已むを得ず分割する羽目になった為。
既に段取りというのは決められていたのだろう。
教授が僕の所に来た時点において、実行自体は決まっていたのだ。
更には僕の話を聞いて、教授は大きく変える必要が無いと言った。あの話を受けて教授が何か思う所が有ったにしても、それは生徒の見える所で大きく変わる物でも無いに違いない。以降の展開は既定路線で、予定調和でしか無かった。
学期最後の夕食前、四寮の寮監は揃って下級生達に吉報を知らせた。
ホグワーツの行事では無いが、クリスマスの昼間にホグズミードでパーティーが企画されている事。そのパーティーでは豪勢な食事と催し物が行われる予定である事。ボーバトンとダームストラングを始めとする国外の魔法使いが、家族連れで大勢訪れる予定である事。ユール・ボールに参加出来ない下級生のみが招待されている事。ユール・ボール程の自由度は無いものの、少しばかり羽目を外すのは許される事。クリスマスに帰宅する必要が有る者には、ホグワーツ特急を始めとする交通手段が臨時で用意されうる事──等々。
着飾る事が却下された点や事実上保護者達の監視下に置かれる点に失望の声が上がり、そして何よりも
噂によれば、この辺りはセドリック・ディゴリーの説得の方が狡猾だったらしい。
校長及び三寮の教授達も準備と運営に関わっている事を強調した上、スリザリン主催の豪勢なクリスマスパーティーに〝純血〟以外の、しかも何ら肩書の無い魔法使い達が招かれるという事はまず無いのだから逆に楽しむべきではないのだろうか──そう言い聞かせた事によって、参加に乗り気になった者は少なくなかったようだった。
そして、悪くは無いかなと思う人間が一度増えれば、後はもう雪崩のように流れていくだけだった。
加えて、ボーバトンとダームストラングからも歓迎の声が上がった。
家族や兄弟姉妹が居る者達は当然の事、それ以外の後輩達はどうなるのかを教授達に問い詰める生徒の姿は多かったし、ふくろう便ではどう考えても時間が足りない為に、既に日が沈んでいるというのに本国に〝速達〟で手紙を送ろうと画策する人間が続出した。
後はまあ、マルフォイが酷く楽しそうでは有った。
これまでどのようなパーティーを純血のコミュニティが行ってきたのかを自慢すると共に、今回のクリスマスパーティーの具体的な内容を、スリザリンの下級生の興味を上手く擽る形で仄めかしまくっていた。そして、どうも校内の情勢を見ていた限り、彼等下級生達を通して、他三寮の人間にも噂話として伝わっているようだった。
実際は、今回突貫で予定が組まれたパーティーで有るが故にマルフォイは中身を何も知らないし、文字通り各所を飛び回っている両親に連絡を取りようも無い筈だが、やはり誰にとっても真偽はどうでも良いのだろう。重要なのは、下級生達が上級生達と同じく騒げる正当な口実を手に入れたという点だった。
そのような楽し気な談笑の一方。
教授陣には──加えて僕も──死ぬような毎日が始まっていた。
ホグワーツ生の親達へと説明が必要なのは勿論の事、交通手段の手配やクリスマス当日の予定の修正、運営や警備の手順の再確認、場所を借りるホグズミードへの挨拶など、マルフォイ家に多くの面倒を放り投げて尚、ホグワーツ自身が為さなければならない事は多い。
更には如何に招かれたと言っても、ホグワーツが何も用意しない訳には行かないと、パーティーに参加を表明した下級生達には、休日を潰してクリスマスでの出し物の練習──零からは無理であるから二校を歓迎した時の流用──をさせてすら居た。
やはり同日決行は狂気だったと半ば部外者である僕でも見ていて思ったのだから、自分達で決めたホグワーツ教職員達も内心どう思って居たかは想像が付く。
しかし一方で、僕は魔法族の恐ろしさと言う物を実感したものだ。
