この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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二話目。


フィクション・ライティング

 拘っていたのは事実だ。

 意味がないかを探っていたのもまた事実。

 

 僕から見れば第二の課題は曖昧な──解釈を幾らでもしようが有るような部分が存在するように思われ、またぶっつけ本番で有った第一と違い、長期の猶予と事前の準備が許されるという形式だったからこそ、そこに罠が有るように思えた。

 

 だが、この銀の女性が真に聞きたいのは何かまでは把握しかねたので、視線でもって先を促す。それを理解してか、彼女は軽く頷いて言葉を続けた。

 

「えーと、結果から見ると私達の手段は優雅(エレガン)な手段では無かったと思いまーす。ハリーのギリーウィードが単純かつ効果的であり、予め用意されていた正答とすら考えられる程でーす。そして、貴方はそれを予想していまーした」

「別に予想まではしていませんでしたがね。……そもそも、泡頭呪文の評価についてもそうですが、一体何処から聞いたんです?」

「それは今どうでも良い話でーす!」

「まあ、その通りでは有りますが」

 

 話を逸らす事は許さないという強い言葉に、大人しく引き下がる。

 

 ハリー・ポッターから聞いたのか。或いは、クリスマスの時のように人伝てに聞く機会が有ったのか。

 どちらにしても、彼女は課題終了後までそれを知らなかったのだろうというのは伝わってきたし、確かに情報源が解った所で何かが変わる物ではないのも事実だった。

 

「しかし、僕は疑念を抱いただけです。僕が水中人や大イカと戦わされる事まで視野に入れていたというのも有りますが、呪文でどうこう出来るようにも思えませんでした。身も蓋も無い表現をすれば、単に何処か楽な抜け道が無いかを探していたに過ぎない」

 

 そして第三者だったからこそ、メタ的な視点で今回の課題を捉える事が出来ていた。

 

「結果を見れば、ハリー・ポッターは失格処分になっていない。ギリーウィードの持参──まあ、彼が外から持ち込んだかどうか一応不明ですから、利用と言っておきますか。それは許されていた。最低でも、呪文以外の手段の利用は規則違反では無かった」

「そうでーす。結果と審査員の点数から見ればそれは明らかーな筈でーす。それにも! 拘わらず! 貴方は彼が何と言われているか知っていまーすか……!?」

「自分以外の力で課題を達成した、ズルをしたとはスリザリンで耳にしましたね。杖を力の象徴とみなす魔法族からすれば、至極自然な発想では有りますが」

 

 フラー・デラクールは我が意を得たりというように大きく頷いてみせた。

 

「しかし、代表選手の誰も文句を言わないのでーす。ビクトールもセドリックも勿論私も、()リーがしたような素晴らしい発想は浮かばなかったと認めまーしたし、全員がそのような恥知らずの外部の声を宥めーていまーす」

 

 クリスマスの時も思ったが、第一の課題(ドラゴンとの対面)は余程の事だったのだろう。彼女達が元々善良たらんとしている人間である以上に、あの共通体験は四人に非常に強固な結束を齎したと見える。

 

 ハリー・ポッターを非難するのも理屈として間違っているとは思わないが、彼等は全て擁護する方に回ったらしい。

 

()リーが非難される謂れは全く有りませーん。彼は恥じる事も無い、胸を張るべき行いをしたと誰も認めていまーす。ましてセドリックなどは、自分は水中の広場の石像に縛られていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、ハリーが問題となるなら自分も同じだとすら──」

「──へえ。それはまた、随分と()()()な行為と発言をした物だ」

 

 途中までは適当に聞き流していたが、流石にその部分は別だった。

 

 地上からは水中で何が起こっているかは解らない。それを頭では理解していたつもりだが、僕にとってここまで露骨な形で問題と成り得るとは考えてもみなかった。

 

 ナイフ。それも、縄を断てる位には切れ味の有る物。

 偶々湖底に転がっていたのを都合良く拾ったという訳では無いだろう。

 

「その発言は、間違いなくセドリック・ディゴリー本人が口にした物ですか?」

「え、ええ。……そう、でーす」

 

 フラー・デラクールは、何故か僅かに身を引きながら答える。

 

「嗚呼、ちなみにハリー・ポッターは何と言っていました? まさか、その発言に対して何も反応していない、あの男がさせていないという訳ではないでしょう?」

「……ハリーも事実だと肯定していまーした。でも、槍を持った水中人に囲まれたあの状況だと当然だとも言っていまーしたし、縄を切るのは拾った石で十分だったとも言っていまーした。自分が人質の下に残ったのも、自分が馬鹿だったとすら認めていまーした」

「まあ、あの英雄(ハリー・ポッター)ならばそう言うでしょうね」

 

 セドリック・ディゴリーが先んじて自白したのは、どうせ直ぐに露見する事だからか。

 

 ハリー・ポッターの行いが道徳的で加点に値するかはさておいて、彼が誰よりも先に人質達の下に辿り着いていたらしい事は疑う余地が無く──その水中人の長の発言を疑ってしまえば、水中で起こった事を何も信じられなくなる──当然、彼は人質の居る場所での他の二人の行動を知っていて然るべき地位に居る。

 

 そのセドリック・ディゴリーの行為についても、あの彼は全く重要だと考えていないだろうが、ふとした拍子で洩れるのは有り得る事だ。そして意図しない発言だからこそ、余計に信憑性は高まり得るだろう。

 

 更に今回の試合結果も、客観的には余り都合が宜しくない。

 

 嫌な言い方をしてしまえば、セドリック・ディゴリーとビクトール・クラムは、広場に一人残るハリー・ポッターを全く気に留める事も無く、九歳程度の小さな女の子(ガブリエル・デラクール)を見捨てて自分達の人質のみを連れ帰った。第二の課題の点数や順位云々を考えずとも、そのような薄情な人間として彼等を評価するのが可能なのも事実であり、その点を執拗にあげつらってこそのスリザリン(僕のような人間)である。

 

「ええと……私はいけない事を言いまーしたか」

 

 恐々と疑問を口にするフラーに少し考え、最終的に首を振る。

 

「……いえ。今更そこをつつく気は無いですし、仮に不正であれば、審査員が現場で咎めるか、或いは採点時に指摘すべきだった。全てが終わった後で引っ繰り返す事は不適切です」

 

 魔法使い基準では、ナイフは武器に当たらない。

 ナイフによって付けられる傷は、それが闇の魔道具で無い限り杖の一振りと簡単な呪文で治す事が出来るし、必然的に凶器であるとは看做されない。

 

 だからと言って、そのような持ち込みと使用が許されるかは議論の余地が有るが。

 

 ハリー・ポッターにしろセドリック・ディゴリーにしろ、切断呪文(ディフィンド)を使っていないのだ。

 縄が余程丈夫そうだったのか、水中で使うのに支障が有ったのか、或いは人質を傷付けかねないと判断したのか。確かに切断呪文は使い方次第で人を殺せる呪文であるが……杖を使えない状況をナイフによって解決したとなれば、それは未成年の魔法使いが校外で已む無く使う場合と異なり、明らかに利便性を上げる道具として用いられた事になる。

 

「予め確認をしておきたいんですが、貴方がた代表選手は何と言われていたんです?」

 

 あの場に来たのはハリー・ポッターでは無かった(ロナルド・ウィーズリーだった)

 だからこそ知る事は出来ず、しかし今眼の前に居るのは代表選手(フラー・デラクール)だった。

 

「具体的に指定するならば、第一の課題終了直後。その際、どういった説明か知りたいのです。恐らくは第二の課題について何らかの告知が有ったと思いますが」

「……えーえと、『手短に』説明が有りました。卵の中のヒントを解けば、課題が何かが解るし、準備(prepare for)も出来るようにもなるだろうと」

 

 静かに僕は次の言葉を待った。

 ぱちくりとフラーは見返した。

 

「……それだけですか?」

「全てを覚えている訳では無いですが、それ以上の内容は無かったと思いまーす」

 

