クリスマスをほぼ一週間後に控え、校内はユール・ボールの話一色だった。
だった。そう、それは既に過去形になった。
依然としてユール・ボールに関する話が主流で有った点に揺ぎ無い。けれども、それに加えて、或る一つの主張と議論が一瞬でそれに並ぶ力を獲得した。正しくはユール・ボールの延長線上に存在する話でも有ったのだが、その方向性が別で有った事は間違いなかった。
何より、それらの語り手で有った主役達が違う。
であれば、やはりそれまでの話と一線を画していると考えるべきだろう。
僕達、私達にもクリスマスを楽しむ権利は有る。
そのような些細な──というには、生徒達を大きく動かした運動から始まった。
確かに、ホグワーツの多くがユール・ボールに浮かれていた。
蜂蜜酒が数百樽買い込まれたとか、本物の妖精がクリスマスの飾り付けに使われるつもりだとか、妖女シスターズとかいう世間で有名らしいグループをあの老人がわざわざ呼んだとか、誰が誰を誘ったようだとか、真偽問わず様々だ。そして、それを口にする殆どの者が、その真偽自体はどうでも良いと考えており、噂をする事自体に意味と価値を見出していた。
つまりはダンス当日のみならず、クリスマスまでの一日一日が多くの生徒にとって祭典であり、娯楽であり、これからの人生において忘れる事のないであろう日々であったのだが──そのような幸福の中に居たのは、決してホグワーツの全生徒では有り得ない。
その一つの典型の人間が、ユール・ボールのパートナーを見つけられない者。
具体的にはクラッブやゴイル、或いは僕と言った人種だ。如何にユール・ボールが楽しそうだと言っても、一緒に行った所でどう考えても楽しめないし、参加チケットとして利用する事すらも遠慮したいという類の嫌われ者達。
ただ、僕達のような人間にも、未だに一応希望は無い訳では無い。
残り一週間程の間に、相手を見つけられる可能性。ユール・ボールに一人で行った上で、余り物の仲間を見つけて踊る可能性。或いは、不運にもユール・ボールで別れた者の片割れを捕まえる可能性等々。後半二つは半ば反則的であるが、別に必ず二人で無ければ入場出来ないとはスネイプ教授から聞いていない。次回の事は知らないが、慣習や先例を無視出来る事実上の第一回目ならば、押し掛けさえしてしまえば摘まみ出されはしないだろう。
けれども、ユール・ボールを楽しみとも思って居ない人間は、それだけでは無い。
今回のパーティーにおいて、初めから希望すらも与えられない者達が校内には存在する。
つまり、ユール・ボールに参加出来るのは四年以上の生徒、そしてそれらの上級生から誘われた三年以下の生徒だけなのだ。それ以外の人間にはそもそも資格自体が存在しない。当然ながら、彼等にはユール・ボールを楽しむ権利さえ初めから剥奪されている。
加えて言えば、普通は関係性の近い同級生で踊るのが大半だ。
如何に寮内は家族のような物な関係と言っても、先輩後輩間には一定の距離が有る。ましてクリスマスのダンスに誘い、或いは誘われるというのは中々ハードルが高い。特に下級生から自分を連れて行ってくれと上級生に頼める者は殆ど居らず、ましてやホグワーツに入学して四カ月程度しか経っていない一年生など絶望的である。
そして当然ながら、一人と一人がペアとしてパートナーを構成するのであり、一人と二人などというふしだらな組み合わせはまず無いだろう。
つまり如何に四年生以上の方が三年生以下より全体数は多いと言っても、三年生以下が全員誘われる事はおろか、その殆どが誘われはしないままパーティー当日を迎える公算が高い。
要するに、しきりに校内でユール・ボールに関する会話が飛び交っていたとしても、単純計算で校内の七分の三近く、どんなに少なく見積もっても七分の二強は、この話題自体に一切加われはしない。彼等は寮内での先輩達が楽しそうに会話をしているのを、何もない振りをして耐え続ける事を余儀無くさせられている。
彼等は上級生達のような特別なクリスマスでは無く、普通の幸せしかないクリスマスに甘んじなければならず、後数年早く生まれていさえすればという苦い思いを抱きながら、社会の理不尽に歯噛みする事を強いられ続けていたのだ。
──さて。
このような
その回答、或いは結果というのは直ぐに出た。
セドリック・ディゴリーとウィーズリーの双子が主導となって三寮の下級生を集め、そしてフラー・デラクールが自らこの不平等を問題提起した。それが一般的に見て問題と成り得るような爆弾だと、彼等に改めて気づかせた。
そして口火を切ったのは上級生で有ったものの、一度動き出してしまえば、最早この暴動を指導する必要も煽る必要も無かった。下級生達が自ら率先して校内に問題を周知させると共に、教授陣に対して公然と状況の是正を要求し始めた。
かつての
分断された状態の中、一人で運動を出来る者というのは極少数である。
ただ、同種同類の人間達を一ヵ所に集め、現状についての会話と議論の場所さえ設けてしまえば、しかも自分達の不満が決して少数派に属する物では無いと──これが独り善がりの我儘な考えでは無いと誤認してしまえば、彼等は当然のように動き出すし、止まりはしない。
僕がフラー・デラクールに助言をした夜には話題となり、翌日の朝方には既に業火となっていた。スネイプ教授を除く三寮監の下には、休み時間中、下級生達が頻りに押し掛けている光景が廊下のあちこちで見られたし、職員室は詰め寄せる生徒でパンク状態だった。
また、どう動くべきかの先例が有ったというのも良く無かったのかも知れない。
即ちハッフルパフが『日刊予言者新聞』に完全に無視されたセドリック・ディゴリーの周知の為にやった物と、スリザリンがハリー・ポッターにやったアレである。