たかが昼食会をやるだけとは言っても、他国から客を呼んで千人を遥かに超える規模の物をやる訳だ。それも準備期間は一週間。〝マグル〟の常識からすれば非常に困難である。物資の輸送、会場の設営、人員の配備、幾ら金を積んでも物理的な限界は存在する。
けれども、魔法使いには、その限界が著しく高い。
彼等は杖の一振りで数十の荷物を飛ばし、自在に地面を成形し、瞬間移動で物と情報の伝達を一瞬で、しかも朝夜の区別無く行ってしまう。
その上、屋敷しもべ妖精を初め、小鬼、トロール、マーピプル、ヴィーラ、レプラコーンなど多種多様の者達が、人には不可能な、魔法的な事象を平気で顕現させてみせる。
石や植物が足を生やして動き出し、金属は自ら踊るようにして形を作り、川や池は自分から土地を開ける。ここには空想通りの魔法の世界が広がっていた。
そして同時に、〝純血〟達が持つ力の恐ろしさを改めて実感したのは、僕だけではなくホグワーツ教授陣もそうだったのかもしれない。
果たしてどれ程のガリオン金貨を使ったのか。
これ程の大規模で、多様な種族を集めた上で指揮し、それも尋常ではない位に急がせるとなると、湯水のようにという表現では足りないだろう。
更に、会場を設営されていく中で見られる統率や調整は、突貫でぶち上げられた物とは思えない程に計画的で、洗練された物。つまりは業者や専門家達が何十年もの積み重ねによって蓄積してきた経験と技術が有り、そのような者達との人脈を同様に何十年も持ち続け、一貫して重宝し続けてきたのが、彼等の後援者たる〝純血〟だった。
彼等とてこのような
……もっとも、やはり最も化物染みていたのは、アルバス・ダンブルドアだったが。
流石に冬に野外パーティーとは行かず、そしてまた千人以上を同時に収容するのは困難である。故に、幾つかのテント──正確にはそれらしき物──を建てる形となったのだが、それでも今回のイベントの象徴となりうる場所は必要だろう。
そう気軽に言って、あの老人はパーティー会場に割り当てられたその中央、ホグワーツを含めた三校の城の小さなミニチュア、と言っても三、四メートル規模の精巧な代物を造り上げた。……ほんの数時間、たった一人で。
小鬼達が用意した特別な貴金属が、マーピープルやトロール達が各地から運んできた資材が、屋敷しもべ妖精の細々とした助力が存在したにせよ、どれ程の変容の技量が有ればアレを実現出来るのかは解らない。小人で無い以上中を覗き込めはしないが、恐らく内装まで拘って造り上げている事だろう。各所を駆けずり回らされていた僕をミネルバ・マクゴナガル教授が探し出し、わざわざ見せてくれた意味も解る物だ。
その嫌がらせの結晶を見た時、マルフォイ夫人は露骨に顔を引き攣らせたが、自分達の仕事の価値を毀損しかねない代物をぶち壊すよりも、それに負けないようパーティー会場を更に飾り立てる方が建設的だと考えたのだろう。屋敷しもべ妖精達にそれらの三城をクリスマスらしく飾り立てるように命じた後、何処かへと急いで消えて行った。その日は全員が鞭打たれたように働いたことは、最早言うまでも無い。
そして──魔法使いが迫害された理由も改めて理解出来た。
今の〝マグル〟ならば、似たような事の実現自体は不可能では無い。しかし、掛かる金と時間と必要人員は、今回〝純血〟が費やしたのと比較にならない位に膨大な物となるだろう。
何より、魔法族はこれと同種の事を、千年前からやれた。
四創始者が手掛けたホグワーツ城は極端な例だとしても、これより小規模で個人的な〝奇跡〟であれば、魔法族には何ら不可能では無かった。
だからこそ、非魔法族は千年前の時点で魔法族を狩り立てた。
魔法が制御出来ない赤子や子供の内に殺し、数の力でもって押し潰した。それが合理性の無い本能的恐怖の下の行動だったとしても、歴史の結果から見れば大正解だった。現在において非魔法族は魔法族に対して殆ど勝利を収めており──しかし、魔法族に形振り構わず本気で戦争の覚悟を決めさせられたのならば、魔法族は今からでも彼等に勝ち得るに違いない。
