そのこと自体は良いのですが、中には「間違った情報(デマ)」が混ざったり、「真偽不明の噂レベルの話」が「事実と断定されて」語られたりと、「いやそれはそのまま後進に教えちゃまずいと思うよ」という事がしばしば。
「怪しい話でも注意喚起になるならいいじゃないか」と思う方もいるでしょうが、「ソース不明の怪しい話」が簡単に流布する世の中は、誰かを貶め傷つける悪質なデマも簡単に流れる世の中に直結します。
「根拠の怪しい話は広めない」世の中の方が、デマの被害が減るはずです。
また「根拠の怪しい話」を「教訓」として後続に伝えるのは、「江戸しぐさ」や「水伝」(水にありがとうと言うと~のあれ)を「教訓になるからいいじゃないか」とやってしまうのと一緒です。
「真実なんてどうでもよい」「事実が歪められてもかまわない」という「間違った教訓」も一緒に伝える事になってしまいます。
またこの事件が起きてこのような顛末になったのは「20年以上前の状況だったから」という側面もある事には、注意が必要でしょう。今だったら違う顛末になっていた可能性もあり得るのです。
さて、よく見かける間違いや未確定情報は以下の四つ。※四つ目は2021年7月20日に追記
・18禁同人誌だった(逮捕された本人が否定)
・中学生(18歳未満の者)が買ってそれを親が見つけて任天堂へ(出展が不明な未確認情報)
・任天堂が見せしめに告訴した(当時流れた推測。完全否定は出来ないが反証に成り得る証言がある)
・「子供向け作品のエロ同人だったから逮捕された」(実際は様々な要因が絡んだ、特殊な事情での逮捕でした。詳しくは本文参照の事。なお当時もそれ以降もポケモンのエロ同人は他にも多数あったが、この件以降に逮捕者は出ていない。)
(最近「逮捕されたが不起訴になった」と言うのも有りましたが、「略式起訴」されて罰金刑が言い渡されているので、それも間違い)
とはいえこの事件、当時「様々な情報が錯綜して流れた」ため、私を含む「当時同人誌の世界にいた人間」の間ですら、「未確認情報を事実と思い込んでいることが多々ある」という事例であり、別にわざとデマや未確認情報を教えているのではなく、「教えている当人も全て事実と思い込んでいる」例が多いと思われるのです。
(私ですら、調べ直すまで信じていた例が(汗))
間違いを教えている方にも悪意がない故に、かえって話が難しくなっているといいますか。
このような状況を改善するには、可能な限り詳細な情報を流すしかありません。
そこで、今年夏コミに発行した「同人が権利者に怒られた(?)事例集 改訂版」に収録したポケモン同人誌事件の項目を、このブログで公開することにしました。
(若干の加筆修正あり)
もちろん「私が調べたことこそ真実だ」などと言うつもりは有りません。
ただ「この情報のソースは確かと言えるか?」にこだわり、逮捕された当人が書いた文章、当時の報道記事、関係者の公式コメント等に重きを置き、「出典が不明な情報」は事実として扱わず、触れる場合はその旨明記するようにしてあります。
もし間違いがあればご指摘願いたいですし、私が真偽不明とした情報の「確かなソース」をご存知の方がいれば、是非ご教授願いたい。(なお「昔そう聞いた」という伝聞情報は確かなソースとはなりませんので、あらかじめご承知おきください)
※こちらの記事に関して、「ピカチュウ危うし…‼~いやんピカッ♡~」の実物をお持ちの方から情報提供があり、その内容を元に訂正・追記を行いました。
(以下「続きを読む」内で)
◆ポケモン同人誌事件
時期:一九九九年一月
権利元:任天堂株式会社・株式会社ゲームフリーク・株式会社クリーチャーズ
サークル:海山商事(海山商事・マサラタウン支社)
※2020年4月3日訂正。当初書いていた「海山商事開発企画部」は多ジャンルでの活動名義とのこと
媒体:パロディ・二次創作同人誌
裁判:略式起訴のため公開裁判はないが、書面での判決は出た。
概要:ゲーム「ポケットモンスター」のパロディ同人誌を出していた福岡の同人作家が、著作権法違反(複製権の侵害)容疑で突然逮捕され、二二日間(二三日間との情報もあるが、本人が二二日間と言っているので、おそらくそちらが正しい)にわたって拘留。略式起訴(※)され一〇万円の罰金刑がくだされた。またこの本が頒布された同人誌即売会「ガタケット」の代表者も事情聴取を受け、この本を印刷した印刷会社が幇助罪の疑いで書類送検されたが、逮捕起訴には至らなかった。
※略式起訴は、事実関係を裁判で争わず書面のみで判決(略式命令)が出る、スピーディーに解決できるシステムだが、容疑者が同意しないと実行できない。同意すれば釈放されるが、それは「罪を認めた」ということになる。つまりこの事件の容疑者は拘留中にこれに同意し、事実関係を裁判で争わなかったということ。
●詳細・注目点
・問題の同人誌「ピカチュウ危うし…‼~いやんピカッ♡~」は九八年七月発行。任天堂に情報提供があったのが同年八月。確認の為任天堂が同誌を購入し京都府警に相談、府警が内偵を開始。九九年一月五日に任天堂と他二社が被疑者を告訴。同月一三日に逮捕。