下級生達は、賢くも先輩達の遣り口を学んだ。バッジを作り、ビラを撒きまくった。マルフォイが作ったような魔法の掛かった手の込んだ代物では無かったが、魔法使いがハサミとペンを一切使ってはならないという規則は無い。
まして、彼等は下級生らしく無秩序に好き勝手やっていた。
たとえばハリー・ポッターの中傷を統率していたのは事実上マルフォイだったが、フラー・デラクール達は流石にそこまで関わらなかった。
それ故に、私達も着飾って踊りたいとか僕も妖女シスターズを見たいというような一応正当らしい物から、クリスマスプレゼントが欲しいとか自分の身体より大きなケーキが食べたいとか誰が好きだとか、何処を向いているのか解らない希望や要望までが無秩序に乱れ飛んだ。
しかしながら、上級生達は止めなかったし、概ね微笑ましい物として受け容れた。
セドリック・ディゴリーを始めとする代表選手が関わっていたというのも有ったし、学期末を締め括る騒ぎの一つとしては見物だったし、理屈としても納得出来たからだろう。
自分達は偶々四年以上で参加資格を有していたが、では仮に自分達が三年以下だったならばと想像する位は誰にでも出来る。
また、ボーバトンやダームストラングでも、下級生達の廊下での政治活動を応援する声を掛ける者は少なくなかった。彼等はホグワーツの下級生を通して明らかに本国の自分達の下級生を見ていたし、更には彼等の我儘が通る事を望んでいた。
結局、持ったのは二日だった。
フラー・デラクールが行動開始をした放課後を併せても三日。
直ぐにクリスマス休暇に入ってしまうという時間制限が有ったにしても、いや有ったが故に、その業火を大人達は止められなかった。
学期末の最終日。
その放課後になってすぐ、寮監達を代表する形でミネルバ・マクゴナガル教授は四寮の下級生達全員を大々的に集めた。
そして下級生の主張と不満は既に十分聞いたと述べた上で、これ以上は意味が無いから校内の馬鹿騒ぎを止めるようにとの御達しを下し、更に続けるつもりであれば、冬休み中であろうと問答無用で減点や罰則を課すつもりだと警告したらしい。
同種の指導が行われたのは監督生、首席も同じだったのだろう。
依然として不満たらたらの下級生を宥めつつ、彼等は粛々と事態の収束へ動き始めた。ウィーズリーの双子は教授陣の権力の濫用だと主張してそれでも騒ぎを続行しようとしたようだが、普通に減点と罰則を食らわされていた。
……そして何故か僕は、ミネルバ・マクゴナガル教授によって呼び出された。
「さて、貴方が
「……随分と御挨拶ですね」
職員室で、教授はずばりと言った。
僕の好みだとしても、単刀直入にも程が有った。
「しかし教授はそう仰りますが、この騒動において僕の名は一切出ていない筈です。加えて、騒いでいたのも代表選手や下級生、つまり僕とは遠く離れた所で有ったと思いますが?」
フラー・デラクールには、当然口止めをしている。
スリザリンの関与が現時点で露わになるのは宜しくないし、僕の名前が出ればセドリック・ディゴリーの協力が得られない可能性が上がる。そして、僕は別にマルフォイのように、校内で権力を築き上げたいという野望を抱く程に野心家でも努力家でも無かった。
僕の疑問に、ミネルバ・マクゴナガル教授は彫刻のような表情のまま頷く。
「確かに、此度の騒動の先頭に立ったのはデラクールであり、ウィーズリー達でしょう。話ではディゴリーも協力したようですが。更に言えば、既に騒動は彼等の手を離れつつ有ったようですね。そうでなければ、あそこまで統率も無く私達の下にゾロゾロと来なかったでしょう」
ここでビクトール・クラムとハリー・ポッターの名前が教授から挙がらないあたりが、彼等の性格という物を良く示している。
後者は兎も角、前者は間違いなく騒ぎの拡大の為に動いていたのだろうし、その事実を教授達も把握してはいるだろうが、主導的な立場には決して数えられていなかった。
「ただ、この騒動にスリザリンの人間が絡んでいるというのは疑い有りません。何故私がそう断言するのか、その意味は言わずとも解るでしょう?」
「…………」
「そして、代表選手、或いはボーバトンやダームストラングにはスリザリンへの伝手が無いし、そもそも動機が有りません。前者達は個人的な好悪から、後者達はわざわざスリザリンを問題に巻き込む発想をするには、距離と関係性が少々遠いでしょう」
「ドラコ・マルフォイが居る筈ですが。名家の彼は当然両校とも繋がりは有りますし、此度もまた彼がスリザリンの中心ですよ」
「それは否定しませんが、企んだのは絶対に別の人間です」
一応の抗弁を、ばっさりと教授は切って捨てる。
「彼がこの手の小賢しい策謀を巡らせる事はしません。これまでの前例を見る限り、彼はもっと直接的で、自らが動くような手段を好みます。そもそもボーバトンやダームストラングという観点では無く、デラクールを初めとする代表選手達との関係性という観点で見れば、彼は余り近しい訳でも有りません」
一方で、とミネルバ・マクゴナガル教授は言葉を続けた。
「如何なる手練手管を使ったのか見当も付きませんが、貴方が何故かデラクールと近しくなっていたのは先日私がこの眼で見ています。そして、貴方が時に厄介事を引き起こす事も、マルフォイに悪巧みを持ち掛けられる程度には交流が或る事も、この四年で承知しています」
呼ばれた時から解っていたが、言い逃れをする事は無理だった。
故に僕は軽く両手を上げる事で、降参と服従を示した。
「確かに明確な論理であり、僕が否定出来るような材料も有りません。企んだというか、フラー・デラクールに甘言を持ちかけたのは事実です。けれども──人を極悪非道の人間のように言われては困りますよ」
