この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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四話目。

伏線、というか前振りから今話の回収まで一年以上掛かったという事実……。


公平性の有無

 運命の日がやってきた。

 

 三百年振りの三大魔法学校対抗試合の勝敗は今日決される。選手の名誉も、学校の栄誉も、六時からの課題如何によって決まる。そのホグワーツはこれまで一度も体験した事の無い程の興奮状態、クリスマス前を遥かに上回る程の熱量に包まれていた。

 

 

 三校の代表選手である四人には、代わる代わる生徒達が応援の言葉を掛けに行っていた。

 

 そこに学校の垣根は無く、スリザリンを含めてすら寮の垣根も無い。

 ダームストラングがフラー・デラクールを応援し、或いはボーバトンがビクトール・クラムを応援し、そしてハッフルパフとグリフィンドールが御互いにセドリック・ディゴリーとハリー・ポッターを応援し合う。少なくとも今この瞬間においては、誰にとっても勝敗自体は二の次であり、三大魔法学校対抗試合を計画した者達が掲げた尊き理念が、確かにこの場所で実現していた。

 

 もっとも、僕には何時も通りに関係ない事である。

 浮足立った彼等を横目に、僕は朝食を終え、さっさと寮へと向かった。

 

 フラーは露骨に、そして何故かビクトール・クラムですら意味ありげに僕を見てきたが、僕は彼女達を見なかった振りをした。

 

 課題は夕食後からだというのに今から言葉を掛けに行く考えが余り理解出来ないし、他の大多数に応援される方が彼等としても嬉しいだろうし、そこは僕の居て良い場所でも無い。

 何より代表選手達は試験を免除されているが、普通の生徒である僕は今日まで当然試験である。そちらの方が優先度が高いのは明らかであり──もっと言ってしまえば、三校試合に関わらない事をしていなければ気が可笑しくなりそうだったのだ。

 

 何にせよ、今年度僕の頭を悩ませ続けた問題は今日で決着が付く。

 そんな強い予感がしてならなかったし、そして軟禁される事が決まっている以上、僕はそれに関与する事が出来ない。このまま大多数の生徒と同様普通に試験を受け、予め決められていた通りに試合中軟禁され、課題の結果が出るのを待つしかない。

 

 予期しうる不確定要素は最早存在せず、アルバス・ダンブルドアやハリー・ポッターで無い僕の周りでは、ビクトール・クラム以上に何の事件も起こる筈は無い。

 賢者の石、秘密の部屋、アズカバンの囚人。それらにおいて僕は何の関わりも持たないままであり、全てが終わってから事の顛末を知らされるばかりで、そしてそれらの事件が僕自身を何ら変革する事は無い。

 

 今回の炎のゴブレットでも同様。

 僕は傍観者のままである事に変わりはない。

 

 

 ──そう、思っていたのだ。

 

 

 魔法史学のテストを適当に終えた後、異変の一つは起こった。

 既に終わったと思っていたし、最早関わる事は無いと考えていた。それは僕の独善的な結論では無く、()()()()共通理解だった筈なのだ。

 

 スリザリンはスリザリンを理解する。

 如何に彼がスリザリン寮に属していなかろうと、その資質は有している。故に僕がどんな人間であるかを、彼が理解出来ない筈もなかっただろう。

 

 確かに僕は、決定的に対立すれば相手と共倒れになるまで止められないだろうが、さりとて相手を貶めるような面倒事にわざわざ骨を折る人間でも無い。更には彼と共倒れになっても僕の気が晴れる以外には利益は殆ど無いのであり、ああいう対立軸が生じたのも僕が意図した物ではないのだから、彼から仕掛けられない限りは僕が積極的に動く事はないのだ。

 

 第一、客観的に見れば、彼は既に勝利を得ている。

 

 僕の見当外れの中傷を寛大にも許した時点で、大多数の人間は彼が僕に情けを掛けたと見ただろうし、それは基本的に間違っていなかった。

 僕自身も敗北を認めているし、それは彼本人にも伝わっているだろう。見えなくとも確かに存在する力関係を、人付き合いに長けた彼が察せない筈も無い。だからこそ彼が関与する理由など無く──それは彼が卒業するまで変わらないだろうと、そう結論付けていた。

 

 魔法史学のテストの後、彼がハーマイオニーを呼び止めたのは一応目撃していたが、それは僕に関わりが無いだろうと考えていたし、そうであって然るべきだった。

 だからこそ、朝と同じように速やかに昼食を済ませた後、僕の前に彼が立ちはだかった時は大いに混乱させられ、眉根を寄せざるを得なかったのだ。

 

「──レッドフィールド。少し時間を貰って良いかい?」

 

 ハッフルパフの模範生。

 セドリック・ディゴリーは、何処か覚悟を決めた瞳でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 求めを拒絶する選択肢は無かった訳では無い。

 

 けれども、ビクトール・クラムの時と同様セドリック・ディゴリーが僕に話し掛けたのは人目に付き過ぎており、そしてビクトール・クラムの時と違ったのが、彼から感じる切実さと必死さだった。

 理由が無ければ接触しないという事は、理由が有れば接触する価値を抱くという事でも有る。最早〝犯人〟が知れる事を期待していなかったが、それでも僅かでも可能性を見出せるというならば、話位は聞いても良いかとは感じたのだった。

 

 セドリック・ディゴリーに連れられた先は、中庭の隅だった。

 第三の課題が今日で終わるという事は、ボーバトンやダームストラングとの別れの日もいよいよ迫ってきているという事も意味している。中庭のあちらこちらで違う制服を着た者達が入り混じって遊んでいる光景が見られたし、食堂から持ち出したのかサンドイッチなどを摘まんでいる生徒達の姿も見受けられた。

 

 そしてまあ、少なくないハッフルパフ生達が遠巻きにこちらを見ているのは、彼等なりの監視のつもりかもしれない。

 

 今の僕の立場を鑑みれば、それは理解出来る用心だった。

 自ら望んでの事とはいえ、今の僕にはバーテミウス・クラウチ氏を消した疑惑が掛かっている。ビクトール・クラムは真正面から僕を疑っていないと断言したが、その事実は警戒を解いて良いという事を意味しない。

 

 セドリック・ディゴリーもそれを理解して僕を中庭へと連れ出したのだろうし、実際彼は優等生の微笑みを浮かべながら言った。相変わらず、気に食わない完璧な笑みだった。

 

「今の状況からして二人だけにはなれないが、御互いそれで十分だろう?」

「……そもそも、僕は貴方と話す事は無いのですがね」

 

 軽く溜息。

 

 ベンチは傍に有ったが、座る事はしなかった。

 そんな友人らしい真似はしたくなかったし、個人的にはそこまで長話をしたいとは思えない。二人立ったまま、互いに視線を合わせず会話を続ける。

 

「もう言ってしまいますが、御互い不干渉という事で終わったのでは? 嫌味なスリザリン生は貴方の資質を読み間違えた。それで済んだ話です」

「確かに僕もそのつもりだった。けど、僕は今ここに()()()()()()()()()()()()()として立っている訳じゃない。その覚悟を汲んでくれると助かる」

「──まさかそこまで率直に言ってくるとは思いませんでしたよ」

 

 解りやすくていい事ですが、と口にしながら僕はローブから杖を抜いた。

 遠巻きに警戒していたハッフルパフ生、そして何だかんだ気になっていたらしい他のダームストラングやボーバトンの生徒もギョッとした顔をしたが、セドリック・ディゴリーは眉一つ動かさなかった。

 

 僕はそのまま小さな声で呪文を唱えつつ、中空に向けて杖を振った。

 

