何だかんだ言って、あの老人は求めた通りの仕事をやってくれたらしい。
歴代校長の肖像画が発信源か、或いはゴーストか。バーテミウス・クラウチ氏の失踪に関して魔法大臣が僕と面会し、第三の課題では護衛付きで観戦を控えて欲しいと求めたらしいという〝秘密〟は、翌日には既に全校に知れ渡っていた。
ドラコ・マルフォイは僕が求めるならば父親に文句を言っても良いと朝食前にわざわざ言いに来たし、フラーは一限目が終わった直後、何時も通り僕を空き教室に拉致して愚痴と共に断固抗議すべきだと主張していたが、その何れに対しても問題無いと退けた。
怪しい位置に居たのは自覚しているし、嫌な噂が立ったり周囲から白眼視されるのも今更だ。学校生活に大きな支障が出る訳でも無い。逆に、かつての魔法法執行部部長を害した危険人物とみられる事で安泰になりそうですらある。
久々にハーマイオニー・グレンジャーが僕の方を物言いたげに見詰めてきたが、ハリー・ポッター経由でも話は通っているのだろう。彼女が近付いてくるような事は無く、接触しにくる気配も見られなかった。そして、それで良いのだ。如何に可能性が低かろうとも、今回僕は〝犯人〟の前に餌として己を差し出したのには変わりないのだから。
そして大きな反応が直ぐに起こる事も期待していない。
……期待していなかったのだが、事が事なだけに何も無しとは行かないらしい。
ただ、彼からの接触が有った瞬間、これは一連の事件に纏わる話では無いなとは直感した。
不都合な情報を握っている人間を始末したいと考えている人間の行動としては、余りに堂々とし過ぎていたのだから。
周りに多くの生徒がいる中で、ビクトール・クラムは僕と話がしたいと持ち掛けて来た。
そして彼がそんな選択をした理由は、フラーが僕へと話掛けて来た時以上に想像が付かない──訳では無かった。彼と僕の間に直接の接点は存在せず、しかし敢えて間接的な接点を見出すとすれば、それはただ一人の事についてしか考えられなかったからである。
僕が了承すれば、彼は放課後まで待たずに直ぐに用件を済ませる気らしかった。
会話する場所は何処でも良かったらしく、人通りの少ない階段の踊り場の隅まで連れて行かれた。予想される会話内容としては不用心な事だと思ったが、これくらい雑な方が逆に良いのかもしれない。彼は僕を先導する事に──即ち背を向ける事に躊躇しなかったので、彼が振り返る前に杖を軽く振った。聞き耳を立てられないに越した事は無い。
そうして、ビクトール・クラムは僕と向かい合う。
近くで見れば、思っていた以上に、彼は意外と威圧感があった。
身長のせいではない。確かに僕より高いが、彼がО脚気味である為に、実際の数値程に僕が見上げる必要は無い。圧倒的に違うのは体格だ。スポーツ選手、それもプロの世界で戦う人間である。箒を使うスポーツなのでラグビーやアイスホッケーの選手のように筋骨隆々という訳ではないが、それでも鍛え上げられた肉体をローブが隠し切れていない。
ただ同時に、微妙に迫力が足りないとも思ってしまうのは、彼が纏う雰囲気だろう。
その体格差故の自信というか、ざっくり言ってしまえば自惚れと傲慢さが無い。肉体の優れている人物に謙虚さが無いと言いたい訳では無く、寧ろ彼が謙虚過ぎるのだ。身体が小さい人物が更に身を縮めているのと同じ雰囲気がするというか……まあ、これは僕の勝手な偏見であり、箒に乗っている時はまた違うのだろうが。
対面しながらも、どう話を切り出せば良いか迷っているらしい辺りを見る限り、世間での〝ビクトール・クラム〟像とは合致しない。とはいえ、僕が遠目であれ見て来たホグワーツでの彼の印象からすれば、らしいと言えばらしいのであるが。
「──それで何の御用件でしょう。出来れば、さっさと口にして欲しい所ですが」
僕からそう切り出せば、何時も通りのむっつり面は変わらずとも、僅かに不快さを露わにした。こうして真っ向から対面してみれば、彼は意外と解りやすい質であるらしい。
「……聞いてはいたが、君は随分せっかちなんだな」
「僕の性格はどうでも良いですよ」
さっさと話せという視線をビクトール・クラムに向ければ、彼は僕へ少し睨むような視線を向けた後、口籠りつつも僕の下に来た理由を口にした。
「……ハーミィ-オウン-ニニーの事だ」
「それだけを言われても解りかねますが」
発音は変だったが、誰を指しているかは流石に解る。
そして案の定の話題、想定通りの彼との接点と言える。
クリスマスと第二の課題を見れば、ビクトール・クラムがハーマイオニー・グレンジャーに強い好意を抱いているのは誰の眼から見ても明らかである。
ただ問題は、それを直接僕にぶつけてくる理由が解らない事だった。
「ハーミィ-オウン-ニニーは、ポッター達の事を良く話題に出した。そして
「……だから、何なのです?」
「その時、ポッターから君の話が出た。君と彼女が、その、親しいと」