僕が動いた訳でも無いし、火を着けた訳でも無い。
「つまりは四年生以上だけ楽しそうな真似をしていたのが駄目だったんです。風紀上の問題から参加禁止の規則を打ち立てる理屈は解りますが、そんなズルい真似は理不尽で有り、均衡を欠いており、彼等は当然に憤りを感じて然るべきだった」
ユール・ボールにおける年齢制限。
誘われれば三年生以下も参加する事が出来る、と考えるのは間違いだ。
誘われなければ三年生以下は参加する事すら出来ない、と考えるのが正解だ。
炎のゴブレットの投票にも年齢線が引かれていたから、彼等の多くはユール・ボールにおいても同種の制限が為されても不自然では無いと誤認した。思い込まされた。
けれども、命の危険が有るが故に為されるべき制約と、大人が面倒を見切れないが故に為される制約は全く別種の物だ。その合理性も、許容されるべき強度も。ドラゴンに立ち向かうのに年齢は必要だが、ダンスを楽しむのに年齢は不要だ。
「……それでも貴方が火を着けなければ起こりませんでした」
「最初から火は燻っていましたよ。ただ単に、三年生以下が上の人間達を慮って、楽しみに水を差すような真似をしなかったに過ぎません」
苦々しく言った教授に首を振る。
表面上を取り繕う事は出来ても、やはり内心までは別なのだ。
彼等は本心からズルいと思っていた。ガブリエル・デラクールが姉の着飾った姿を見てそう思ったように、下級生達は、上級生の楽しそうな会話を見て同様の思いを抱いた。
「それでも貴方が不満の仲介を、いえ、仲介出来るような人間を差し向けたからこそでしょう。個人の問題で留まっているならば、各寮監も個々人で対応出来ました。しかし、彼等が似た不満を抱えている人間が他にも数多く、しかも寮を超えて存在する事に気付いた時──」
途中で切った言葉には、色濃い疲労が滲み出ている。
「……この騒ぎの前から、教授達には相談が有ったのですか?」
「当然です。特に、女生徒からは多く文句が出ていました。何故、四年生以上しか参加出来ないのか。自分達も何とか参加させて欲しいと」
「そして、それぞれが巧みに言い包めていた訳ですね」
「子供達を騙すのが教師の仕事のように言われるのは心外です」
けれども、本質としては変わらないだろう。
四年待てば良いというのは、彼等は容易く言えなかった。
ダームストラング、ボーバトンの何れも、彼等の全校生徒がホグワーツに来た訳では無い。
ボーバトンの馬車にしても、ダームストラングの船にしても、千人の人間──あくまで現ホグワーツの人数と同数と考えた上での数だが──は乗らないのだ。あくまでハロウィンの前日に来た彼等は『代表団』であり、一部がホグワーツに留まって授業を受けているに過ぎない。
ユール・ボールも同じだ。
ホグワーツ生は、大抵がホグワーツ生同士で踊る。
当日にボーバトンやダームストラングの人間がユール・ボールに来るのか──つまり、たった四時間の為に遥々海を渡って来るのか──知らないが、それでも学校を超えて知り合う機会、それもクリスマスに踊る程の関係性を築くのは中々難しい。
故に、彼等から自分達も踊りたいと求められただけならまだしも、他国の人間と楽しい時間を自分達も過ごしたいと望まれたら、教授達は返事に窮さざるを得なかった筈だ。
「そして下級生達、それも三寮の女生徒にとっては、四年生以上という条件は相当受け入れがたい物だった訳ですね。フラー・デラクールの妹もそうでしたし。もっとも、その点には僕には余り理解出来ない感覚ですが」
女性達にとっては、やはり着飾って踊るというのは特別なのだろう。
そう考えたのだが、何故だか教授は首を横に振った。
「今の貴方の言葉には二点の間違いが有ります。この騒動前、秘密裏に抗議しにきたのは三寮では無く四寮です。そして、それ程の不満を抱えていたのは女生徒だけでは無く男子生徒もです。これについても、スリザリンを含みます」
「……スリザリン寮監は貴方がたのようになりませんでしたし、しかも男子もですか?」
「ええ。私にも一人、二人程。そして相談に来る程に思い詰めたスリザリンの男子生徒の殆どは、フリットウィック教授が対応したとの報告を受けています」
「…………」
別に、我らが寮監に人望が無い訳ではないのだ。
しかしながら、クリスマスに自分達も騒ぎたいですと相談するには絶望的に向いていない相手である事は、スリザリン寮の人間としても認めざるを得ない。
如何にスリザリンとは言え、そのような妄言を吐ける命知らずというのは早々居ない。しかも、ユール・ボールに参加資格の無い人間──三年生以下で有れば猶更だ。あの仏頂面に対して真正面からそれを要望出来るというならば、そのような人間はグリフィンドールを通り越してアズカバンに叩き込まれている事だろう。
「ただ、スネイプ教授からは、警備の業務を引き受ける事は可能だという申し出を頂いています。彼が酷く不承不承で有った事は、貴方には語るまでも無いでしょうが」
「……この手の話に寮監がその対応と言う事は、それなりに前向きだという事ですね。何だかんだ言って、あの寮監は面倒見が良いというか何と言うか」
「……彼に対しそう言ってのけるのは、幾らスリザリンといえども貴方くらいの物でしょう」
「そうですか? まあ、無駄に取り繕う必要が無い間柄では有りますが」
あの教授との関係の近さで言えば、マルフォイの方が圧倒的に近いだろう。彼は単純に教授から気に入られている。一方で僕達の方は、単純に嫌いだと切って捨てるには、御互いが御互いの事を理解し過ぎてしまっているし、相手に対して思う事が有り過ぎる。
そして、別段間違っている事を言っているつもりも無い。
