この身はただ一人の穢れた血の為に   作:大きな庭

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二話目。


ズルい人

 半ば巻き込まれ事故とは言え、関わってしまったのが運の尽き。

 

 昨日、そして今日。

 二連続、それも今日に限っては二回も僕は彼女に関わる羽目になり、昨日とはまた別の空き教室へと連れ込まれていた。

 

 もっとも昨日や今日の昼までと異なり、今の彼女は美貌を完全にくすませている。

 人間というのは内心の感情でここまで外見を左右されるのか。そんな感慨を抱くと共に、けれども流石に口にはしなかった。彼女──フラー・デラクールが、自分の齎してしまった愚行の結果を受けて、本気で沈み込んでいるのは解るからだ。

 

 ミネルバ・マクゴナガル教授の正論によって本日の昼には彼女の戯言が却下されたのだが、彼女を真に打ちのめす報せは放課後にやってきた。

 教授が知らせたのか、彼女の妹から親が聞き出したのかは解らない。しかし、本日の授業終了後には必然のように、両親から大反対と御叱りの言葉が記されたふくろう便が届いたと聞く。というか、彼女が先程自ら教えてくれた。

 

 僕に親の気持ちなど理解出来なくとも、世間一般的にそう判断するのが普通だと判断出来る位の頭は有る。ボーバトンではない他校の生徒、それも昨日今日初めて会ったような相手に魔法魔術学校入学前の子供を任せ、尚且つ夜から始まり真夜中まで続くようなパーティーへと参加させる。どう考えても非常識であり、要望が通る筈も無い。

 

 ただ、フラー・デラクールにとっては酷く傷心する出来事だったらしい。

 その一番の原因は、馬鹿げた計画が教授や両親に撥ね付けられた事では無く、昨日から散々自慢してきた妹にこそ有るのは明白だった。

 

「で、妹さんは一体何と仰っていました?」

「……お姉さまだけズルいと」

 

 フラー・デラクールは僅かに唇を噛みながら、呟くように答える。

 

 つまり、両親からの手紙と共に、妹からの手紙も同封されていた訳だ。

 フラー・デラクールにとって酷な気がするが、親達が自業自得だと切って捨てたのか、或いはガブリエル・デラクールの強い主張に折れざるを得なかったのか。

 何れにせよ、単にその言葉のみが書いてあった訳でも有るまい。親に楽しみを却下され、姉は頼りになりそうもなく、結果として不満と文句の言葉が散々書き連ねられていたのだろう。

 

「──全く、下手な希望を持たせるからいけないんですよ。彼女には初めから参加資格の無い以上、そもそもダンスという発想が無かったでしょうに」

 

 余り気が進まなかったが、それでも言っておかなければならなかった。

 

 必要も無いのに飴を見せびらかすからこうなる。

 彼女にとっては元々食べる権利のない飴であり、それを楽しみにしていたのは全くの勘違いと思い込みでしかないのだが、それでも彼女は姉によって飴を取り上げられてしまったと考えているだろう。人の心というのは数字上の帳尻のみで納得するようには出来ていない。

 

「聞いていませんでしたが、そもそも一体どういう考えで僕に妹と踊らせる気になったんです? まさか妹への嫌がらせの為に僕を引っ張りだそうとした訳でも無いでしょう? 第一、姉が妹の行動を一方的に決めてしまうというのも、やはり筋違いな話だと思いますが」

「それは……」

 

 確かに彼女を称賛はした。しかし、だから妹と踊れという論理が解らない。

 世の中の全てが論理で片付く訳では無いのは頭では理解しているが、今回のフラー・デラクールには、相当な飛躍が存在しているように思える。

 

「……確かに、冷静さを欠いていたのは貴方の言う通りでーす」

 

 何時もの高慢さを潜め、しょげきった彼女は呟く。

 