 ここまで長い溜息をせざるを得なかったのは、僕の短い人生でも上位に入る。

 代表選手ですらこの程度しか知らされていないならば、試合に直接関係無い外部の人間が規則を知りようも無い。制定も告知もされていないに等しいからだ。

 

 そもそもその内容では、ギリーウィードの持参若しくは使用が許されるのか解らない。

 

「……ちなみに、その説明をしたのは一体誰です?」

「ムッシュー・バグマンでーす」

「…………」

 

 重要な情報を死喰い人に漏らす程度に口が軽いなら、今回の代表選手に対しても更に情報を流していて欲しい所だった。

 そして如何に本人が悪い人間でなくとも、悪い事を出来ない訳では決して無い。今回の不用意さにも同様の事が言える。

 

 未知の困難に立ち向かわせる事を主眼とする第一の課題ならば、説明は最小限でも良かっただろう。けれども、今回は課題へのヒントと検討、準備の猶予が事前に、それも長期間与えられているのであり、何処までが規則として許されるかはやはり明確にしておくべきだった。

 

 ……嗚呼、一応擁護するなら、認識の差からの擦れ違いによる物なのかもしれない。

 

 ルドビッチ・バグマンは当然湖底で課題を行う事を知っていた以上、杖一本では無理ではないかと当然考えていた筈だ。クィディッチ一筋で有っただろう男が学生時代に人間の変容を扱えた筈が無いし、現在でも扱えるとは思えない。そしてハーマイオニーが知らないような魔法を、解答を知らされる前に知っていたとも当然考えられない。

 だからこそ、彼にとっての〝準備〟とは非常に広い意味を念頭においての発言──明日の授業の準備をしたのに、教科書とノートを忘れる阿呆は居ない──だったのだろうし、けれども当時何も知らない代表選手は、ハリー・ポッターを除き言葉通りの意味だと解釈した。

 

「もう少し聞きましょう。第一の課題の前は、誰に、何と言われましたか? あの際には、箒が許可されないと解釈出来るような言葉が有った筈ですが」

「確か……代表選手達は杖だけを武器に第一の課題に立ち向かう(will face the first challenge armed only with their wands)と言われたと思いまーす。ああ、第一の課題の後、第二の課題の情報が与えられるとも聞きました。その時はムッシュー・クラウチが説明した筈でーす」

「……第一の課題でも箒は武器では無いと強弁すれば、呼び寄せ呪文を使わずとも行けそうな気がしてきたのがもう何とも言えない所ですよね」

 

 だが、杖という有用な装備を携える( armed )以外は禁じられると解釈する方が自然なのも確か。そして箒が武器でないとの主張はどちらかと言えば屁理屈である。

 わざわざ箒を呼び寄せる事を選択したハリー・ポッターの判断は間違っていない。

 

「ただし今の話を聞く限りでは、今回のハリー・ポッターは反則にされても不思議では無いと判断しますよ。第一の課題で杖以外が禁じられた以上、先のような言葉のみで第二の課題でギリーウィードの使用が許されるというのは、正直言って恣意的過ぎる解釈のように思える。外部から非難されるのも仕方無いでしょう」

「べ、別に私達がそれ以上の事を言われなかった訳では有りませーん。課題一週間前、マクゴナガル教授によって代表選手が改めて集められまーした」

「……一週間前、ですか」

 

 最早何も言うまい。

 

「……兎も角、貴方がた代表選手はその際に、今回の課題が当日(二月二十四日)何処で実施されるかを当然理解している筈だとか、そうであれば課題を達成するのに必要な限りの持ち込みは許されるとか、そう言った類の内容の台詞を聞かされた訳ですね」

「え、えっと、そうでーす」

 

 僕が先んじて結論を言ったせいか、フラー・デラクールは眼を白黒させる。

 それは僕が内容を言い当てた事による物では無く、彼女はその日何を聞いたかを僕から事細かに問い質されると思っていたからだろう。

 

 ただ、僕にとっては彼女が聞いた言葉を一言一句知りたい訳でも無く、そこを掘り下げる事に価値を見出しても居ない。今回の課題において代表選手三人は水着や保護スーツ程度ならば当然許されるべきだと考える事が可能であり、一方でハリー・ポッターはギリーウィードまでが許されると考える事も可能だった──それが理解出来ただけで十分である。

 

「まあ正直な話、そのような事を聞かされたとしてもハリー・ポッターを失格にする事は可能な気がしますがね。何処まで必要で、何処まで準備と言えるかはやはり微妙です。そしてギリーウィードの使用は、三大魔法学校対抗試合の課題が要求するとされる徳目の三つの内の一つ、魔法能力(magical ability)を測れません。不適切とする判断も十分有りだ」

「しかし、知性(intelligence)は測れまーす。()リーは水中で課題を行うという事を卵が鳴らす不快な音から読み解き、課題の達成に適切な手段を見つけまーした」

「そうは言いますが、それらは貴方も同じでしょう。そして課題が始まって以降は、貴方がたの方が余程知性を使っている。ギリーウィードを食べれば殆ど課題が終わったような物である彼と違って、貴方がたは更に苦労しなければならなかったのですから」

 

 水魔程度の脅威しか配置されていない以上、半ば水中人化した人間にとっては一時間以内に人質を連れ帰る事など楽勝である。一方で、泡頭呪文や半端な変身術でもって水中に挑んだ他の三者はそうはいかない。

 

 それを否定出来ないらしい彼女は何も反論する事なく口を噤んだ。

 

「……けれどもやはり結果と審判の判断が全て。如何に外部が文句を言おうが覆らないし、覆すべきではない。ハリー・ポッターは失格処分を受けなかった。それどころか逆に、ルドビッチ・バグマンがその使用について『とくに効果が大きい』と評したように、明確に加点され、規則の下で許される行為とされた。それは忘れるべきではないでしょう」

 

 とは言え、観客に対しても代表選手に対しても、もっと解る形で言って欲しかった物だ。

 

 規則の明確化は選手の名誉を守る盾とも成り得るのだ。ルドビッチ・バグマンが正しくアナウンスしていればこのような問題は生じなかったし、代表選手達もこれ程苦労する事は無く、ハリー・ポッターと同様にギリーウィードを思い付いたかも知れない。

 

「……しかし、貴方はどうして、その部分を気にしたのでーすか?」

 

 一応僕が納得したからか、おずおずとフラー・デラクールは問い掛けて来る。

 ……そして嗚呼、僕が彼女の問いを誤魔化したとも考えたのかも知れない。そもそもの彼女の問いは、僕が何故規則を明確化しようとしたのかという物だった。

 

「ただ、気にしたという表現は余り適切では有りません。僕に不利益が掛からない以上、別に魔法族が明確性を欠く規則でどう試合をやろうと構いませんよ。実の所、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 更にどちらかと言えば、僕はハリー・ポッターの側に理解を示せる。

 スリザリンは勝つ為に手段を選ばない。注意も警告も無ければ許されて然るべきと考え、実際今回許された。他のスリザリンはグチグチ不満を零していたが、曖昧な規則の間隙を正確に突いた点は寧ろ讃えられるべきであろう。

 

「つまり何が言いたいかというと──」

「──貴方がギリーウィードを知らなかったとしても、それが試合で使えるように規則が出来ている筈だ。本当にそういう事なのでーすか?」

「……良く解りますね」

 

 言い当てられた事に対し、思わず目を見張る。

 けれども、フラー・デラクールは軽く眉を吊り上げた。

 

()リーがそう零してまーした。思わずと言った感じでーしたけど」

「…………ハリー・ポッターが、ですか」

 

 まあ、間違いなくその発言の出元は彼ではないだろう。

 そこまで的確に僕を評せるのは、僕の知る限りただ一人しか居ない。

 

「今回代表選手は皆、散々頭を悩ませたと思いまーす。人間の変身術が使えるなら課題は容易く、けれども幾らなんでも到底二、三か月の努力で覚えられるとは思わなかったからでーす。私も多少努力はしてみましたが、直ぐに諦めまーした。ビクトールを含めて他の手段を探し、しかし結果は見ての通りでーす」