「何にせよ、盗み聞きはされたくない話でしょう?」

「確かにそうだね。しかし、君は随分と便利な呪文を知っているんだな」

「……まあ、ホグワーツで良かった事の一つは、師に恵まれた事ですからね」

 

 もう一度溜息を吐いて、今度はセドリック・ディゴリーと視線を合わせた。

 彼に閉心術の心得はやはり無い。ただ、腹を括った人間の心は読み辛い。閉心術の初歩的な訓練が心を空にする事であるが、心の揺らぎを無くす事が出来るならば別に空でなくても良いのだ。解釈の余地が無い心は読み取りようが無い。今この時でさえ、僕はセドリック・ディゴリーが並々ならぬ覚悟で僕と対峙しているという事しか理解出来ない。

 

 ……問題は、彼が何故そこまで覚悟を決めているかであるのだが。

 

「貴方が〝セドリック・ディゴリー〟を捨てて僕の前に立っているというならば、一応予め言っておきましょう。貴方は僕に話が有るようですが、ではその自己満足に付き合ったとして、僕に一体何の利益が有るのです?」

 

 話の切り出し方からして、今回の事件の事では無いのは既に感じ取っていた。

 それでも敢えて立ち去らないのは、彼が仮面の存在を自白した事への義理に過ぎなかった。

 

「これ以上ハッフルパフ生に敵視されなくて済む。それで十分じゃないのかい?」

「不十分だからこそ言っているのは解るでしょうし、それで釣り合わないと貴方自身も思っているのではないのですか?」

 

 僕の問い掛けに、セドリック・ディゴリーは頬を緩めた。

 

「そう直接的に言ってくる人間は居なかった。少なくとも僕の周りには」

「どういう訳か貴方はハッフルパフ生ですからね」

「いいや、スリザリンの同級生もだよ。純血主義を鼻に掛けた人間達でさえも、僕を露骨に敵に回す事はなかった。クィディッチのシーカー、成績最優秀者、そして自分で言うのも何だが顔も人当りも良いのだから、敵視した所で負け惜しみにしか聞こえない」

 

 彼はにこやかな笑顔のまま、しかし淡々と事実のみを言った。

 

「負け惜しみに聞こえるのは、僕の方も何ら変わらないと思うんですが。貴方と僕では全く釣り合っていない。周りの生徒から見ればその筈です」

「そうかな? 見た感じでは君がそうとは思えないし、三年前に何をしたのかを多くの生徒は忘れていないし、君の今年の行動と発言を見れば、決して侮る生徒など居ないだろう」

 

 そう言いながら、セドリック・ディゴリーは僕達の方を見ているハッフルパフ生の方に視線を向けた。

 彼等にも僕の友好的とは程遠い態度は見えているらしく、険しい表情を続けている。けれども、セドリック・ディゴリーは彼等の善意を歓迎しているどころか、寧ろ疎んでいるようですら有った。

 

「二年前、ハリーはスリザリンの継承者だと疑われた。それは彼が蛇語使いであり、例のあの人を滅ぼしたと伝えられる人間だったからだ。彼ならば可能だと、彼が闇の魔法使いの資質を持っていたから〝生き残った男の子〟になる事が出来たと考えられたからこそ、ハリーへの嫌疑は晴れなかった」

「……それが何か?」

「対してスリザリンの継承者のしもべとして疑われた人物が一人居る。奇妙な事に、高貴な血筋を有するマルフォイよりも、その人間の方が遥かに疑われている気が僕にはした。それも何故か、他の三寮よりもスリザリンの方が疑っているように見えた。ハリーと同じく、その人間は半純血だというのにね」

「…………」

 

 その辺りの事は二年時のマルフォイからも、今年のフラーからも聞いた。

 ただ、第一容疑者がハリー・ポッターであるのは揺るがないとしても、そこまで多くの人間から第二容疑者として疑われていたとは知らなかった。

 

「普通ならば、ホグワーツ生が大人の魔法使いを──それもクラウチ氏をどうこうしたとは考えない。彼我の実力差は歴然としており、けれども、ハッフルパフ生はああして君を警戒している。それが何を意味するかなんて、君には当然理解出来る筈だよ」

 

 セドリック・ディゴリーは僕へと視線を戻し、その強い光を宿す瞳の前で、僕は何も言葉を発する事が出来なかった。

 

「確かに君と話したいというのは、僕の自己満足の為だ。しかし、こうして話す利益が有るかと言えば、君の方にも確かに利益は有るさ」

「……それは何です?」

「申し訳ないが、教えるのは焦らさせて貰う。直ぐに解る事だからだ」

「……まるで貴方が既に僕へと利益を与えているような言い草だ」

 

 その指摘に彼は表情を強張らせたが、一応僕が立ち去る気が無い事は伝わったのだろう。

 セドリック・ディゴリーは長く息を吐いた後、徐に言った。

 

「──ハリーは良い奴だ」

 

 そう言う彼の瞳の中には、嫉妬と憎悪の大火が燻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故、ハリー・ポッターの話になるのか。

 当然の疑問で有ったが、僕に口を挟ませない程に、彼の言葉は力強かった。

 

「ハリーは四人目の代表選手、在ってはならない存在だ。けど、彼が単なる目立ちたがりの為に自分で名前を入れたのだと一体誰が信じる? 彼はそんな事をする人間じゃない。ハリーは無理矢理三校試合に参加させられる羽目になった」

「……僕が見た所、彼は全く参加したくない訳ではなかったと思いますが」

「かもしれない。寮と学校の名誉、そして何より好きな子に良い恰好を出来るんだ。誰だって可能なら参加したいに決まっている」

 

 だが、と彼は続けた。

 

「そうしたいと思い描くのと、実際にそうするのは別だろう。ハリーは決して悪い奴じゃない。規則を自ら破って三校対抗試合を台無しにする事を考える程、悪い奴じゃないよ」

「…………」

 

 第一の課題後には既にフラーもビクトール・クラムもそう思っていただろう。

 それは彼女達の言葉から十分伺い知れる事であるし、ただ──

 

「貴方は心の底からそう思っている訳ですか?」

 

 ──セドリック・ディゴリーまでそうかというのは、僕は確証を得られていなかった。

 けれども、彼は正確に僕の言わんとする事を見透かした上で、小さく口元を緩めた。自嘲と嫌悪に満ちた、僕が彼に対して多少好意的になれる笑みだった。

 

「君の推測通り、何事も無かったのなら第一の課題後、僕は他の二人と立場を異にしていただろう。けれども、僕は心底そう思っていると肯定出来るよ」

「……何故」

「第一の課題はドラゴンだ。そう僕に教えてくれたのはハリーだからね」

「────」

 

 瞬間、思わず空を仰いでしまったのは流石に不可抗力だろう。

 

「……驚かれるのは期待していたけど、ここまでとは思わなかったな」

「……ええ、これは僕の勝手な事情ですよ。貴方が予期した物とは別の理由です」

 

 ハーマイオニーに対して持ち出したのは、あくまで仮定の話だった。

 しかしこうして天秤が傾き過ぎる、出来過ぎた話が実際に起こっていたらしい。仮に彼女がそれを知っていたのならば、僕に近付きたがらないのも当然の話か。さながら僕が未来を予知したようで、余りにも不気味過ぎる。

 

 ただ、今は棚に置いておくべき問題だった。

 

「……一応、貴方が課題の内容を知っていたのに左程驚きは有りませんよ。スウェーデンショートスナウト種でしたか。コモドオオトカゲ( Komodo dragon )の生態や食性、毒性を他のトカゲと一緒くたに出来ないように、一口にドラゴンと言っても種族によって千差万別で、しかしあれに対する貴方の対応は出来過ぎていましたからね」