・逮捕されたサークルは、直参経験があるのは福岡の同人誌即売会のみで、東京、大阪などの大規模即売会へのサークル参加経験はなかった。故に幇助の疑いで主催が事情聴取を受けた「ガタケット」では、委託頒布された可能性が高いが、未確認。
※2020年4月3日追記:委託頒布されていた物を購入されたという証言が寄せられたが、委託のみだったのかはいまだ不明。
・問題となった同人誌の発行部数は一〇〇部。
・当時報道された任天堂のコメント、及びWEBサイト「福岡同人誌イベント情報」(サークル:日曜出版社)の任天堂へのインタビューによると、ポケモンが子供向け作品であるため「(性的な要素を含むポケモン同人誌が)子供に対する悪影響を非常に心配している」とのこと。
・「東京(大阪)スポーツ」が報じた際、事件とは無関係のサークルが発行したエロ同人誌の画像を掲載していた。
・エロ(一八禁)同人誌だったとの説が出回っているが、実際に本を読んだ人や、作者当人が事件について書いた同人誌「ポケモン同人誌事件DIARY VOL.1」によると、「性描写はキスどまりだった」とのこと。性的なギャグはあってもいわゆる性描写メインではなく、エロ要素もある全年齢向けのギャグ同人誌だった模様。(実物を確認できないため断定はできませんが)
※2020年4月3日追記:上記の「性描写はキスどまりだった」は、件の同人誌の実物を確認された方の証言により否定されました。画像を確認したところ、ソフトな描写ですが明確なSEXシーンも含まれていました。ギャグメインだった感は残っていますが。
「全年齢向け」と書きましたが、表紙に「14禁」とあるのを確認しました。
・通常の著作権侵害事例では、事前の注意や勧告があるものだが、いきなり逮捕という異例の幕開けがなされた。
●この事件にまつわる「憶測・伝説」
〇「任天堂が見せしめに告訴した説」
任天堂が見せしめのために告訴したとの説がありますが、少なくともその確証はありませんし、反証となる話があります。
事前の注意や勧告無く告訴は異例と書きましたが、「福岡同人誌イベント情報」の任天堂へのインタビューによると、任天堂側がそうした対応を取った理由は以下の通り。
・同サークルはシリーズ物でこのような内容の物を出していたという情報がよせられていた。
(※注:同サークルはこの問題になった本が初めてのポケモン同人誌だった、別作品で同じ作品傾向、エロ要素を含むギャグなどの本をシリーズ化していた)
・同人はペンネームが多く、本人に警告が届く確証がなかった。また届いても別サークル別ペンネームで続けられる恐れがあった。
・バックに何らかの組織があるかどうかチェックする方法もなかった。
まだ同人活動と企業が権利関係でぶつかる事例が少なかった時代の話であり、任天堂側も、その訴えで動いた警察も、「同人活動というものを良く理解しておらず、過剰に警戒していた」様子がうかがえる答えです。
特に三番目の「バックになんらかの組織」という点。この部分がこの事件を実際よりも大事にしてしまった要因だと思われるのです。
「2007/2008マンガ論争勃発」七四ページ「1999年ポケモン同人誌摘発事件」に、京都府警から事情聴取を受けた「ガタケット」代表、坂田文彦氏のインタビューが載っていますが、それによると「京都府警は暴力団の裏金作りだと思っていたらしい」とのこと。この誤解が一因となり「事前警告なくいきなり逮捕」に繋がった可能性が高いと思われます。
そして告訴・逮捕してみたら実際は……となり、任天堂も警察も困惑していた様子もうかがえます。
同誌75ページから聴取に当たった刑事の言葉を引用します。
「任天堂の担当の部長さんからも毎日のように電話がかかってきて彼女のことを心配してる。こんなことはそっちでちゃんとやっといて欲しいんだよね」
ここでいう「そっちでちゃんと」の「そっち」とは坂田氏、つまり「同人誌即売会関係者サイド」のことでしょう。
これが本当であれば、任天堂側は自分が告訴した被疑者の身を心配していたことになります。普通ならば有り得ない話です。おそらくですが、この時点で「暴力団とのつながりがない」とほぼ判明し、「大事になりすぎた」と後悔していたのではないかと。少なくとも、当時一部の人が騒いだように「任天堂が同人潰しのために見せしめで告訴した」という推測への、反証となる証言ではあるでしょう。
〇「中学生が買ったのが原因説」
「中学生が買ったポケモンのエロ同人誌を見つけた母親が、任天堂にクレームを入れて発覚した」という感じの説(噂)が、ネット上などで散見されます。しかし現時点で私が調べられた範囲では、任天堂など関係者の公式な発言、その他正式な報道でそのような情報が流れたことは確認できませんでした。少なくとも「任天堂に問題の同人誌が持ち込まれた」のは任天堂の発表から確かなようですが、「中学生とその母親」という部分は確認できず、どこから出て来たものなのか分かりません。もしかすると私が発見できていない資料が存在するかもしれませんし、または「当時は確認できた確実なソースがあった」のかも知れませんが、現時点では「真偽不明のお話」となっています。