 

 ホグワーツの湖底でもって課題を行う。

 一見ドラゴンより楽に見え、けれどもその実、難易度としては左程変わり無かった。

 

 セドリック・ディゴリーとフラー・デラクールは水中に転用出来る泡頭呪文を辛うじて発見し、ビクトール・クラムは半端な変身術で挑んだ。ハリー・ポッターが何時答えを見つけたのか知らないが、少なくとも一週間前まで彼は手掛かりすら見つけられなかった。

 

「けれども貴方は違った。貴方は最初から代表選手全員とは違う観点から課題を見ていまーした。この課題が途轍もない難題だと理解した時には、規則自体に疑問を──」

「──いえ、その表現は正確性を欠くでしょう」

 

 確信をもって口にしているところ悪いが、多分それは正しくない。

 

「その疑問が具体的な形になったのは確かに課題の困難さを理解してからです。けれども、遅く違和感を抱いていたのは、多分、あのホグワーツの湖の中で第二の課題が行われるらしいと推測した時から。その時点から、僕は無意識に可笑しさを感じていた筈だ」

「……え?」

 

 フラー・デラクールは唖然とした表情を浮かべる。

 その反応は理解出来る。僕自身、それに明確に気付いたのはほんの今、この瞬間の事だ。彼女との会話で思考を整理出来たからに過ぎない。

 

 だがそれでも、考えが纏まっておらずとも、心の奥底で仕掛けの存在を疑っていた。どう考えても可笑しな課題だったからこそ、規則に拘った。抜け道が無いか、寧ろ当然に有って然るべきだと探してしまった。

 

「ホグワーツの湖に何が棲んでいる、いえ()()()()()()か、貴方がたも調べはしたのでしょう? そして苦労はしなかった筈だ。ホグワーツ生ならば最低限の知識は有りますし、人に聞けずとも『ホグワーツの歴史』を紐解けば容易く載っている程度の情報です」

 

 ただスリザリンはあの湖に面した談話室を有しており、他寮よりも身近だ。

 〝純血〟達は余り眼を向けたがらないし、その存在に対して不満を零す事は普通にするが、それでも良く知っている事に変わりはない。

 

「課題を知った時より違和感は有った。不可能に思える内容を前に疑問は膨れ上がった。そしてハリー・ポッターが()()()()()()()()()()()()()を見る限り、ギリーウィードは〝正答〟のように思え()。規則が曖昧で無ければならなかった真意が見通せたと一瞬思ってしまった」

 

 余りにも出来過ぎていて──

 

「まあ、結果的にそれは勘違いだったようですが」

 

 ──しかし解釈の余地無く否定された。

 

「貴方には、規則を明確化せんとした僕の考えが鋭く、正確に先を見通した物に映ったかもしれません。ただこれは偶々ハリー・ポッターが大いに評価されたからに過ぎない。セドリック・ディゴリーの点数(47点)を見たでしょう? つまり規則云々は左程重要では無く、呪文によって解決した者も一位になる事は当然に許された」

 

 ハリー・ポッターの手段(ギリーウィードの使用)

 それは、泡頭呪文や半端な変身術と同等程度の評価しか得られなかった。

 

 事前に与えられたヒントは所詮課題を達成する為の手段に過ぎず、目的では無かった。

 ()()()()()()()()()()こそが第二の課題において真に要求されている事柄では無いかと、そう考えてしまった僕の予測は、あの採点結果によって明確に否定された。

 

「だから、貴方がこれ以上掘り下げても僕からは何も出ませんよ。炎のゴブレットによる選出時と同じ。僕の予想は大いに外れました」

 

 綺麗に型に収まらない論理こそが、現実では大正解という事も有り得るのだ。

 

「仕掛けは何も無かった。持ち込み禁止に代表される規則が明確化されなかったのは単に代表選手に対する救済(逃げ)の道が用意されていただけで、やはり呪文によって解決される事こそが正道だった。ロナルド・ウィーズリーが正しく、僕は余りにも考え過ぎ──」

 

 僕は最後まで言葉を紡ぐ事を許されなかった。

 フラー・デラクールが右側から手を伸ばし、僕の頬を摘まんでいたからだ。

 

「貴方は結論を出すのが早過ぎでーす」

「…………」

 

 冷たい左の指先が、僕の頬を横に引っ張る。

 

「そして意味が解りませーん。自己完結して居ないで、きちんと、相手に解るように説明して下さーい。なーぜー、湖で第二の課題が行われるとなーると疑問を抱くのでーすか?」

「…………」

 

 本気で答えさせる気が有るなら、ぐにぐにと引っ張って遊ばないで欲しい。

 右腕で彼女の手を軽く払いのければ、抵抗する気は最初から無かったのだろう。あっさりと僕の頬から指を離した。

 

 ただ、彼女の眼は依然として据わっている。解答を拒めば再度指が伸びて来るだろう。

 

 ……正直、余り口にしたい物では無い。

 既に間違いである事が事実上宣言されたような物であり、何よりこの出題者の印象に全くもってそぐわないからだ。僕が見た光景からは一応道理としては通っているものの、ここまで物語として綺麗過ぎる脚本は、やはり僕の好みでは無い。

 

 しかし、フラー・デラクールは逃してくれないだろう。

 一度心を決めたら一直線に突き進む女性であるというのは、クリスマスの件で思い知っている。僕の回答の中身に既に強い関心を抱いてしまった以上、この女性は何としても僕から聞こうとするし、付き纏い続けるに違いない。

 

 それが解り切っているからこそ、気が進まないままに重い口を開く。

 

「……貴方は、ハリー・ポッターが浮上してきた時の光景を覚えていますか?」

「ガブリエールを一緒に連れて来た事ですか?」

「……まあ解りきっていましたが、全く認識していなかったようですね」

 

 そして妹の心配をしていた彼女のみならず、大多数がそんな感じだろう。

 今回の異常を象徴するあの光景は、彼等にとって驚き以外の感情を抱く物では無かった。どちらかと言えば、ハリー・ポッターがやった馬鹿の方が目立つ物だったからだ。

 

「それと共に確認しておきたい事があるのですが、代表選手に与えられたヒントというのは金の卵、つまり水中人の歌が入っていた訳ですよね?」

「誤魔化すのであれば──」

「──誤魔化す気は有りませんよ。そして重要だから聞いています」

 

 彼女は依然として怪訝そうだったが、軽く頷いた後で答えた。

 

「なら、その通りでーす。私達はその歌を聞いて、水中で課題がある事を知ったのでーす」

「その中身は? 誰が歌っていましたか?」

「一時間以内に大切な物を取り戻す事、さもなければ永遠に喪われてしまう事。誰かは解りませんが、水中語でしたし、多分水中人の女性だと思いまーす。……これが重要でーすか? 当然、課題を見ていた貴方は理解していた筈でーすが」

「いえ。前半は兎も角、女性という部分については初耳ですね。もっとも、重要とまでは言いませんが、補強になるのは確かでしょう」

 

 僕はロナルド・ウィーズリーからその点に関して聞こうとしなかったし、聞いていたからと言って何かが変わった訳でも無いだろう。けれどもやはり──

 

「奇妙に思いませんか?」

 

 ──この課題は、初めから可笑しな所が多過ぎる。

 

水中語(マーミッシュ)を話せる魔法族というのは居ますが、かの言語は地上でも水中でも人の声帯から出すには向いていない音をしており、非常に話者が限られます。今回の課題に関与出来るという限定を付ければ、僕が知るその話者というのは二人です」

 

 一人は審査の際、水中人の長と会話をしていたアルバス・ダンブルドア。

 そしてもう一人は、二百ヵ国語を自在に操る事が出来るバーテミウス・クラウチ氏。

 