 

 魔法生物飼育学ではドラゴン──特に通常とは異なる産卵期のドラゴンについて扱わないし、ホグワーツ生が行き当たりばったりで対応出来るならばドラゴン使いなどという職業が存在する必要も無く、ましてや専門家である彼等の中に死者が出る筈も無い。

 もっとも、セドリック・ディゴリーが不正の告白をする為にこの話を持ち出した訳ではないだろう。彼は二人と立場を異にし得ると言った。

 

「要は、特別貴方だけに教えたという訳では無いんでしょう?」

「一応、ハリーは二人に教えなかったようだけどね」

 

 善人ならば痛々しいと感じるであろう微笑みを彼は浮かべる。

 

「ただ、彼等二人は各々の校長から聞かされるだろうとハリーは確信していた。だからハリーが教えてくれなければ、僕は何も知らずに挑む事になっただろう」

 

 ハリー・ポッターが何処から情報を知ったかは容易に想像が付く。

 

 だが、セドリック・ディゴリーの方にも漏らしてくれる程にあの半巨人は器用な性格をしていないし、ましてやアルバス・ダンブルドアから教えられる事は有り得ない。あの老人とセドリック・ディゴリーの親しさ云々以前に、僕がボーバトンやダームストラングであるならば、あの老人が事前に課題を知る事は決して無いよう絶対に念押しするからだ。

 

 自校(ホグワーツ)で開催する以上、アルバス・ダンブルドアが他の校長二人より高度な注意が要求されるのは至極当然であり、そしてあの老人は法や規則を左程歯牙にかけないが、理屈や根拠もなく気紛れで捻じ曲げる程に耄碌している訳でもない。

 まして第一の課題内容が判明する前は、ハリー・ポッターを誰かが課題の中で事故に見せかけて殺しに来る事は考えても、安全に配慮しているという建前の三校対抗試合の主催者側が代表選手を殺しに来る事など考えもするまい。

 

 あの稀代の大魔法使いが火を吐く大きな爬虫類如きに生徒を殺させる筈も無いが、さりとてセドリック・ディゴリーが課題を失敗する事自体は止められなかっただろう。

 

「──しかし、当時の状況でハリー・ポッターが貴方に課題の内容を教えた訳ですか」

「ああ、全く馬鹿な話だよね」

 

 言葉の内容と裏腹に、その口調と表情は彼を讃えていた。

 

「ハリーへのハッフルパフの仕打ちも有るし、僕自身、あのハロウィンの夜にハリーが名前を入れていないと言ったのを信じなかった。その状況で、僕に教えてくるのは当然だと考えるのは無理が有る。そして何より、彼の言葉は自身の不正の告白だ」

「……まあ、そうですね。ハリー・ポッターは馬鹿な事をした。その告白は、貴方に武器を──()()()()()()()()()()()()()()()()()為の情報を与えた訳ですから」

 

 わざわざ第一の課題で優劣を決するまでもない。

 セドリック・ディゴリーはその時点で、二人居たホグワーツ代表選手を事実上一人にする事が可能だった。

 

「ハリー・ポッターが課題の内容を何故か事前に知っている。そう魔法省、或いは三校の生徒達に向かって告発するだけで良い。ゴブレットに名前を入れた疑惑に加え、課題の内容の漏洩疑惑まで掛かるというのは、仮に事実でなくとも非常に宜しくない事態だ」

 

 そして結果を見れば、その言葉通りに第一の課題はドラゴンだった。

 

 セドリック・ディゴリーは僕の指摘に軽く頷いてみせる。

 

「ドラゴンと聞いた時、僕の脳裏に浮かんだのはハグリッドだった。彼のドラゴン好きというのは有名だからね。そして僕の家はウィーズリー家と付き合いが有るから、彼等の二番目の兄がドラゴン使いになったのも聞いている。実際、ホグワーツに来ていたようだよ」

「……状況証拠だけにしても有力なのが揃い過ぎているでしょう」

「正直、暴露すれば勝算は高かっただろうね。終わった今ですらそう思うよ」

 

 セドリック・ディゴリーは苦笑する。

 そこまで材料が有れば、流石にハリー・ポッターが四人目の代表選手になった時とは違う。ハリー・ポッターが彼等から課題の漏洩を受けたと確実に証明するのはまだ困難だろうが、それでも世間が黒扱いするには十分過ぎる理由だと言って良い。

 

「勿論、告発すれば僕の評判も無傷とは行かない。ハリーがわざわざ教えてくれたのに他の人間にバラしてしまう訳だから。ただ、幾らでも言い様は有る。不正には良心が耐えられなかったというのは不自然でもないし、そもそも僕自身はハリーを悪く言う必要が無い」

「……まあハリー・ポッターも不可抗力だった、ルビウス・ハグリッドの余計な親切で知ってしまったという筋書きは、決して真正面から否定出来る物では無いですからね」

 

 それどころか、ハリー・ポッターがルビウス・ハグリッドから無理矢理課題の内容を聞き出したというよりは余程信じられる主張である。あの時点でのリータ・スキーターによれば、ハリー・ポッターは喪った両親の事を想い夜な夜な枕を濡らす可哀想な子供なのだから。

 

「好都合な事に、ハリーは僕達と違って未成年だ。元々責任が問われにくいし、今回の三校対抗試合は成人した魔法使いのみが参加する筈だった。そして何より課題が魔法使い殺しの怪物だろう? 世間はそこまでハリーを悪く言わないし、寧ろ同情が多い筈だ」

「もっとも、その代わりに彼はホグワーツ内では再起不能になるでしょうね」

「それは……否定しないかな。これまでと比べ物にならない位肩身が狭くなりそうだ」

 

 ボーバトンやダームストラングは当然の事。

 ホグワーツにおいても、彼はグリフィンドールなのだ。

 スリザリンと異なり、彼らが掲げる騎士道精神は概ねの場合卑怯な真似を許容しない。年齢線という、今回大人が勝手に定めた不当な措置を出し抜いてみせた時と違うのだ。グリフィンドールがハリー・ポッターの行為の是非を巡り二分される事は容易に想像出来、それからの彼の学生生活は暗い物となった事だろう。

 

「正直な所、僕が貴方の立場であればそうしたでしょう。ドラゴンを出し抜くよりも圧倒的に勝算が高いし、そもそもドラゴンという課題自体が馬鹿げている。まあ、僕と違って喪う物が多過ぎる貴方には選べなかったのかも知れませんが」

 

 自嘲を籠めた揶揄に、しかしセドリック・ディゴリーは首を軽く振った。

 

「確かに選びにくかったさ。ただ──全く考えなかったとなれば嘘になる」

 

 彼は地面に一度視点を落とした後、今度は空を見上げた。先程まで僅かに見えていた陽光は、今は雲の中に隠れて消えていた。

 

「立候補した以上、勝敗と優劣が付くのは覚悟の上だった。それはクィディッチでも慣れっこだし、ハッフルパフチーム内に限定しても、下級生とのポジション争いで負けた先輩も見てきた。どんなに頑張っても、正々堂々戦っても、駄目な時が有るというのは理解出来る」

 

 だけど、今回はそもそも覚悟自体が出来なかったと彼は独白した。

 

「もう一人のホグワーツ代表選手が現れるなんて、一体誰が考える? しかも、相手は単なる規則破りの恥知らずではなく、よりにもよってあのハリー・ポッターだった」

「…………」

「〝生き残った男の子〟。この国で最近出版された歴史の本ならまず確実に出て来るような英雄だ。しかも彼はそれまでの()()()、僕では思いもよらない事を達成してきた。僕はその全てを知っている訳では無いが、ダンブルドアの贔屓を差し引いても、それが普通の人間には出来ないような大きな事だったというのは解り切ってる」