「────」
またハリー・ポッターか、と溜息を吐く事はしない。
最初から出所は明らかだった。現状でハーマイオニーが自分から僕の話題を出す程に迂闊であるとは思えないし、長らく離れている以上、ビクトール・クラムとの話に上らせる話題も無いからだ。だから問題は、やはり何故彼が僕に接触しに来たかなのである。
視線での更なる促しに彼は覚悟を決めるように息を吸った後、言葉の続きを紡ぐ。
「ポッターは、君こそがハーミィ-オウン-ニニーの心に最も近しい人間だと言っていた」
「……それは可笑しな話でしょう」
流石に買い被り過ぎだろうと、先の分を併せて溜息を吐いた。
「彼女の親友はハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリー、グリフィンドールの彼等二人であり、彼女が最も長く時間を過ごしているのもあの二人だ。貴方との話の中で、僕が出て来る余地は無いでしょう」
「少なくともポッターはそう言った」
「であれば、ハリー・ポッターは見当違いをしている。僕が彼女に最後に会ったのはもう半年以上前の事ですよ。近しいどころの話では有りませんし、貴方がわざわざこうして問い詰める必要が有るとも思えません」
強情を張るように言った彼の言葉を退ける。
あの日から僕達の距離は離れたままだ。
そして、もしかしたら、もう既に終わってしまったのかもしれない。
ただ、ビクトール・クラムの用件は理解した。
僕に対してどのような答えを求めているのかも承知しているし、その答えを返すのにも問題は無い。公言すべき事でも無いが、事実は事実である。
「御不満ならば、僕もハリー・ポッターと同じ答えを貴方に返しましょう。僕はハーマイオニー・グレンジャーのボーイフレンドなどでは無い。それどころか、今となっては友人であるかどうかすら怪し──」
「──彼女は、君の事を友人だと言っていた」
「…………」
怒りが燃える彼の言葉に、思わず口を噤まされる。
「
「……それは単純に、彼女と今仲違いしているのが僕だけだからでしょうに」
「違う」
半ば呆れと共に言えば、即座の答えが返って来た。
言葉自体よりも、彼の真剣な表情と焦るような言葉の響きにこそ否定の強さが有った。
「重ねて今回の噂について聞いてみれば明らかだった。君がクラウチに何かしたという事を彼女は強く否定した。確かに嫌味で性格も悪く、正直クラウチをどうこうする程度は出来そうな人だけど、そんな事は絶対にしないと」
「……それは擁護されている、んでしょうかね」
微妙な言い回しに苦笑し、しかし眼前の青年は余計に表情を険しくした。
「ハーミィ-オウン-ニニーは君の事を色々と悪く言っていたが、それでも君は信頼されている。どんなに会わない時間が続いても……その、と、友達だと」
「……それを伝えて、貴方は何を僕から聞きたいのです?」
「君がハーマイオニーをどう思っているかを聞きたいんだ」
「それは何故」
間髪入れず問えば、ビクトール・クラムは大きく息を吸った後で言った。
「僕がハーマイオニーを好きだからだ」
羨ましくなる程に堂々とした宣言。
己の存在に疑問を持たず、己の価値に信頼を置いている者だけが告げられる言葉。
この男は、ビクトール・クラムという人間を形作ってきた時間と選択に恥じる所が無いからこそ、そのような恋の感情の吐露を第三者に対して出来るのだろう。
ハリー・ポッターとはまた違う形で、僕とは方向性を異にする存在だった。
「──貴方は今の言葉を本気で言っているのですか?」
「ああ」
鋼のように頑なな表情のまま、彼は小さく頷いた。
瞳からも嘘偽りの気配は読めない。逆に真っ直ぐとハーマイオニーを思っている事がありありと伝わってくる始末だった。
「……リータ・スキーターの記事が有ったとは言え、貴方の周りでアレを本気にしている人間は殆どいないでしょう。彼女は〝マグル〟生まれで、何の特別でもない単なる学生だ。世界的クィディッチ選手である貴方の気の迷い、一年間の火遊び程度にしか思われていない」
「みたいだな。しかし、
「となれば、夏休み中に彼女をブルガリアに誘ったという部分も事実ですか?」
「…………」
「断られた訳ですか」
返答が寄越されなかった事に笑えば、噛み付くように言った。
「断られた訳では無いし、君に笑われる筋合いはない」
「嗚呼、別に馬鹿にした訳では無いですよ。寧ろ意外にすら思っていたのです。僕は彼女が貴方の誘いに乗ったと考えていたので」
「……何故そう思う」
「ハリー・ポッターに聞けば良い。彼ならば答えてくれるでしょう」
教えてやる義理も有りませんと、そう呟く己の頬が歪んでいるのは自覚していた。
嫌がらせでは無い。今の問答を経て、僕の事前の想像とビクトール・クラムの実物との違いが改めて浮き彫りになった事が、堪らなく愉快で有ったからだ。
僕の主観も世間的な評価としても、リータ・スキーターの記事の信憑性は微妙だった。
