烏賀陽 弘道@hirougaya·3時間言論の自由を生態系として生きる職業人として、私は「ひろゆきの本を書店に並べるな」説には反対。どしどし書店に並べ、その内容を読者が見れば良い。バカだと思うのも、素晴らしいと思うのも読者が主体である。読者がひろゆきさんの言論を読んで判断する環境を読者から奪うことに私は反対である。11970
烏賀陽 弘道@hirougaya·3時間愚かな言論であろうと、人類の愚行の記録として本は機能する。「愚かだから記録から削除せよ」と言う論法は、日本政府がよくやる「記憶の改ざん・修正」とやっていることは同じだ。本には愚行や愚論の記録と言う機能もある。11035
烏賀陽 弘道@hirougaya·3時間例えば、1990年代に猖獗を極めた「ユダヤ人国際組織の陰謀」本。あれを全部廃刊にせよ、と言う意見に私は同意しなかった。わずか25年前には日本大衆はこんな愚かな言説をありがたがって買っていたのだという負の歴史の記録として、保存しなければならない。1521
烏賀陽 弘道@hirougaya·3時間「良い言論は残し」「愚かな言論」は消すというなら、その「良い」と「愚か」の決定は誰がするのだ? 政府? 沖縄県民? 評論家? 学識経験者? それができるのは「読者」しかいない。 愚論や愚考は読者の信用を失い、消えていく。それを待てば良い。 そんな「読者の見えざる手」に委ねれば良い。1626
烏賀陽 弘道@hirougaya言論はまず読者の前に出して判断を仰ぐことが重要なのだ。 それを妨害する者はすべて例外なく、言論の自由の敵だ。そして民主主義の敵である。午後4:10 · 2022年10月8日·Twitter for iPhone7 件のリツイート25 件のいいね