 

 賢者の石。秘密の部屋。そして──

 

「──去年、表向きハリー・ポッターは何もしていない筈ですが」

 

 湧いた疑問に、セドリック・ディゴリーは小馬鹿にしたような眼を向けてきた。

 

「シリウス・ブラックがポッター家を裏切ったのは有名だし、ウィーズリーは真夜中にナイフを突きつけられた訳だろう? だというのに学期末、彼等はブラックが校内から逃げ出したと聞いても大きな反応を示さなかった。内容は解らずとも、彼等に何かが有ったと想像するのは普通じゃないのか?」

 

 ……成程、良く見ている。

 少しでも頭が回る人間ならば、去年にも裏が有ったのを見透かす事が出来た訳か。

 

「今年、ハッフルパフ生は気楽な物だった」

 

 セドリック・ディゴリーは、何処か軽蔑した響きと共に言った。

 遠目で伺っているハッフルパフ生に聞こえないのは、彼等にとって救いだろう。

 

「ペーパーテストにしろ実技にしろ先生の監視下で行う決闘クラブにしろ、普通ならば二学年も下の学生に負ける筈も無い。どう考えたって結果が解りきってる勝負だ。そしてまあ、校内でのハリーは、クィディッチ以外は余りパッとしないだろう?」

「普段絶対的に目立つのがハーマイオニー・グレンジャーですからね……」

「そうだ。彼が入学する前、僕も含めて皆がハリー・ポッターという英雄に期待を膨らませた物だった。しかし、蓋を開けてみればああだった。成績も行動も悪いとまでは行かないんだけど、平均よりも少し上という印象しかなかった」

 

 ……僕がスリザリンの一年次もそうだった。

 闇の帝王を討ち滅ぼしたのは、ハリー・ポッターが帝王より更に闇の力を持つからだという噂がスリザリン寮内に存在していた。ドラコ・マルフォイも勿論それを知っていたし、彼が最初にハリー・ポッター、本来純血が蔑むべき半純血の人間に接触した理由は、多分その点の確認だったに違いない。

 

 けれども、ハリー・ポッターは平凡な少年の域を出なかった。

 

「──ただ、通常ではない時、彼は非凡だった。違うかい?」

 

 ……セドリック・ディゴリーは、僕よりも多くの事を知っている訳ではない。

 それでも僕に語り掛ける声色には確信が満ちていたし、実際ハリー・ポッターが非凡であるという事は、僕が認めざるを得ない点だった。

 

「僕には自信がなかった。三大魔法学校対抗試合という礼儀正しい御勉強とは異なる世界で、僕が勝てるかは解らなかった。けれども、泣き言を漏らす訳にはなかった。僕はもう入学したばかりの一年生じゃないんだから」

「…………」

「『やあ、セド。君なら出来る』『六年生の意地を見せろよ』『汚いポッターを負かしてやれ』。そんな応援の言葉が、僕には耐え難かった。相手は十四年前の伝説だ。そして万一ハリーが成功し、僕が失敗すれば、僕は全てを喪う。優勝がかかるクィディッチの試合ですら、あんな重圧を感じた事はなかった」

 

 ハッフルパフ生に悪意が有った訳ではないだろう。

 彼等は基本的に善良であり、しかし、やはり人を傷付けられない訳ではない。

 

 あの時点において、代表選手に不正に立候補したとみなされたハリー・ポッターは偽物で、ゴブレットの審査を通過したセドリック・ディゴリーは真のホグワーツ代表だった。そして偽物が本物を下し、公正が不正に劣るという〝不正義〟が罷り通る事は、多くの人間にとって歓迎すべき事では無かった。

 それは確かだろうが、勝手にもその願望を一身に背負わされたセドリック・ディゴリーの心境は、果たして如何程のものだっただろうか。

 

「……でも、結果として貴方は告発をしなかった」

「機を逃しただけさ。ハリーから聞いて数日後に第一の課題だったからね」

 

 わざとらしく笑い飛ばそうとしたが、明らかに空笑いである。

 結果的に全員が成功したとしても、代表選手達四人は例外無く、事前告知も準備期間も無しでドラゴンに挑まされた事は内心未だに思う所が多いらしかった。

 

「そう。ハリーは、ハリー・ポッターは良い奴だ。それなのに、僕の父──エイモス・ディゴリーは、ハリーの事を酷く扱き下ろす」

 

 セドリック・ディゴリーの眼の色が変わる。

 まるで蛇がのたうっているかのように、彼の瞳の中では激情が渦巻いている。僕をもってしても、その感情を正確に捉えきれない。敢えていうならば、軽蔑が一番近いだろうか。それが向かう先は、彼の父親だけでは無さそうだった。

 

「最初、僕は左程気に留めていなかった。けど、ホグワーツ代表が二人となった後は露骨だった。()が魔法省に抗議に行ったのは当然にしても、僕は彼の行動に何処か拭い去れない違和感を抱くようになった。そして、今日もそうだ。彼はハリーに暴言を吐いた」

 

 それを聞いて、漸く察する。

 

 ……恐らく、これが理由なのだ。

 わざわざ今日、この日に僕へと接触を図った原因。

 今まで御互いに干渉されない事を望んでいながらも、その平和を破った理由。

 

 ──だが、それでも何故、僕に対し告白しているのかは未だ解らない。

 

「君は誤解していないと思うが、別に僕は彼の事を悪い人だと言いたい訳ではない」

 

 僕の中に生まれ始めた困惑を他所に、セドリック・ディゴリーは語り続ける。

 

「立派な人だし、良い父だし、僕の自慢だ。当然、今もその想いは変わらない。だから僕が言いたいのは彼の事では無く、僕自身の事なんだ」

 

 最早彼の瞳は僕を捉えておらず、自縄自縛の狂気に犯されていた。

 

「ハリーは良い奴だ。しかし、セドリック・ディゴリーはどうなんだ? 僕は模範的なハッフルパフ生として振る舞ってきたし、残念ながら周りからもそう見られているつもりだが、果たしてそれは〝正しい〟のか?」

「……それを僕の眼の前で漏らしても良いのですか?」

「今更だろう。君は僕の薄っぺらさを、皆が望む優等生を演じているに過ぎない事を見抜いている。本質は決して褒められた物ではない事をね」

 

 遠巻きに見詰めているハッフルパフ生の表情は心配そうな物に変わっていたが、彼が気付いている様子はない。僕がそれを認識している事を気付いているかすら怪しい。

 吐き捨てるセドリック・ディゴリーは、己への嫌悪と憎悪を隠そうとしなかった。

 

「僕が抱き、そして大きくなっていった違和感。それは、本当に〝良い子〟ならば、エイモス・ディゴリーがハリーを悪く言う事を直ぐに辞めさせた筈ではないかという事だった」

「…………」

「今やハリーが不本意に参加させられた事は疑う余地は無く、特に今日はウィーズリー家を始めとする人間達も他に居た。ハリーを応援しにきた彼等の前で、エイモス・ディゴリーの振る舞いは褒められる物では無かった。僕はハリーに面と向かって侮辱した彼に対して、そのような言葉を吐くべきではないと公然と非難し、制止する行動を取るべきだった」

「……僕には解りませんが、父親には歯向かい辛い物ではないのですか」

 

 いや、それ以上に疑問がある。

 

「今の話の不誠実の根源は貴方の父親の行動に由来している。貴方自身の悪に直結するものではない。故に僕にしてみれば、今貴方が言った不作為の失態は、貴方が貴方自身に怒りを抱く理由としては多少軽いように思えてならない」

