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三連休前日、二三時。 じわりとにじり寄る腹痛と吐き気。 不快感を与える下半身の濡れた違和感。 手帳に書かれたスケジュール帳は、今日から二日先まで青色の線が引かれている。悟さんが、出張でいない時のマークだ。
「……ふ、二日目、休みだぁ……」
すこやかな眠りを妨げてくれた子宮の上を撫でながら、とりあえず、些細な幸運を噛み締めた。
厳密には、それくらいしないとやってられないというか、なんというか。 メンタルがやられてる時はもう、私息してるだけで偉い。であったり、朝ごはんいつも通り食べれて幸せ。くらいに幸福度合いと褒められる程度を下げないと折れてしまう。心が。 それにしても、任務で怪我をしたからと強めの痛み止めを服用していたのが仇になるとは。生理前の諸症状に全然気が付かなかった。お布団はギリギリ無事だけれど、下着はもうご臨終なさっているだろう。気に入っていたのに…。
重たい体に鞭打って一先ず下半身だけをサッとシャワーで流す。生理用品を付け、そのままキッチンへ直行し、白湯で鎮痛剤を二錠。僅かに残った理性で、手近なロールパンを半分だけ口に入れる。気持ち悪い、けれど何か入れておかないと。 そこまでで限界。 ホッカイロ貼ろうかなぁなんて考えるだけで、行動には移せなかった。もぞもぞと散らかった毛布とお布団はそのままで間になんとか体を滑り込ませる。温もりはとうに失われていた。寒い。
『撫子怪我したばっかりなのに!僕がそばにいてあげなきゃ!!っつかやっとの思いで連休合わせたのに!?やだやだやだ行かない!!』
突然の出張に恥も外聞もなく駄々をこねた悟さんを宥めすかして、最終的に「帰ってきたら好きなことをしましょうね」と最後の手段を使い追い出したお昼の私に拍手を送る。よくやりました、私。 本格的に痛くなる前に薬を飲めたからか、うつらと瞼が重たくなってくる。 目覚ましをかけなくて良い小さな幸せを噛み締めて、転がっていたぬいぐるみを遠慮なく抱きしめて。
眠い。 痛い。
眠い。
さみしい。
○
端の方が丸まったままとりあえず被っていた毛布は、緩く体を包むよう整えられて。 くしゃと斜めになっていたお布団はまっすぐ丁寧に、私の丁度口元まで伸ばされて。
イヤな予感がして身を起こしかけ、痛みに呻いて逆戻り。あぁ、美味しそうな良い香りまで漂ってきてる。
この家の鍵を持ってるのは、私か悟さんしかいない。
「あ。おはよ」
静かに開けられた扉の先には見慣れた白い髪と真っ黒なサングラス。どうしての気持ちを顔いっぱいに表せば、苦笑とともに持っているグラスをゆるゆると振られた。
「どーっしても一緒にいたくてさぁ。僕ちょ~頑張っちゃった」
枕の側にしゃがんだ悟さんは「薬、飲もっか」といつもより少し小さい声で続ける。大きな掌に転がる薬はそのままに、逆の手に持たれていたグラスはサイドテーブルに置かれ、背中に空いた腕が回されて少しだけ上体が持ち上げられる。 結構無理な姿勢なのに、片腕一本で支えられているとは思えない安心感だ。 ころりと白い塊が二つ。悟さんの口に転がり込んだ。 続け様にお水も含んでわずかに膨らむ頬。優しく唇を合わせられ、薄く開いて迎え入れれば、とろとろと温いそれが舌を伝って入り込んでくる。 苦しくないぴったりなお水の量に少し引いてしまう。なんでもソツなくこなしてしまうと言うけれど、にしたって、限度があるんじゃなかろうか。
追加で二口分水を飲まされている間にクッションの位置を調整されていて、フカフカの背もたれに寄りかかるよう座らせられた。あぁ、暖房が入ってる。だから寒くないのか。
「食欲ないだろうけど、少しお腹に入れようね。スープ作ったよ。持ってくるから待ってて」
指の背で頬を撫でられて肯定を促される。 こういう日は決まって、私の好きなほうれん草のスープを作ってくれていると知っている。美味しいのも勿論分かっている。けど、彼の言う通り、食欲はない。 出来ればこのまま横になってしまいたい。だって絶対、そんなに食べられない。うぅん。残してしまっても、怒られないだろうか。あぁでも、怒られたことはないか。