〇「コミックマーケットで頒布された説」
問題の同人誌が「コミックマーケットで頒布された」と書くサイトもありますが、事情聴取された同人誌即売会は「ガタケット」のみであり、「コミックマーケット」はされていないことと、逮捕された当人がコミケに直参した経験がないと書いてあることから、間違いである可能性が非常に高いと思われます。
また「同人誌即売会」を「コミケ」と呼ぶ人は多く、逮捕された当人にもその傾向が伺えたため、そのことによる誤解もある可能性が。
●所感
ネット上にもソースが確かだと断定できる情報が少なく、いくつかの「概ね信用できそうな書籍、サイト」の情報と、「ポケモン同人誌事件DIARY VOL.1」に書かれた内容、そして当時報道を見ていた自分の記憶を頼りにこの項目を書いています。
この事件を契機に「任天堂は特に著作権に厳しい。同人は気を付けるべき」と言われるようになったのですが、どうも実際はそうでもなく、この時のこれは特殊な事例であったと言えるかと思われます。
エロ描写の有無についてですが、「ポケモン同人誌事件DIARY VOL.1」に同誌の内三ページが転載されており、「サトシがピカチュウの背中をなめ、怒ったピカチュウの電撃を食らう」「たまには野宿じゃなくホテルに泊まろうと言って、ラブホテル街へ」というネタを確認。下ネタを含むコメディマンガという印象で、エロマンガという印象は受けませんでした。
※2020年4月3日追記:前述のように、SEXシーンもあったので、エロマンガと判断されてもおかしくはない状態であったと思われる。
先の「ときめきメモリアル」の事例とは違い、略式起訴で正式な裁判になっておらず、裁判記録が残っていないため、正確な情報が把握しづらい事例です。そのためなのか、事件から二〇年近く経った現在、間違った情報や様々な憶測が「事実」として流布してしまっており、その訂正が急務かと。
「本人に警告が届く確証がなかった」ことが、逮捕の一因となったことから、その責任の所在を明記する「奥付」の重要性が、よりはっきりとした事例かと。問題の本に奥付があったのかなかったのか、あったとしてその表記は十分だったのかは不明ですが、少なくともこれから同人誌を作るなら、奥付に責任者へ確実に連絡ができる情報を載せておくべきでしょう。
※2020年4月3日追記:件の本に住所氏名の書かれた奥付は存在していました。それがあっても「名義を変えて続けられてしまう事」を恐れての逮捕だったと思われます。
●参考資料・サイト
「ポケモン同人誌事件DIARY VOL.1」二〇〇〇年 中井ゆき&フレンズInスィートすぃーと
同人誌生活文化総合研究所「ポケモン同人誌著作権問題関連」
http://www.st.rim.or.jp/~nmisaki/topics/pokemon.html
永山薫/昼間たかし「2007/2008マンガ論争勃発」二〇〇七年 株式会社マイクロマガジン社
ポケモン同人誌事件を考える
http://nitiyo.neko.to/zine/poke/
最近の主な知財法関連事件簿「ピカチュウH同人誌事件」
AIDE新聞第39号 特集 版権問題を考える‐1
http://www.kyoshin.net/aide/a39/index.html
togetter「ポケモン同人誌事件の情報ソースについて」
https://togetter.com/li/290776
togetter「ポケモン同人誌で逮捕された事件はかなり尾ひれがついて事実と違ってきているという話」
https://togetter.com/li/1270486
togetter「ポケモン同人誌事件始末の諸説」
https://togetter.com/li/869309
※お詫び 記事中で「日曜出版社」様を誤って「日曜新聞社」と表記しておりました。お詫びと共に訂正いたします。
◆謝辞◆
「ポケモン同人誌事件DIARY VOL.1」をお貸しくださった葉ノ瀬氏(@N_Hanose)と、
「ピカチュウ危うし…‼~いやんピカッ♡~」を所持し、その内容の情報をお寄せてくださったこっくり氏(@kokkuri)に感謝いたします。
任天堂とかディズニーを利用しているだけだと思っています。風が吹くと桶屋が儲かるじゃないですけど、例えば四半世紀前に話題になった
ナディア・アトランティス騒動なんか「D社は反日だ!中韓と同レベル!外務省を通じて抗議しよう!」みたいな連中が幅を利かせたから、
貞本義行氏まであんな酷いヘイトを呟いてしまうようなおかしな風潮が蔓延することになったんじゃないか?と一度過去を顧みるべきです。
オタクに対して損害を与えているのは大企業ではなく、オタク自身ですよ。