特に彼女達の三角関係の記事自体が『日刊予言者新聞』ではなく『週刊魔女』というゴシップ雑誌に載せられたという事も有るし、そもそも『日刊予言者新聞』の記事からして、代表選手の名前の綴りを間違えるなど配慮の欠片も無い。ハリー・ポッターが両親の事を想って涙を零したという内容からも──他人の前でそのような振る舞いをする程に彼は解りやすい人間では無い──基本的に信用に値しない。
けれども、全てが嘘八百という事も無いらしいというのも読んでいれば伝わってくる物であり、そしてビクトール・クラムが彼女に熱を上げているというのも、今回ばかりは事実であるという事らしい。ユール・ボールのダンスパートナーとしての指名からも解っていたつもりだが、ここまで本気だとは思ってもいなかった。
夏休み中の誘いが宙吊りのままになっているのは今の彼の悩みでは有るのだろう。僕の言葉通りハリー・ポッターに聞くべきか、或いは眼の前の僕を更に問い詰めるべきか懊悩しているらしいビクトール・クラムに言葉を続ける。
「断られた訳では無いという事は留保──いえ、貴方の表情からすればそう言う訳でも無いようですから、答えを貰う機会を逸したというあたりですか」
「……何故解る」
「貴方が明け透け過ぎるのです。余計な御世話かもしれませんが、もっと感情を隠すべきですよ。それで良く敵のシーカーに先んじてスニッチを取れる物だと思いますが」
ビクトール・クラムは、僕が会った中で最も感情を読みやすい人間の一人だった。
読みやすさで言えばドラコ・マルフォイの方が上だが、それは四年間の付き合いが有っての事である。先程まで彼は僕へ敵意や不愉快さを抱いていたが、今や不気味さを感じているのが手に取るように解る。
「そもそも貴方はもっと
意外だという感情を隠さず、僕は更に言葉を積み重ねる。
「けれども、貴方はハーマイオニーに自分の誘いがどうなったかを聞けず、そしてまた僕を問い詰めきれない。まあ、クリスマス前の革命の顛末で大体は察していましたが。あの時貴方は積極的に主導権を取りには行かなかった訳ですし」
彼はフラー・デラクールやセドリック・ディゴリーに、革命の指導者たる事を譲った。
僕が最初に抱いていたビクトール・クラム像からは外れており、けれども今眼の前に居る背の高い上級生の印象とはやはり一致している。
「……何で僕が自分本位だと思っていたんだ。僕と君は会った事が無い筈だろう」
「だとしても、クィディッチ・ワールドカップの幕切れを見れば当然そう思うでしょう?」
あの顛末を見て、どうしてその感想を抱かないで居られようか。
クィディッチに左程詳しくない僕からしても、あれは並々ならぬ掟破りだったのだから。
「ワールドカップ決勝戦で貴方がスニッチを取って、しかし敗北した。その記事を新聞で見た時僕は、
「────」
ビクトール・クラムは大きく表情を歪めたが、反論の声は返ってこない。
別に僕の指摘を認めた訳では無い。寧ろ、指摘を受けて燃え上がった彼の瞳は、強烈な反発と否定を示している。けれども、反論を口にしなかったのは、彼がその非難をされてもやむを得ないと認めており、女々しい言い訳はしないという態度の表明だった。
「シーカーがスニッチを取った挙句敗けるという事は珍しいという程の物では有りません。僕が知る三年間のホグワーツでも、その事例は実際に見た事が有ります。そしてまず間違いなく、チームメイトも観衆もその行いを非難しない」
但し、そこには一つの前提が存在する。
「ホグワーツの、或いはプロシーズンのクィディッチマッチは原則、得失点差が問題となるリーグ戦ですからね。百六十点差で負けるのと十点差で負けるのは、同じ敗北でも天地の差が有る。だからこそ、戦略的に敗北する事が許されます」
敗北に落胆はすれど、その選択を取ったシーカーを責める馬鹿は居ない。
けれども、今回のビクトール・クラムの事例は違う。
「貴方がやったのはクィディッチ・ワールドカップ決勝戦。一発勝負のトーナメントでは点数差は問題とならない。千点差で負けようが十点差で負けようが、負けは負けです。故にどんなに勝ち目が薄いと考えていても、勝っていないチームのシーカーがスニッチを取る事はまずないと言っていい」
「……最終的なスコアは百七十対百六十で、僕達の敗けだった」
ビクトール・クラムはポツリと補足の言葉を付け加える。
「そうですね。貴方がスニッチを取りさえしなければ、チェイサーが後二十点、いや十点取る可能性も有った。如何に薄かろうと、ブルガリアには勝ち目が残っていた。しかし、貴方はチームメイトが逆転の機会を作ってくれるとは考えず、己の手で自国の勝利を潰した」
付け加えれば、彼がスニッチを取る寸前、相手のシーカーは地面に衝突していた。