「ただ、貴方とガブリエールを踊らせるのは悪くないアイディアだと思ったのでーす。私が言うのも何ですが、ガブリエールは非常にちやほーやされてきまーした。私も非常に大事にしていまーす。そして、彼女は今でも可愛らしいですし、美しくなっていくでしょう。けれども──それは決して良い事ばかりでは有りませんから」

 

 彼女の瞳に浮かぶのは痛みであり、自身と同じ目に遭って欲しくないという愛だった。

 

「私達に寄ってくる男達には酷い人間が少なくないのでーす。丁寧や親切、そして善意。私達はそれを恋や愛だと錯覚しがちでーす。けれども、それらは打算と欲望、更には悪意の刃が潜んでいる事がとても多いのでーす」

「それで、僕は妹の教訓となる悪い男役ですか」

 

 口の端を曲げながら皮肉を紡げば、しかし彼女は首を振って微笑んだ。

 

「いいえ。貴方を一つの見本として欲しいのでーす。(わたーし)達の熱に浮かされていない人間と言うのがどういう類の存在であるか、貴方を見れば本当に簡単に解りまーす。貴方は余りにも解りやすい(いと)でーすから」

「それはまた──」

 

 ほんの少ししか会話していないのに、随分と信頼された物だ。

 

「だから、貴方とガブリエールが踊るのは、彼女にとって非常にプラスだと思いまーした。早過ぎるという考えも(わたーし)には有りません。彼女は(わたーし)に似て賢く、そして早いに越した事は無いのでーす。(わたーし)達は、自分の力を常に制御出来る訳では有りませんから」

「? 制御……?」

 

 単なる思い付き程度の物だと考えていたが、彼女の行動には一応思惑──論理的な、とは決して言わないが──が有った事は、話の流れから察する事が出来る。それも彼女、いや彼女達にとってはかなり切実で、決して軽く扱えない問題だという事も。

 

 そして、今まさにフラー・デラクールは、その理由を探る手掛かりとなる言葉を口にした。

 

「制御しなければならない何かが有るのですか? ……いえ、そう言えば、貴方はドラゴンを魅了した魔法について自身の祖母の魔法と口にしながら、具体的に触れませんでしたね。まあ、貴方が意図的に隠したような女性では無いとは考えてはいますが」

 

 話の流れとして詳しく語る必要が有る部分では無く、旧い家系には秘密の魔法というのが有っても不自然では無いと考えられたし、そもそも僕も興味を持って聞こうとしなかった。彼女の祖母が如何なる人間だろうが、あの時点においてはどうでも良かったからだ。

 

 けれども、事ここに至っては聞かずには居られなかった。

 

「貴方の祖母は、一体どんな方だったのです?」

「多分貴方の推測通りでーす。(わたーし)のおばーさまはヴィーラでした」

 

 その瞳に卑下の色は無く、自身の魅了呪文に胸を張った時と同じ誇りが有った。

 

 けれども、彼女は信頼出来ない人間の前で濫りに口にしない程度には、その意味の重さと風当たりの強さを人生で知っており──そして、僕にとっては災厄を告げる言葉でも有った。

 

「……既に詮無き事ですが、もう少し早く教えて欲しかったと思いますよ」

 

 危うい所だったと、思わず天井を仰ぐ。

 

 彼女の妹と踊らされていた場合、ハーマイオニー・グレンジャーよりも言い訳が聞く──ホグワーツ四年生が異国の八、九歳程度の少女を誘うという構図は余りに馬鹿馬鹿し過ぎる──が、それでもロクでも無い騒動を彼女に招く事に成りかねなかった。

 

 いや、この状況も良くない物ではある。

 昨日の図書室から始まり、彼女と共に居る姿を見られ過ぎている。

 

「一応聞いておきますが、ホグワーツ内でそれを知っている人間は?」

 

 手遅れとは言え、被害を確認しておく必要が有った。

 

