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北山に根を生やし、地域の方々とともに営みを紡いでいきたい。北山から展開される様々な活動の根底で、大切にしていきたいこと。

北山舎が目指すこと

北山での暮らしが100年先にも続いていくように、
北山の文化遺産の保全と活用を通して、北山の持続に関わる一切の活動を展開します。

私たちは、北山を観光地にしたくはありません。北山は、林業を基幹とした多様なものづくりの地域であってほしいと願っています。北山で生きる人たちが、北山らしい暮らしを未来に繋いでいけるように、北山の持続性こそ第一に考えます。時流にとらわれず、単一の産業に依存せず、土地に根ざした持続可能で多様な生計を育てられる場であってほしい。何よりまず、地元の方々とともに、楽しく、安心安全に、健やかに心地よく、持続的に過ごせる地域でありたい。そのために私たちは、地域内外のさまざまな賛同者や協力者とともに、京都北山の文化や営みを受け継ぎながら、北山と都市間をしなやかに往来し、新たなものづくりの循環の価値を生み出すことを目指します。

「私たちが好きな北山らしい風景や暮らしを未来に残したい」それが北山舎ができた発端です。

私たちが活動の舞台とするのは、北山杉の里・中川をはじめ、中川学区(中川・杉阪・真弓)・小野郷学区(小野・大森)・雲ヶ畑学区の北山三学区となります。全域が中山間地域であり、京都市街地からは周辺に位置し、急峻な土地のため耕作面積も狭く農業は発達しませんでした。そのため北山に生きる人たちの多くが、古来より豊かな山の恵みを享受しながら林業を生業とし、京都市中との往来によって暮らしを立ててきました。

人口減少を迎えた日本では産業構造の転換もあり、近年ますます自然災害も深刻化し、各地で林業の衰退や担い手が不足し多くの空き家が生まれ、国土の荒廃の危機にあります。中山間地域にある北山の地域も同様です。北山地域の抱える課題は複合的で、日本が抱える共通の課題とも言えます。不動産は個人の資産である一方、地域の歴史や文化を伝え、その土地らしい風景を構成する地域資産でもあります。そんな地域資産を、新たな価値を育む地域資源として循環できるよう、私たちは北山と都市をしなやかに往来しながら活動していきます。

北山舎のロゴについて

ロゴ・ロゴタイプデザイン
原田祐馬(UMA/design farm代表)よりコメント

北山全体を舎で捉えるのが良いなぁと思って、「舎」をモチーフにデザインしました。山と土と屋根と営み(四角)が一体になったイメージを、版画的に作りました。

北山舎のロゴについて

ロゴ・ロゴタイプデザイン
原田祐馬(UMA/design farm代表)

北山全体を舎で捉えるのが良いなぁと思って、「舎」をモチーフにデザインしました。山と土と屋根と営み(四角)が一体になったイメージを、版画的に作りました。

北山舎のロゴについて

ロゴ・ロゴタイプデザイン
原田祐馬(UMA/design farm代表)

北山全体を舎で捉えるのが良いなぁと思って、「舎」をモチーフにデザインしました。山と土と屋根と営み(四角)が一体になったイメージを、版画的に作りました。

北山舎のロゴについて

ロゴ・ロゴタイプデザイン
原田祐馬(UMA/design farm代表)

北山全体を舎で捉えるのが良いなぁと思って、「舎」をモチーフにデザインしました。山と土と屋根と営み(四角)が一体になったイメージを、版画的に作りました。

北山舎のロゴについて

ロゴ・ロゴタイプデザイン
原田祐馬(UMA / design farm代表)よりコメント

北山全体を舎で捉えるのが良いなぁと思って、「舎」をモチーフにデザインしました。山と土と屋根と営み(四角)が一体になったイメージを、版画的に作りました。

活動内容

都市と集落の柔軟な関係性を目指して。
そこに関わる人たちと、しなやかな生き方を模索する。

北山舎では、「永住」という形にとらわれない集落とのしなやかな関係性を、様々な人たちがそれぞれに実現できることを目指して活動しています。

  • 北山の地域資産を維持し未来に繋ぐためのあらゆる相談口

    地域住民の方からの建物の修繕やメンテナンス、空き家の見守りや活用に関するご相談や、「北山で暮らしたい」「仕事場にしたい」など移住や活用を希望する方の物件のマッチングやマネージメントに関するご相談など、あらゆる窓口と受け皿になります。

    ご相談はこちらから
  • 北山ホールセンターの運用と資源循環の拠点

    林業倉庫を北山ホールセンターとして活用し、アーティストやクリエイターの共通工房として運用します。また、北山ホールセンターを拠点に、地域内外の人たちが交流できる場づくりを活用者とともに企画運営します。さらに、地域で出るごみや資源を循環させる循環型経済の拠点として、北山から「ゼロ・ウェイスト」の地域社会を目指します。

    最新の情報はこちらから
  • 開かれた現場を通した学びと交流

    かつて家を作ることは村人総出で助け合う普請でした。北山舎では昔の慣習にならい、北山地域の建物の修繕や改修の現場を広く発信していきます。誰もが関われるように場を開き、学びや交流の場とします。また、大学や専門学校などと連携しながら、職人の技術を継承する場としても機能させます。

    動画で見る作業風景
  • 北山の食文化と生活文化の調査と記録

    北山の先人たちが培った暮らしの知恵や生活文化、地域で育まれた食文化などを調査し、大切に記録をし、発信をしていきます。また、山仕事の道具や古文書など散逸の危機にある郷土資料の収集・保存にも取り組みます。

  • 北山の現地案内ツアーやレクチャー、イベントの開催

    希望される目的に沿った北山のガイドツアーや視察を受け付け、移住や活用を検討される方に向けた地域の方々とのパイプ役を担います。また北山の建物を活用したイベントの相談などを受け付けます。

私たちが大切にしたい北山とは

北山のかけがえのない自然や歴史や営み、文化を大切にしていきたい。

三山に囲まれた京都盆地。東山には比叡山、西山には愛宕山、北山には飛び抜けた鋭鋒がありません。文化人類学者の今西錦司は、北山を“山頂によって作られたる地平線”と表現しました。北山は登山の初心者に優しい山とされ、多くのハイカーや登山客に親しまれました。今西は北山をして「何等の特徴のないこれらの山々、そこに平凡という少しも危げのない根強い力が潜在している」とも表現しました。やがて世界の霊峰を踏破する今西や梅棹忠夫ら京大山岳部の多くが青年の頃から山に親しみ、登山の作法を身につけたのが北山でした。図抜けた山がなく、鋸のような鋭峰もない、ただひたすらになだらかな山々が折り重なるように重畳する北山を逍遥することを、彼らは「北山ワンダリング」と呼びました。

北山にはいつも風が吹いています。京の冬の風物詩である北山時雨の名の通り、北山は日本海から吹く風の通り道です。北山の人たちは風の谷に暮らしています。

そのような厳しくも豊かな北山の気候風土のなか、北山杉をはじめとする多様な林産物を育み、山に生きる風の谷の暮らしの知恵が醸成されました。平安時代から若狭街道の西ルートとして発展した北山山中は、人や物の往来とともに文化の交流がありました。茶の湯、北山丸太、発酵食、燃料、松茸狩り、夕涼み、紅葉狩り。今西錦司や川端康成ら文化人や宮家が北山の風物に魅了されました。北山は、京の歴史や文化を育んできた揺りかごのような存在です。

私たち北山舎は、そんな北山のかけがえのない自然や歴史、文化や営みを大切にしていきたい、そう思っています。

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