口を開くのも億劫で小さく頷いて返事をした。そっとお腹に乗せられたのは、先程まで私に潰されていたクマのぬいぐるみ。「いい子で待っててねェ」と裏声でその右手がフリフリと振られる。かわいい。こんなにかわいいのに四捨五入したら三十路だなんて。 しわくちゃになった毛並みを整えてやりながら、体育座りでお腹を丸めた。一番楽な姿勢だ。へたってきた相棒はされるがままに挟まれていて、そろそろ中身入れ替えてあげなきゃなぁと感触を確かめる。
本当にすぐ戻ってきた悟さんは一足で私を跨いで後ろに座った。手に持っているのは器の乗ったお盆と、ひつじのカバーがかかった湯たんぽ。体とクマの間にひつじが差し込まれて、弱肉強食の戦いが始まってしまった。どう足掻いてもひつじが負けちゃう。
「寝ないでね。ほら、あーん」
今の私がひつじに勝てるかどうか真剣に検討していれば、後ろから匙が口元に運ばれた。 唇を開けばそっと差し込まれ、閉じるタイミングでわずかに角度をつけられて、乗せられていたスープだけ上手に置き去りにされる。手慣れたものだ。
「おいし?」 「おいしい…」 「滅茶苦茶眠そうだな…。忙しかったし怪我で体力消耗してたし、色々重なっちゃったね。はい、あーん」 「あー」 「よしよし。そういえば、キッチンに引きちぎられたパン転がってたけど、食べたの?」 「よるに、半分だけたべました…くすりのむから…」 「えー良い子じゃん!よし、その調子であと三口は飲んで。寝ないで」
背中には人肌の温もり。お腹にはじんわりふわふわな温もり。 寝ないでなんて、随分な無茶をおっしゃる。
「寝てんな?」 「んん……ん?ねて、ぅ」 「寝てんね完全に。あぁ、そうだ。浸けてあった下着、洗っておいたよ」 「んー…………え?」 「おはよ」 「ちょ、んぐ」
びっくりして思わず覚醒すれば、開いた口にスプーンが入れられる。もう残り三口は達成したはず。ちがう、そうじゃない。え、あら、え? 私昨日、汚れた下着どうしたのだっけ。 そのまま捨てるのもイヤだから、明日軽く洗おうとして、汚れ物入れる桶に、
「どっ……どうしてそういう事するのぉ……!」 「あれ気に入ってるやつじゃないの?早めに洗えば大丈夫なのかなぁって。…あっ。大丈夫大丈夫!ちゃんと手洗いしたから!」 「なんにも大丈夫じゃない!」
まごう事なき悲鳴が漏れた。 私を起こす為とかではない。この人は、本気で、善意で、言っている。 デリカシーとかそんな言葉じゃ足りなくなってきてしまった。どうしよう。四捨五入で三十路。ここからの修正は、果たして可能なのでしょうか。
「もうお腹いっぱい?」 「…えぇ、はい……」
子宮じゃなくて胃が痛くなってきた。口にはしないけれど。 そんなこと知ったこっちゃない悟さんは、お盆を傍にどかして、さっと毛布ごと私の体を抱き上げる。お手洗いに連れて行ってくれる流れだ。 私は一人で歩けるし、まだ話は終わっていない。
「改めて見るとレースって凄い繊細なんだね。あとやっぱり、中身が大事。今度あれ履いて見せて」 「あれもう捨てるやつです」 「え。なんで置いといたの?」 「捨てるにしたって汚れたままは流石に…!嫌だから…!」 「ふーん…?じゃぁ同じやつ買ったげる」
早くこの話終わらせてください。 邪魔なもの一式を預かってくれた彼になんとも言えない気持ちになりながら、しっかりとドアの鍵をしめてお手洗いを済ませる。普段はもう少し、もう少し大人しいのに。やっぱり彼も、今日は疲れているのだろうか。 手を洗いながら、肩口の匂いをすんと嗅いで確かめる。血生臭くなければ、一緒に寝ませんかと誘うのだけれど…わかんない。ふわふわする。
外で待っていた悟さんは出てきた私を再び毛布で包んだ。 背中を丸めて顔を覗き込まれた。太い指先が何故か瞼を閉じさせて、そして下瞼を少しだけ下げる。悟さんの手、あったかい。筋肉はあったかいのだったか。なら悟さんは全身ぽかぽかだ。うーん、あたま、回らない。
「瞼白いね。貧血だ。さっきあんな急に叫ぶから」 「だ、誰のせいだと……」 「生理中ってイライラしちゃうもんねぇ。よしよし、もっかい寝ちゃおうね」
もう。ぜんぜん違う。 勝手ばかり言う悟さんの手から逃げて両手を差し出せば、持たされたのはひつじだけ。クマは…?