どう見ても、教授は要らぬ面倒事まで引き受けて苦労する質だ。あのアルバス・ダンブルドアの下に居るというのがまさにその証左でもあるし──しかしながら、自分の立ち位置というのを良く理解した上で利用するスリザリンらしい人物でも有る。その申し出は、自身が〝元〟死喰い人である立場を流石に熟知し切っている。
加えて、今の話から明確に分かる事が一つ存在する。
「──まさか通るとは思って居ませんでしたよ」
警備の話。
それは、存在しない計画には出て来ない類の話だった。
「正確には通った訳では有りません」
意外を籠めた僕の言葉に、教授は首を振りながら否定した。
「表向きは、下級生達の要望は一応却下という事になります。ユール・ボール、三校試合だけでも手一杯だというのに、彼等に普通のクリスマス以上の待遇を私達が用意するのは、労力も時間も足りません。どう考えても不可能です」
疲労の色濃い溜息を教授は吐く。それも長い長い溜息だった。
「ただ、ダンブルドア校長は下級生達の不満に理解を示されましたし、折り良く
どう考えても貴方の差し金でしょう、と言わんばかりの刺々しい眼でこちらを見る。
実際正解だった。フラー・デラクールもセドリックも、ビクトール・クラムやハリー・ポッターにも出来ない、ただ唯一彼等だけが可能な一手を、僕は指させようとした。
つまり──
「マルフォイ家。話を聞かれた感触から予想していましたが、彼等は動いてくれた訳ですね」
「ええ。まるで校内の状況を正確に把握していたかのように、余りにも都合の良いタイミングで、彼等は話を持ち込んでくれましたよ」
──あの生粋の純血こそが、そのパーティーの計画を持ち込んだ存在だった。
「ただ実際、彼等が代わりのイベントを企画してくれるというのであれば、我々が何もしない訳には行かないとしても、負担は多少軽減されます。何より、保護者達と一緒に、それも昼というのが好都合です。ユール・ボールのような心配をする必要は減りますからね」
実の所、教授やフラー・デラクールの両親が、ガブリエル・デラクールの参加に難色を示した大きな理由の一つがそこだ。
裏を返せば、それさえ解決してしまえば彼等の拒絶反応は低下するのであって、僕がナルシッサ・マルフォイ夫人に唯一強調して要望した部分でもあった。
「そして、教授は──いえ、あの老人は受けた訳ですか」
「ええ。私も相談されましたが、受ける事自体は既に御決めになられていたと思います」
「……それはまた、あっさりした事で」
あの好悪の激しい老人こそがホグワーツ側の障壁になると考えていたが、どうやら僕は彼を見くびっていたらしい。
現実問題、下級生達の不満を我儘だとして叩き潰すのも選択肢として無い訳ではない。出来ない事、或いは許されない事を毅然と却下するのも大人の仕事の筈だし、当然僕もその可能性は視野に入れていた。
だが、アルバス・ダンブルドアは、マルフォイ家との力関係や現在を取り巻く状況の危険性を踏まえて尚、呑んでも構わないと判断したようである。
「副校長としてマルフォイ夫人からの手紙を拝見しましたが、その文面は非常に丁重な物でしたよ。一々述べはしませんが、こちらに都合の良い事が色々と書いて有りました。例えば警備の人員や
そして薄々感じていたが、どう考えても想定以上に話が大きくなっていた。
「……一応弁解しておきますが、流石にそこまでするよう仕向けた訳では有りませんし、見切り発車で動いて欲しいと告げても居ませんよ」
僕から持ち掛けたとは言え、聖二十八族が現在
マルフォイに告げた通りこれは賭けと投資の話で、失敗してしまえばそのまま損失が発生し得るのだ。故に、この件における外部の、そして最大の障壁はその点に有ったのだが──彼等は動いた。僕の期待と予想を上回る圧倒的熱量でもって。
「年齢的に夫人は貴方の教え子でしょう? 学生の思い付きにそう易々と乗りはしない人間だというのは御理解頂けると思いますが」
「ええ。しかし、重要なのは、マルフォイ夫人はそれ程までに本気だったと言う事です」
彼等が本気となった原因。
このタイミングで国際的イベントを、自身達の立場を固めるような大々的催し事を必要とする理由。金も労力も、形振りさえも構わない根源というのは当然推測出来る。
──あの闇の印は、やはり彼等にとって大きな衝撃だったのだろう。
今更ながらに、その重みを思い知る。
そんな僕に対して、教授は刺すような視線を向けた。
「そもそも貴方が自分の力だけでこのような企み事を実現出来る程の力を持っていたのならば、貴方は既にホグワーツには留まって居ないでしょう」
背筋の寒くなるような物言いであり、どういう意味かは聞かせないだけの力が有った。
「そして、既にこれは私達の問題にも移っています」
「という事はもう?」
「ええ。教授会でマルフォイ家の提案に乗らせて貰う、いえこちらから御願いするという決定を下しました。ホグワーツの理事会からも了承を受けています。各方面に無理を言いましたが、下級生の為の、いえ国際交流の為の外部パーティーを実施するのは決定事項です」
だからこそ、教授達は今日、下級生の反乱を潰した訳だ。
彼等は実現の為に動き始めていた。どんなに遅くとも今日の昼、下手すれば昨日の夜の内から。そして、監督生や首席達があっさりと教授の指導に従ったのは、表に情報が出ておらずとも、何らかの形で仄めかされたのかも知れない。
……? いや、そう考えると可笑しくないだろうか。
「決まったのならば、何故情報が出ていないのです? 下級生を黙らせる為には、反乱を潰す前にその情報を出すのが一番手っ取り早いでしょうに」
「……一体誰のせいだと思っているのですか」
疑問に返ってきたのは、本気で呆れたような表情。
