「おはよう、バッド・ガール。昨夜はちゃんとタクシーで帰宅したようだね。今後もそうしてほしい」 ホテル滞在3日目の朝、ドアマン氏に挨拶をしたら、笑顔でそんな言葉が飛んできました。 このホテルのスタッフミーティング、情報の共有が完璧すぎるのでは? おそらく、私が夜遊びに出掛けた時刻も帰った時刻も、毎度、スタッフみんなにきっちり把握されている模様です。 しかも、昨夜のお出掛け先は、我等がバトラー、ティムにあらかじめ報告してありました。 「あなたに何かあっても、行き先さえわかっていれば、我々に打てる手があるでしょうから。煩わしくても、教えていただきたいのです」 そう言われたら、「予定は未定です」なんて言えるはずがないじゃないですか。 携帯電話は存在していても、海外で使うなんてことは夢のまた夢だった時代、「前もって相手の居場所を知っておく」ことは、今よりずっと重要事項だったのです。 何だかすっかり品行方正で予定調和なバッド・ガールになってしまったなあ、と思いつつも、まったく嫌でも鬱陶しくもありませんでした。 何故なら、介入の程度が絶妙だったから。 行き帰りはタクシーを使うようにと注意されたり、行き先を訊ねられたりはしても、「何をするのか」「誰と会うのか」とスタッフに詮索されたことは、一度もなかったのです。 相手のプライバシーにどこまで踏み込むか、彼らの中では、きっちり線引きができていたのだと思います。 その上で、ちょっとした「お節介」をしてくれるのが、私にはくすぐったく嬉しいことでした。 たとえば、深夜に部屋に戻り、さて寝支度を……と、脱いだ服をまたクローゼットの奥に隠そうとしたとき、私は気づいたのです。 昨夜着ていたタバコ臭い服が、洗濯され、きちんとハンガーにかけられていることに。 しかも、ちょっと奇妙なのです。 食べこぼしのシミがついたので、朝、ティムに「クリーニングをお願いします」と託しておいた祖母のワンピースのほうは、きちんとこざっぱりしたカバーがかけられた状態でクローゼットに戻されていましたが、私の服のほうは、そうではなく、むしろ実家で母が洗濯してくれたみたいな……。 ハンガーにテープで留められたメモに気づいて見てみると、 「お帰りなさい! 着ていた服はビニール袋に詰めて、扉の外に出しておいてください。心配しないで、僕らの『ユニフォーム』を洗濯するとき、ついでに一緒に洗っておきますから。僕がお仕えしているレディに、タバコ臭い服でお出掛けさせるわけにはいきません」 ティム~!! ちょっと気取った文面から、あのスマートでクリーンな笑顔が思い浮かんで、私は思わず涙目になりました。 この、「宿泊客、だけど僕らと同じ側」という共感に根ざしたスタッフの優しさに、滞在中、私は無限に助けられました。 まだ若くて、高齢者と暮らした経験もなく、心身共に日々衰えていくつらさを理解してあげられなかった私は、ときに祖母の破天荒で短気な言動を理解できず、困惑したり苛立ったりしたものです。 そうしたとき、いつも優しくさりげなく祖母に手を差し伸べてくれるスタッフの言動は、たとえそれが「仕事だからしていること」だとしても、私にとっては素晴らしいお手本でした。 口頭で注意されるのは夜遊び関連だけでしたが、それ以外のときも、彼らは祖母を積極的にサポートすることで私の負担を軽減しつつ、同時に「こういうときは、こうしてあげればいいんだよ」と教えてくれていたように思います。 その日の予定は、「ナショナル・ギャラリー鑑賞、館内のカフェで軽くランチ、昼過ぎにはホテルに戻って早めのお昼寝、ミュージカル『オペラ座の怪人』の昼公演鑑賞、余裕があったらお買い物」というものでした。 当初、ミュージカル鑑賞とオペラ鑑賞が両方スケジュールに組み込まれていたのですが、おそらく、祖母の体力気力を考えると、両方は無理。 どちらにしようかと考え、私自身が何度もロンドンで見て、勝手がわかっているミュージカルのほうを選択したのです。 案の定、ナショナル・ギャラリーで祖母が興味を示したのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの「岩窟の聖母」くらいのものでした。 