結局。
今回の最大の障害は、ヒトに纏わる有り触れた事情だったのだろう。
既にクリスマスに他の予定が入っているとか、元々家族で過ごす予定で有るとか。そんな、一週間前に招待に応じる事が出来るかどうか、それらの調整を為し得るかどうかという平凡な問題こそが、今回のイベントを成功させる上での一番のボトルネックであった。
物質的な、或いは距離的な要因は本気になった魔法族にとっては些細な問題であり──そして当然ながら、イベント自体が失敗する可能性など初めから無かったのだ。
一週間が過ぎるのはあっという間だった。
僕はホグワーツ、ホグズミード、そしてロンドンにすら出向いて様々な事をやらされたが、やはりこれは罰則、効率と引き換えに教育を行う代物でしか無かったのだろう。
手伝えというのは建前。
結局僕は最後まで足枷にしかならなかったし、寧ろ教授陣は僕を扱き使うのを口実として、わざわざ魔法を伝授する暇すら作ってくれていた。
特にフィリウス・フリットウィック教授は、教え子が一人しか居ないからか、或いは罰則を課された僕を気の毒に思ったのか、普段の授業以上に親身に教えてくれたものだ。
率直に言えば、パーティーの準備をする為の一連の魔法など僕は興味が全くないのだが、まあ、このような機会で無ければ自ら学びはしないというのも確かだった。使う機会が今後巡ってくるとは思えないが、知っていて損が発生する訳でも無い。教授達なりの善意として受け取っておくべきだった。
そもそも最大の山場は、やはり最初にこそ有ったのだろう。
間に合わせる事が出来るかどうかが不明だったからこそ全体が全力全速力で動く必要が有り、しかし目途が立ってからは段々と忙しさは減っていき、作業に携わる大人達の表情も明るくなり、僕に至っては、前日は殆ど暇になったとすら言えた。
そして当日においても、やはりやる事は少なかった。
既に専門家以外は居る事自体が邪魔だという領域に移っており、少々魔法が使えるだけの子供は御役御免で、座って作業を見ていろと言いつけられる始末だ。大人達に至っても、多くが軽く談笑しながら設営を進めており、殆ど既に終わったような緊張感の無さだった。
その中で依然として馬車馬のように働いていたのは屋敷しもべ妖精位の物だ。
彼等はパーティー開始後こそが本番であり、更に忙しくなる筈だが、会場を所狭しと移動するその表情は使命感と遣り甲斐に満ち溢れている。
ホグワーツの屋敷しもべ妖精達が、自分達にもパーティーを手伝わせろと、あの老人に直訴していた──彼等にはユール・ボールの仕事も有るのにだ。そして、屋敷しもべ妖精が上位者に何かを求めるというのは非常に珍しい──位だから、彼等の根性は筋金入りである。
ハーマイオニー・グレンジャーの活動は、やはり方向性を大きく間違えているとつくづく思う。魔法界の同胞の泉では仲間扱いされているが、正直アレは全く別の生き物だ。やはり仲間扱いされているケンタウロスと同じく、普通の人の尺度で彼等を測るべきでは無い。
「……四年生以上の参加を一律禁止にしたのは正解でした」
ある時、僕と共に作業をしていたミネルバ・マクゴナガル教授がそのようにボソッとぼやいたが、教授の気持ちは大いに理解出来た。
僕は準備の都合上、必然的に両者を見ている。
ホグワーツの教授達がユール・ボールにも手を抜いておらず、また贔屓目無しに純粋な魔法の見事さと精緻さの面で見ればユール・ボールの方が上なのはまず間違いないが、それでもガリオン金貨の物量で殴って用意したイベントとの比較は流石に酷である。
パーティーの会場は、数百人は優に入る巨大な三つのテントを中心として構成されていた。
テントと表現したが、それは真っ白な布──素材については自信が無い──がまるで何も無い宙に釣り下げられようにして作られるのを僕が見たからで、完成図と内装だけであれば普通に簡易の城や聖堂と評しても過言では無かった。