「実施が決定したとしても、細部を調整出来ない訳では有りません。そして、その調整には貴方から話を聞く事が必須でしょう。まさか貴方がデラクールの妹と踊りたいが為にこのような大騒動を引き起こした筈は無いですからね」
「公式発表を延期する程の必要性が有るのですか?」
「当然です。貴方の返答次第では大修整すら止むを得ないと考えています」
にべも無かった。
教授はそれだけの覚悟をもって、僕との会談に挑んでいるようだった。
「……しかし、再三言っている筈ですが、僕が首謀はしても騒いだのは彼等ですよ? 確実にこの形に落ち着くとまでは決して考えて居ませんでしたし、強いて言うならば成り行きです。教授が疑念を抱く理由がいまいち僕には解りかねますが」
実現性を度外視した暴動を計画とは呼べはしない。出来る人間達、力を持った者達が適当に上手い具合に纏めるだろうと考えていただけで、解決は丸投げしたような物だ。
だからこそ、問われる意味が理解出来なかった。
「では私から聞きますが、ホグワーツ外を、そしてマルフォイ家を引き込んだのは?」
教授は開心術士には見えない。
だが、そうだからと言って嘘を吐かせる程優しくないと、教授の瞳が告げていた。
「貴方はこの問題を学校行事外のイベントに巻き込むという形で解決しようとしました。しかし、学校行事、校内でのイベントで収める選択肢も有った筈です。というより、代表選手四人、そして下級生達は例外無くそのように考えていた筈です」
けれども、発端の貴方はそうでは無かったと教授は指摘した。
「……それ程までに不自然ですか?」
「理屈として一応解ります。しかし、必然で有ったかと言うと首を傾げます」
教授の声の響きからは、猜疑というよりも純粋な疑問を感じた。
「当然、私達教師間では議論が有りました。主な論点は当然ながら、マルフォイ家の提案を受け容れず、ホグワーツのみで何かを計画すべきでは無いかという点でした。けれども、それは貴方が問題をそのように設定したからです。貴方が関わらなければ、下級生の為のイベントをやるか否かの二択の議論だったでしょう」
だが、第三の選択肢が彼等の前に差し出された。
それも非常に好都合で、魅力的な選択肢。自分達に掛けられる負担が減り、下級生達にも特別感を演出出来、この騒動を納得させられる次善の解決策。
「この四年程貴方を見て来た私だから言いますが、貴方は意図が無い行動はしません。いえ、何ら自身に利益や成果物が発生しない面倒の為に働くのを厭うと言いましょうか。だからこそ、私は貴方に問い質しに来たのです。
──貴方の真意は何処に有るのかと」
これは評価されていると言っていいのだろうか。
これだけの大騒ぎをして、尚且つ最後にはマルフォイ家が出て来たのだから、僕の中には大きな策謀が存在するだろうと、そうミネルバ・マクゴナガル教授は疑っている。
ただ、そのように真剣に期待されても困る物だ。
「ちなみに、あの老人──アルバス・ダンブルドアは何と?」
「君が直接聞いた方が納得出来るだろうと」
「……つまりは、完全に僕に説明を投げた訳ですか」
けれども、今回は批難するつもりは無かった。
此度の計画において、ホグワーツ内で一番忙しく成り得るのが誰であるかは明白だった。準備や実施の主導がマルフォイ家に存在すると言っても、それを完全に渡し切らない為にホグワーツ側も動く必要が有り、既にあの老人は各地を飛び回っている事だろう。
「ただまあ、仰りたい事は解りました。要は、マルフォイ家が問題という訳ですね。貴方がたが、ミネルバ・マクゴナガル教授が疑念を抱くだけの理由が彼等には存在する。それは自業自得であり、当然の用心でも有りますが」
スリザリンにとって、ルシウス・マルフォイ氏は疑いなく死喰い人である。
それ以前に、秘密の部屋の騒動でアルバス・ダンブルドアを一時追放してみせた時の事を、この教授は──教授達は決して忘れてなどいないだろう。
「しかし、教授が一応理屈は理解出来ると述べられたように、発想の端緒としては平凡ですよ。別にクリスマスに行うのは僕にとって必須では有りませんが、下級生はそれを前提としている以上、今から計画したとして約一週間で誰が為し得るかというのが最初に在りました。当然ながらその資金力、人脈を持っている解りやすい存在は聖二十八族です」
そして言うまでもなく、その筆頭であるマルフォイ家。
「もっとも、初めから聖二十八族を巻き込みたいという思惑は有りましたが。仮にクリスマスまで一か月有ったとしても、僕はこの騒動に彼等を噛ませようとしたでしょう」
マルフォイ家が手頃で有ったのは間違いない。
僕が頭を下げた所でノットが、或いはクラッブやゴイルが簡単に頷いてくれると思えない。一方で、ドラコ・マルフォイという男は、如何なる打算や目論見が有ったとしても、半純血とすら一定の関係性を築く事の出来る人間だった。
ただ、万一彼が使い物にならなったとしても、僕は何とかして他の〝純血〟を巻き込もうとした事だろう。
「……クィディッチ・ワールドカップの件が有ったのに、ですか?」
「有ったからこそ、ですよ」
僅かに顔を顰めた教授に、僕は答えた。
教授は別にルシウス・マルフォイ氏があの場に居たと主張していないが、揶揄しているのを隠す気は無いようである。
ただ、その是非はどちらでも良い事だ。そして、僕の考えとしては、寧ろ彼等があの騒ぎに参加したような死喰い人の方が都合は良い。
「去年のアズカバン脱獄とホグワーツでの騒動が有り、それから三か月も経たずに闇の印がああいう形で撃ち上がり、加えて今の三校試合の裏には一人以上の闇の魔法使いが暗躍している。校内校外問わず、今の状況下というのは言う程に安全では無い」
表情を険しくした教授と、僕が考えている事は同じ。
ハリー・ポッターが代表選手に名乗りを上げさせられた件である。
