2022年 09月 28日
南蛮人の技術者 |
南蛮人技術者が設計したかも知れない、という点ではもう少し状況証拠を積み上げられそうな感じになってきました。なぜかルーティーンワークの一つの石見銀山に戻ってきた。なので、当日も話したように、そこで実践された信仰が何かと分けて(文献史料にもとづくと、真言密教系の妙見信仰と読むのが一番しっくりくるけど)、土木技術面からの検討も必要かと思います。今回は全然関係ないと思っていた自分のルーティーン課題に戻ってくるようになっている不思議なめぐりあわせである。
キリスト教新聞にあるように、「ミクヴェ」は色々な要素を満たしている必要があるそうです。厳密にいうと清兵衛屋敷のには溜池はありませんし、今は2本の下水管で地上にモーター排水していますが、江戸時代初頭はどうやって排水していたのか不明。水は川の水ではなく地下の湧き水です。
さらに日本のユダヤ教会関係者の方からメールをいただきました。
ミクヴェはコミュニティで一つを共有(確かにイベリア半島で発掘されているものは個人宅ではなく、シナゴーグに附設してます)が基本で、個人の屋敷に3つもある(まだ発掘調査ができていないものが1つある)のは奇妙で、さらにはミクヴェなら絶対に持ち込んではならない鉄製品の武器(太刀)が水槽から出てきているのもおかしい、ということでした。
大量に出てきている桃の種ですが、道教系の神事で桃の果実はよく使われるとのこと。石見の長浜神社(旧妙見宮)の神庭桃との関連などがDNA分析などで分かると良いのですが。史料がほとんどないとは言っても、一応具体的に易堂と持仏堂の建築、中の様子、信仰形態について記した文献はあり、考古遺物もけっこうあるので、きちんと学術的検証をした上で、サスティナブルに観光資源として生かせるようにお手伝いするのが歴史家の役割だと思っております。一時的に煽っても、人のうわさは七十五日で過ぎていくものです。
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by mihokodesousa1
| 2022-09-28 20:03