395話 悩みの種
「それで、一体何が有った?」
ペイスとカセロールが、お互いに向き合って会話を交わす。
親子同士ののほほんとした会話ではない。貴族家当主とその代行としての、多分に実務的な話し合いだ。
議題は勿論、先に行われたモルテールン家主催の晩餐会について。
晩餐会の社交自体は大変に和やかに行われ、参加した各家もそれぞれに満足して帰っている。
特に、振舞われた食事に関しては、満足度が極めて高かったという報告が上がっていた。
何せ、料理の監修はペイスが行い、元レーテシュ家筆頭料理人であったファリエル総料理長が辣腕を振るったのだ。王家と比べても遜色のない料理を用意できたとペイスが自画自賛するほどであり、参加者は皆モルテールン家の実力の高さ、財力の豊かさを感じたことだろう。
総じて、社交の場としては開催大成功ではあったのだが、勿論問題も無かったわけではない。
目下、モルテールン家として悩んでいるのが、晩餐会で起きた些細な諍いである。
「結論から言えば、フバーレク辺境伯とレーテシュ伯が、ボンビーノ家に生まれてくる子を取り合って喧嘩しました」
「……端的で分かりやすい説明、ご苦労」
「父様、頭痛薬要りますか?」
「いや、要らん」
じっと頭のこめかみ辺りを押さえるカセロール。
日頃から色々と頭の痛い問題を幾つも抱えている苦労人ではあるが、今回の問題は飛び切り。
日頃ならば頭痛の原因になりそうな息子が元凶で無いのは救いだろうが、それで問題が解決に向かうわけでも無い。
「まず、今回の社交会。当初の目的は十二分に果たせた点は評価すべきですよね」
「そうだな。事前に検討していたもののうち、主要な三つが果たせた意味は大きい」
モルテールン主催による大規模な社交会。
さしあたっての狙いは、大きく三つある。
一つは、ペイスの魔法の本当の能力を隠す狙い。
モルテールン家にとってというよりはペイスの秘密になるのだろうが、【転写】の魔法は他人の魔法でも自分のものに出来る。
この事実が仮にバレてしまったなら。ペイスは、ほぼ全ての他家から大なり小なり敵視されることになる。最低でも危険視はされるだろう。
魔法というのはどんなものであっても、大きな利益につながる。魔法によって出来ることと出来ないこと、得手不得手があるのは間違いないが、普通の人間には不可能なことが出来るようになるという点では共通している。
そう、どんな魔法でもだ。
ひとたび魔法を授かったなら、使い方の難度や応用性は有るにせよ、一切なんの役にも立たないということは今までなかった。例外なく、何かしら利用価値は存在した。
ものによっては、国家にとっての切り札と言える力にすらなりえる。
カセロールの【瞬間移動】などはまさにジョーカーだ。
情報伝達にも、軍事行動にも、奇襲作戦にも、物資運搬にも、人員移動にも、或いは逃走にも便利な魔法。カセロールが神王国に与えた国益を計算するなら、金貨何十万枚分になるのか計り知れない。
たった一つの魔法でこれだ。一人で幾つでも魔法が使えるとなれば、これは最早歩く戦略兵器である。
モルテールン家以外からすれば、手段を問わずに物理的な排除を狙うに十分すぎる理由。
そこで、ペイスとカセロールは今回の社交でペイスの能力をカモフラージュすることを意図した。
魔法の飴の存在を国軍経由で秘密裏に流す一方で、欺瞞情報としての魔法レンタル説を流したのだ。
仮にペイスが【転写】以外の魔法を使っていると知られたとしても、そこを探っていけば魔法の飴か魔法のレンタル説に行きつくということ。
これならば、モルテールン家が危険視されるのはともかく、ペイス個人が危険視される理由は薄くなる。
もう一つは、モルテールン家の財力と実力を喧伝すること。
先の通り、ペイスを含めてモルテールン家の人間は周りから敵視されやすい状況にある。
だからこそ、敵視されたとしても手出しを戸惑う程度には“恫喝”しておく必要があった。
モルテールン家の魔法で国中から人を呼べることを改めて見せつけ、豪華で美味しい食事を振舞ってお金持ちっぷりをアピールする。
モルテールン家に手を出すのは危険、と思わせる程度に、実力を見せびらかしておくのが目的だったのだ。
更にもう一つは、人脈の移譲。
カセロールは、長年の領主稼業と傭兵稼業で人脈を作った。国の至る所に戦友が居て、国家の中枢部にも知人が多い。
これは、モルテールン家として大きな財産だ。出来ることならばペイスに引き継がせたい。
カセロールがそう思うのも当然だ。
そこで、カセロールが“これは”と思った人物を集め、ペイスと顔を繋ぐようにした。