「ええと、ボーバトンの人間は当然知っています。後は、杖調べの時に居た人間も知っています。(わたーし)の杖の芯は、祖母であるヴィーラの髪の毛ですから」

「……そうですか。それらは仕方ないとして、今後は一切口にしない事を勧めますよ」

「っ。ヴィーラの血を引いている事がそんなにも駄目なのでーすか?」

「気を害した事は謝ります。そして僕は誓って、貴方の血で差別する事は有りません」

 

 ハーマイオニーに対する物と同じように、僕はそれらの差異に価値を見出さない。

 

「ただ、貴方を混ざり物だと嘲笑する人間は、この国ではそれなりに多いんです。十三年前の戦争で掲げられた純血主義の火は、未だにこの国に燻っている。見目麗しいが故に許すという単純な人間も居ますが、定義的には貴方は迫害の対象だ」

「……嗚呼、そう言えーば。この国は死の飛翔(ヴォルデモー)という馬鹿げた名前の犯罪者に良いようにされていまーしたね」

 

 かの闇の帝王を呼ぶ発音が彼女の母国流の物だったにせよ、紡いだ言葉の内容は、ハリー・ポッターの比では無い位に考え無し過ぎた。

 

「……少なくとも校内では、そのような台詞を口にしないでください。三大魔法学校対抗試合の危険の比で無い、対岸の大火事に巻き込まれたくないならば。絶対に、何が有っても」

 

 意思を籠めて言えば、フラー・デラクールはピクリと震えた。

 

 そして、恐々と僕の方を見た後で、数秒掛けて首を縦に振った。言葉で示してくれなかったのは些か不満だが、一応受け容れてくれたと納得するべきか。こうして忠告してまで尚、この状況で命知らずな真似を為すのであれば、流石に自業自得と言うべきだろう。

 

「……まあ、それは良いです」

 

 僕の言葉に、フラー・デラクールは安堵したように息を大きく吐いた。

 

「ヴィーラの事にしても、僕としては余り宜しくない問題ですが、事前に知れただけ良いと考えるべきでしょう。そもそも、ミネルバ・マクゴナガル教授に却下された以上、彼女とダンスをする未来自体が有り得ない訳ですが」

 

 僕にとってみれば、非常に幸運だったと言える。

 色々な意味で救われたとでも言おうか。ホグワーツに入って、いや教授と出会ってから二番目に大きな感謝を捧げるべき出来事だったと言えるかもしれない。

 

 けれども、彼女は僕を咎めるように言葉を差し込んだ。

 

「でも、ガブリエールは踊る事を楽しみにしていました」

「……別に僕とでは無いでしょう」

「もう同じ事でーす」

 

 力無く、自嘲するようにフラー・デラクールは笑った。

 

「貴方も今年の最初にドレスローブの準備するように言われたでしょう? 当然、ボーバトンの代表団も同じであり、(わたーし)達は──(ママン)は、張り切って新調をしました。そして、妹はまだ小さいですから、一緒に買い物にも行ったのでーす」

「……嗚呼、そこで姉のドレス姿を見て羨ましくなった訳ですか」

 

 そして彼女の脳裏にはその妹の憧れと不満の表情が強く焼き付いていたのであり、偶々都合良く扱えそうな人間が居たからこそ、これ幸いと利用する事を思いついたのだろう。

 

 それでも、妹を一時とは言え知らぬ男に預けるのだから不用意以外の何物でも無いし、妹の行動を勝手に姉が決めてしまうのは姉妹の在るべき姿として如何な物かと思うのだが──それでも、無道な事をする人間では無いという程度には見込まれたと好意的に思うべきか。

 既に整理を付けているとしても、クォーターヴィーラの立場が偏見と侮蔑に塗れているというのは、彼女が十七年で良く実感しているのかもしれない。彼女がボーバトンの女性達に好かれているように見えないのは、彼女の美貌や性格のみに由来する物でもないのだろう。

 

「でも、発端は既にどうでも良いでーす。問題はガブリエール、今のあの娘の事でーす。そんなつもりが無かったとは言え、私の不用意な行いで彼女を傷付けてしまいまーした。ホグワーツ、異国の学び舎がどんな所か、彼女は非常に楽しみにしていたのでーす……」