「……嫌な事を言うね」

「それ程でも。

 ──それで、貴方が自身に失望した一番の原因は一体何なのです?」

 

 僕の問い掛けに、今度はセドリック・ディゴリーも僕を認識する。

 彼は驚いたように僅かに眼を見開いた後、僕の眼としっかり視線を合わせ、薄気味悪い喜色の笑みを露わにした。相変わらず、彼の心の奥底は読み切れない。

 

「僕にとっては君が言う程に軽い理由ではないが、確かに切っ掛けにしか過ぎないのかもしれない。父の行動は、僕の悪辣さを明瞭に浮かび上がらせただけだった」

 

 声色は冷静だったが、表情は常の様子を欠いていた。

 〝セドリック・ディゴリー〟という人間は既に、この場から完全に消えていた。

 

「ハリーは僕にドラゴンの事を、第一の課題の事を教えてくれた。そして僕にその借りを返す機会が直ぐに訪れた。君も良く知っているだろう、第二の課題の時だ」

「……黄金の卵の謎についての事を言っている訳ですか?」

「ああ。金切り声を上げるだけのアレには辟易したし、随分と頭を悩ませる羽目になった。解き明かす為に幾度と無く聞き続けたせいで、頭が可笑しくなりそうだった」

「確かに──卵を渡されて数日で解けるような謎という訳ではないですね」

 

 水に浸けるという発想は〝マグル〟的にみれば左程突飛とまでは言えないが、それでも即座に行き着く物ではないし、そして魔法使いらしい発想は、〝不思議な謎や困難は、魔法によって解決する〟である。適切な呪文の使用によって卵の封印が解かれるという発想が第一に来るのは、至極自然な事だと言える。

 また他の人間から情報を得ようにも、マーミッシュ話者自体は極めて少ない上に、かの言語が地上で話されているのを聞く機会というのがそもそも無い。水中で会話する事を目的としており、かつ水中人が陸に上がって来る事が少ないからだ。

 

 故に難しすぎるとまでは言わずとも、簡単だとまでは評し難い。

 

「実の所、僕は自力で卵を水に浸けるという発想に至った訳ではない。けれども、自力で得たヒントだけでハリーに借りを返したいというのは無駄な意地だったし、その点は恐らくハリーも同じ事だった。だから、僕はクリスマス前に彼へヒントを与えた」

 

 つまり、第二の課題が終わって約一カ月と言った所か。

 水に浸ける事さえ解れば、今度は水の中で行動する方法を調べるだけ──と言っても、ロナルド・ウィーズリーが僕の所に来たのが確か二月の中頃だから、三カ月近く彼等が頭を悩ませ続けた難題だった訳だが、代表選手決定から一カ月、ハリー・ポッター達が知って数日で実行された誰にとっても性急なドラゴンの課題よりも考える時間は充分与えていると言える。

 

「ならば、それで貴方はハリー・ポッターに借りを返せた訳ですか」

 

 確認のつもりの言葉だった。

 けれども、セドリック・ディゴリーは何故か頷かなかった。頷く代わりだというように、彼は淡々と──そう努力している事がありありと解る歪な表情のまま彼は続けた。

 

「僕はこう言った。『風呂に入れ』『卵を持って行け』『とにかくお湯の中でじっくり考えるんだ。そうすれば考える助けになる』。そんな事を彼に告げた」

「へえ。であれば──」

 

 余り関心を払わないまま出した言葉を途中で打ち切る。

 そうさせた理由は、僕が此度の邂逅の意味に気付いてしまったからだ。

 

 セドリック・ディゴリーが何故、最初にハリー・ポッターを良い人間と評したのか。

 彼は何故ハリー・ポッターへのエイモス・ディゴリーの無礼を非難し、それを止めようとしなかった自分に対して失望と激怒を抱いたのか。

 

 ……嗚呼、僕の言葉に何も答えられない筈だ。

 セドリック・ディゴリーはハリー・ポッターに借りを返し切れていない。半ば言いがかりめいた代表選手のバッチの件を抜きにしても、天秤は均衡に戻されてなどいない。ハッフルパフが徳目として掲げる公平性(フェアネス)を、彼は護り切れてはいない。

 

「ハリーは気付かなかった。しかし、君は一瞬で気付く」

 

 嫌悪の視線を向けられるのは慣れている。

 けれども、ある意味ではアルバス・ダンブルドアやスネイプ教授よりも、その視線は直視し辛かった。セドリック・ディゴリーが僕へと向けるそれの大半は嫌悪であろうとも、しかし僅かに、そして確かに僕への羨望の色が在ったからだ。

 

 何故自分は当時それを気付けなかったのかと、この男が思っていたからだ。

 

「まあ、その場で気付かなかったとしても、ハリー自身は後から気付いた事だろう。何せ後から彼も困っただろうから。もっとも、ハリーは今でも何も言ってこない。僕を責めようとしない。やっぱり僕とは違う。どんなに取り繕おうとも、姑息で卑怯にしかなれない僕とはね」

 

 セドリック・ディゴリーには嘘が在る。

 そして彼は今日、己のそれを直視せざるを得なくなった。だからこそ、彼は僕の所に来た。

 

「……一応、貴方のヒントが役に立たなかった訳ではないでしょう。ハリー・ポッターにとって、貴方の言葉が課題の助けになったのまで疑うのは微妙に思える」

「だとしても、だ」

 

 我ながら無意味な指摘に、セドリック・ディゴリーは微笑む。

 他から見て許容出来るかどうかではなく、それが自分にとって許せるか否かこそが問題であった。そして入学以来ハッフルパフの理想足らんとして在り続けてきた彼にとって致命だったからこそ、彼は今こうして僕の前に来てまで、己が本心を吐露している。

 

 セドリック・ディゴリーは道化のように大袈裟に手を広げる。

 間近で見れば異常にしか見えない完璧な優等生の笑顔を浮かべ、誰かを呼びかけるようにお道化た調子で利き手を挙げて、聞き手を安心させる柔らかな声色でもって、彼は本来在るべき〝セドリック・ディゴリー〟を演じてみせる。

 

「『やあ、ハリー。第二の課題だけど、僕の予想では多分水中で行われる。卵に入っているのは、恐らく水中人の声だ。あの不快な卵の鳴き声は水の中だったら声が聞き取れるんだよ。もっとも、君の卵と僕の卵、同じ物だとは限らないから一応確認はして欲しいけどね』」

「────」

「言えただろう、これくらいの事は」

 

 一瞬で元の冷淡な表情を取り戻して、セドリック・ディゴリーは吐き捨てた。

 

「ドラゴンが本当だった以上、僕の方が間違ったヒントを教える訳には行かなかった。当然、卵の謎については検証した。あの時点で、僕は卵を水に浸ける事が解答だと知っていた。知っていて、けれども僕の卑しい心はヒントを濁すという姑息さを選択した。どうせ直ぐに自身の所業がバレるだろうというのにね」

 

 ハリー・ポッターの視点では、確かにセドリック・ディゴリーの言葉は不可解だ。

 謎めいた言葉を残され、彼は煙に巻かれた気分になったかもしれない。最後には手掛かりとして機能する事が解ったとしても、では何故直接の答えを言わなかったかと疑問を抱いた事だろう。ハーマイオニーのような人間は他人から解答をそのまま与えられる事を嫌うが、少なくともハリー・ポッターはその事に抵抗を抱かない質である。

 

「借りを返すつもりだった。それでも僕は、監督生達だけが使える特別のバスルームの合言葉を教えた程度で、自分が彼に対して何かをしてやった気分になっていた。心の何処かで理解していて、眼を逸らしていた」

 

 だからこそ、セドリック・ディゴリーは己自身を許せない。

 