そしてスニッチを取れるのは規則上ピッチの七人中シーカーただ一人。相手チームのシーカーが一時飛行不能になった以上、敢えてスニッチを見逃し、逆転の機会を伺うべきだったという考え方も出来る、というより、そう書いていた新聞を見た。
一方で、ビクトール・クラムを擁護する声も無い訳ではなかった。
彼はその前の試合展開で顔面を負傷しており、相手のシーカーがどうなったかを見る余裕などなく、スニッチを取らざるを得なかった。それもまた真っ当な指摘であったのだが──
「──その様子では、貴方は自覚的にスニッチを取ったらしい」
今度の沈黙は、肯定を示すものだった。
僕はクィディッチに左程興味が無いのでその後の記事や論評などを追っていないが、恐らくは世界中で議論が沸騰した事だろう。
負けたら終わりのトーナメント戦で、自ら敗けを選択する事は是か非か。個人戦では無いチーム戦において、
その議論の行く末にはやはり興味がないし、そもそも正解が存在する訳では無いだろう。
だが、そのような幕切れ故に僕は彼がホグワーツに来る前、〝ビクトール・クラム〟はチームメイトに信頼を寄せていない、自分の能力のみに絶対の自信を寄せる人間であるのだと思っていた。
「そんなに警戒せずとも、貴方がそうした理由は聞きませんよ」
身体が強張っているビクトール・クラムの姿を鼻で笑う。
「……君は興味がないのか」
「無い訳ではないですが、僕は記者では無く、そんな踏み込んだ
あの幕切れについて彼が言い訳をせず、敗北の責任と非難を一身に背負ったのが解った事で十分。そして三大魔法学校対抗試合や今年度のホグワーツでの振る舞いも併せれば、もう最終判断を下してしまって良いだろう。
ハーマイオニー・グレンジャーが惹かれているらしい所で多少不安に思っていたが、ビクトール・クラムは、あのギルデロイ・ロックハートからは程遠い人間性を御持ちらしい。
「──貴方の質問は、僕が彼女をどう思っているかでしたか」
クィディッチについてビクトール・クラムと議論したいとは考えていない。
彼の用件と本題について取り上げる。
「まあ、貴方が堂々とそう告げた所で僕が応ずる義理は有りませんが──誤魔化す意味も無いようなので答えましょう。異性の中で彼女のみが特別であり、一言で表現するならば、貴方と同じく、僕は彼女に恋をしているのでしょう」
「────」
敢えて言葉にするならば、そう評する以外にない。
父親より多少はマシだ。けれども、状況までひっくるめて考えれば殆ど同じであり、やはり確かに血は引いているのだろう。そのような感情を抱く事が死に繋がる相手に対して、僕は恋心を抱いてしまっている。
しかし真正面から回答したにも拘わらず、彼は余計に表情を険しくした。
わざわざ直接聞きに来たのだから、予想通りの答えであった筈である。だが僕の眼には、彼が予想外の回答が返ってきたと感じているように見えた。
「……なら、何でスキーターの記事に何も動こうとしない?」
「動こうとしない、とは?」
「君はマルフォイと同じスリザリンなのだろう。そして君が酷く賢いのは良く知っている。なら、彼女を傷付ける記事を止めさせるなどやりようが有ったんじゃないのか?」
「僕の力を過大評価し過ぎですし、本気で傷付いたならば別の話ですが、彼女は僕の力を必要としていないようです。押し付けがましい恩など迷惑なだけでしょう」
そう返せば、彼は強い怒りを抱いたようだった。
何時ものむっつり面を更に顰めさせ、語気荒く詰め寄ってくる彼は、今まで猫背気味だった背中も伸びたせいか余計に大きくなったように思えた。
「そもそも僕が彼女を休暇中に誘った事が真実だと解った事について、君は眉一つ動かさなかった。彼女に恋をしているというなら思う所は無いのか?」
「何も、という程では有りませんが、左程重大とは思っていませんよ。行くかどうかはハーマイオニーが決める事ですし、それはそれで構わないとすら考えています」
「僕を馬鹿にしているのか」
「別段馬鹿にしているつもりは有りませんが」
更に怒りが増したようだったが、そのような反応は心外である。
「彼女が誰と付き合うかというのは彼女自身が決める事です。そして向き合ってみて改めて思いましたが、貴方と親しい仲になる事は彼女にとって有益ですし──貴方が彼女をこの国から連れ出す事は良い事だろうとすら考えています」
故に、ビクトール・クラムに思う所は無い。
彼と彼女が交際を始めようと、僕を大きく揺るがす事は有り得ない。
「なっ!? ほ、本気で言っているのか……!」
「何故そう疑問に思うのです?」
無駄な確認をするビクトール・クラムが、僕には不思議で仕方が無い。
ハーマイオニー・グレンジャーの穏やかな未来を望むならばそれが最善。
他ならぬ本心だというのに、ビクトール・クラムは愕然とした表情を浮かべている。それどころか、彼の深い黒の瞳には、僕への拒否感がありありと現れていた。
「そしてこれでも僕は、貴方に真摯に向き合っているつもりですがね」