ペイスとしても、初対面の人たちとの挨拶巡りは意味があったと感じている。
日頃は遠くにいて、それでいてカセロールの為に動いてくれる者たち。ペイスにも同じように協力してくれるようになれば、それはそれは心強い。
モルテールン家が独自に動いて行う、独自の社交。そこに生まれるコネクションという財産。ペイスならば、十全に活用して見せるはずである。
これらの隠された目的は、全てクリアした。実績解除率百パーセント。完璧な社交会であったと、手配りしたペイスを褒めてもいい。
ただ、最後に唯一悩みの種が残ってしまった。
「そもそも、普段あまり顔を合わせないメンバーを集めるというのは、今回の目的の一つでした。人脈を繋ぐという意味でも必須ではありましたし、中央や南部の情報に疎い人々へ直接モルテールン経由の内情を教えるという意味も有ります」
「そうだな」
「ただ……普段あまり顔を合わせない者同士であるからこそ、普段はあまり起こらないトラブルも起きたと」
「私の見込みが甘かった。ペイスには迷惑をかけてしまったことになるな」
「いえ。僕としても想定しておくべきリスクでした」
まさか、フバーレク伯とレーテシュ伯が、ボンビーノ家の子供を取り合って争うなど、どうして予想できただろうか。
ジョゼの子供というならば、カセロールにとっては孫。ペイスにとっては甥御や姪御になる。
身内に甘いモルテールン家としては、どうしたって保護の対象として見てしまう。
このまま放置するという選択肢は、カセロールとペイスには無い。
「それで、今後はどう動く?」
カセロールの問いに、ペイスはしばらく考え込む。
「フバーレク伯とレーテシュ伯の諍いは、一旦は収まりました」
「ふむ」
諍いの当事者は、レーテシュ伯とフバーレク伯。そして、ボンビーノ子爵である。
事の発端は、ボンビーノ子爵夫人ジョゼフィーネに、懐妊の兆候があるという話を、ウランタが暴露したこと。
南部閥の中でも伝統派の筆頭格であり、海上権益においてはレーテシュ伯と海を二分するボンビーノ家。最近ではモルテールン家と深く繋がり、武勲においては海賊討伐や大龍討伐で名を馳せ、経済的にも極めて著しい発展の最中にある、実に勢いのある家だ。
誰もが認める実力派の貴族家に、嫡子が出来る。
早速とばかりに動いたのが、件の二家。レーテシュ家とフバーレク家だったという訳だ。
実に分かりやすい、貴族社会の政争である。
社交の主催者側として間に入ったペイスであったが、その場で解決すると言えるほど簡単な問題ではない。
一旦、モルテールン家の顔を立てて問題を棚上げにしてもらう形で場を収めはしたものの、それで円満に済んだと言えるわけも無い。
「ただ、根本的な解決には至らず、火種はくすぶり続けています」
「よろしくないな」
「はい」
結局、ボンビーノ家に対して、どちらがより強く影響力を行使できるかという綱引きであり、政争なのだ。
軍事的な緊張から解放されたことで内政に注力し、外交政策も大幅にテコ入れしているフバーレク辺境伯と、南部地域を自家の庭と認識し、経済的にも深く繋がろうとしているレーテシュ伯爵家。
どちらも得られる物や、相手にとられたときの損失がデカすぎる訳で、下手な妥協は出来まい。
「どう動くにしても、取り合うものが一つであるだけに、分割も妥協もし辛いのでは?」
「欲しいものが人間だからな」
仮に、トラブルの元になっているのが領地であったり経済権益であったなら。
ぶつかり合っているとしても、どこかで妥協できる可能性はある。
お互いに本気でぶつかり合うより、適当なところで譲歩し、利益を折半するという方法も無くは無いのだ。
しかし、取り合うものがたった一人の人間となると話は別。
仲良く半分こにしましょう、などという訳にもいかない。
「しばらくは、様子見が良いのでは? 時間を稼げた訳ですから、妥協点を探ってみるほかないでしょう」
「ふむ」
「或いは……と思うことも有りますが、今は下手に手を出すと危険です」
「お前の言う通りだ。全く、どうしてこうなったのか」
自分の孫を、大貴族が取り合う。
十年前であれば想像もしていなかったことが現実に起きている。
カセロールとしては、フバーレク伯にもレーテシュ伯にも義理としがらみがあり、どちらかに一方的な肩入れなど出来ようはずもない。
「この件は、私も王宮で情報を集めてみようと思う」
「そうですね。まずは周りから動くのもいいと思うので、お願いします」
息子の応援に、カセロールは鷹揚に頷いた。
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