「けれども、自分が大きく関わった、それも他国の人間を招いているイベントをぶち壊すような馬鹿など早々居ないでしょう? 死喰い人が一枚岩で無いらしい以上、彼等に反感を抱く人間が何かをしでかす恐れはありますが、少なくとも一勢力の動きを封じる事は出来る」
マルフォイ家が絡めば、当然マルフォイ派は動けず、中立派も静観する可能性が高い。
イベントの間にホグワーツ内や生徒へ何かを仕掛けられないかという警戒は必要では有るだろうが、それさえクリア出来れば、イベント自体の安全性は一定程度保証される。
「加えてスリザリンを参加させられるようなイベントであれば、子供達は良い人質になります。死喰い人の中核の基盤が聖二十八族に有る以上、良からぬ魔法使いが事を起こすにしても、親族や知人、御偉方の子供を不用意な真似で傷付けるのは避けたいとは考えるでしょう」
そして仮に此度の〝犯人〟が反マルフォイ派──つまり、マルフォイのイベントをぶち壊したいと考えるような人間であった場合でも、そのような軽挙には二の足を踏む。
しかも、その騒ぎを引き起こした時点でマルフォイ家との抗争は不可避であり、その不満を問答無用で鎮圧出来る
そこまで言って、後もう一つ理由が更に思いついたので付け加える。
「嗚呼、後はマルフォイが関われば、一応スリザリンの上級生が参加禁止を通達するという事も無くなりますね。グリフィンドール主導だとまず間違いなくそうなりますが、教授の話を聞く限りではスリザリンにもパーティーを楽しみたい下級生が居るようですし」
その最後の理由を聞いた途端、教授は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「……貴方は下劣な理由を無為につらつらと並べるのでは無く、その最後の理由こそを初めに私へと告げるべきでしたね」
教授には珍しく、吐き捨てるように言われる。
けれども大きな理由を最初に、些細な理由を最後には普通では無いだろうか。
ただ、それでもミネルバ・マクゴナガル教授は満足したように僕へと頷いてみせた。
「解りました。真に不本意ながら、これではダンブルドアもあっさりと認めた筈です。ええ、最初から受け容れるしか有りませんでしたが、納得はしました。しましたとも」
この副校長は間違いなくアルバス・ダンブルドアの配下であるが、それはそれで苦労が有るのだろう。半ば自棄のような言葉からは、あの老人に対する教授の感情が良く見て取れる。
……僕も同種の厄介者扱いされているようなのが少しばかり嫌だが。
「しかし、貴方は未だに自身の動機を語って居ませんが」
「そちらの方はもっと期待されても困りますよ」
鋭い視線を更に寄越してくる教授に肩を竦めた。
「教授が仰ったように、僕はフラー・デラクールを止めるべきでした。知らなかったとはいえ、九歳程度の女の子と踊るというのは犯罪的ですからね。故に、これは罪滅ぼしの類であり、また彼女の妹への想いに感じる所が有ったからです。……彼女達の血については?」
「クォーターヴィーラの事ですか?」
「御存知ならば話が早い。血の問題を抱えるという点では半純血も同じです。ヴィーラの血が齎す面倒を本質的に理解出来なくとも、スリザリンの僕は一定程度共感を示す事が出来る」
そして、その面倒を避けさせてあげたいという気持ちにも。
たとえそれが多少人間の良くない部分を見せる事になるとしても、向き合わなければならない問題である。フラー・デラクールが吐露したように、時に無意識の内に男を誘ってしまいかねないヴィーラの血は、彼女達自身を傷付ける事にも成りうる。
その解決手段として僕と踊る事が妥当かどうかは誠に疑問だが──まあ、やはり僕はヴィーラではないのだ。フラー・デラクールの判断を尊重する以外に無い。
「彼女のは暴走でしたが、その原点までは否定出来る物では無いでしょう。そして、如何なる形で有っても、この三百年振りの楽しい祭典に参加させてやりたいという想いも」
「……だからこそ、貴方はデラクールに協力した訳ですか」
「ええ。それ故に、僕はホグワーツ内部で問題を留まらせる事無く、外部のマルフォイ家までも巻き込み、彼女達が参加出来る余地の有る盤面を作ろうとした。三年生以下を巻き込んだのは、まあ、ついでみたいな物です」
当然の事ながら、何も無ければ僕は下級生達の為に動く事はなかった。
彼等が不満を抱えている事に気付きながらも、それを無視し続けた事だろう。
「ただ、彼等が抱く感情、ガブリエル・デラクールと同種の主張には一定の正当性が存在していた。そして成功率を上げる為には騒ぎが大きいに越した事は無い。ならば、巻き込まない理由は無く──子供一人の為に貴方達は動かなくとも、多くの生徒達の為には何とか解決策を用意してくれる。そう思う位には、僕はホグワーツの教師を信頼している」
話が通るのが良かったが、却下してくれても構わなかった。
完全に不均衡を是正するというのは困難である。けれども、問題を表面化してしまえさえすれば、彼等は何らかの形で報いると信じていた。今回の成否はその点に掛かっており、故に勝算というのも低くはないと考えていた。それが全てで──それ以上は無い。
「……校長の仰った通りでしたね」
教授は呟くように言った。
「私が懸念するような恐れは一つも無いし、今回のイベントについても、一般的な注意や警戒は必要だとしても、実施する事自体は何ら問題無いだろうと」
「……アルバス・ダンブルドアは、僕に説明を丸投げしたのでは?」
「私の言葉に何も感想を仰らなかったとは、決して言った覚えが有りません」
……確かにその通りだった。
流石にミネルバ・マクゴナガル教授は僕よりも上手だった。
「──さて、貴方から聞き取りをした結果、大きく何かを変える必要は無いようです」