「ただ、女性という事はその何れにも合致しない。そして、魔法族が一々吹き込んだというよりは、やはり水中人が吹き込んでくれたと考える方が妥当でしょう。貴方の話を聞く限り、水中人の歌は何処に人質が居るかの方向を教えてくれたようですしね」

「……ええと、それが何か?」

「可笑しいでしょう。何故、水中人(異種族)が課題にそんなにも協力的なんです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツの湖。

 そこには水中人が非常に旧くから棲んでおり、集落も存在する事は良く知っている。

 そしてしばしば接触と諍いが存在していた事は、ホグワーツの長年の歴史が語る所だ。彼等は近しくも遠い隣人で在り続けて来た。

 

「水中人は魔法族の定義では現状〝(Beast)〟です。正確には、グローガン・スタンプ魔法大臣のヒトの定義、『魔法社会の法律を理解するに足る知性を持ち、立法に関わる責任の一端を担うことのできる生物』の一員となる事を撥ね付け、魔法族から〝ヒトたる存在(Being)〟と認めて貰う事など不要だと断言した。それでも彼等と交流の有る魔法族は彼等を対等以上の存在(ヒト)として当然扱っていますが、今回重要なのは、水中人にとって許容出来ない事は当然に拒絶する点です」

 

 我々は、言葉が通じようとも違う存在同士であり、慣れ合う関係には無い。

 

「サバイバルの為に森を使いたいと言って、ケンタウルスが頷くと思います? 或いは宝探しの為にグリンゴッツ銀行の地下を使いたいと言って、小鬼(ゴブリン)が頷くと思います? 時に水中人(マーピープル)は彼等よりも友好的と評されますが、それは互いの生活圏・生存圏が被らないのが大きい。しかし、今回の課題はその一線を明らかに超え得る物だ」

 

 断片的な話からでも、代表選手が彼等の暮らす場所に立ち入ったと判断するには十分。

 けれども、それは可笑しくないだろうか? 異民族、異種族が無遠慮に自分達の村や街に立ち入って来る事に対しては、誰だって反発を覚える事こそが普通ではないだろうか?

 

 嗚呼、それが戦争等の為に絶対必要ならば、止むを得ない事だとして受け容れうるだろう。 だが今回は三大魔法学校対抗試合、魔法族の身勝手な都合に基づくイベントでしかない。

 

「それにも拘わらず、卵に歌を吹き込んでくれる事に始まり、水中人達は最初から全面的に手を貸してくれている。自分達の湖に、半端な目的と覚悟で立ち入る事を許してくれている。それを両者の友好に基づく物と言うのは、流石に魔法族に都合が良過ぎる解釈でしょう」

 

 水中人と魔法族の間にどのような交流、契約が存在していようとも、わざわざ協力してやる義理など欠片も無い。湖に立ち入る事までは許しても、課題への協力を断るのは至極自然であり、断られたからと言って憤慨するのは逆恨みも良い所だった。

 

「……だからこそ、貴方は最初から違和感を抱いていたのでーすか?」

「言葉に出来る程具体的では有りませんでしたけれどね」

 

 ただ、原点はそこに在った筈だ。

 バーテミウス・クラウチ氏、或いはアルバス・ダンブルドア。

 その両者が交渉をしたとしても、今回の課題は簡単に実現するように思えない。

 

「人質が湖に繋がれていると聞いた時にその違和感は更に強まりました。彼女達に魔法の眠りを掛けたのはアルバス・ダンブルドアでも、湖底で彼等の安全を直接的に確保していたのは水中人以外に考えられないからです」

「……私はそれを見ていませんが、人質が居た場所では、ずっと水中人達に囲まれていたとハリーが言ってまーした」

「監視兼警護だったんでしょうね。当時の彼が気付かないのは無理も無いですが」

 

 溺れる事はなくとも、外部の攻撃から無敵という事も無いだろう。

 代表選手が直面したように、少なくとも水魔は湖底の脅威として居た。水中人が水魔を飼いならしているとしても、全てが統制下に在るとは限らないし、事故は起こり得る物だ。しかし、それらは水中人によって防がれていた。

 

「極め付けは、ハリー・ポッターが浮上してきた時でした。今回の課題において、あの瞬間こそが最も異常を象徴していたと言っても良い」

「先程も言って居まーしたね? ガブリエールでは無いならば、あの赤毛の男の子の事でーすか? 彼もヘルプしてくれまーした」

「違いますよ。僕が指摘したいのは彼等三人の周りの事です」

「周り?」

 

 銀髪を揺らしながらフラー・デラクールは首を傾げる。

 ここまで言っても彼女には解らないらしい。同じ光景を見ていたとしても、同じ物を見ている訳では無いという証左か。或いは、それだけ妹の事しか念頭に無かったという事か。どちらにしても答えが出そうにないので、僕は答えを口にした。

 

「ハリー・ポッター達が水面に現れた時、()()()()()()()()()()()()()()

 

 水面から顔を出したのは、三人のみでは決して無かった。

 

「つまり水中人もまた殆ど同時に現れたんですよ。それも二、三人ばかりでは無い。ざっと二十人ばかりだったと記憶しています。彼等はハリー・ポッター達を取り囲むように同時に浮上し、そして興奮して何かを頻りに語り掛けていた」

「……ああ、そう言えばそうでーした。ガブリエールが大層怖かったと言ってまーした」

 

 陸までは距離が有った為、水中語の話者(アルバス・ダンブルドア)でも何を言っていたかまでは聞こえなかっただろう。加えて魔法族に彼等の表情など解る筈も無いから、彼等が如何なる感情を抱いていたのかは不明である。

 だが、それらを想像する手掛かりはその後に存在している。

 

「あの後、水中人はハリー・ポッターを取り囲んだまま、それもエスコートするように陸地へと泳いで来ました。軋むような耳障りな音と共にでしたが、あれは水中人の歌なのでしょう。そして、そのような待遇を受けたのはただ一人、ハリー・ポッターだけだ」

 

 偶々彼が最後の競技者だったからに過ぎない。

 そう言ってしまうには、余りに手厚過ぎる待遇だった。

 

「更にそこで話は終わらず、水中人の長が課題終了後にわざわざ陸地に上がってきました。しかも語った内容と言えば、ハリー・ポッターの英雄的行為を報告するような物です。けれども、普通に考えて、そこまでする必要が有りますか? 水中人の仕事としては、人質と代表選手の命を守ってやっただけで十分過ぎるでしょう」

 

 公正の為に報告義務は課されるべきでも、それは異種族に求められる物でも無い。

 繰り返すが、これは三大魔法学校対抗試合。魔法族の勝手なイベントに過ぎないのだから。

 

「課題の始まりから腑に落ちなかった。そして課題が始まってみれば、水中人達はハリー・ポッターに、いえ、ああいう手段と行為を選択した人間に肩入れしていた。あれを見た時、僕はハリー・ポッターが正答を引いたと思った。手段は当然の事、全ての人質を連れ帰る所まで。この第二の課題に求められた真意を正しく解いてみせたと考えた」

 

 物語として、余りに綺麗な形で嵌り過ぎていた。

 

「つまり、水中人が人間を攫い、人間がそれを取り戻す。余り詳しくは有りませんが、非魔法族にも似たような伝説は伝わっているようです。セイレーン、メロウ、セルキー、マーメイド。彼等は古来より、人間を水底に引き摺り込む存在として広く知られている」

 

 非魔法族と魔法族の世界は繋がっている。

 全く同じで無くとも、類似した部分は確かに存在する。

 

「ただ、非魔法族の伝説や伝承では攫われて話は終わりでしょう。彼等にとって水中は長らく異界で、手の届かない領域だった。けれども一方、魔法族はそこで終わらない」

「……私達は魔法を使って湖底や海底へ行けまーす。変身術を使っても、当然ながらハリーがしたように、ギリーウィードを食べる事によっても」

「水中人の起源はギリシャ、すなわち地中海だと言われ、そして奇しくもギリーウィードも地中海の植物です。水中人が存在を知っていても不思議では無いでしょう。ギリーウィードを薬草学者が発見したのはここ二、三百年の話のようですが、アレが突然変異で生まれた植物で、それ以前は全く存在しなかったと考えるのも非合理です」