日本での仰々しい「特別展示」しか知らなかった祖母にとっては、かの有名なゴッホの「ひまわり」も、モネやレンブラントの名画も、あまりにもさりげなく置かれているせいで、ありがたみが薄かったのかもしれません。 ただ、天井が高く立派なホールに、巨大な絵が堂々と展示されているそのさまには、祖母は度肝を抜かれていました。 「どのお部屋も、壁紙の色が素晴らしかったわね!」 今朝も、半割メロンと山盛りの苺という大好きなメニューを平らげたため、お昼はごく軽く……と、それでも大きなレーズン入りのスコーンを半分、むしゃむしゃ食べながら、祖母はそんなことを言いました。 壁紙? この名画が集う空間で、壁紙見てはったん!? 意外過ぎて驚きましたが、言われてみれば、確かに。 部屋によってはただのプレーンな白い壁だったりするのですが、多くの部屋には、色とりどりの壁紙が使われています。 重厚なえんじ色も、爽やかなグリーンも、控えめな植物の意匠も、そこに敢えて注目してみれば、とても個性的で美しい色合いの壁紙ばかりです。 祖母の美意識アンテナは、ジャンルによって精度に相当なばらつきこそあるものの、ありとあらゆるところに張り巡らされていて、意外なものをキャッチするのだな、と実感した瞬間でした。 そして、何よりここで祖母の心を捉えたのは、展示室の片隅で椅子に座り、静かに室内の様子を見回している係員の女性でした。年齢は40代くらいだったと記憶しています。 監視員的な役割を果たしているその人は小柄で痩躯で、暖かそうなストールを膝に掛け、黒縁のちょっと野暮ったい眼鏡の奥の目を和ませ、ずっと微笑んでいました。 監視というより、ここに集った人々が絵画を楽しむさまを、自分もまた嬉しく見守っていることがよくわかる表情で、祖母だけでなく、私もすぐに、感じのいい人だなと思いました。 世界中から様々な人が訪れるので、絵画に対するアプローチも、やはり色々です。 顔を近づけすぎたり、手を伸ばして無邪気に触ろうとしたりする人もいて、そういう人たちを決して傷つけたり嫌な思いをさせたりしないように、笑顔でやんわりと注意する態度には、私も祖母も感銘を受けたものです。 そうした人たちとの会話を必ず「ご協力ありがとうございます。楽しんでくださいね」で締め括るのも、とても素敵で。 特に、絵の前に張られたロープをくぐって遊んでいた5歳くらいの男の子に対する彼女の注意方法が、祖母の心をガッチリ掴みました。 彼女は男の子にゆっくり近づき、床に膝をつくと、彼と同じ視線の高さで、祖母にもわかるシンプルな英語でこう呼びかけたのです。 "Be a little gentleman!"、「小さな紳士であれ」と。 男の子はハッとした様子で背筋を伸ばし、すぐに再びロープから手を離して、女性の前に立ちました。 女性はニッコリして、「ご協力ありがとうございます」と丁重に礼を言い、男の子と握手を交わして、元の席に戻ります。 男の子もまた、誇らしげに母親のもとへと向かう……その光景に、祖母は大いに感激したようでした。 「英国紳士は、ああやってつくられていくのね。どちらも素晴らしかったわ」 「確かに、あの女の人はとても素敵だった。日本だったら『ダメでしょ!』とか『やめなさい!』ってまず叱りつけるところなのに。それに、男の子にも、『紳士』っていう概念が既にあったよね。あんなにちびっ子なのに」 お茶を飲みながら私が同意すると、祖母は厳めしい面持ちで言いました。 「私も、『小さな武士であれ』って言って、うちの男の子を育てるべきだったかしら」 そう言えば、祖母の実家は武家の家柄と聞いています。 子供時代の面影を想像することは難しいですが、伯父たちが「小さな武士」であろうとちんまり板の間に正座している姿を想像してしまい、私は思わず噴き出しました。 「その場合、ガールズはどうなるん?」 「そうねえ……」 祖母は少し考え、こう答えました。 「小さな清少納言であれ」 なんと、ここで平安スーパー強気女子が来た……! 「なんで清少納言? 紫式部とか……そう、美人で有名な小野小町とかじゃないん?」 すると祖母は、真っ直ぐに私を見て言いました。 「持って生まれた美貌はなくても、その気になれば、女性はどうにかこうにか綺麗になれるの。小野小町でなくても、努力でそれなりにはなります」 オウフ。 