「僕はハリーを助けきれておらず──未だに借りは背負ったままなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄金の卵の謎は数日で解ける物では無いが、さりとて三か月有れば解けない物でもない。

 

 あれは前振りに過ぎなかったし、求められる行為も単純に水に浸けるだけ。最初は魔法を使う事しか思いつかなくとも、考え得る方法を片っ端から試していけば偶然でも辿り着き得る解法である。第二の課題の出題者(恐らくバーテミウス・クラウチ氏)としても、全ての代表選手が卵の謎を解き、水中人の歌を聞いて課題に挑む事を想定していただろう。

 

 課題の本命は歌を聞いた後。

 水中に沈められた大切な物を代表選手がどのようにして取り戻すか。

 フラーの話でも解る通り、代表選手にとっては水中で生存するという課題は、高度な変身術や動物擬きという選択肢を除外すれば非常に難題であった。しかも実際の課題は水中で呼吸出来るようになっただけでは不十分。真冬の凍える広い湖で、視界も悪い中、時間内に救助対象を探し出した上で帰還出来て初めて合格を貰える代物だった。

 

 そしてハリー・ポッターが何時ギリーウィードという解法に辿り着いたにせよ、少なくとも本番一週間前までは彼は御手上げ状態だった。

 故にセドリック・ディゴリーが最初から端的に『卵を水に浸けろ』と助言しても大きな影響はなかっただろうし、それでハリー・ポッターも文句はなかっただろう。彼自身、第一の課題において、セドリック・ディゴリーにドラゴンの出し抜き方まで教えてやった訳ではないのだろうから。

 

「人間の本質は、行動にこそ現れる」

 

 理想の生徒を演じたかった青年は、理想とは程遠い自身を皮肉って言った。

 

()()()()()()()()()()()()()人間の本性が見えるとは良く言われるけど、こんな風に、どう転ぼうが最終的な結果が変わらない場合にどうするかという場合にも、やっぱり人の本質は現れると思うんだ。そこで手を抜くかどうかで本性が解る」

 

 卵を持ち込んで、風呂の中でゆっくり考える。

 そこまで限定されて、取れる行動というのは多くない。卵を水に浸けるという選択肢も難解ではない。セドリック・ディゴリーがヒントとして持ち出した時点で、ハリー・ポッターが謎を解けないまま終わるという事は無かっただろう。クリスマス前ならば考える時間の余裕も有り、一度で謎を解決する事は求められていない。最低限の好意と義理は示している。

 

 だが、第一の課題時のハリー・ポッターの英雄的(馬鹿な)行為と対比させた時、彼のヒントの出し方は果たして適切かつ十分だったと言えるだろうか。

 

 少なくとも、セドリック・ディゴリーは否という結論を下した。

 

「ハリーが四人目の代表選手になった時、僕の友人にも非難する人間が居た。それでも、彼は僕に課題の事を教えた。嗚呼、言い訳は出来るさ……! あの時点ではハリーが事実を言っている保証なんてなかった、僕を嵌めようと嘘を言っているとすら一瞬思った。少なくとも、性格の悪い君はそれを疑うだろう?」

「……ええ。それも強く疑う事でしょうね」

 

 事前に全員へと課題内容を漏洩する事で逆に選手間と競技自体の公平性を図ろうとする発想は、僕にとっては馬鹿馬鹿しい物にしか聞こえない。

 競争相手であるハリー・ポッターに聞かされるという部分も信用性が低くなる事情であるし、そもそも代表選手をドラゴンと予告無しで向かい合わせるというのが、夥しい死者を出した歴史を繰り返さないよう万全の安全確保の下で三校試合を復活させたという建前と整合性が取れていない。

 

 要は、セドリック・ディゴリーがハリー・ポッターから課題内容がドラゴンだと聞かされたとして、その時点で彼がその言葉を無条件に信じろというのは客観的に見ても無茶である。

 

「でも君と違って、僕はハリーの表情を見ている。無茶苦茶な試練に立ち向かう事への同情と、同じ困難に挑む者同士の共感が入り混じった、真摯な顔をしていた。僕はハリーが本当の事を言っていると、あの時点で殆ど確信していたんだ」

 

 だからドラゴン対策に休日の殆どを費やす事にしたんだし、にも拘わらず、とセドリック・ディゴリーは続ける。

 

「嘘か本当か解らないヒントで僕も悩んだんだから、多少濁したヒントでも釣り合うのだと自分を無理矢理納得させた。言い訳になるが、ヒントを濁したのは衝動的な物だった。けど、僕は後から訂正しなかった。不実を放置した僕の醜悪さというのは、わざわざ言葉にするまでもないだろう?」

 

 ハッフルパフが掲げる徳目は誠実、そして公平性である。

 しかし、最もハッフルパフらしいと称される生徒は、それらに忠実で居られなかった。他寮であるハリー・ポッターの方が、余程それらに値する行為を示した。

 

「チョウ──レイブンクローのチョウ・チャンという子の事は知っているかい?」

「……確か、第二の課題における貴方の救出対象でしたか?」

「ああ。彼女は僕のガールフレンドだ」

 

 他人の惚気をわざわざ聞かされた事に少しばかり面食らったが、これまでの話からは無関係ではないのだろう。そう思った僕へ、実際に彼は説明を続けた。

 

「でも、元はと言えば、彼女はハリーの事が好きだった」

「────」

「好きな子の前では、普通の男ならば恰好を付けたいと考える。君は違うらしいけれどね。けど、大多数にとってはその筈で、僕もそうだった。そして、ハリーがホグワーツの二人目の代表になった。当然、如何なる手段を用いても負けたくないと考える。特に第一の課題前、僕にとっては大きな恐怖だったよ」

「……ハリー・ポッターが成功し、セドリック・ディゴリーが失敗する。そうなれば、彼女が貴方を捨ててしまうのではないか。そう考えていた訳ですか」

「ああ。彼女がそんな女性ではないというのは解っている。けど、思う事は止められなかった。少しばかり優秀であるに過ぎない僕と違い、英雄ハリー・ポッターは特別なんだ。そしてチョウはハリーが異性として好きで、けれども先にアプローチした僕に妥協した」

 

 ……妥協、か。

 

「貴方とて相当に優良物件である事は違いないでしょう? ホグワーツ七学年全てを探しても、貴方よりも上の格を持つ人間はそう居そうにない」

「けど、人間の好き嫌いは顔や能力のみで決まる訳ではないだろう? そしてハリーの傍には、もっと近しい女の子が居た」

「……ハーマイオニー・グレンジャー、ですか」

 

 同級生であり、ハリー・ポッターの最も身近にいる異性。

 けれども、と反論しようとして、しかしセドリック・ディゴリーは笑って止めた。

 

「彼等が御互いに異性として意識していないのは見てれば解る。ただ、諦める理由としては十分な理由だと思わないか? 振り向いてくれるか解らない相手を想い続けるより、自分を好きだと先に言ってくれた、そこそこ優良な相手とくっつくには」

 

 ……それはまあ、一般的に否定出来ない理屈かもしれない。

 事実、僕はハリー・ポッターに憧れる部分があるが、彼のようになれるとは思っていない。彼の傍に居続けるロナルド・ウィーズリーと同じ事すら出来るとも思っていない。それらの望みを捨てているし、諦めている。

 チョウ・チャンにとって、英雄(ハリー・ポッター)への恋がそのような物だったのだろう。

 

「僕はフラーやビクトールに負ける事は許せた。けど、ハリーに負ける事だけは絶対に嫌だった。真のホグワーツの代表選手の立場、そして彼女の恋人の地位を奪われたくなかったし、喪いたくなかった」