 

 さながら、西洋人の発見前から新大陸が存在したように。

 広く知られていなかっただけで、個人としては知っている者が居た可能性は高い。

 

「加えて杖は地上の道具だ。彼等にとって馴染みが薄く、歓迎出来る物では無い。しかし一方で、ギリーウィードは彼等の領域に在る薬草だ。魔法族を彼等に近付け、彼等に寄り添おうとする意思を示しうる物とも言える」

 

 人間の技術を無遠慮に行使して立ち入るよりも、礼儀と配慮を見て取れる物だった。

 

「水中人と魔法族の交流。それは個と個の間ですらも友好的な物ばかりでは無かったでしょう。血が流れた時も有った筈だ。そして同時に、過去には確かに居たのかもしれない。自身が圧倒的不利な水の世界に立ち入り、単身でもって彼等に挑み、そして己の大切な物を奪い返さんとした、水中人(異種族)ですら認めざるを得ない戦士(champion)という物が」

 

 ハリー・ポッターは、一時間の制限を大きく超えた。

 だが、それならば何故、外部から止められる事がなかったのだろう。

 

 規定の時間を超えたならば、何か不測の事態が起こったと考えるのも真っ当だ。即座に失格処分を下すとまではしなくても、何らかの動きを見せて良い筈であった。

 いや、そもそもの話を言えば、一位のセドリック・ディゴリーですら制限を超える難易度、一時間という時間設定自体が無茶だったのだ。選手の安全を考えるなら課題の運営も余裕をもって行われるべきであり、今回においては二時間とは言わずとも、九十分とすべきだった。

 

 けれども、今回の課題では呪文のみでは殆ど余裕が無いギリギリの時間設定が為され、一時間を超えても最後まで代表選手に課題を完遂させた。一時間という制限など最初からどうでも良かったと言うかのように、三校対抗試合の運営は──水中人達は、課題を続行させた。

 

「要するに今回の課題の真意は、彼等に語り継がれる伝説の再演だった」

 

 初めから全てが奇妙だった。

 だからこそ僕は、そこに確たる意図と目的を探してしまう。

 

「ごっこ遊びのような物に過ぎないとしても、実際に水中人と剣や槍を交えずとも、魔法族は絆を忘れていないと、魔法族の想いは捨てたものでは無いと、それを確認する為の交流だった。それを正しく読み解く事こそが、今回の第二の課題において代表選手に求められていた。そういうのは()()()()だと思いませんか?」

「──だとすれば、私達三人は残らず最初から間違っていた訳でーすね」

 

 フラーは、感じ入ったように眼を閉じ、声を震わせていた。

 解り切った銀色の美貌は、この曇天の中でも眩く感じてしまう位に輝きを増している。彼女が真実クォーターヴィーラである事を改めて実感出来る程の魅了の強さであり、僕ですら一瞬心を揺らがされてしまう程の危うさだった。

 

「貴方が物を持ち込めて当然だと考えーたのも。()リーがギリーウィードを探して、あのような行いをしたのも。いえ、ギリーウィードもこの周辺の湖(highland loch)、もっと言えばホグワーツの湖の中に生えていたのかも知れません」

「……御言葉ですが、ギリーウィードは海の植物ですよ」

 

 ハリー・ポッターの口からは、それを外から持参したとは出ていないかもしれない。

 ただ、ギリーウィードの植生を知っている者ならば、彼が湖にたまたま生えているのを拾い食いしたとは考えない筈だ。

 

 けれども、フラー・デラクールは確信をもって首を振った。

 

「いえ、水中人ならば養殖出来ているかもしれませーんし、正答を用意するのならばそれ位が解りやすいでーす。貴方が気にしていた持ち込みも問題とはなりませーんからね。()リーはそれを食べたに違いありませーん」

 

 相変わらず思考が一気に暴走する女性だ。

 だが、彼女は重要な点を既に忘れてしまっている。

 

「──貴方は僕の今の話が正しい前提で話を進めているようですが」

 

 深く、大層深く溜息を吐く。

 

「この話は所詮虚言、或いは戯言の類でしか有りませんよ。その事は既に課題後、あの場に居た全員に示されている。何せ、審査員達はギリーウィードに関して特別に触れる事はなかったのですから」

 

 だから最初から口にしたくなかった。

 僕は意図や仕掛けが有ると考え、けれどもその予想は完全に裏切られた。やはり現実は、物語のように上手い話ばかりで構成されている訳では無い。

 

「仮に正答であるならば審査員が、課題を採点する者達が当然にそれを指摘した筈だ。しかし、そんな物は無かった。ハリー・ポッターが用いたギリーウィードの評価としては泡頭呪文や変身術と同等。だからこそ、これは大外れ。邪推以外の何ものでもない」

 

 そして、改めて言葉にするべきでは無かったと実感する。

 初めから嘘だと知っている言葉を紡ぐのは、詐欺師と変わりがないだろう。

 

「単なる虚構(フィクション)です。そして虚構というのは上手く作って有るのが当然です。そこに真実は何も眠っていない。現実は、そんなにも美しい物では──」

「──それでも私は何ら構いませーん」

 

 フラーに両手で顔を挟まれ、言葉を強制的に止められた。

 何時の間にか、彼女は僕の太腿の上に馬乗りになっていた。吐息が掛かる程の近い距離。銀糸のような滑らかな髪が僕の頬を擽る。

 

「ハリーが私の妹の命を間違いなく救ったように、今回の課題は貴方の言葉が正しいでーす。それに、貴方はその推理が本当に違うと確認したのでーすか?」

「……既に証明されていますし、馬鹿馬鹿し過ぎて探す気にもなれませんよ」

 

 先の話を裏付けるような伝説。

 不思議な草を食べたという程に露骨でなくとも、大切な物を取り戻す為に水の中に挑んだ魔法使いの話が存在すれば、虚構は虚構でなくなるかもしれない。

 けれども、何処からも出て来ないだろうと僕は確信している。

 

 そう考える一番の理由は──

 

夢のある話(romantique)では無いでーすか」

 

 ──あの傲慢な老紳士(バーテミウス・クラウチ氏)の印象には、全くそぐわない。

 

「ええ、それならば水中人の加点分で問答無用でハリーが一位で50点満点になりまーす。何より女の子はそういうのが大好きでーすし、ボーバトンも当然でーす。私が最下位なのも必然で、そうであったとしても大いに面目が立ちまーす」

「……理論が無茶苦茶ですし、貴方が女性でボーバトン生なのは当然の筈ですが」

「貴方は興味無い事には本当に馬鹿でーす」

「…………」

 

 今の何処に罵倒されなければならない要素が有ったのか。

 

「そうとなれば、そのような話を探さなければなりませーん。普通の本よりも絵本の方が良さそうでーす。第三の課題の内容が発表されるまで多少暇になると思っていましたが、忙しくなりそうでーすね」

「……無駄な努力は止めておくべきだと思いますよ。どんなに探したとしても、そんな都合の良過ぎる話というのは見つからないでしょう」

「無ければ作れば良いだけでーす。魔法使いは別れて住んでいるのでーすから、自分の地元や家に伝わっていた話だと主張すれば誰も気付きませーんし、何も問題有りませーん」

「…………いや、当然気付くし、どう考えても問題でしょうに」

 

 やはり余計な事を吹き込むべきでは無かった。

 フラー・デラクールから感じるのは、ガブリエル・デラクールを僕と踊らせようとした時と同種の熱量。僕がどんなに止めたとしても、この女性は虚構を本物にしようとするだろう。止めたければ最初から、断固として僕の妄想を話すべきでは無かったのだ。

 

「……まあ、貴方の名前でやる分には好きにして下さい。こんな話を信じる馬鹿は早々居ないでしょうし、貴方が笑われて終わるだけだ」

「ええ、言われなくとも好きにしまーす」

 