呆れる僕を無視して、教授は淡々と説明を口にする。
「既に決まった事を通達しますと、パーティーはホグズミードの一角を借り受けた
ささやか、か。
いや、何も言うまい。
「生徒達のドレスコードは制服としました。羽目を外し過ぎないようにという戒めの為ですし、御洒落を許せば収拾が付かなくなりますし、ユール・ボールとの差別化の為でも有ります。そして、国際交流という観点からすれば、誰が外国からの客か、何処に居るのか一目瞭然の方が良いでしょう。警備の面でも楽です。更に公平性の観点から、四年生以上は一律、ユール・ボールの相手が居る三年生以下も参加禁止。これは今回の発端から見ても当然です」
条件としてもまあ妥当な所か。
着飾れないあたりは特に不満が出そうだが、余り下級生を優遇し過ぎても今度は上級生から不満が出うる。この辺りは賛否両論であり、教授間でも議論が割れた筈だが、最終的にそう決まったのならば何も言う事は無い。そもそも、一生徒である僕が文句を付けられる道理や正当性自体が更々無い。
そう気軽に聞いていたのだが、最後に教授は爆弾を落としてくれた。
「そして、日付はクリスマスです」
「──正気ですか」
先のナルシッサ・マルフォイ夫人が持ち掛けた内容からも嫌な感じはしていたが、別に不公平を是正すれば良いのであって、同日にやる必要は無い。しかも残り一週間しか残っておらず、間違いなく大騒動する羽目になる。
だと言うのに、彼等は本気でクリスマスにもう一イベント捻じ込むつもりらしい。
「確かに僕はクリスマスを口実にしましたが、その部分は普通に蹴られると思って居ましたよ。マルフォイ家からも、そしてホグワーツからも」
「貴方は却下されると考えていながら提案したのですか……」
額に手を当て嘆息しながら言って、だが教授は答える必要は無いと軽く首を振った。
陳腐過ぎる手段であるが、妥協する振りというのは交渉術の基本だった。
「しかしながら、私達には日程の余裕が無いのです。年が明ければ第二の課題の準備が始まります。それが終わってからとなると三月になりますし、第三の課題の準備もまた控えています。元より手を抜くつもりは有りませんでしたが、ポッターの件で余計に警戒という物が必要です。校長もその時期に外部の人間を大勢近付ける事は好まないでしょう」
それに、と続ける。
「貴方は
「納得はしないでしょうが、それでも黙らせる事は可能でしょうに……」
革命や運動を崩壊させる手段の一つは、内部分裂の楔を打ち込む事だ。
今は四年生以上だけ楽しむのはズルいで一致団結しているだろうが、代替イベントが用意される事が発表されれば、ならば良いかという穏健派と、いやクリスマスじゃないと駄目だという過激派で割れて内輪揉めを始めるのが解り切っている。
「そもそもなんですが、それで集まるんですか。魔法使いが教会の説法を素直に信じるような質では無い──ミサに行くような敬虔さが有れば、もっと〝マグル〟を理解している筈です──のは明らかですが、このような大騒動の中に用意された突貫のイベントにわざわざ他国に出張してまで来る人間は、そう多くは居ないでしょう?」
魔女狩りの歴史も有り、魔法界におけるクリスマスの扱いは、聖人の降誕祭という意識よりは宗教以前の土着の祝祭日を引き継いでいるという感覚が近い。
ただ、特に半純血や非魔法族はホグワーツに信仰を持っていたりする人間も少なからずいるし、状況的には他国も似たような物だろう。そして、信仰を持っていない魔法使いですら、最低限家族や友人の間で祝い事をする日だという認識は有している。
その率直な疑問に、ミネルバ・マクゴナガル教授は断言した。
「マルフォイ夫人は出来ると言いましたし、国際交流の体面が成り立つ程度には人を集めてみせるとも言いました。既に行われようとしているパーティーを幾つか飲み込むつもりだとも。校長も方々に声を掛けると聞いています」
「……聞く限りでは何時も通りのスリザリン的集会、政府高官のみが集まる高尚なイベントにはなりそうにないですね」
「私としてはホグワーツ生の見聞という面から歓迎ですし、マルフォイ夫人の方からも事前の了承を得ています。校長の挑発めいた言葉に対する応酬では有りましたが」
……そこまで覚悟させるという事は、マルフォイ家も本気だという事だ。
貴族的な体面を重視するよりも、国際的に自身の立場を固めうるイベントを起こす機会を、しかもホグワーツを巻き込んでまで行う事が出来る隙を見逃そうとしなかった。自分達に襲い掛かる金銭的負担も、労力的負荷も、殆ど一週間前に招待するような非礼や不格好さえも無視出来ると判断した。そして恐らく、他の聖二十八族も協力を惜しまない気で居る。
──やはり闇の帝王の復活は、決して遠い未来の事では無いのだろう。
そう改めて確信を抱いた僕に対して、けれども教授は危険な瞳を向けていた。
そして同時に、凄まじく嫌な予感と悪寒が走った。獅子は蛇を食らいはしないだろうが、弄ぶ事はしそうな物だった。少なくとも今の教授は完全に物騒な気配を漂わせている。
「他にも細々とした事項は有りますが、どうせ貴方は直ぐに知るでしょうし、余計な推測を巡らせもするでしょう。ですから、私から貴方に宣告しなければならない事は残り一つです」
既に教授達が裏で動いているのは明白だ。
けれども、僕に語った今の情報は、一応未だに表には出ていない物である。それ以前に、僕がミネルバ・マクゴナガル教授に何を言おうと精々修正される程度で、イベントを実施する事自体は確定事項だった。そして、教授の〝聞き取り〟とやらに、今回のパーティーについて長々と語る事は必要は無い。
ならば、何故教授はそうしたのか。