「……だから、貴方はハリー・ポッターに対して誠実で居られなかったのですか」

「冷静になって見ればそう思えるという程度に過ぎないけどね。僕自身、あの時何を考えていたのかは、今はもう定かではない。だけど、醜い恋心や自惚れた見栄でそうしたのではないかと言われて、否定する材料は何処にもない」

 

 そして、セドリック・ディゴリー自身がそれが真実だと結論付けている。

 ハリー・ポッターがチョウ・チャンに対して恋心を抱いているかを僕は知らないが、セドリック・ディゴリーの方はそれだけ危機感を抱いていた訳だ。

 

「──結局、僕はハッフルパフらしくなかった」

 

 そう零す彼の言葉には、気力が抜け落ちていた。

 

「入学時、僕は組分け帽子に他の寮へ入れるよう求めた。ハッフルパフは劣等生ばかりだという評判を、魔法界に住んでいれば当然知っている。しかし僕の希望は聞き入れられなかった。そうして僕は、ハッフルパフに入る羽目になった」

 

 組分け帽子。

 新入生を四寮に振り分ける機構であり、その後の人生を決する残酷な装置。

 

「実際ホグワーツに入学してみれば、そのような評価は四寮が互いに言い合う冗談や挨拶みたいな物だと解る。でも、僕は入学前それを真剣に信じていたし、ハッフルパフになんかに入りたくなかった。魔法使いとして強く、賢くて、そして偉大になりたかった」

 

 男というのはそういう物だろうと同意を求めるように僕に聞いて、しかし彼は少しばかり黙った。多分、僕がそのような思想に共感を抱かない質だと思ったのだろう。けれども、彼の予想と違い、僕には理解出来ない訳でもなかった。

 

 僕がそうであるのは、既に入学前に全てが終わっているからだった。

 彼女が生きていた時は、まだそのような素直な心を持ち得ていたように思う。何だかんだ言って僕は、父を上回る事を──闇の魔法使いに殺されない魔法使いとなる事を、彼女に求められていたのだから。

 

「とにかく、自寮の象徴も余り好きではなかった。ライオン──文句なくカッコいい。オオワシ──スマートでイカしてる。蛇だってクールだ。けど、アナグマ? クマではなく? この国の田舎で有り触れた泥臭い生き物が象徴とされている事は、ハッフルパフのお前達は特別でもないし、凄くもないと言っているようだった」

 

 過去形ではある。

 けれども、過去の彼は本心からそう思っていたのだと、言葉に籠る熱が伝えていた。

 

「だから入学した後──暫く掛かったけれど──僕は決意したんだ。劣等生ばかりという印象を、僕が変えてみせる。グリフィンドールやスリザリン、レイブンクローの鼻をあかしてやるとね。実際、競争心が欠けている事を除けば、ハッフルパフの仲間は良い奴ばかりだった。彼等の為にも頑張りたいという想いを抱く事は出来た」

 

 それが、〝セドリック・ディゴリー〟が産まれた原点か。

 僕から見れば、彼の本質はハッフルパフからは程遠いように思える。だからこそ、彼はより ハッフルパフ生らしく行動しようとした。そして、今年まで殆ど失敗無く成功し続けてきた。彼は比類無い評判を獲得し、スリザリンですら表立って悪く言えなかった。

 

「そして三大魔法学校対抗試合。絶好の機会が訪れたと考え、幸運な事に、僕は代表になるのにも成功した。三百年振りに再開した一回目の試合で僕がホグワーツを優勝させれば、ハッフルパフが劣等生ばかりだなんて言えやしない。今後対抗試合が繰り返される五年毎に、誰もがセドリック・ディゴリーの事を思い出す事になると、そう喜んだ」

「……似たような事はフラーも言っていましたよ」

「そりゃそうだろう。誰だって、自分が主役だと思えるような晴れ舞台を嬉しく思わない筈がない。クィディッチで既に有名なビクトールですらそうだ。けど──」

 

 ──ハリー・ポッターという例外、この国の誰もが知る主役中の主役が舞台に上った。

 

「その事実を受け容れた時、目の前が真っ暗に変わった。ハリーが代表選手となった時点で、今回の試合は最早ハッフルパフ云々ではなく、生き残った男の子の為の物になった」

「……それでも貴方が勝てば、セドリック・ディゴリーの為の試合になったのでは?」

「まさか」

 

 セドリック・ディゴリーは鼻で笑って一蹴した。

 

「君も何時ぞやに揶揄しただろう? 入学以来シーカー戦で無敗だった彼に、去年初めて土を付けたのは僕だった。それでも吸魂鬼が居なければという仮定が語られた。あの時僕が本当にハリーに勝利したのだと、本気で認める者は誰も居ない」

 

 僕ですらも、と彼は付け加える。

 その部分には羨望や葛藤すらなかった。彼が入学以来熱心に打ち込んできたであろうクィディッチで素直に敗北を認める位には、去年までの三年間、ハリー・ポッターからその才能を突き付けられ続け、そして受け容れざるを得なかった現実なのだろう。

 

「それと同じだ。ハリーが年齢というハンデを背負っている以上、勝ったとしても何処かすっきりしない事になる。特に彼が英雄()()()()()()()()()この国ではね。そして僕の目的はハッフルパフの地位の向上、劣等生ばかりの寮でないと証明したいという物だった」

「……まあ、確かに彼に注目が集まる事で議論や論争の的がズレるかもしれませんが、それでも貴方の目的が全く達成出来ない訳ではないでしょう?」

「かもしれない。だが、そもそもビクトールやフラーに勝てるとは限らない。僕達二人とも負けてしまえば、同じ年ならば勝てた()()()()()()ハリーだけが記憶され、僕の名は忘れ去られるのは確実だ。そして既に言った通り、僕はハリーに勝てるかすら確信が無かった。実際、彼は同点とはいえ、現在トップに立っている」

「……やはり僕はその結果に納得行っていませんがね。第二の課題の点数の付け方は、基準から見て論外であるようにしか思えない」

「その意見は僕の耳にも届いているよ」

 

 今日初めて、彼は邪気のない本心からの笑みを浮かべた。

 

「けど、それが届いているからこそ、僕も含めて文句はないよ。ハリーは第二の課題において、満点に値する結果を示した。彼が一位であるのは妥当だ」

 

 僕の不満を嘲笑うような透き通った表情に、無性に腹が立った。

 だがそれは僕の勝手で不当な言いがかりなのかもしれず、口を挟むより彼が言葉を続ける方が先だった。

 

「フラーの件がまさにその事実を示している。第二の課題で僕と同じ魔法を使いながらも失敗した彼女の事を、僕は心の何処かで侮っていた。だが、バグマンは『すばらしい泡頭呪文』と評していたし、事実、彼女が失敗した原因は魔法の腕が僕に劣っていたからではなかった」

「……ドラゴンを課題とする位に頭の軽い人間の評価は当てになりませんが、ならば一体何が理由だったのです?」

 

 そう言えばフラーから聞きそびれている。

 改めて抱いた問いを投げ掛ければ、彼は少し唇を歪めつつ解答した。

 

「マグルはね、スキューバダイビングの際には二人(バディ)で潜るらしい」

「それが何か?」

「つまり友人の言葉では、心の問題だそうだ」

 

 ……呪文の──酸素の問題では無かったのか。

 

「人間は水中で活動するようには出来ていないから、ダイビングの際にパニックを起こすと正常な判断が出来なくなるらしい。口元の酸素のチューブを自分で外すと言った、陸上では有り得ない行動を取ったりもするそうだ。そしてどんな熟練者でも突然そのような事は起こりうるとも聞いた。そんな事故の防止の為に二人一緒に潜る訳で、僕は運が良かっただけだ」