 今にも踊り出しそうな位に上機嫌な彼女に脱力するしかない。

 本当に、一度思い込むと融通が利かない女性だ。そして人の上に馬乗りになったままの状態からはさっさと脱して欲しいのだが、女性に対して重いと言ってはならない位の常識は持っていたし、コートの上から軽く太腿に触れて催促しても、彼女は降りようとしなかった。

 

 そのまま彼女は額同士をくっつける。

 御互い冷え切っている筈なのに、触れている部分は酷く熱く感じた。

 

「やっぱり貴方は素晴らしい(いと)でーす」

「……眼が付いているのですか、貴方は」

 

 近くに見える深い蒼の瞳からは、しかし全く嘘の色は読み取れない。

 

「ええ、貴方の性格が決して良くないというのは解っていまーす。けれども、今回の話を出来る人間がどれ程居るのでーすか? 三人の代表選手が残らず、無駄な意地を張らずに、予め貴方の話を聞いておくべきだったと思うに違い有りませーん」

「……それは単に貴方の感想に過ぎませんよ」

 

 あんな馬鹿な話を残らず鵜呑みにする程、代表選手は頭が宜しくない訳でも無いだろう。

 この眼前の女性とて、そちらの方が面白そうだと思って居るから信じようとしているだけだ。そして、世界は面白いかどうかという理屈で回っている訳でも無い。

 

 その割には彼女の声が自信と確信に満ち溢れていたのが嫌だったが、考えてみれば、不遜で高慢で自信過剰なのがフラー・デラクールという存在だった。

 自分に一切の非は有りませんと全身で主張する美少女は、これまでも冷静で真っ当な理屈を力づくで叩き折って来たのだろう。全くもって質が悪過ぎる。

 

「クリスマスの後、(ママン)から忠告されました」

 

 上から覗き込むような体勢のまま、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「私達のヴィーラの血に浮かれない人間には二種類居ると。一つは、私達を真に大切に想ってくれる人間。そしてもう一つは、私達を心底どうでも良いと思って居る人間。相手がどちらなのかは正しく見極めなさーいと」

「……貴方の親にしては、随分と真っ当な事を言いますね」

 

 僕にとってフラー・デラクールは関心の外だ。

 どんなに魅力を振りまかれようが心が揺れないのは、閉心術の訓練を多少積んでいるというのも有るのだろうが、最大の理由はそこに在る。

 

「ええ、悲しいかな、私は貴方がどちらか解ってしまいまーす。ガブリエールもそうでーす。女の子は視線に敏感でーすし、相手が自分を見てくれているかどうかも同様でーす。けれども、同時に思うのでーす。今そうでなくとも、それが出来るかどうかは別問題だと」

「……見れるかどうかの話ですか?」

「想えるかどうかの話でーす」

 

 だとすれば、やはり僕は違うだろう。

 彼女達を想おうとする気には全くなれないし、今後その日が来る事も絶対に無いだろう。

 

「──しかし、想えるかどうか、ですか」

 

 僕はハーマイオニー・グレンジャーに恋している。想っている、筈だ。

 けれども、それが独り善がりな物に過ぎないのでは無いかと疑って──いや、既にそうである事を確信してしまって居るのだ。彼女は僕の事を全く想っておらず、選ぶ権利は一貫して彼女に在り、僕には無い。そしてそれで良いのでは無いかと受け入れている。

 

 彼女はレイブンクローでは無くグリフィンドールを選択出来たが、僕はグリフィンドールどころかレイブンクローですら選択出来なかった。嗚呼、何時だって、僕が始まった時とてそうだった。あの父が間違いなく死んだ時も、()の命がこの手から零れた時も、僕は一貫して無力で、部外者で、何も変える事の出来ない存在のままで──

 

「まーた余計な事を考えていまーすね、貴方は」

 

 再度、頬を摘ままれる。

 

「貴方は見た目以上に心が大人に思えまーすが、それは上辺だけに過ぎないのが何となく解ってきまーした。だからこそ、一つ助言(コンセイユ)をしまーす。貴方の為に、そして私達の為にも」

 

 真っ直ぐと覗き込まれているのは何も変わらないのに、何故か僕は視線を逸らしてしまった。

 

 ……いや、そうしてしまった理由は解り切っている。

 フラー・デラクールの瞳に浮かんでいたのは、ハリー・ポッターと対峙した時にも幾度か見る羽目にもなる、僕が非常に苦手な類の光だった。

 

「貴方は時には自身の欲求のままに奪おうとするべきでーす。この世界は貴方にとっては狭い筈で、貴方が手に入れられる物も想像以上に多く有る筈でーす」

「…………」

「けれども、意識していて欲しい事が有りまーす。今貴方が手に入れられるとしても──何時までも、貴方の掌の上に残る事は有り得ないのでーす。どんなに我慢強い人間でも何時までも強いままでは居られませんし、誰もがずっと待っていられる訳では無いですから」

 

 

 

 

 

 

 

 フラー・デラクールの言っている事は重要なのだろう。

 

 それは解るし、伝わってくる。彼女は真心と情愛をもって僕に向き合っており、だが今の僕にはその意味を理解する事が出来ないし──多分、それは僕の根源にとって決して相容れないという感覚が有る。

 重要な物を間違えてはならないし、優先順位を見失っても行けない。己が求めた結果として選択を間違い、全てを喪わせるという事は有ってはならないのだ。

 供に居るだけでは、御互いが暖め有っているだけでは何も解決しない。あの事故によって魔法省が僕達の家を訪れた時は最後の分岐点であり、僕は償うつもりで寄り添う事を選択し、そして結果として選択を誤った。人は何事も無くても死に行く物だという事を、安易に忘れ去っていたのだ。

 

「一応心に留めておきましょう。理解は──やはり出来そうにないですが」

「なーらーば、頑張って理解するように努力してくださーい」

「……解りました。解りましたから、僕に乗ったまま足を叩かないでください、足を」

 

 暴力に訴えるのは止めて欲しい。

 僕は肉体派(グリフィンドール)では無いのだ。

 

「そして貴方がそこまで言うのならば、柄にもない事を一つしましょう」

 

 彼女の左手首を掴みながら、言葉に意思を乗せる。

 今まで散々馴れ馴れしく近付いてきたというのに、その瞬間フラーは大きく身を引こうとした。だが、少しばかり力を籠め、更に背中を左手で支える事で無理矢理引き留めた。自分がどんな体勢かを意識はすべきだし、危ないから動くのは止めて欲しいものだ。

 

「第三の課題の事です」

「……課題?」

 

 フラー・デラクールは一瞬ポカンとした後、大きく溜息を吐いた。

 

「……貴方はそう言う人だと解っていまーした。ええ、本当に解っていましーたとも」

「解っているならば結構です」

 

 僕は膝裏から掬い上げるようにして彼女を上から横に退け、元通りベンチに座らせる。

 先程まで抵抗を止めていたのに再度抵抗を始めたのが謎であり難点だったが、魔法無しでは力は僕の方が上である。人間は座る道具では無いという事も学習してほしい。

 

「告知によれば第三の課題の詳細は一か月前、つまり今から三か月程後の五月末です。けれども、既に今の時点で告げておきましょう。仮に第三の課題が外部から見えないような形で行われた場合。少しでも不穏な気配を感じたら、躊躇せず棄権して下さい」

 

 僕の言葉の響きと内容に、流石に不穏さを感じたのだろう。

 フラー・デラクールも不満を引っ込め、僕の視線を真正面から受けて立った。

 

「……何故、そんなに怖い顔で言うんでーすか」

「文字通り、笑えない話だからですよ」

 

 冗談を口にしたつもりは無いし、真剣に言っている。

 

「そして、これはここだけの話です。貴方が外国の人間だから言っていますし、真に大切な事は貴方が口を噤んで居られる人間だと信じるからこそ告げている。貴方が死にたくないならば、気付いていない振りをしつつ、慎重に動くのが最善だ」

