僕は「そうか。それで?」としか問わなかった。
寧ろそれ以外の何を言えという話ではあるものの、内心では色々と考えを巡らせていた。
ルシウス・マルフォイ氏が何処かに行くのは珍しくないにも拘わらず、息子である彼が異常だと感じたという事は、彼なりに理由――氏にとって何か不測の事態が生じたようだと考えた根拠が存在していた筈なのである。だからこその促しであったのだが、彼は馬鹿にされたと思ったらしく、大層癇癪を起こして立ち去っていった。
まあ、その反応は彼が疑念に思えど何も知らないという事を示すものであったというのもあり、僕はマルフォイを引き留めなかった。
緊急事態ならば直ぐに新たな情報が寄越されるだろうと考えていたし、僕が就寝するまで何も無かったのだから、結局彼が騒いだだけで大した事では無かったのだろうと結論付けた。
結論付けていたのだが――どうやら違ったらしい。
わざわざ聞くまでも無く、昨日のルシウス・マルフォイ氏の魔法省への夜間出張はそれに関わるのだろうと察する事は出来た。確かにそれが真実ならば、彼が魔法省に急行して事態を把握しようとするのも納得である。ドラコ・マルフォイに異常を感じさせもするだろう。
彼が部屋のノックを忘れ去るのは何時もの事だが、今回は意図的な物では無いのだろう。入学以来の宿敵の退学予測に、彼は喜びを爆発させていた。
「ポッターは退学だ! 寧ろ今まで退学にならなかった事の方が可笑しかった! あいつは散々法律も校則も破っているんだからな! これで漸く正しいホグワーツに一歩近付いたというべきだろうし、後はあの老いぼれさえ居なくなれば良い。そしてその日も遠くは無い筈だ……!」
彼が何時知ったにしろ、その慶事を余程僕に漏らしたかったのだろう。
歓喜の余りに僕を叩き起こすような真似をせず、常識的な範囲の朝の時間まで待って部屋を訪れた事は一応感謝しても良い。上機嫌過ぎる彼の相手をしながら、憂鬱な予定の為の準備を進めるような真似はしたくもない。
僕は約束の時間までの暇潰しとして読んでいた本から視線を上げ、椅子に掛けたまま、未だ興奮状態を鎮めようともしない彼へと向き直った。
「ハリー・ポッターが退学なのは良いが、その理由を僕はまだ君から聞いていないが」
「ポッターは学校外で魔法を使った! それもマグルの住宅街で、マグルの眼の前でだ!」
呆れを隠さず紡いだ僕の問いに、マルフォイは空に昇らんばかりの声色で答えた。
……嘆息をせずに済んだ事に対して、我ながら己の自制心は流石だと思った。あの英雄殿は、現在の状況で一体何をやっているのだか。
「……それが事実ならば、確かに退学に成り得るな。現在の法律を厳密に適用する限りにおいては、彼は退学処分を受ける事が妥当だと考える余地は有る」
「だろう? 散々贔屓されてきたが、あいつは今度こそ言い逃れ出来ない!」
喜びを爆発させるマルフォイに僕の言葉の微妙な
未成年が学校外で魔法を使う事と、マグルの眼前で魔法を使う事。
それらの行為は何れも違法であるものの、厳密には別個の違反である。そして、魔法に習熟していないから保護の為に規制するという意味合いを有する前者よりも、魔法使い連盟国際機密保持法を直接的に危険に晒しうる後者に抵触する場合の方が当然罪が重い。
夜間に自室で宿題を済ませる為に
ドラコ・マルフォイ曰く、ハリー・ポッターは一昨年にも叔母を風船にしたらしいのだが、仮に真実ならば非常にギリギリの行為だった。その行為が屋外でなされていたならば、如何に生き残った男の子、そしてシリウス・ブラックによって狙われていると思われていた子供と言っても、流石に無罪放免とは行かなかっただろう。
「ちなみにハリー・ポッターが何の魔法を使ったか解るか?」
僕の問いが重要な部分と知ってか知らずか、彼はあっさりと口を開いた。
「父上は僕に教える事を勿体ぶっておられたが、聞いた所によると守護霊の呪文だそうだ」
「……そうか」
得意満面に言い切ったマルフォイに、多少気が沈むのは避けられない。
当然マルフォイは父親であるルシウス・マルフォイ氏から、そして氏は魔法省の役人――仕事の内容から考えれば魔法省魔法不正取締局の誰かから聞いたのだろうが、非常に厄介で微妙な判断が迫られる事態になったものだ。多分、事情を把握したルシウス・マルフォイ氏も似たような心境だった筈である。
そして僕とマルフォイは同じ寮で四年を過ごし、特に今年の夏休暇中は長い間共に居る。
彼が僕の表情を読める位にはなるのであり、僕が物言いたげであった事を見て取ったのだろう。先程までの満面の笑顔を一瞬で消して、不機嫌さと抗議の意思を表情であからさまに主張ししつつ、マルフォイは唇を尖らせた。
「……何だ、スティーブン。喜んでいる僕がまるで馬鹿だと言いたげだな」
「そこまでは言わないが。しかし彼の退学が確実だと信じる気になれないのは事実だ」