 

 たまたま逃げた方向が順路で、直ぐに囚われた人質達とハリーに会えたから、パニックに陥らずに済んだだけだと彼は言った。

 

「……それが彼女を失敗に導いた最大の原因であり、泡頭呪文が水中で扱われる魔法として書籍で大っぴらに扱われない理由という訳ですか」

「多分ね。パニックで魔法を切らすか自分で壊すかしたら即座に窒息するような魔法は、やっぱり危険すぎるよ。水圧や減圧症の問題も有るしね。変身術が一番だ」

 

 その記述がホグワーツであっさり見当たらないのも妥当と言えば妥当だろうか。

 教授陣の捜索能力や水中人(マーピープル)の好意にも限界がある。泡頭の呪文を使えば湖を楽に探検出来ると考える馬鹿が続出すれば、まず間違いなくホグワーツで死人が出るだろう。もしかしたら、僕の知らない所でその旨の告知が出ているのかもしれない。

 

「しかし、パニック症状ですか。確かにフラーは失格前の事を語るにあたり、他二人とはぐれて一人になったとは言ってましたね」

「それを知っているのなら話が早い。あの課題で、人質のもとに最初に着いてたハリーに対し、僕はこう言った。水中だったから伝わったか解らないが、『フラーもクラムもいま来る』ってね。それを聞いて君は当然疑問に思うだろう?」

「……あの湖は広く、深く、そして彼女の証言によれば左程視界も良くない。御丁寧に順路の矢印が置かれていた訳でも無いでしょう。そんな中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「その問いに答える必要は多分無いよね。君の想像通りだ」

 

 フラーが一緒に居たと言っている以上、セドリック・ディゴリーが嘘を吐いた訳ではない。

 つまり、恐らく彼等には協力体制、と言っても暗黙の了解に近しい関係が結ばれていた。呪文を使って助け合うとまでは行かずとも、たとえば互いの杖灯り(ルーモス)を見る事が出来るような、そんな位置に全員が居た。

 

 ドラゴンの時と違い協力が不可能な課題形式ではなく、規則によって禁じられている訳でも無かった。彼等三人が真摯かつ真剣に課題に挑んでいた事は揺らがない。

 しかしハリー・ポッターの点数に対して彼等が異を唱えなかったのは──勿論、彼等に友情めいた物があるのも小さくないだろうが──ギリーウィードの特性を最大限に生かしたハリー・ポッターが殆ど独力で課題を達成しており、一位の点数を与えられるに相応しいと、同じく水中で課題に挑んでいた彼等自身が誰より理解していたからか。

 

「運も実力の内とか、そんな慰めを聞きたい訳じゃない」

 

 セドリック・ディゴリーは、あくまで自分自身の醜悪さを厭っていた。

 

「ビクトールは気難しく、フラーは高慢で、ハリーだって陰気だ。けど、彼等の性根は歪んでいない。スポーツマンシップを体現出来る。頭で理解しているつもりで、しかし護りきれない僕と違ってね」

 

 セドリック・ディゴリーは、仲間達の──〝セドリック・ディゴリー〟を仲間だと思っているハッフルパフ生へと一瞥した後、改めて僕へと向き直る。

 

「午前中、父と喧嘩したんだ」

「…………」

「ハリーにぶつけた失礼な言葉を、謝るように僕は言った。だが、父の口から出たのは疑問だった。息子の晴れ舞台を不正で穢されて怒らない親など何処に居る、と。そして続けたんだ。お前は良い子過ぎて、物解りが良過ぎる。だから代わりに言っているのだとね」

 

 ……嗚呼、それは彼にとって禁句だ。

 生徒の模範として在れと規定された〝セドリック・ディゴリー〟だからこそ、彼は決してハリー・ポッターの悪口を表に出す事は出来ない。

 けれども、彼の本質は違うのだ。見栄っ張りで、自己中心的で、当然ながら誰よりもハリー・ポッターが選出された事に対して怒りを溜め込んでいた。

 

「気付かされたよ。彼は僕を見ていない。僕が演じる理想の息子しか目に映っていない。そして、あんなに気の良い奴で、そして大きな試練と苦難を与えられているハリーを、しかし心の底から讃える事が出来ない小さな人間の血を僕は引いている」

「……だからこそ、貴方はそんなにも絶望しているのですね」

「ああ。なんせそれは全く間違っていないんだ。僕の心は彼が、父が怒ってくれてる事にこそ暗い喜びを抱いてもいたんだから」

 

 漸く、セドリック・ディゴリーの心を読み切れない理由が解った。

 既に空洞なのだ。六年間強固に築き上られた〝セドリック・ディゴリー〟という偶像は破壊されている。ハリー・ポッターという本物の英雄、そしてフラー・デラクールやビクトール・クラムという真っ直ぐな競争相手を前にして、自身がどれ程人格的に劣っていて、偽物であるかを突き付けられた。

 

「かつて君は容易く僕の本性を見破った」

 

 何時か、擦れ違い様に言葉を交わした時の事をセドリック・ディゴリーは持ち出す。

 僕がセドリック・ディゴリーを支持していない事を──自分の敵に回る側の人間なのだと、そう確認してしまった時の事を。

 

「その君には、今の僕はどう見える?」

「……仮面を被っていない、本物の貴方に見えますよ」

 

 そして彼の纏う気配は、スリザリンで良く知る物に近かった。

 光の当たる者への羨望と憎悪。持たぬ者としての劣等感と執着心。己の栄光を阻む存在への強烈な敵意。十四年前を区切りに爪弾きにされ続けた者達が抱く激怒と復讐の念と似たような感情を、ハッフルパフ寮に所属する筈の人間が有して居た。

 

「それは良かった。僕はそれを確認しに来たんだ」

 

 今度浮かんだ笑みは、やはり完璧な物だった。

 

 ──どんなに僕が渇望したとしても獲得出来ない、模範的な善人の表情。

 

「時間を取らせて悪かったね」

「…………」

「君が察したように、報酬は既に渡している。それが何かは直ぐに解るだろうが──まあ、君が足りないと考えるなら言ってくれ。余程で無ければ僕は君の要求を受け容れよう」

 

 それだけを言って、セドリック・ディゴリーは穏やかな笑みを残し、踵を返した。

 彼の用事は済んだのだろう。一方的で、自己中心的で、しかしセドリック・ディゴリーの人生の分岐となるであろう価値を、彼は僕との会話の中に見出した。

 

 嗚呼、それは誠に結構な事では有るが──

 

「仮に、の話ですが」

 

 ──利用されるだけ利用されるのを許す程に、僕は優しい人間であるつもりは無い。

 

「自分をハッフルパフでないと思っている貴方が今後スリザリン()()()行動を取ろうとしているとすれば、それは全くの見当違い。狡猾で機知に富んだ蛇の懐に居た事が無い人間の思い上がりですよ。その行いは決して〝スリザリン的〟ではない」




・第二の課題とセドリック・ディゴリー
『セドリックが本気でハリーに手を貸したいのなら、もっとはっきり教えてくれたはずだ。僕は、セドリックに第一の課題そのものズバリを教えたじゃないか──セドリックの考える公正なお返しは、僕に「風呂に入れ」と言うだけなのか。いいとも。そんな下らない手助けなら僕は要らない──どっちにしろ、チョウと手をつないで廊下を歩いているやつの手助けなんか、要るものか』
(四巻・第二十四章)

 上記に同意するかの判断は読者に委ねられているにせよ、第八巻の事を考慮に入れずとも、第四巻時点でセドリック・ディゴリーが完全無欠な人物として描かれていないのは明白である。

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