 

 フラー・デラクールの顔に、漸く恐怖の色が宿った。

 その深い蒼の瞳の中には、彼女を真っ直ぐと見詰める僕の姿が映っている。

 

「杞憂に過ぎないならば良いんです。しかし、そのような最悪の状況が意図的に造られた場合、今度こそ〝事〟が起こる可能性を排除しきれない」

 

 普通の三大魔法学校対抗試合ならば、こんな事は言わない。

 だが、今回は普通で無い。第二の課題が湖で行われる事から違和感が始まったように、この三校対抗試合は、ハロウィンの夜からずっと異常を訴え続けている。

 

「あの課題においてハリー・ポッターの採点に物言いが入ったのは、あの水中人の長が出て来てからの事でした。つまりは、彼女に聞かなければ、三校の審査員ですら水中の状況を正確に把握出来ていなかったのではないかという疑問が生まれる」

 

 アルバス・ダンブルドアであれば、何かを把握していたのかもしれない。

 遠見の魔法や魔道具が存在するのか僕は余り詳しく知らないが、少なくともあの老人の配下にはアラスター・ムーディ教授が居る。もっとも、あの不思議な義眼が水底まで見通せる程の性能を持っているかどうかは、やはり不明なのでは有るが。

 

「演技や採点が必ず公の場所で行わなければならないという理屈は有りません。しかし、内容の公開は透明性の確保の為の単純な手段でしょう。特に、三校試合には長年不正が付き物でした。それも校長、代表選手、学校の生徒、保護者や卒業生。考え得る限りの立場の人間が、栄冠を勝ち取る為に卑劣な手段を用いて来た」

 

 フラー・デラクールは表情を険しい物へと変える。

 

「……ボーバトンやダームストラングがそれらをすると貴方は言いまーすか?」

「確かに二校も未だに容疑から外していません。ただ──残念ながら、第一容疑者はホグワーツと我が国の魔法省ですよ。ゴブレットの準備や課題の内容を決めたのは誰か、その上今の状況を考えれば、そのどちらかに〝犯人〟が居る可能性が高い」

 

 彼女からオリンペ・マクシーム校長には確かに紹介して貰った。

 

 流石に半巨人だ。半端な開心術が通じる物でも無いが、会った印象としては、彼女は善の側の人間だった。フラー・デラクールを単なる代表選手以上の存在──つまり、同じく血に問題を抱える者として大いに気遣っている事は明らかであった。

 最初に紹介された際には表面上穏やかで有りながらも僕へと警戒を隠そうとしなかったが、その後フラー・デラクールが母国語で何やら話した後は途端に対応が柔らかくなり、逆に敬意と丁重さすら感じた物だ。あの変化を意図的に行えるならば相当上手い役者であり、そしてまあ、フラー・デラクールがはっきりと彼女の人格を保証した上で恩師だと言ったのだ。彼女が〝犯人〟である可能性は、僕が当初考えていた程には高くないのだろう。

 

 何より、異変の起こっている中心は依然としてこの国だ。

 

 バーテミウス・クラウチ氏、あれだけの体調不良を押し通して第一の課題の審査員として立ち続けた老紳士は、しかし第二の課題で姿を現さなかった。それどころか、日刊予言者新聞においては、十一月末以来公式に姿を現していないと報道されている。つまりは第一の課題の後、僕が彼の姿を見たのが殆ど最後だった。

 日刊予言者新聞は、彼が依然としてパーシー・ウィーズリーを通じて仕事をしているのだとも報道されているが、現在の情勢を正しく把握していれば、それを真正直に信じる馬鹿は居ない。

 

 死喰い人であったピーター・ペティグリューが去年逃げ出し、今年のクィディッチ・ワールドカップでは十三年振りに闇の印が打ち上げられた。

 

 更に魔法ゲーム・スポーツ部の魔法省職員バーサ・ジョーキンズが既に行方不明であり、彼女が姿を消したのはクィディッチ・ワールドカップ前だが、準備期間を考えれば三校対抗試合に関わっていたと判断するのが妥当だろう。

 そしてバーテミウス・クラウチ氏も国際魔法協力部部長として、同じく三校対抗試合の運営に関わっており、しかし同様に姿を見せなくなった。

 

 加えて、パーシー・ウィーズリーはホグワーツ卒業後半年の人間であり、その人間は兄弟からも多少疎まれる位には融通が利かず、しかもあの老紳士は、他人の前で彼をウェーザビーと呼ぶ位には軽んじていた。

 そのような人間が何時の間にか魔法省の重鎮の個人秘書に昇進しているともなれば、疑うなという方が無理な話である。

 

 更に付け加えれば、彼等が関わっていた三校対抗試合においては参加出来ない筈の年齢の人間が、居る筈の無い四人目として代表選手となっている。しかも、その人間は寄りにも寄って赤子にして闇の帝王を打ち破ったとされる〝生き残った男の子〟であるともなれば満点だ。

 

 バーテミウス・クラウチ氏は、恐らく無事では無い。

 直接的な表現をすれば、彼は死んでいる可能性が高い。

 

 そしてこのような一連の干渉を国外の人間が行うのは中々困難であり、必然として容疑を強く掛けるべきは我が校と魔法省である。〝犯人〟で居なくとも、協力者は国内に一人は居ると考えざるを得ない。

 

「寧ろ逆に、ボーバトンやダームストラングには不正──ホグワーツの不正、と敢えて言いましょう──を防ぐ方を期待したい所です。止められるならば、是非とも止めて欲しい。……が、残念ながら今回は余り期待出来そうにも有りません」

「……侮辱しまーすか? 流石の私も、母国を悪く言われて愉快にはなれませーん」

「しかし、事実は正しく認識すべきです。こういう言い方は不快になるでしょうが、不正は許した方も悪い。勿論、この悪いは道徳的にという意味合いでは無いですが」

「なら、どういう意味でーすか。不正をした人間が悪いのは当然でしょう」

「それは前提ですが。では、初回ならば、今回だけならば許されるのですか?」

「それ、は……」

 

 嫌味な言い方で、配慮も何も無い物言いでもある。

 けれども、正義の下に他人を糾弾する事程、楽な仕事という物は無い。

 

「僕には伝わって来ませんが、貴方がたの本国では多分オリンペ・マクシーム校長や魔法省が相当非難(バッシング)されたと思いますよ。このようなホグワーツの不正を許すのは何事か、お前達は一体何の仕事をしていたのか、とね。一番の大失態を犯したアルバス・ダンブルドアは他国の人間であり、けれども彼女達は自国の人間で、そしてこれは政治的な失点だ。彼女達の足を引っ張りたいと思って居る者は決して見逃さない」

 

 僕のような悪辣な人間は、当然利用する事を考える。

 彼女達に本当の意味で責任は無く、悪い訳でもないだろうと思っていても尚、だ。無知や無能で有った事は、過去の失敗を正当化しうる言い訳にはならない。

 

「このように言う僕だって、後から、それも好き勝手言える部外者だからこそです。まさか、三校試合なのに四人の代表選手が出る事態が発生すると思っても居ませんでしたしね。ただ──理屈を考えればそれは不自然では無く、事前に想定して然るべきだった」

「……三校試合なのに、何故そう言えるんでーすか」

「長い歴史の中で、三校試合が二校になる危機や、四校以上に拡大するという議論は有ったという事です。そして、ゴブレットの製作者の思考としても、三校対抗試合が三校で無くなった途端に役立たずになるような道具を作るのは余り好まないでしょう?」

 

 予め拡張性を持たせる事こそが自然だと言うべきだった。

 勿論、これも今になってからこそ言える事ではあるのだが。

 

「三百年前は、当然その知識が有った筈です。そのような不正が為し得る事も理解し、その上で注意していたに違いないでしょう。それは注意事項(マニュアル)に記すまでも無い無意識的な物で有ったかも知れませんが、開始以来一貫して防いで来たのは歴史が証明している」