「ここまで来て無関係を気取る程に貴方は往生際が悪くないでしょうし、そうであっても通りません。ですので、今回の騒動を策謀した責任として、これから一週間、貴方には本イベントの準備を手伝って貰います」
やはりそうだった。
関係無い位置に居た僕を巻き込む為に、彼女は直接詳しく語ったのだ。
「……僕は教え子であるから当然理解されていると思いますが、如何に優等生の部類であっても教授達のような細々とした見事な呪文は、僕には使えませんよ」
真っ当である筈の主張に、しかし教授から返って来たのは冷笑だった。
「貴方には手と足と口が有り、そして浮遊呪文も使えるでしょう。加えて、非効率なのは多少承知の上です。呪文無しでトロフィーを磨かせたり、書類の整理をさせるような物です。これは悪戯に学校を騒がせた生徒への罰則なのですから」
「……貴方はグリフィンドール寮監だ」
「そして私は副校長であり、その上スリザリンの寮監からも既に了承は得ています」
「…………まあ、そうなるでしょうね」
解っていた。
あの教授は僕への嫌がらせの機会を見逃してくれる程甘くは無く、正当な理由でもって課せるとなれば猶更だ。どちらが最初に罰則という口実を言い出したのか知らないが、その話が相手から出なければ必ず一方が言い出しただろうし、どの道こうなっていただろう。
故に、僕は諦めるしか無かった。
「解りました。解りましたよ。ここまで来て逃げません。冬休みに事実上の罰則を受けるというのも文句は言いません。ただ、僕のクリスマスに残る申請はどうなっているんです? あれは結局有耶無耶になった気がしますが」
「心配しなくとも、これからホグワーツに残る人間の数には〝誤差〟が発生する筈です。此度の決定事項を伝えれば、まず間違いなくそうなるでしょう。今更貴方一人増えた所で変わりませんし、望めばクリスマス後に帰るという事も可能です」
「……そこまで調整する気ですか」
「ええ。強制的に罰則として残す以上、貴方に関してはどの道融通を利かせるつもりでは有りますが。けれども、他の生徒についても同様です。ホグワーツ特急も含め、ありとあらゆる交通手段を検討する必要が有るでしょう。勿論、来る方と出る方何れについても」
教授が溜息を吐いてばかりだが、それ程の状況だという事だろう。
実質マルフォイ家主催のパーティだと言っても、やるべき事は多い。
ホグワーツ生が大勢押し掛ける以上完全に丸投げという訳には行かないし、警備の点を始めとしたホグワーツ側の要望を通す為にも、それなりの誠意と協力が必要な筈だ。
マルフォイ家側としても、労力的にも世間体的にも、ホグワーツとの協力体制を望むだろう。単純な国際交流のパーティだけならばここまで積極的になっても居ない程度には、彼等が裏で忙しいのは確かなのだろうから。
「……本当に忙しくなりそうですね」
「貴方も直ぐにそのような軽口が叩けなくなりますよ」
厳かに告げられた予言に、僕は黙り込むしか無かった。
・十月三十日時点のボーバトン、ダームストラング
投票日であるハロウィンの前日に来たのは「代表団」であり、その日では「十数人もの男女学生が──顔つきからすると、みんな十七、八歳以上に見えたが──馬車から現れて、マダム・マクシームの背後に立っているのに初めて気付いた」(四巻・十五章)と記述される。
また、錯乱したクラウチ・シニアの言葉で有るが、「ダンブルドアにふくろう便を送って、試合に出席するダームストラングの生徒の数を確認してくれ。カルカロフが、たったいま、十二人と送ってきたところだが……」「カルカロフが一ダースという切りのいい数にしたと知ったら、マダムの方も生徒を増やしたいと言うかもしれない」(同。二十八章)という発言から考えれば、十月三十日時点でホグワーツに居るボーバトン及びダームストラングの学生の数はそれぞれ十二人ずつ、かつ年齢線を超えられる者と考えるのが自然である。
・三大魔法学校対抗試合中の二校の動向
ハロウィンにボーバトンの代表選手候補の人間達が投票した後の、ハリーとロンの間での「選ばれなかった生徒はどうなると思う?」「学校に帰っちゃうと思う? それとも残って試合を見るのかな」「わかんない、残るんじゃないかな……マダム・マクシームは残って審査をするだろ?」(同・十六章)などの発言や、クラムが第一の課題前、そして後と図書館に居る姿が複数回描写されること(同・十九章)、更にクリスマス前に「まっさらな雪だ。ダームストラングやボーバトンの生徒たちが城に行き帰りする道だけが深い溝になっていた」(同・二十三章)ことからすれば、少なくとも彼等がホグワーツに残って生活している事は確かである。
ただ、原作を読む限り(探した限り)では、彼等がホグワーツで授業を受けているのか、またダームストラングやボーバトンの残りの生徒が(学校の全生徒では無くとも)後から追加で来たのか、或いは課題中に全校応援という形で来たのか、ユール・ボールのみホグワーツで踊りに来る事だけは有り得るのかというのは不明のままに思える。ハリーの視点から見れば六年生以上の動向が無いのは至極自然であるが、少なくとも同学年に二校の生徒が混じって授業を受けたという事は無さそうである。
加えて、ガブリエル・デラクールは第二の課題の水中で「せいぜい八歳くらい」と描写されているが、ホグワーツ基準では未就学の彼女(但し、ボーバトンではプライマリーから受け容れているという事は有り得る)が何時来たのかは、ハリー視点ではやはり不明である。もっとも、こちらはフラー一家が応援に来たと考えれば(ロンの一家を含め第三の課題前に代表選手の家族が来ている事がハリーに伝えられているが、他課題においても、命に関わる試合の応援に来る事を禁じられはしないだろう)不自然ではない。