少なくともビクトール・クラムの前では、一切の嘘偽りを述べてはいない。
「特に今は純血至上主義を掲げた戦争の再開前で、彼女は〝マグル〟生まれ。加えて〝生き残った男の子〟の親友というのは、それだけで命を狙われるに値する。それを考えれば、彼女はこの国から出ていくのが最も賢明です」
彼女の立場への懸念は変わっておらず、特に今年になってより強くなっている。
ハーマイオニー・グレンジャーに限らず、マグル生まれの魔法使いは魔法界から去るべきであるし、可能ならば国外移住すべきである。ホグワーツ、或いはこの国の魔法界に拘る必要など無い。それらに今後も愛着を抱き続けたいならば──これから増える死人によって美しい想い出を穢されたくないならば、逆に自ら離れるべきですらある。
「彼女とハリー・ポッターの友情は問題だ。貴方が知っているか知りませんが、彼と友誼を結んでいた御蔭で、彼女は三年連続で生命の危機の一歩手前くらいには立った。何処かの老人によれば一年目は違うようですが、客観的にはやはり三年連続でしょう」
クィリナス・クィレル教授。バジリスク。吸魂鬼と狼人間。
何処かでボタンの掛け違えがあれば、彼女は確かに死んでいた。親が知らない間に子供は何度も危険な遊びをしているというような、そんな世間的な一般論では括れない。犯罪者の悪意に由来する明確な死の危険に、この三年間で彼女は直面していた。
「しかし、愛情は大抵の場合、友情よりも優先される物でしょう? 闇の脅威に立ち向かう友人と共に戦う事よりも、貴方への愛と貴方との子への情を選択して海外に行ってくれるのならば、それは僕にとって歓迎出来る事象だ。まあ、流石にその事を心から祝福するとまでは行きませんが」
ただ、受け容れられる結果では有る。
人は死んだら終わりだ。今年初めの屋敷しもべ妖精へのハーマイオニーの関心を受けて多少僕の心境に変化が有るが、それでも生きている事が最善だというのには変わりはない。
「その点、ビクトール・クラム、貴方は非常に良い位置に居る。国外の魔法使いで、多大な名声と富を既に獲得しており、数々の雑誌や女生徒の反応を見る限りでは顔も良い部類に属するようだ。そんな貴方が彼女を手に入れようとするのを僕が妨げて一体どうするのです?」
「……君は彼女と一緒に居ようと思わないのか?」
「繰り返しますが、それを決めるのは彼女ですし、その必要も無いらしいのはこの四年間が示す通りです」
グリフィンドールに組分けされていれば、僕は彼女と居続けたいと思ったのかもしれない。或いは二年前や今年の事が無ければ、僕は傍に居たいと考えたかもしれない。
しかし僕はスリザリンであり、二年前は近くに居た所で何も出来ず、そしてまた今年の離別は何の成果も得られなかった。
更に厄介なのは、逆に近付いても状況が好転するとは思えない事だ。
どう考えても、今のスリザリンから外れる事は、僕の特異な立場を喪うという事でもある。ハーマイオニーの事を想えばこそ、そのような愚行は利益が無く、不合理だ。
「貴方──貴方達と違い、僕には彼女を護れる力は有りません。貴方達には地位が有り、立場が有り、財力が有る。貴方の性根も善良みたいですしね。であれば、僕に何も言う事は有りません。元よりその権利が無いのも御承知でしょうけど」
「……君に伝わっていないようだから敢えて口にする。君は彼女に恋していると言った。ならば何故、僕から奪おうと考えない?」
「逆に何故、自ら彼女を不幸にしなければならないのでしょう?」
どういう訳か畏怖すら浮かべはじめた彼に、僕は真正面から淡々と答える。
「貴賤結婚の理想と現実が示すように、釣り合わない人間が添い遂げようとしても良くはならない。それを覆せるような力を持っていない限り、身分違いや立場違いの恋はすべきではないでしょう。そして僕はそのような〝特別〟では有りません」
マグルであった母と、魔法族であった父の結婚。
そこに物語のような大恋愛が存在していた事には疑いの余地は無く、けれども最終的な結果は破滅だった。
僕にとって、ハーマイオニーと共に居る事はそれと同種のように思える。
これからの戦争で彼女の命を護り切る覚悟も自信も無い。そもそも彼女の両親のように、立派に子供を育て、幸せな家庭を築いている想像が付かない。一時の感情で道を踏み外してしまっては、悪い未来が訪れるようにしか思えない。
「……ハーミィ-オウン-ニニーに好かれようと、いや嫌われる事を君は恐れないのか?」
「好意は相手から嫌われて消える程度の物なのですか? 少なくとも僕にとっては、それが嫌悪や敵意によって相殺される事が有っても、決して無くなる物では有りませんよ」
その意味で、僕がフラーやガブリエルに抱くのは好意では無いのだ。
彼女達が僕から離れれば、無くなる程度の物でしかない。故に僕は彼女達を想う事も出来ず、そして今、僕が消え失せる事の無い情だと確信出来るのは、ハーマイオニー・グレンジャーに抱く物が唯一でしかない。