「……まあ確かに、ドラゴンへ挑む姉の姿を九歳程度の子供に見せる訳にも行きませんしね。三大魔法学校対抗試合がどういう物か親は理解していますから観覧を自制しますし、課題の内容を明かせずとも魔法省が止めるでしょう」

 

 もっとも、ホグワーツ一年生(  十一歳  )に見せたのも大概では有るのだが。

 四年生であるハーマイオニー・グレンジャーに関して言っても、彼女の両親が今回の一件について詳しく──つまり、親友がドラゴンに喰われそうになる光景を娘が見させられかけた事──聞けば、そのまま意識を喪いかねない。如何に魔法使いの常識と倫理観が緩いと言っても、親が子の精神を心配する気持ちはそう変わりはしないだろう。

 

 そして、今回に拘る理由も一応は理解出来る。

 仮に三大魔法学校対抗試合が今後開催され続けるとしても、単純に周期で考えるならばホグワーツは十五年後。どう考えてもガブリエル・デラクールはボーバトンを卒業しており、仕事で縁が有るという事が生じない限り、彼女が真っ当にホグワーツの学校生活に立ち入る事は無いと言ってもいい。

 

 だから半ば暴走のような真似をしたとは言え、何らかの形でこの祭典に関わらせてあげたいというのは、姉としての全くの本心からの行動なのだろう。軽挙で無軌道で、その上余りにも身勝手で有った事は完全に否定出来なくとも──如何に僕で有っても、その開かれた心から伝わってくる暖かい想いまでは否定出来なかった。

 

 ……嗚呼、それこそ彼女達と関わってしまったのが運の尽きだったのだろう。

 

 僕に出来る事というのは殆ど無い。

 

 悲しきかな、世界は力の強い者の都合の良いように出来ている。

 だからこそ、凡俗である僕は彼女の力になってやる事は出来ない。フラー・デラクール、或いはガブリエル・デラクールを慰められるような力を持ってなどいはしない。

 

 けれども、幸か不幸か、フラー・デラクールは先の課題で広く敬意と名声を勝ち取った強者だった。しかも都合の良い事に、今のホグワーツには似たような存在が四人も存在し、更には現在の校内には、未だ表には出ない、しかし()()()()()()()()()()()

 

「──ズルい、と。貴方の妹はそう言ったんですよね」

 

 俯いているフラー・デラクールに、僕は問うた。

 

「……? それがどうかしましたか」

「いえ。その言葉自体は問題有りませんよ。ただ、そのような引っ掛かる言葉を残した事を、半ば恨みがましく思います。()()()()()()()()をそれ程的確に表した言葉は他に無いんですから」

 

 ズルい。不公平。

 深く考えるまでも無く、確かにその通りだ。

 

 そのような制限を掛ける理屈としては至極真っ当である。大人として許容出来る範囲は何処までかを考えた上で、深い考慮に基づく判断では有るのだろう。

 だが、子供の側からすればそのような詰まらない論理的な理屈など知った事では無いし──僕から見ても均衡を欠いてしまっている。

 

 それ故に、僕は一つの冴えない策謀を思いついてしまった。

 いや、策謀とすら呼べないかも知れない。計画性など無く、実現性が不確定で、成功率もまた決して高くない代物で、何より僕の領分を超えた事をやろうとするのだから。

 

「……貴方が妹の信頼を回復したい、失敗を挽回したいというのならば方法が無い訳ではないですよ。勿論、貴方が多少動く必要があり、結構な無茶を通そうとする事になりますし、最終的に校長達に企てを阻まれて失敗する可能性も相応に高いですが」

「! それは事実でーすか!? 一体それはどういう方法でーすか!?」

「……取り敢えず離れて下さい。説明はしますから」

 

 僕の手を強く握りつつ顔を近付けてきた彼女から距離を取る。

 彼女の美貌をどうこう思いはしないが、見られて困るような真似をして欲しくは無かった。

 