突貫の割に規模が大き過ぎて会場を半ば分割する形にせざるを得なかったのは苦渋の選択かも知れないが、それでも三つとしたのは当然ながら三ヵ国を意図しており、それぞれの内装も国に沿ったテーマで作られていた。
ホグワーツは碧を基調としており
内装自体は、三校の中では或る意味最も
中央には色取り取りの宝玉を煌めかせる巨大なモミの木が置かれ、今は既に羽を輝かせた妖精達が遊んでいる。天井には黄金のヤドリギが釣り下げられる共に、
ボーバトンは蒼と銀を基調としており、さながら氷と水晶の宮殿のようだった。
こちらはクリスマス的だというよりも、冬をそのまま切り取ってきたようだという方が近しいかもしれない。天井に吊るされた豪奢な銀のシャンデリア、そしてその光を浴びて輝く水晶の細工群は美術品としても見物だった。それらの数多の魔法生物や人々の中に混じっているドラゴンの一頭が見覚えのあるウェールズ・グリーン普通種であるのは、一種のサービスなのだろう。
準備中にニンフ達がリハーサルをし始めて何事かと思ったが、ボーバトンのクリスマスではそれが普通らしい。ユール・ボールの噂だけを聞いて一方的に妖女シスターズに対抗心を抱いているらしいのも何気に判明したが、まあ彼女達が顔を合わせる事は無いだろう。絶対にロクでも無い事態になるのは目に見えている。
ダームストラングは赤や灰を中心としており色合いとしては最も素朴で有ったが、それこそが中央に置かれた炎、消えないのではないかと思える程の力強い灯りを印象付けていた。
如何なる魔法を掛けたのか、この天幕の内だけは日没が近付いているように少し薄暗くされており、しかしその大きな炎と中空に浮かべられたイルミネーションが煌々と照らす事によって決して暗くは無く、外界と隔絶された幻想的な雰囲気を形作っていた。
ボーバトンが光の美しさを表現していたとすれば、こちらは闇の美しさを表現したようであり、上手い具合に対比となっていた。
そして当然ながらそれらの内装や小道具のみならず、机の上に並べられた料理もそれぞれの三国流──例えばホグワーツならばローストやクリスマスプディング、ミンスパイ等々。誰かの願いが叶ったのか、人の身体、それもルビウス・ハグリッド基準よりも大きいケーキも鎮座していた──で、〝純血〟達が相当に拘った事が見て取れる。ここまで来ると、彼等がどういうつもりでこれを用意したのかは容易に理解出来るものだ。
つまり、この異国に来て尚、自国流のクリスマスも併せてやれるよう取り計らったらしい。
計画を立てるのは簡単だが、当然他国から独自の飾り付けの品々や、この国では手に入りにくい食材を取り寄せる必要が有るし、国の〝解釈〟に失敗すれば他国の客の気分を大いに害する事になる。つまるところ、莫大な金と豊富な知識のある人間にしか出来ない曲芸だった。
更には、会場から離れた場所に急遽建てられた簡易倉庫には、パーティー内で配布予定のプレゼントの山々がうず高く積まれている。当然、資金は純血達の持ち出しだ。
中には〝
何にせよ、彼等が国内外問わず相当の無茶苦茶をやったのは明らかであり、最早嫉妬する事すら馬鹿らしくなる位の富の圧倒的格差と不公平の構図がそこに在った。
しかしながら──マクゴナガル教授が呟いたように、このパーティーは四年生以上は一律参加禁止。一方でユール・ボールは三年生以下が殆ど参加禁止。要するに、両方に参加する者は、少なくとも生徒側には居ないのである。やはり隣の芝が見えなければそもそも嫉妬はしようが無い訳で、それは今回において特に好都合と言えるだろう。
そして、物質的な豊かさが、楽しさと等しい訳でも無い。
三年生以下が保護者による監視の下、一定程度規制を受けるのは紛れも無い事実。加えて、放任故の楽しみがあるユール・ボールと違い、この昼食会自体の楽しさを提供出来るかは、開始後の
とはいえ、僕の役割、或いは義務は完全に終わった。