「くま」 「僕が居るからいらなくない?というかアレ、結構へたってきてたね。新しいの買う?」 「いいです」 「え~なんでなんで?かわいいの買おうよ」 「やです」 「そんな気に入ってたっけ」 「悟さんのプレゼントだから……」 「えっかわいい……えぇ?すごいねお前、一言で僕を再起不能に出来るの?無敵じゃん」
嬉しそうな顔で額に口付けられ、抱きしめられる。 悟さんはよく私の首筋に顔を埋めるけれど、こういう時は、ちょっと本当に、やめて欲しかったりする。冷や汗をかいているし、臭いも気になる。ずっと変わらないクセだから、多分、大丈夫なのだろうと思うのだけれど。思いたいのだけれど。
「一緒に寝ましょーねー」 「くま…」 「今はいらんでしょ。あと普通に、クマいても悟くんと寝て欲しいんですガ?」
ほぼほぼ一緒に寝ているのに何を言うのか。その度に床に放り投げられているかわいそうなクマくんの気持ちも考えてあげてくださいな。 初めて私が、悟さんの前で、生理でダウンした時。普段の飄々とした態度がウソのように、あの大きな体を小さくした悟さんが「抱き枕とか、あったら良いって…」とプレゼントしてくれたのがあの子だ。あの時の悟さんはとっても可愛らしかった。
それ以降体調不良と関係なく彼は眠る時のお友達で、新居であるここにも手荷物で持ってきた程には大切な同居人なのだけれど…。可愛くて私を癒してくれる優秀なこの子の唯一の悪癖は、贈った本人を不機嫌そうにさせること。十割悟さんが悪い。
「はい、おいで」
辿り着いたのは彼の寝室。 お互いに自室は、一応ある。けれど、二人揃ってお家に居る時、眠るのは大概悟さんのベッドの上。広いし、悟さんに連れ込まれるし。 そういう訳で、彼の大きなベッドには私用の枕が常に置かれている。 先に寝転んだ彼は位置を調節したそれを叩いて早く早くと促す。というか、時計を見ていないけれど、今、何時かな。カーテンの向こうで揺れる光はまだ昇り立てのように見える。今日の夜に帰ってくる筈であった悟さんは、どれだけ無茶したのだろう。
「どうしたの?」
サイドテーブルにサングラスが置かれる。綺麗な瞳は、少しだけ眠たげだ。
「…なんでもないです」
ふかふかのマットレスをよじ登って、何故か伸ばされてる腕をそっと戻させて枕に頭を乗せる。いやだって、おかしいでしょう? 何の為の位置調整だったの。 私を引き寄せる腕は代わりじゃないけど素直に受け入れて、彼の胸板に顔を埋めた。 慣れた柔軟剤の香りと、大好きな悟さんの香り。 ずぅとお腹にあった不快感が薄くなる。回された大きな手が腰を撫でてくれればもう完璧。痛みと吐き気に苛立ち眠りにつけないなんて地獄は一切訪れない。 私にとっての一番の薬は、悟さんかもしれないなぁ。
「おやすみ、撫子」
たまにはこんな二度寝も幸せだと笑った悟さんにそう囁かれる。ちょうどつむじへ唇を落とされたのを合図に、心地よい眠気に抗わず意識を投げ出した。
○
結局二人揃ってじっくり四時間眠りこけてしまった。どちらからともなく目を覚まして、私は悟さんの寝癖に笑い、悟さんは私の半分寝たままな瞳に笑って。つまるところ、概ねいつも通りの朝。
最低限の身支度だけ整えれば、もうお昼の時間。 私の為にクロワッサンを買ってきてくれていた彼は、余っていたスープと作りおきしていたおかずでお腹を満たしていて、なんだか申し訳なくなってしまう。夜ご飯は、何か作ろう。食材は何があっただろうか。
「お腹どう?」 「だいぶマシですよ。朝は、ありがとうございました」 「いーえー。今日はこのままゆっくりしようね。お休みお休み」
むず痒い。
「……なんにも出来なくって。ごめんなさい」 「ん?」 「せっかく、お休みなのに」