「……三校試合において、一校が二人の代表選手を出した例は有りませーん」

「ええ。そのような前例が存在していたならば、ハリー・ポッターは今回参加して居ない」

 

 隅から隅まで規則を熟知し、過去の三校対抗試合の記録から可能と不可能の境界線を理解している類の人間以外には、今回それが発想すら出来なかった。そして如何に化物(アルバス・ダンブルドア)と言っても、前例が無い事を全て予め見通した上で動ける筈も無い。

 

「三百年に渡る三校試合の中止。それは伝統の断絶を意味し、必然、大会運営の為の技術(ノウハウ)も、不正を防ぐ為の相互監視の手管も、三校全てから喪われている。これは能力と言うよりも、人間の悪意に対しては後手に回らざるを得ないという問題です」

 

 それが今回の強い懸念材料。

 せめて直近に一度でも三校対抗試合が開催されていれば、あの老人やホグワーツ教授、そして二校の校長達もその反省点や懸念点に基づいて修正を出来たし、更に防備を手厚く出来た事だろう。

 

 だが、今更嘆いたとて詮無き事だ。

 今回ばかりは未知のまま手探りで挑むしかない。

 

「そして、観客の見えない所で行われる課題。第二の課題だけならば、一回だけと言うならばまあ良いでしょう。公開したままでは不都合な事、不自由な事というのは有り得る。観客の警備ばかりを考えて代表選手の護りが疎かになってもいけない。単純に興行のみを考えて、三校で最も優秀な生徒を決めるという理念が喪われるのも妥当では無い」

 

 第一の課題では差が殆ど付かなかったが、第二の課題では大いに明暗が分かれた。

 四人別々に違う相手と戦わせる形で競技をさせるのではなく、半ば競争めいた形で課題をさせたが故に、今回は明確に順位を付ける事が可能だった。結果論的で有っても、後者の方が良い課題だったと評する事は可能である。

 

「但し、二度。三分の二が観客の、審査員の眼の届かない所で為されるというのは余程不適当に思える。特に第三(third)最後(last)だ。生徒達が見えない所で全ての課題を終了させて、三校で最も優秀な人間だと認められると思います? 第一の課題がああいう形だったからこそ、三校の生徒は貴方がた四人全てを代表選手と認めたというのに」

「……だからこそ、貴方は気を付けるべきだと言うのでーすか。特に、誰からも見えないように課題が行われる場合には」

「ええ。何事も無く終わるならば構わない。貴方がたが笑って優勝者を讃えて終われるのならば、それに越した事は無い。三校対抗試合が囮という可能性は依然として存在しますし、この〝予言〟が外れるというならば、僕は今度も甘んじて笑い物になりましょう」

 

 〝生き残った男の子(ハリー・ポッター)〟を三大魔法学校対抗試合で殺す。

 そんな劇的で、王道で、陳腐とすら言える脚本を、しかし敢えて外す。アルバス・ダンブルドアの眼が試合と彼に向いている事を最大限利用して、己が目的を達成する。

 

 僕ならば間違いなくそうするだろうし──けれども、〝犯人〟は僕では無い。

 

「可能な限り速やかに棄権しろとは言いませんし、このような忠告ですら、貴方の性格からすれば受け容れ難い物でしょう。だからこういう事を言うのは今回限りです」

 

 フラー・デラクールは(スリザリン)に近くなり過ぎた。

 

 それを考えずとも、彼女は代表選手の一人である。

 本気で今回の三大魔法学校対抗試合において〝事〟を為すつもりならば、服従の呪文を掛ける対象者として良い位置に居るし、彼女が引く血統としても本命(ハリー・ポッター)への障害としても、事のついでに危害を加えられかねない人間だと言えるのだ。

 

 だからこそ、最低限の忠告をすべきだと思った。ああまで真摯に向き合ってきたからこそ、僕も応えるべきだという気がしたのだ。

 

「貴方は蛇のように賢く逃げる事を考えるべきだ。この国は既に戦争前夜であり、何時誰が死んでも可笑しくない。そして貴方は他国の人間だ。部外者が下手に首を突っ込んで、命を無為に散らす必要は全く無いんです」

 

 フラー・デラクールは依然として強張った表情を浮かべたままであり、しかし不思議と僕には、彼女が今にも泣き出しそうに見えた。

 

「今回の試合で敗者になったとしても、貴方の人生は変わらず続きうる。

 

 けれども死んでしまっては──人はそこで終わりなんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 言うべき事は言った。

 

 彼女とて容易く引き下がれる立場に無いのは理解している。

 最早フラー・デラクール一人の問題では無く、彼女には学校の、母国の名誉が懸っている。

 

 歴代の三校対抗試合の戦績もホグワーツとボーバトンで全くの互角か、ホグワーツが一勝多かった筈である。特に今回はホグワーツが承服し難い不正を行った(四人目の代表選手を出した)事もあって、彼女には元より強く勝利が期待されていた事だろう。

 大きく引き離されて最下位に沈んだ彼女にまだ優勝の機会が有るか解らないが、仮に有るのならば、フラー・デラクールという女性は自身の誇りと矜持に懸けて、死に物狂いで挑まなければ気が済まないに違いない。

 だから後は彼女の選択次第、僕が関与出来る事では無い。

 

 ただ、彼女にも一人で考える時間が必要だろう。

 

 そんな配慮と共にベンチから立ち去ろうとすれば、素早く杖を抜いた彼女に何故か呪文で拘束された。……代表選手としての腕前を、こんな形で遺憾無く発揮しないで欲しかった。

 

 無言の抗議を彼女は無視し、僕はそのまま校舎内を移動──途中遭遇したミネルバ・マクゴナガル教授が一つの溜息と多少の小言で見逃したのが解せない──する事を強制された。

 そして、彼女が目指した目的地、医務室に辿り着いてその扉を開けた時、何故ガブリエル・デラクールこそが湖底に沈められなければなかったかを理解せざるを得なかった。

 

 第二の課題において彼女を人質にするという事は、当然の事ながら彼女をホグワーツ内に招き入れなければならない。あれだけホグワーツでのダンスパーティーに関心を示し、あの昼食会後にホグワーツを見られる事に喜びを露わにした彼女を、だ。

 

 更に思い返せば、クリスマスパーティーでは他の者が大勢居り、尚且つユール・ボールが控えていたが為に、立ち入れる範囲は限られていた。一方、今回の場合は他三人の人質はホグワーツ内部の人間であり、入り込む部外者としては彼女一人である。

 そして()()()()()被害者となった彼女に対し、大人達が多少の便宜を図る事は、外部の眼には何ら不自然には映らない。

 

 今回の策を考案したのはあの諸悪の根源(アルバス・ダンブルドア)だろう。

 しかしそもそもの希望を出すと共に、老人に対して幼子らしくせがんだのが誰であるかは明白で有った。

 

 妹に見えない位置で杖で脅されたままの僕に、選択肢など最初から存在しない。

 輝かんばかりの笑顔で駆け寄って来たガブリエル・デラクールの〝お願い〟に首を縦に振らざるを得ず、僕は彼女に手を引かれ、監視である姉を引き連れて校内を巡る羽目になった。

 

 結局、ガブリエルは夕食後まで居座ってホグワーツを満喫し、改めて彼女を迎えに来た両親に連れられて去って行った。……あの様子では自身の小さい方の娘が今朝湖に沈められた事を知っているかは怪しく、大きい方の娘も露骨に話を逸らしていた。

 

 その点がバレるかどうかは彼女達の問題だが、僕にとっての問題は、今回クリスマスと違って殆ど全校生徒から彼女達と共に居る所を見られる羽目になったという点であり、当然ながら悪評と心労も明確に増えたという事だった。

 

 デラクール姉妹と関わるとロクな事にならない。

 

 あの騒動を経て理解していたつもりでも僕の認識は尚甘く、そして今更認識を修正出来たとしても、最早完全に手遅れだとしか言いようがなかった。


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