ハリー・ポッターの肩を持ったといえる発言だから、流石に視線は厳しい。
とはいえ、何時ものように文句をぶつけてこなかったのは、彼なりに父親の態度に感じる物が有ったからか。彼は視線で先を促し、僕は大人しく説明を加える。
「使った魔法が失神呪文のような呪文ならば事は単純だ。少なくとも現在の法律の建前上、〝マグル〟に対して呪文で危害を加えるのは許されない。だが、使った魔法が〝マグル〟に対して無害な、限定的な魔法であれば多少考える余地が生まれるように僕は思える」
そして
それを考えた時、此度のハリー・ポッターの行為は果たして退学処分を課されるまで行くのだろうか。当該違反が為された場合の裁判手続、有罪無罪の判断基準について僕は熟知している訳ではないが、それでも僕は中々厳しいように感じてならない。
「……同じ事じゃないのか。ズル賢いポッターの奴が直接的な手段を避けて、マグルを驚かせる嫌がらせに魔法を使っただけの事だろう」
「確かにそれは否定出来ない」
僕はハリー・ポッターがそうだとは思わないが、そういう人間は居るだろう。
「ただ考えるべきは一般的にどうかという部分だ。そして素直に考えて、ホグワーツ五年生にもなりながら、単に〝マグル〟を驚かせる為に呪文を行使する馬鹿は早々居ない」
「…………」
これもまた常識、或いは合理の話だ。
ドラコ・マルフォイが言うような人間は、普通は圧倒的少数派である。
「憎悪や敵意を抱いて傷付けるという話ならば解る。法律を知って尚、それを犯す人間が居るのは一般に想像が出来るからな。だが学年末に必ず、つまりは僕達はこれまで計四度、学外では決して魔法を使うな、使えば退学処分に加えて杖を折るという旨の警告の書面を学校から受け取って来た。それにも拘わらず、面白がって悪戯の為に魔法を使うような人間は稀だ」
「……単にポッターが考える脳みそを持ってなかった。それで解決する話だろう」
「それもまあ、否定しない。けれども、裁判官は君と違い、ハリー・ポッターが校則と法律破りの常習犯である事を知らない。普通の人間であればどう行動するだろうかと考え、故に今回ハリー・ポッターが魔法を使った理由に多少の疑問を抱いてしまう」
それに、と続ける。
「そもそも学外で魔法を使うなという規則が非常に緩いのは君も知っている筈だ」
法律上は重罪だが、運用上もそうだとは限らない。
「この家で君や僕が平然と魔法を使っている事から解る通り、マグルの住宅街で魔法が使われた事は感知出来ても、魔法使いの家で誰が魔法を使ったかを魔法省は知る事は出来ない。つまり、魔法族とそれ以外との間で元々不平等な法律では有る」
一応、それは已むを得ない制限ではある。
魔法使いに魔法の使用制限を課す一番の目的は、やはり魔法の存在を非魔法族から隠す事である。場所と危険度が異なれば規制と罰則が異なるのは当然であり、非魔法界の社会に居る者は国際機密保持法違反と成りかねない行為を慎んで然るべきである。嫌ならば魔法界に移住すれば良い話であり、都合良く権利だけ主張するのは道理が通らない。
ただそれでも、罪刑を考える上で平等を考慮されない訳でもないだろう。
「規則では退学、そして杖を折る事になっている。だが、それを徹底して運用されてきたかは疑問が有るな。未成年者に学外で絶対に魔法を使わせたくないなら、イルヴァーモニーのように、休暇中は杖を学校で保管させるようにすれば良い。しかし、ホグワーツはそうなっていない。要は、魔法族の子供が自宅で秘密裏に魔法を使える余地を残す為だ」
純血である家系にとって、その方が都合が良い。
自宅で魔法を使えるか否かで日常の便利さが雲泥の差であり、休暇中に呪文の復習や予習を出来れば、学期が始まってからの校内での成績、O.W.L.やN.E.W.T.の試験結果も当然良くなり得る。だからこそ、そのような
……まあ、そのような練習はハーマイオニーには出来ないにも拘わらず、四年連続で彼女が不動のトップというのは異常であるのだが。非魔法界において学校教科書を読む事は何ら禁じられていないとは言え、つくづく彼女はどうかしていると思う。
「…………。つまり、スティーブン。今回の法律破りでは、お前はポッターが退学にならないと考えてる。そう言う事で良いんだな?」
「そうは言っていない」
少し考えて理解したらしい。苦々しく顔を歪めているマルフォイに首を振る。
彼の表情からは、ドアを破らんばかりに入って来た時の喜色は一切拭い去られていた。
「たとえ初犯だとしても、やはり法律上はハリー・ポッターは退学だ。そして吸魂鬼から命を護る為に呪文を使用したという妄言を主張するならば、彼は吸魂鬼が居た証拠を提示する必要が有る。建前上、魔法省は全ての吸魂鬼を管理しており、彼等はアズカバンの外に居る筈も無く、吸魂鬼から命を護る必要も当然無いからな」