ミネルバ・マクゴナガル教授は、僕の罰則はパーティーが開始されるまでであり、後片付けに加わる事は強制されないと事前に告げていた。その意図は少々不明確だったものの、イベントが完全に終わるまで付き合わされると思って居た僕からすれば朗報だった。
加えて、状況としても完璧であった。
繰り返すが、この
つまり、フラー・デラクールは当然の事ながら追放である。
彼女は自分はボーバトンだから関係ないだとか、一応反乱を首謀した者の一人として参加する権利が有ると騒いでいたが、ミネルバ・マクゴナガル教授は他校の生徒だからと言って容赦する性格では無かった。今朝早くに自分の家族達と何とか合流しようとしたらしいが、警備の闇祓いから自校の馬車に連れ戻されたと聞いている。
そして一応、僕もホグワーツ四年生では有る。
此度の騒動はフラー・デラクールが僕を妹と踊らせようとするという戯言に端を発した訳で、しかし別イベントを立ち上げた時点でその辺りは完全に有耶無耶となっており、しかもパーティーの
その上、僕はユール・ボールのパートナーも当然見つけられていない。
文字通りあちこちを飛び回ったからこその結果であり、けれども相手を探し歩かないで済む良い口実になったというのは、今回の重労働の中で唯一喜べる点だった。
そして、独り身が参加出来ない訳では無くとも、参加しない理由にはなる。だからこそ、僕はこの
つまり落ち着く所に落ち着いた訳で、どう考えても完璧──そう、完璧な筈だった。
「如何なる形であれ貴方はデラクールの妹を誘い、そして彼女はそれを受けたのでしょう。何歳で有ろうと彼女はレディであり、男ならば最後まで自身の言動の責任を取るべきです」
……僕の誤算は、教授の融通が非常に利かない場合があるのを忘れていた事だった。
寮に戻ろうとした僕を、ミネルバ・マクゴナガル教授は厳しい顔で制止した。その表情は今まで見た事無い位に恐ろしく、その気配は今にも杖を抜きそうな程に危険だった。
「それに、この一週間で少なくない大人達が貴方の顔を知っていますから、特別に参加が許されても誰も文句は言いません。それなりに道理が通じるホグワーツ生から色々と話を聞きたいという者達も居るでしょう」
その理屈に対して、反論は幾らでも出来た。
「その上、これこそが最も重要な点ですが──貴方は頭の中で小難しい理屈を捏ねくり回し過ぎる傾向が有ります。今回の準備もそうですが、このパーティー自体も世間の広さ、自由さを自らの眼で見るには良い機会の筈です。これもホグワーツによる一つの教育だと考え、大いに学ぶようにしなさい」
けれども、教授の真剣な瞳と真摯な言葉を前に、僕は何も反論を許されなかった。
一縷の望みとしてデラクール夫妻が断ってくれる事に懸けていたのだが、娘達から、また教授達からも何かを伝えられていたらしい。余りあちこち連れ歩いてはくれるなと釘を刺されたものの、笑いながらガブリエル・デラクールのエスコートを御願いされる始末だった。
加えて本当に最後の希望、つまりガブリエル・デラクール自身が、既に不要になったであろう僕に対してクビを宣告してくれるだろうという淡い期待も、姉とそっくりの輝くような笑顔によって打ち砕かれた。
そして、ここまで逃げ道を的確に塞がれた上で尚逃げ出せるような冴えた手段というのは僕には思いつかず、最終的に僕は、ガブリエル・デラクールと共に昼食会に参加する覚悟を決めざるを得なかったのだった。
──実際問題、そのパーティーは悪い物では無かった。
一週間の重労働による疲労と小さな少女のエスコートの四苦八苦を別にすれば、そして僕が騒がしいのを好まない点を抜きにすれば、特別と言うに相応しいクリスマスにはなった。
世間は、世界は、僕が考えているよりも広かった。
三つに分けざるを得なかった、けれども見事に造られた会場で社交を楽しむ魔法使いというのは確かに多かった。