「事前に確認しておきたいんですが、代表選手四人間で揉め事か不和が存在するという訳では有りませんよね? 別に存在していたからといって不可能に直結する訳ではないですが、これから無茶をする以上、把握しておきたい事実です」

 

 確認の言葉に、フラー・デラクールは自信満々に頷いた。

 先程までくすんでいた美貌は、今は一等星にも負けない程に輝きを取り戻している。

 

「そんな物は無いでーす。私達は同じくドラゴンに立ち向かった仲間ですから、御互いにリスペクトが有りまーす。それは彼等も同じだと思いまーす」

「ならば良かった……というには早いですが。まあ、勝負にはなりそうです」

 

 代表選手四人の確保が出来るとなれば、勝算は多少上がり得る。

 

「であれば、貴方に頼みたい、というより、やって貰わなければならない事が有ります。何よりも先に、貴方はハッフルパフに向かわなければならない。つまり、今回の悪巧みに関してセドリック・ディゴリーへ協力を要請──」

 

 途中で言葉を切ったのは、彼女の表情が露骨に曇ったからだった。

 

「……気が向きませーん」

「…………」

 

 一体どの口で、彼女は不和など存在しないと言い切ったのか。

 ただ、頬を膨らませ不満を示すだけの表情からは、一応深刻で無いのは確からしい。

 

「貴方の感情はさておき、彼の協力は是非とも欲しい所なんですよ。今のホグワーツ内において、彼程に顔の利く人間は居ませんからね。気が向かない程度であれば、残念ながら我慢して貰うしか有りません。正直言って、後の二人はオマケみたいな物ですから」

 

 居て欲しいが、必須では無い。

 

「? ビクトールは必要では無いんでーすか? 彼は代表選手であるのみならず、世界的なクィディッチ・プレイヤーで、セドリックよりも当然顔が広いでーす」

「別にそこまで広い枠組みでどうこうしようとしている訳では有りませんし、僕の印象としては、彼は鋼のような人だ。良くも悪くも自ら大きく動くようにも見えませんし、最悪黙認さえして貰えれば十分です」

 

 融通が利きそうには無いが、真っ直ぐな熱意が通らない人間でも無いだろう。

 第一の課題終了後においても、彼は止むを得ずとはいえ、自分が傷付けてしまったドラゴンを心配そうに見詰めていた。そこから判断する限り彼は悪い人間では無く、仮にそれが演技で有ったとしても、今回の件に乗ってくれる程度の頭の巡りは有るだろう。

 

「では、ハリーは? この国では〝生き残った男の子〟なのでしょう?」

「彼は更にどうでも良くて、今回は単なる頭数ですよ」

 

 ホグワーツ外の人間らしく、しかしホグワーツ内からは容れられない言葉に首を振る。

 

「彼は絶対に断らないと解り切っていますし、代表選手四人が足並み揃えて動くという意義は大きいですが、それは彼個人の力を必要としている訳では有りません。寧ろ、彼からウィーズリーの双子に伝えて貰うというのが本命とすら言えますよ」

 

 統率力の面では、マルフォイと比べる事すら烏滸がましい。

 ロナルド・ウィーズリーの方がまだマシと言える位だ。彼がその強力な肩書をもってホグワーツの全生徒の上に君臨してくれないかという期待を最初から捨てている程度には、人を率いるという事に関し、彼の気質は絶望的に向いていない。特に今回の場合、十人やそこらの数を動かそうとしている訳では無いのだから猶更だ。

 

「ですから、セドリック・ディゴリー次第、貴方が彼を口説き落とせるかに懸かっています。彼が動いてくれさえすれば、成功にしても失敗にしても結果は早く出ますし、逆に彼の協力が全く得られないのであれば、貴方が校内を駆けずり回る羽目になり、そして同時に大いに苦労する事になるでしょう」

 