何故私は、ロンドンくんだりまで来て、しかもナショナルギャラリーの大好きなカフェで、突然心臓をざっくり刺されているのでしょう。 祖母は続けてこうまくし立てました。 「紫式部は勿論優れた人だけど、やっぱり清少納言よ。落ちぶれていく主に忠義を尽くしたわけでしょう。しかもあんな強気でサバサバして面白い文章を書いて、寂しい主を慰めて支えた、その姿勢こそが美しいわ! 本当の美人ていうのは、そういう人のことを言うんです」 あれ。 なんだか、これまで私が把握していた祖母の美意識とは、ちょっと毛色の違うパーツが浮かび上がってきたようです。 好きよ、そういう考え方。 それは初めて、「この人、私の祖母だわ」と実感した瞬間でありました。 しかし祖母は、「お前のことなどわかっている」と言いたげに私をじーっと見て、いきなりこう付け加えたのです。 「小説を書いて食べていくんなら、そういう書き手になりなさい。有名になりたい、褒められたい、そういうことではなくて、誰かの心に添うものを書きなさい。自分のためだけの仕事は駄目よ」 うわー。 別ベクトルでグッサグサに刺されて返す言葉もない私に、祖母はもうケロリとした顔つきになり、スコーンの欠片だらけのお皿を見下ろしてこう言ったのでした。 「このスコーンっていうのは、工夫が足りない食べ物ねえ。まずくはないけど、もう少し潤いがあるほうが食べやすいって、誰だって思うでしょうに。イギリス人は古いものを大切にするっていうけど、改善と進化のほうも頑張るべきだわ!」 あ、いや、やっぱりこのつよつよ遺伝子だけは、私はまったく受け継いでないなあ……。 「スコーンは、紅茶を美味しく楽しむために存在するお菓子だからさあ。そういう意味ではたぶんパサパサなのが正しいと思うんだよね。潤ったスコーンはもはやスコーンじゃないし……はい、とにかくお茶飲んで、自前で潤して」 何故か縁もゆかりもないスコーンを弱々しく擁護しつつ、私は祖母のティーカップに、イギリス流になみなみと紅茶を注いだのでした……。 (次回、おそらくミュージカル鑑賞編……かな?)
「誰かの心に寄り添うもの」 先生の作品はまさにそんな感じです。 私もホテルマン精神に感服しています。ゲスト側にはなれませんが、日々の生活の中でその精神を自分も発揮できればと思います。 続き楽しみです!
男らしく女らしくという話題は控える事が良しとされる昨今ですが、レディとしてジェントルマンとしてのふるまいを語ることは、決して個性を抑えつけて強制することではないのだと感じました。 ティム~とニマニマしていたら後半 オウフ×n をくらったわけですが、潤ったスコーンはもはやスコーンではないので工夫が足りないなりに強く生きていこうと思ったのでした。 「あら~食べやすければ良いってものではなくってよ♪」と、にっこり微笑むつよつよを目指しますっ!
ホテルマンのスマートすぎるお節介にため息。 展示室の係員と小さなジェントルマンのお話。 お祖母様の素晴らしい美意識。誰かの心に沿うものを書きなさい、先生にそう仰ったお祖母様。うんうん、読ませていただいてますよと伝えたい。 次回はどんなつよつよ伝説が読めるのか、楽しみです。
おばあさまのファンになりそうです✨心の美しさとか気高さ清澄が大切。心に沁みます。 ホテルのスタッフさん達素敵ですねぇ。プロ集団!そしてお客様だけどスタッフ寄り認定でなんとなく先生がホテルスタッフさん達の大切な可愛い妹のような感じを受けてしまいました。 この先のご旅行も楽しみにしております✨
ティム〜っっ 私も心の中で叫んでしまいました 凄いですね これがコンシェルジュ 素晴らしいです きっと私の人生には登場しないであろう人?職業?です 一度そういうホテルに泊まってみたいものです そして先生のように「連帯感」体験してみたいですね お祖母様は相変わらずつよつよで素敵ですね ご自身の中に核があってそれがブレないところが素晴らしいです👏 美術館の監視員?の方の人に対する接し方がエレガント 私は展覧会等が好きなのでよく行くのですが、こんなエレガントな監視員の方にお目にかかったことありません そんな方が居られる場所ならどんなものでも楽しんで過ごせることでしょうね 先生とお祖母様の旅の日程も半分過ぎたのでしょうか? 来週も楽しみにしております