各々が三つのテントを行き来し合い、時に自国自慢で上機嫌になり、また時に他国自慢に唸り、或いは見慣れない料理に舌鼓を打つ一方、他方は口に合わなくて顔を顰めたりと、真っ当な国際交流の楽しみ方をしている者は多かった。
三校の下級生達もまた──少なくとも最初の方は──同じ。
大人達よりも拙く、純粋で、無邪気な物だったが、それぞれが存分に、そして気儘にパーティーを楽しみ始めていた。三校の制服の違いが有っても彼等の間に垣根というのは見て取れず、寧ろ同じ制服を着た人間が共に居る事自体が稀ですらあった。また着飾れないという不満も何処へやら、彼等の御願いを受けたニンフ達の演奏を背景として、さながらユール・ボールのように踊る事も行われていた。
もっとも、今回の問題、或いは参加者にとっての最大の余興はそれ以外にこそ有った。
スリザリン的な昼食会ならば、この形で良かったのだろう。
この会場を見れば、彼等が普段どのような社交会をやっているかは想像が付く。彼等が呼ぶような参加者も、主催の設定に従う事に慣れ切っている。
けれども、今回は、そのような人間ばかりではない。突貫で作られたパーティー故の多様性と無秩序は、決して良い方向のみには働かなかった。
魔法使いという人種は、良くも悪くも旧い存在だ。
高校や大学によって人格を成形されて企業に入り、生活の金を稼ぐ必要がある〝マグル〟界と異なり、魔法界で生きるには究極的には社会性は不要である。魔法を使って自分達が暮らせるだけの作物を細々と作り、ひたすらに魔道を探究する事は決して不可能では無い。
そして旧い純血にも大別して二種類居り、〝純血〟として魔法族の支配者足らんとした者達と、世の片隅で隠者として生きる事を是とした者達が居る。特に後者の方は伝統を受け継ぎ続けていると言えば聞こえが良いが、言ってみれば粗野で礼儀知らずな蛮族と殆ど変わりない。
つまり、三つの区分をまどろっこしいと考える者は少なからず居り、そのような人間は外で酒盛りや勝手なレクリエーションを開始したりと好き勝手に動き始めた。
更にはパーティーを盛り上げようと考えたのだろう、好き勝手に中空に水や火や稲妻を打ち上げ始める魔法使いが出て、その応酬か偽物の金貨や銀の雨が時折降り、機能も効果も良く解らない魔法具が光を放って派手に自爆し、無断で持ち込まれた魔法生物達が飼い主の下を逃げ出して騒動を引き起こした。
下級生達も一々それらに眼を輝かせて囃し立て、その無秩序さに触発されたのだろう。時にはその騒動の渦中へと考え無しに突っ込んでいき、一部はおもむろに雪合戦を始め、飽きたらそのままテントに戻って会場を泥々に汚していた。
正直、準備中の殺人的スケジュールよりも尚狂気であり、教授達や真っ当な良識を持つ大人達を残らず卒倒させようとしていたと言って良い。
最初の建前を忘れて途中から生徒が大人から隔離され始める始末であり──けれども何処もかしこも特別なクリスマスを満喫していると解る笑顔だらけだった。
これもこれで、特別らしい、或いは魔法使いらしいと評する事は出来るかもしれない。余りに好意的過ぎる評価だが、特に〝マグル〟生まれの人間からはどれも圧倒的支持を受け、〝悪い〟大人達も無駄に気分を良くしていたのも事実だったからだ。
その中で笑顔で居られなかった極一部には勿論ミネルバ・マクゴナガル教授を含むが、一番損な役回りに従事されられたのは、言わずもがな
ルシウス・マルフォイ氏は別に用事が存在したのか、参加を遠慮したのかは解らない。しかし、〝純血〟達の家族は概ね夫の方は姿が見えず、殆どが夫人ばかりだった。
そして彼女達を統括するナルシッサ・マルフォイ夫人は混沌の光景を前に笑顔を取り繕い切れていないまま、時に警備の闇祓い達を引き連れつつ、広い会場の方々を慌ただしく駆け回る事を余儀無くさせられていた。こんなつもりでは無かったとありありと考えている事は、別に聞かなくとも見れば一目瞭然であった。