 我慢比べをした所で負けはしないだろうが、痛み分けにしかならない。

 今のホグワーツがユール・ボール一色だからこそ通り得るのであり、この燻る熱が続く事は余り期待出来ない以上、可能な限り早く終わらせたい所だ。

 

「まあ、やはり僕の印象では〝セドリック・ディゴリー〟が断るという事は無さそうですが──彼が今回の一つの要と成り得る以上、断言は出来ませんしね。結局、動いて確かめてみるしかないでしょうし、断られた場合はその時考えるとしましょうか」

「……良く解りませーんが、貴方は一体何をするつもりなのでーすか?」

 

 フラー・デラクールは、不気味な物を見るような眼を僕へと向けていた。

 

「僕は何もしませんよ。そのような力は有りませんから」

 

 だからと言って、疑いの表情に変えられても困る。

 

 僕はドラゴンを残らず出し抜いた代表選手達のような名声や敬意を勝ち得てもないし、赤子でいながら闇の帝王を打倒したハリー・ポッターのような特別な力を持っても居ない。

 

「ただ単に、僕は思い出させようとしているだけです。彼等の子供時代、大人が設定した制限に一々付き合う義理など一切無いというように、気に入らないという感情のままにチェス盤をひっくり返していたであろう頃の記憶を」

 

 ズルいというのは強い言葉だ。

 やりきれない感情を叩き付け得る暴力だ。

 

 そして同種の言葉を吐きたいのは、ガブリエル・デラクールだけでは無い。

 

「貴方達が多少力を貸そうとも、最終的にはやはり彼等次第です。貴方がたは補助者には成り得ても、当事者には決して成り得ない。しかし、火は既に燻っており、燃え盛る気配も有る。後は貴方がたが煽って何処まで大きくなるかですが、上手く……いいえ。下手に行けば──」

 

 彼等が駄々を捏ねてくれるのならば。

 正当な理由を、無道によって通す事に賛同してくれるのならば。

 

「──狭い世界(ホグワーツ)での些細な反乱が起こるでしょう」

 

 そして、そのうねりが起こる事を、僕は期待している。

 

 

 

 

 

 

 

 フラー・デラクールは当然のように僕の協力を期待し、共に着いてくるように促したが、僕はやはり当たり前の事としてその要望を却下した。

 

 彼等代表選手の間に特段の確執が無くとも、僕とセドリック・ディゴリーの間には普通に確執が存在している。そして、スリザリンの置かれている立場と僕を取り巻く悪評からすれば、僕が関わらない方が良いのは明白だったし、そもそも僕は僕で別にやる事が存在していた。

 

 探し人は直ぐに見つかった。

 スリザリン寮内で大勢の人間を集めて何やら気分良さそうに会話している存在。輝かしい金髪と端正な笑顔を輝かせる男は、言わずもがなドラコ・マルフォイである。

 

 最近の彼の周りには、〝非主流派〟──半純血や、公式にはマグル生まれなどでは無い男子が主に集まるようになっていた。それはユール・ボールが近付いている事と無関係では無い、というより殆どの理由なのだろう。

 〝純血〟は今更パーティーの作法や規則について解説される必要が無い程には社交の場に慣れ切っているが、スリザリン内でも二流に属する者達は違う。そして、彼が〝純血〟にしては半純血を忌避しない方であるというのは、僕の存在が為に半ば常識のような物だった。

 更に言えば、現在のスリザリンの双璧であるノットは、彼程に面倒見が良くも無いし、親切な訳でも無い。女子の方はまたコミュニティの成り立ち方が違うようだが、わざわざ聞きに行くには抵抗が有る者が多いだろうし、そもそもエスコートされる側の知識が必要となる男子というのが圧倒的極小数だろう。

 

 故に、今のマルフォイは四年生以上からは大人気であり、彼も自尊心を満たしながらも、寮内の社交に励んでいた。……本当に普段の立ち回りは如才無いのだが、何故ハリー・ポッターが絡むとあそこまで不用意になれるのか本気で疑問で有る。