「君のは……異常だ。それは恋なんかじゃない」
「恋で無ければ何だというのです? まさか愛だとでも?」
何処か振り絞ったような彼の必死さに、何故か無性に可笑しくなった。
「僕が抱く感情は一方的な物であり、僕と彼女は恋人でも親子でも何でも無い。赤の他人だ。そこに〝愛〟が成立する余地は無いでしょうに」
最早ビクトール・クラムの顔に浮かんでいたのは恐怖だった。
僕は奇抜な論理を持ち出した訳でも無い。けれども、彼にとっては共感も理解もしがたい物で有ったらしく、だが同種の感情を向けられる事には僕自身今更だ。このホグワーツでマトモな眼で見られてきた事の方が少なく、そして僕は異常者であるのだろう。
けれども、今更取り繕うつもりも無く、どうすれば取り繕えるのかも知り得なかった。
「……質問に対する答えはこの程度で良いですか?」
「い、いや」
僕の確認に、ビクトール・クラムは首を振る。
けれどもそれは反射的な物に過ぎなかったのだろう。彼が欲しい答えが得らなかったのは確かだろうが、これ以上僕に何を聞いて良いのか、どう問い詰めて良いのか解らないように見えた。自分で言うのも何だが、普通の感覚を持つ人間にとっては、僕のような異常者の相手は手に余るという事なのかもしれない。
そして、やはりビクトール・クラムは真っ直ぐ過ぎる。
あのフラーですら彼女の美貌が引き寄せる厄介事が為に大概面倒な性格をしているというのに、この世界的クィディッチ選手である彼は、しかし捻じくれた部分を殆ど持っていない。多くの富と名誉に狂わされた様子が欠片も見えない。世間知らずという訳では無いが、余程恵まれた人生を送ってきたのだろう。ドラコ・マルフォイと同様、感情や思考が読み取りやすいのも納得である。
もうビクトール・クラムが
純血主義者であれば嘘でも言えないであろうハーマイオニーに対する感情、プロクィディッチ選手である彼に利益が存在しない事、何より今話をした上での感覚や掴んだ性格を考えれば、彼が死喰い人に靡く可能性は、イゴール・カルカロフとの接点を考えても非常に低い。
仮にイゴール・カルカロフに誘われれば、彼は断固として訣別するだろう。ハリー・ポッターよりも余程解りやすい正義感を、この男は持っている。
……ならば多少の助言をしても罰は当たらない、か。
このまま待っていても質問が継がれないようだと理解し、僕は口を開く。
「貴方が何もないというならば、僕からも一つだけ質問が有りますが」
「……な、何だろうか」
「──貴方は今回のクィディッチ・ワールドカップでチームメイトへ無能を宣告し、自国を敗北に追い遣った訳ですが。その責任はどう果たす気です?」
あの試合の正しい認識については、既に互いに確認している。
だからその質問は露骨な挑発と嘲笑以外に在り得ず、故にビクトール・クラムが示す反応は劇的で、苛烈で、身震いする程に鮮明だった。
「……
先程までの動揺や、或る意味で弱々しいと思える態度は一瞬で消えていた。
背筋を伸ばした訳でも無いのに、彼の身体は先程までより遥かに大きく見える。僕を威圧している訳でも激怒を向けている訳でも無いのに、己が圧倒される感覚、この眼の前の男より自身が遥かに矮小だという実感が湧く。クィディッチ・ピッチに居るビクトール・クラムは、今の彼なのだろう。
箒の上の頂点が、眼の前に立っていた。
「僕は敗北に言い訳をしない。上手い台詞を言える訳でも無い。だから、態度で示す。チームを負けさせた僕は、今度こそブルガリアに優勝杯を齎してみせる」
その宣言は小さく、静かで、けれども確固たる意思が籠められている。
「確かに貴方は既に最高峰にして、しかもこれから最盛期を迎える選手です。ただ、シーカーの腕前で勝てる競技でないのは決勝戦が示す通りでしょう? そして逆も然りだ。今回貴方のチームのシーカー以外が無能だった訳では無い。チームとして貴方達は完敗だった」
決勝戦まで勝ちあがってきた以上、ブルガリアのチームがビクトール・クラム一人のチームだったという事は決して有り得ず、今回を逃せば向こう十年は優勝など出来ないと言われた程であり、しかしそれでもアイルランドの前に敗れ去った。
「スポーツ選手が大言壮語を吐くのは常の事です。そして、貴方に次の機会が訪れるとは限らない。どんなスポーツでも
「絶対は無い。だから僕は繰り返すだけだ。今度こそスニッチを取って勝つと」
「となれば、四年後は期待して良いと?」
「そういう訳では無い。勿論、四年後にも優勝杯を当然獲りに行く。だが、それが叶わなければ、八年後、十二年後、十六年後、二十年後。どんなに衰えようと、僕が引退するまで言い続ける。僕が今のチームメイトに対して犯した罪は、そうする事でしか消えないと思っている」
ビクトール・クラムが最も優勝に近付いた瞬間が今大会で有った。
既にそう書いている新聞記事は、多分探せば有るだろう。