しかしながら、彼女に挨拶する招待客の全てが例外無くパーティーの素晴らしさを絶賛していた事を考えれば、一応投資と苦労の甲斐は有ったと言えるのかも知れない。どんな野蛮人でもマルフォイ家の名前は憶えただろうし、逆に良識派は彼女達の大変さを目の当たりにしたが故に、余計に強く記憶しただろう。
その鬱憤を晴らすかのように僕は嫌味を言われ、デラクール家の血についても迂遠な形で揶揄された──夫人はブラック家だが、マルフォイ家自体は海を渡ってきた家系で有り、依然情報を得る伝手が残っているようだ──のだが、それは必要経費と受け入れるべきだろう。
少なくとも表面上は、夫人はデラクール一家に対して非常に親切であり、当たり前のようにフランス語を操って彼女達に応対し、小さなガブリエル・デラクールに対してすら礼儀を欠かさなかった。確証は無いが、あれは多分僕を擁護してくれていたような気がする。
そしてガブリエル・デラクールだが、彼女が小さかったのは或る意味救いだった。
彼女は未だ学生では無い為に
更に、こういう事になるなら女性の扱いを事前にマルフォイに聞いておくべきだったと内心冷や冷やしていたし、ガブリエル・デラクールがもう少し世間に揉まれた女性であったならば僕の拙いエスコートに文句を言っただろうが、彼女は御姫様扱いされるだけで満足してくれたのは僥倖だった。イングランド、ホグワーツでの話、三校試合の姉の話と、一応僕が提供出来る話題は相応に有ったのも良かったのだろう。
といっても、僕としてはガブリエル・デラクールが評判の悪いスリザリンから離れて同年代の友人を作るという建設的な行為を一貫して期待していたし、顔を緊張と紅潮に染めたホグワーツ一年生が彼女を誘いに来た事によって一度は達成されかけたのだが──残念ながら、彼女は僕の下へと戻って来てしまった。
その理由を問えば、
「姉さまが言ったとおりでーす」
とのような、答えにならない答えが返って来た。
一年生にして
更に理由を聞けば、顔は僕の方が好みと断言された上で、他の男に女の子を奪われるとは何事かと叱られた。……僕が促したとはいえ、半ば彼女から惹かれるようにフラフラと行ったというのに、女性というのは酷く理不尽だった。
結局、その後彼女は僕から離れるような素振りも見せず、僕の傍に居る事を見咎めて──若しくは都合が良いと考えて──
ニンフの合唱や演奏と共に簡単なダンスのエスコートをさせ、屋敷しもべ妖精を差し置いて食事の用意を手自らさせ、参加者達が勝手に始めた各所でのレクリエーションには殆ど例外無く巻き込まれ、そして方々から幾度と無く掛けられる大人達から冷やかしの声には気を良くしたりと、一応今回の発端ともいえる少女は最後までパーティーを満喫していた。
もっとも。
一番彼女を喜ばせたのは、やはりあの老人の最後のサプライズだったのかも知れない。
パーティーは、ホグズミードの片隅で行われた。
それは警備上も人数上も已むを得ない事だったが、マルフォイ夫人がパーティーの解散を告げた後、アルバス・ダンブルドアはボーバトンとダームストラングの少年少女達にこう告げたのだ。ここまで来たのだから、実際のホグワーツ城を見たくないかと。
会場にはアルバス・ダンブルドアが作ったミニチュアは存在したが、それはあくまで作り物であり、寧ろそれが有ったからこそ余計に期待を高めていたのかもしれない。当然彼等は熱狂し、しかもあの老人は彼等の保護者も連れて、少しばかり城を案内すると言い出した。
ミネルバ・マクゴナガル教授の呆れた表情が印象的であり、無茶をすると思うが、全くもって、あの老人は離れた所で見ていられるならば好好爺なのだ。
ただ、政治の面から見て悪くは無いのは事実なのだ。
ホグワーツによる
それは異国の小さな少年少女達にもやはりズルいと思わせただろうし、彼等の保護者達も当然悪印象を抱いただろう。その対価や代償という訳では無いが、自国の魔法の牙城に立ち入りを許すのは、彼等の好感度を稼ぐ手段として単純かつ効果的なのは確かだった。