教師で呪術師。学生で呪術師。 折角のお休み。折角の、連休。
お互い忙しい私たちにとって、二人、連休が重なるなんて意図的でないと基本的に叶わない。だからこそわざわざ悟さんが頑張って捻出してくれたというのに、癒すどころか世話になりっぱなし。
「撫子さ、もしかしたら僕のことめちゃくちゃ良い奴だと思ってるのかもしれないけど」
それは別に、思ってはいませんが。
「僕、たとえ好きな人相手でも、嫌な事とか絶対やらないよ。知ってるだろ?」
えぇ、勿論。知っていますとも。 それでも、居座り続ける罪悪感にも似た気持ちは消えないのです。 そんな面倒くさい私のことを知り尽くしている悟さんは、「まったくもぉ」とおちゃらけた声を上げる。
彼の大きな体を座椅子のように扱ういつもの座り方。お腹に回した腕でゆるゆると撫でさすってくれる高性能チェアは、悪戯に首筋へと唇を落として、私の手の中から空になったマグカップを持ち去った。 両手で包んでいた筈の黒い陶器は、悟さんの手にかかれば指三本で事足りてしまう。 器用に口をつけていた部分を避けて上からがっしりとマグを掴むその指先を無意識に目で追えば、触れているだけの唇がやわやわと動いて緩く肌を吸い上げる。不良品かもしれない。
「正直ね。僕は、お前と一緒に居られるならなんだっていいんだよ。許される限り触れ合って、二人だけでいられるなら、それで構わない」
言い聞かせるように、そのままの姿勢でそう告げられる。 愛情を、執着を。丸々と乗せた音が肌を通して骨を振るわせる。体に、染み込ませるかのように。
「なんでか完璧でいたがる可愛い子のこと大手を振って甘やかせんだから、むしろ僕にとっちゃボーナスタイムなのよ。生理って」 「人が苦しんでいるのに…」 「それはホントそうね。ごめんね」
悔し紛れに、優しい手の甲を撫でて指先を持ち上げ離して遊び出す。くすりと笑う吐息が擽ったい。
見ていたはずの映画はいつの間にかエンドロールが流れていた。大事なところを見逃した。 そんな事どうでも良いとばかりにテレビはそのまま電源を落とされたので、ギリギリ見つめ会えるよう、横向きに彼の膝の上に座り直す。足はあんまり、開きたくないので。 そうして、大きな体に腕を回してぎゅうと持ちうる全力で抱きしめる。
「愛してくれて、ありがとう」
あまり口が上手い方ではないけれど、きちんと伝わりますようにと、しっかりそう口にする。
彼の言うボーナスタイムにおいて、私は基本的に情緒が不安定なので。普段から遠慮も容赦もなく注がれる愛情は時たま溺れてしまいそうな程に苦しい時があるけれど、こんな時にはとってもありがたい。安心して委ねられるから。
初めの頃はあんなに慌てふためいて私を抱きしめていた悟さんを少しだけ懐かしみながら、腰を浮かせてキスをする。
「僕そろそろ、キスでなんでもすると思われてそう…」 「……、?キスをしなくとも、なんでもして下さるじゃないですか」 「たしかに!」
直して欲しいところの一つですよ。すぐ聞こえないフリをなさるけど。
やっぱり食材は何もない気がしてきたので、買い出しだけ悟さんに頼んで、お夕飯は一緒に作ることにしよう。悟さんに任せると取り敢えず高い方を買って来られるから避けているけれど、今日くらいは何も言うまい。
他のもの全部邪魔に感じるのはどちらもだったのか、静かな部屋の中、2人の声だけで鼓膜を震わせ幸せに浸る。 こんな休日も、たまには良いという事で。
婚約者撫子ちゃんが生理で苦しむ中緩やかに甘やかされる話。なんかもうタイトルそのまま。名前変換あり◎
そのまま!生理ネタ!なので!!苦手な方はそっとスルーして下さい。
今回はえっちじゃないです。
着々と下着にフラグが立っていますが、次回は下着ネタにするか過去の話で初夜ネタにするか…。