最高峰同士の戦いでは、負け方にも注目される。今回のブルガリアの敗北はクィディッチ史に残る無様な敗北の仕方であり、負けても称賛される物とは言えなかった。チームの奮起を諦め、自らの手で試合を終わらせた彼には、今後厳しい眼も向けられる事だろう。
……だが、それでも彼は豪語してみせるのだ。
己への自負と覚悟、そしてチームメイトの夢を断った者の責任として。この世界に絶対が無かろうとも、己だけはそれを絶対と嘯き続けるのだと。
僕が挑発した期待通りに、眩い在り方を体現してみせる。
「──だからこそ、僕は貴方のように自信の有る人間が嫌いなんですけどね」
自分のような人間にとっては、眩し過ぎて嫉妬と劣等感で堪らない。
溜息交じりの罵倒に怯んだビクトール・クラムを後目に、僕は敬意を示す言葉を続ける。
「貴方がハーマイオニーを誘った件ですが」
そこで大きく肩で息を吐いたのは、許して欲しい所だった。
「返答を貰う機会を逸したに過ぎないのならば、もう一度誘う事をお勧めしますよ。断ってすらいないというのは彼女らしくも無い。何だかんだ言って彼女は知識に飢え、好奇心も旺盛だ。ブルガリアの魔法界を見る機会に興味をそそられない訳がない。家族ぐるみで来ないかと誘えばまず乗ってくるでしょう」
彼は微妙そうな顔をしたが、その心境は理解しているし、そして高望みし過ぎである。
「どの道、彼女を一人国外に出す事はグレンジャー夫妻も良い気はしませんよ。その方がハーマイオニーも受けやすいでしょう。グレンジャー夫妻もウィーズリー家、つまり魔法界の家庭に招かれた事は無いみたいですから、寧ろ大喜びしそうな物です」
「……マグルに魔法界の事を知らせるのは法律に反する」
「グレンジャー夫妻は彼女の親として既に魔法界の事を知っていますし、貴方の国の魔法界で一家全員をぞろぞろと連れ歩けと言っている訳では有りませんよ」
第一。
「ビクトール・クラムが女性を連れ歩いているなんて知れたら大騒ぎになるんですから、貴方達二人で魔法界を一緒に出歩くなどという事は初めから無理でしょうに」
僕の指摘に不機嫌そうに眉を寄せたのは、まず間違いなく彼が普通のカップルのようなデートをする事を夢想していたからだろう。
ただ、それは考えが余りにも甘いと言うべきだ。ハリー・ポッターや僕にハーマイオニーとの関係を真正面から聞いてきた事からも思っていたが、どうも女遊びにかまけてきたようなタイプでは無いらしかった。
「貴方はもう口を噤まないと思いますが、ハーマイオニーが貴方の誘いに対して留保の言葉すら返さなかったのは一体どういう訳なんです?」
ビクトール・クラムはそっぽを向いた。
答える気が無いというより、面と向かっては答えたくはないという雰囲気だった。
「……第二の課題、制限時間に遅れていたポッターをハーミィ-オウン-ニニーは気にしていた。僕が隅へ引っ張っていった時も気もそぞろだった」
「まあ、そんな所でしょうね」
僅かな沈黙の後の言葉は、予想通りと言えば予想通りか。
「しかし、貴方も誘ったタイミングが悪かった。彼女にとってハリー・ポッターは単なる友人では無く、三年連続──いえ、もう四年連続でホグワーツで死に掛けた親友です。流石に一年近くもホグワーツに居れば彼の問題児ぶりは十分聞いているでしょう?」
「……ああ。一歳の時にヴォルデモートを倒しただけじゃなく、これまでも相応の厄介事に巻き込まれ続けて来たと」
「現実は噂以上に酷い事を、彼の傍に居るハーマイオニーは知っています。だから、これからの貴方の誘いの成否についても同様の事が言えるでしょう」
その言葉に疑問符を浮かべているのがありありと解る彼に説明を続ける。
「夏季休暇中にブルガリアに行くという話を彼女が受けたとしましょう。ただ、今年ハリー・ポッターに何かが有った場合、それは御破算になる可能性が有るという事です。特に今年は今までと違い、単純にハリー・ポッターの命を狙っているようには思えない。今までの三度は一年区切りで殆ど
「……僕がクラウチに襲われた時の事を言っているのか」
「ええ。ハリー・ポッターよりもバーテミウス・クラウチ氏を消す事を優先するというのは、今までの恒例行事の傾向から明らかに外れている」
これまでの三年間で、ハリー・ポッター以外に被害が出た例は存在する。
ただ、バジリスクがマグル生まれを排除するのは自然であり、シリウス・ブラックがロナルド・ウィーズリーを襲ったのも、ハリー・ポッターのベッドと間違ったのだと一応理屈付ける事は可能だった。そもそもあの時点で僕はハリー・ポッターが目的では無いだろうと考えていたから、彼以外に被害が出た所で左程驚きは無かった。
けれども、今年はハリー・ポッターを代表選手とした〝犯人〟が居ながらも、その後に彼に対する害意が伺える現象は一切起こっておらず、理屈に合わない。謎めいた事件は今年の闇の印から始まっており、その裏には大きな計画と陰謀が存在する気がしてならない。