勿論、子供や保護者達に服従の呪文が掛けられている可能性を思えば警備の面から見て悪手であり、しかも恐らくアルバス・ダンブルドアは四人目がハリー・ポッターで無ければそんな危ない橋を渡る事はしなかったのだろうが、あの老人は良くも悪くも己に多大な自信を持つに足る、今世紀で最も偉大な魔法使いだった。
……だから不満は、何故か僕も巻き込まれた事で、案内役をさせられた点だった。
生徒から直接聞いた方が解る事も多いじゃろうとアルバス・ダンブルドアは嘯き、それなのに何故か他三寮の下級生達は自寮へと戻らせた上で、あの老人は僕に闇祓いによる警備付きの数百人を引率させたのだ。
流石にこの人数で城内をウロウロする事は無かったものの、既にユール・ボールの準備が整った大広間は部屋の外からであれ見せたし、尚且つ逆に一々場所を案内する事が出来なかったからこそ、僕は多くの説明を余儀無くさせられた。
人前で語るなど全く慣れていないし、更には既にミニチュアの前で同じような事を聞かせていた筈のガブリエル・デラクールが何故か機嫌を損ねた事も有って、非常に厳しい苦難であった。
ただ、それですらも序章。
特別なクリスマスの一日を締め括る、僕の本当の苦難はそれからやってきた。
既にパーティーの片付けが始められている会場に戻ってきて、ガブリエル・デラクールを宥めた上で夫妻の下に帰した事によって漸く解放されたと思ったのも束の間、夫妻への挨拶もそこそこに僕は大人達に拉致された。……嗚呼、それは拉致以外の何物でも無かった。
もっとホグワーツの話を聞かせて欲しいと大人達に押し掛けられ、パーティーの後片付けの助力に加わっていた人間達がせっかくだから自分達も聞きたいと騒ぎ出し、では既にホグズミードのパブで始めている二次会に行くかという話になっていた。
……僕は一切何も賛同していないのに、あの老人から特別の外出許可も取り付け──心の中で大いに罵った事は言うまでもない──有無を言わさず連れ去るという見事な技だった。
そして、未成年だから無体はされないだろうという真っ当な期待は無意味だった。
噂に聞くクィディッチ・ワールドカップ、そしてパーティー自体の惨状でも理解していたが、小さい子供達の
三本の箒は大繁盛を通り越して客が溢れ、ホッグズヘッドは半ば略奪を受けたように根こそぎ酒が買占められ、寒さなど御構い無しに野外で大々的に酒盛りが始まっており、更にはホグズミードの住民達もクリスマスだからと御祭り騒ぎに乱入していた。彼等の行状が〝マグル〟から程遠いのは理解していたが、その時程〝マグル〟のクリスマスの過ごし方を見習ってくれと強く思った事は無かった。
そして、ホグワーツの話を聞くという口実は何処へやら。大概の酔っ払い共には論理も何も無く勝手に自分の言いたい事を一方的に喋り、しかも僕の握っていたバタービールは何時の間にかファイアウィスキーにすり替えられていた。その結果として僕は途中から言葉が覚束なくなって意識を殆ど飛ばす羽目になり、後日になっても自分が何をやったのかを思い出す事は出来なかった。
辛うじて僕に残っている記憶は、何故かずぶ濡れになって頭から雫を垂らしていた、何時も以上に仏頂面でキレ気味のスネイプ教授。
その記憶から考えるに恐らく教授が連れ帰ってくれた、というか救出してくれたのだろうが、それすらも定かでは無い。単に、朦朧としきった僕が見た幻覚という事も有り得る。いずれにしても、僕は気付けば制服のローブのままベッドに寝ており、眼を覚ました時には既に翌日の朝どころか日が傾きつつあった。
そして、二日酔いに痛む頭と共に、僕は強く思った。
「──今回のような事は二度と御免だ」
僕に社交などという重労働を楽しむ才能は決して無く、そして如何なる理由が有ろうと他人の事情に深く関与すべきでは無いのだと。
深く、そう深く、心に刻み込んだのだった。