 

 だが、それは今までの僕には一貫して都合が良く、そして今も彼の力を欲している。

 

「マルフォイ」

 

 集団の中に居る彼に声を掛ければ、意外そうな表情を浮かべて僕を見上げた。

 そうして、彼はにんまりと笑う。先程まで彼の周りに居た人間は蜘蛛の子を散らすように離れていき、けれども、彼等は遠巻きに僕達を見守っていた。それまで居心地が悪そうにしていたクラッブやゴイルだけが、ただ彼の傍に残った。

 

「ああ、スティーブン。漸くユール・ボールの相手を自分で見付けるのが無理だと解ったのか。だから言ったろ? 君が一度頭を下げさえすれば、僕が世話してやっても良いって──」

「──嗚呼、それはどうでも良い。今回は別の話だ」

 

 相変わらずの妄言を切って捨てる。

 諦めの悪さは彼の良さの一つでも有るが、流石にこれだけ断り続けているのだから認めてくれとは思う。僕にとってそこまでして参加したい程、ユール・ボールは魅力的では無い。

 

「君に一つ頼みたい事が有る」

「……頼み? ユール・ボールの事では無くてか?」

「一応関係は有る。ただ、全く別問題と考えてくれていい」

 

 疑問塗れの表情を浮かべるマルフォイに、僕は続けた。

 

「そして、君にも利益が有る話だ。この悪巧みに噛んでくれれば、代表選手達までは行かずとも、君は暫くの間、校内で大きな顔を出来るようになる」

「……スティーブン。君が絡み、しかも自ら動くんだ。それは間違いなく面倒事だろう」

 

 喜色よりも警戒を示した彼に、僕は軽く笑った。

 流石に同じ寮で四年も共に過ごしてきただけは有る。今回の事が今までのように彼から細々とした話を聞く物では無く、今までに無い大それた事をやろうとしてると勘付いたのだろう。

 

「それは正しい。実の所、今から頼もうとしている事は相当な無茶だ。君達の負担が大きい以前に、まずこれから騒動が起こるか自体不明確であり、最大の障壁は当然ミネルバ・マクゴナガル教授やあの老人だ。蹴られる可能性としても決して低くは無い。そしてその場合、費やした労力や金銭は全くの無駄になり得る。要するに──これは賭けや投資の類の話だ」

「……わざわざそう前置きされて、僕があっさりと乗るとでも思うのか」

「思わない。しかし、僕は君だけに首を縦に振らせようとしている訳では無い。そして、君の家は〝純血〟だ。だからこそ、僕は多少の勝算が有ると踏んでいる」

 

 彼の家は、一流(貴族)のスリザリンなのだ。

 決して凡俗と同じ視点で考えてはならない。危険(リスク)も無しに利益(リターン)を得られはしない事は承知であろうし、多少の損失が出ようが庶民と違って揺るぎもしない。

 だから、危険と利益の天秤が釣り合っていると彼等が判断し、尚且つ責任を取らせる相手として僕が十分であると認識して貰えれば──彼等はこの話に乗りうると考えている。

 

「勿論、必ず乗れと言って居る訳では無い。無茶を求めるのは承知の上で有り、断ったとしても逆恨みなどしない。ただ、君が僕の話を聞いて、或いは今後の展開と動向を見た上で納得出来たのならば、是非この話に噛んで欲しいと思っているし、その価値はあるように思う」

「…………」

「嗚呼、それも君()()にではなく、君()()だ」

 

 今回ハリー・ポッターが必須では無いように、ドラコ・マルフォイもまた必須では無い。僕が期待しているのは、欲しているのは彼の後ろ、強大な財力と権力そして人脈だ。

 

「つまり、マルフォイ家──別にルシウス・マルフォイ氏でも構わないのだが、敢えて言うならナルシッサ・マルフォイ夫人。彼女にこそ、この話に乗れるかどうかを聞いて欲しい」


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