吸魂鬼の存在はハリー・ポッターの無罪の結論を導くものである以上、その存在によって有利な影響を受け得る彼こそがまず示唆をすべきであり、そしてそれを為したとしても、相手は国家である。今の展開を踏まえる限り、決して上手く行く気がしない。
「だから結論は裁判当日ハリー・ポッターがどう主張立証するかに掛かっているし、そもそも僕は彼が退学になろうが無罪だろうがどうでも良い。どちらにせよ利害関係を持たないし、君と違ってそこまで彼の行く末に興味を持てない」
これは本心では有る。
ハリー・ポッターが退学になった所で、あの老人がヘコむ以外に左程大きく何かが変わる訳でも無いだろう。少しばかりハーマイオニーの危険が下がる程度で、それはあくまで少しばかりだ。たかが残りの三年間引き裂かれる事になろうと、これまで築いてきた彼女達の絆が壊れてくれる訳でもないだろう。
「それとも──」
本を閉じ、マルフォイに真っ直ぐ視線を合わせる。
別に特別な何かをしたという訳でもないのに、彼は露骨にたじろいだ。
「──君は羨ましいのか? 同じホグワーツの同級生でありながら、しかし君の父親、そして闇の帝王がその動向に強い関心を向け、特別扱いをし続けている〝
「……っ!? そ、そんな筈は無いだろ! 何であんな奴を羨ましく思う必要が――!」
「そうか? 僕は多少羨ましく思うがな」
「…………え?」
呆然とするマルフォイに、あくまで多少だがと付け加える。
そういう思いは確かに有るが、彼が四年連続で死ぬような目に遭い、尚且つ昨年度は殆ど死に等しい状況に追い込まれたともなれば、やはり彼に成りたいとは思わない。
もっとも、マルフォイがどう答えるかというのは気になる部分では有った。
ハリー・ポッターに纏わる事に関して彼に冷静さを期待出来ないのは四年間で見てきた通りだったが、それは恐らく、或る意味で僕達が
故に、彼が本心の一部でも吐露する事を期待していたのだが──
「──時間が来る方が早かったな」
バチンという音。
「御坊ちゃま、御話中大変申し訳ないのです……! そしてレッドフィールド様、約束通りスプラウト教授様が貴方様に御見えになられていらっしゃります! 奥様が今、対応ならされていらっしゃるのです! 私めは貴方様を呼びに参るよう仰せつかりました……!」
「そうか、有り難う」
「とんでも御座いません。良いしもべとして当然の事です」
キーキー声で屋敷しもべ妖精は頭を下げる。
「という事だ。伝えていた通り、今朝はこれで失礼する。今の話を続けたいのであれば、今日の夜にでも聞かせて貰う事にしよう」
「……あ、ああ」
立ち上がった僕に、マルフォイは慌てて頷いた。
「だ、だけど」
「?」
先導しようとした屋敷しもべ妖精に着いていこうとすれば、マルフォイは僕に向かって声を掛けた。振り向けば、彼は明らかに僕を引き留めようとしていた。
「スティーブン、君がわざわざ行く必要が本当に有るのか? だってあいつは事故で死んだんだし、君は単にあいつが死ぬ前に少し話しただけじゃないか」
「だから? 既に決まっていた事だし、今更それを指摘する意味が解らないが」
約束をし、予定通りに教授が訪れた。
ここでやっぱり辞めたというのは筋が通らない。
「っ。ディゴリーの親がこうして君を呼び付けてるんだぞ。つまり、君は疑われて──」
「ほう」
「な、何故笑う!?」
「笑いもするさ。その指摘は見当外れも良い所だからだ。仮にその可能性が少しでもあったのならば、僕はそもそも先方の申し出を受けていない」
ドラコ・マルフォイが懸念している事は有り得ない。
セドリック・ディゴリー夫妻が何故僕から話を聞きたいと言っているのかはポモーナ・スプラウト教授経由で伝えられているし、そして曲がりなりにも〝セドリック・ディゴリー〟の大部分を形作った両親なのだ。あの場では彼も悪く言っていたものの、さぞかし善良な人間なのだろうというのは確信している。
「それに、大した話をしに行く訳でもない。さっさと終わらせるだけだ。ついでに外で用事を済ませて家の事を終わらせた後、夜には戻ってくる。あの時セドリック・ディゴリーと何を話したかは、まあ一言一句違わずとは行かないが、君に対して概ねの内容は伝えただろう?」
「……別にディゴリーの親が気にするような内容は無かったと思うけどな」
「僕もそう思う。だが、その後に彼と彼の両親が交わした言葉、親子の最後の会話を理解する為の前提として、多分あれが必要であり、重要なのだろう」
──そしてまあ。
自分の息子が死ぬ前に何を言っていたかが気になるのは、一般的に理解出来る。
そう結んだ僕に対してマルフォイは何も言わなかった。
もっとも、黙り込んだ彼の表情がルシウス・マルフォイ氏に何処か似ていて、今更ながらに彼等は親子なのだなと思い、何だか無性に可笑しくなった。