改めて少し考え込んでしまった僕に、ビクトール・クラムはふと何かに気付いたような顔をした。
「……僕を気絶させた主犯が君であるというような馬鹿馬鹿しい噂が真実だとは
「どういう事です?」
「自分で言うのも何だが、僕は単なる生徒じゃない。カルカロフも僕が襲われた事を政府に抗議させると言っていた。だから、この国の政府は、手頃な容疑者として君を挙げたんじゃないか?」
「……嗚呼、その可能性は考えていませんでした。確かにそれは面白い発想だ」
言われてみれば、僕は都合の良いスケープゴートと成り得る位置に居る。
文句を言うような親や親戚、権力者も居ないから、多少雑に冤罪を掛けても大きな問題は起こり得ない。消え失せたバーテミウス・クラウチ氏について何も掴めていませんと馬鹿正直に彼の本国に報告するよりは、捜査が進展している雰囲気を演出する事は出来るだろう。
ただ、それは可能性が低いように思える。
ビクトール・クラム襲撃犯の重要参考人に話を聞き、監視下に置いたとなれば、先方の政府がコーネリウス・ファッジに捜査状況を聞こうとするのは解り切っている。如何にあの大臣とて、そのような面倒が待ち受けている問題の先送りをするだろうか。
「まあ、貴方の推測が正しかろうと大勢に影響は出ないでしょう。今年度も直に終わる。ハリー・ポッターに関して何かが起こりそうなのは第三の課題くらいのものでしょう。貴方が今年ハーマイオニーをブルガリアに誘いたいのであれば、これから、特に課題中は警戒する事です。放置されたとはいえ、貴方も襲われた身であるのは確かなのですから」
とはいえ、ビクトール・クラムの周りで何かが起こるとは余り思えない。
バーテミウス・クラウチ氏を消した誰かは、同時に彼を害する事が出来た筈であり、しかし放置された。つまり、その誰か──ハリー・ポッターを代表選手に仕立て上げた〝犯人〟と断言出来ないのが難点だが──にとって彼はどうでも良い存在なのだろう。
問題は襲撃時に服従の呪文を掛けられていないかという位だが、アルバス・ダンブルドアやイゴール・カルカロフが注意を払っていない筈もない。
そして彼が〝犯人〟ではないらしいとすれば、警戒してくれる人間が増えるに越した事は無い。アルバス・ダンブルドアやアラスター・ムーディ教授程に信頼出来る訳でも無いが、彼は代表選手である。課題の最中で何かが起こるとすれば、彼の警戒は無意味ではないだろう。
変わって考え込み出したビクトール・クラムの様子を少し伺うが、どうやらこれ以上聞きたい事も語りたい事も無さそうだった。
「これで話が終わりだというならば、僕は戻りますよ」
応援はしていないが、武運は祈っています。
それだけを言い残して身を翻そうとすれば、しかしビクトール・クラムは僕を呼び留めるようにして言葉を紡いだ。
「──思えば、今回の三校試合において、君だけが僕達代表選手の敵だった」
一体何を言い出すのか、と口には出来なかった。
彼を見やれば、僕がワールドカップの敗北を持ち出した時と同じ眼をしていた。
「ポッターもディゴリーもデラクールも、本当の意味で敵では無かった。第一の課題が終わってからは猶更だ。僕達は競い合いながらも仲間だった」
けれども君は違う、と彼は言った。
「代表選手が決まった時も、第一の課題が終わってからも、第二の課題が終わってからでさえも、そしてクリスマスですらも、君は僕達の前に立ち塞がった。本来
「────」
「君の御蔭で、僕達代表選手が纏まれた部分も有ったというのも有る。だがそれ以上に、君のような人間が居ると知れた事は、僕がホグワーツに来て良かったと思える事の一つだ。それだけは……君に知っていて欲しい」
「……そうですか」
その言葉に、一体それ以外のどんな反応を返せば良いのか。
それを持ち出した意図が解らないし、僕がそれを聞いて何かが変わる訳でも無い。そして反論を返そうとも考えたが、言葉が浮かんで来なかった。だから僕はビクトール・クラムを残し、今度こそその場を立ち去った。
────そして、運命の
・ビクトール・クラム
彼の94年のスニッチキャッチに関しては、かつてpottermoreに掲載された『Quidditch World Cup 2014: Daily Prophet reports By J.K. Rowling』の日本対ブルガリアにおいて、〝Krum raced Sato, driving her off, but refusing to catch the Snitch, a vote of confidence in his team and a stark contrast to his infamous catch in the '94 match〟と言及されており、作中設定の上でも相応の批判が有った事が伺える。