経済学の重鎮・野口悠紀雄氏「日銀は利上げにカジを切る時、悪影響のない政策はない」

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野口悠紀雄さん(一橋大名誉教授)

 急速な円安と物価高が日本経済を侵食している。円相場は1ドル=145円を突破し、政府・日銀は為替介入に追い込まれた。実は、アベノミクスのはるか前から円安誘導は一貫して進められてきた。それは、日本経済に何をもたらしたのか。この先、展望はあるのか──。経済学の大御所に聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──この半年で30円もの「スピード円安」が進行し、値上げラッシュも止まらない。足元の日本経済をどう見ていますか。

 経験則から、輸入物価指数が10%上昇すれば、時間を置いて、消費者物価指数が1%上がる。輸入物価が3~4割上昇しているので、消費者物価指数が3~4%上昇するのは十分あることです。4月以降、マイナスが続く実質賃金はさらに落ち込むことになりそうです。

 ──物価上昇率が8%超の米国と比べ、日本は2%台と低い。

 日米でインフレのタイプが異なります。昨年来の米国のインフレはデマンドプル型です。コロナ禍から経済が正常化し、成長率が高まり、賃金が著しく上昇している。そのために物価上昇が起きています。日本は輸入価格の上昇によるコストプッシュ型インフレ。賃金上昇は伴っていません。

 ──なぜ、日本では賃金が上がらないのですか。

 企業の付加価値は短期的には為替の影響などで増えたり減ったりしていますが、長期的に見れば増えていない。ほぼ一定です。だから賃金が上がらない。

■足腰が立たない日本経済

 ──企業の利益が増えない要因は何ですか。

 米国の場合、情報処理産業を中心に新しい産業が発達して、長期的に企業の利益が増えています。ところが、日本では成長産業が現れなかった。そういう道を選択したからです。

 ──と言いますと。

 円安に誘導することで、古い産業を維持しようとしたのです。円安によって自動的に輸出企業は儲かるため、企業は技術開発したり、新しいビジネスモデルを構築してこなかった。だから、日本経済の体力が衰えたのです。そして、足腰が立たない状態になった。

 ──1ドル=80円台だった2010年ごろ、製造業に従事していました。海外向けの売値が跳ね上がり、非常に苦しかったのを覚えています。日本企業は価格競争では勝てない。高くても売れる高付加価値品で勝負するしかないと言われました。

 日本に限らず、どこの国でもそうです。高付加価値品化を実現したのが、米国であり、韓国です。日本は円安が進行したため、企業があぐらをかき、努力を怠ったのです。

■アベノミクスの本当の目的は古い産業を助けること

 ──円安誘導政策はいつごろからですか。

 90年代半ばから始まり、2000年ごろからは、積極的に為替市場に介入するようになった。13年に導入されたアベノミクスの異次元緩和以降、円安誘導は非常に顕著になったと言えます。

 ──異次元緩和はデフレからの脱却をうたい、2%の物価上昇率を目標に掲げています。

 アベノミクスの本当の目的は、金利を抑えて円安を促進し、古い産業を助けること。物価目標は名目的にそう言っているだけです。事実、消費者物価指数(生鮮食品を除く)の対前年比が2.8%になっても、日銀は金融緩和を続けています。アベノミクスの狙いが、物価上昇ではなく、円安促進であることが今ハッキリ分かりました。

 ──そもそも金融緩和はすべきではなかった。

 もちろんそうです。大企業や株式を所有している人にとってはプラスでも、国民の大半を占める働く者にとっては良くなかった。賃金が上がらず、物価だけが上がってしまっている。日銀は大企業の利益を重視し、働く者を無視してきました。

 ──国民の中に「円安は良いこと」という認識があったような気がします。

 マスメディアが「円安は日本にとってプラス」という報道でミスリードしたからです。メディアの責任は大きい。

 ──民主党政権時代は1ドル=80円台の円高水準でした。

 民主党も一所懸命、円安に誘導しようとしました。大企業の利益を優先し、働く者の立場に立たなかった。自民党政権と全く同じです。

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