ロシアの核恫喝と核使用のシナリオ
長崎大学核廃絶研究センターの発表によれば、2021年6月1日現在の、世界各国の保有核弾頭数は、ロシア6260発(1600)(()は配備中弾頭数。以下同じ)、米国5550発(1800)、中国350発(0)、フランス290発(280)、英国225発(120)、パキスタン165発(0)、インド160発(0)、イスラエル90発(0)、北朝鮮40発(0)となっている。
なお中国と北朝鮮は核弾頭数の増産を続けているとみられ、米国防省は2021年11月、中国は2030年までに少なくとも1000発の核弾頭を保有することを目指している可能性があると公表している。
北朝鮮も今年4月16日、新たな短距離ミサイルの発射実験を行った。
国営メディアによると、「戦術核運用の効率強化」が目的で、初めて同国は特定のシステムと戦術核兵器を結びつけた。
2016年3月北朝鮮の国営メディアは、金正恩第一書記が核弾頭の模型とみられる「銀色球体」と長距離弾道ミサイル「KN-08」を前に「核爆弾を軽量化して弾道ロケットに合致するように標準化、規格化を実現した」と発言している。
核弾頭を小型化し、それを短距離ミサイルに搭載できるようになれば、より数多くの核弾頭を配備できるようになり、攻撃抑止のために少数の都市に脅しをかけるのではなく、韓国の幅広い軍事目標に対して使用する可能性があるとみられている。
IAEAは、2021年8月に北朝鮮が寧辺(ヨンビョン)の核関連施設を再稼働させた可能性があるとの報告書をまとめた。この施設の稼働の兆しがとらえられたのは2018年12月以来とみられている。
2022年9月8日、金正恩国務委員長は施政演説の中で、米国が狙う目的は、「究極的には核を投げうたせ、自衛権行使力まで放棄あるいは劣勢に追い込むことにより、我が政権を崩壊させる」ことにあり、「絶対に核を放棄することはできない」と明言している。
このように、世界的には核の増産と質的向上が趨勢となり、核兵器の重要性が増し、新たな核軍拡競争が激化する傾向にある。
ウクライナ戦争開戦直後からプーチン大統領が何度も核恫喝をかけてきたのは明白な事実である。今回のハリコフ攻勢後においても核恫喝がまたもかけられた。
今年2月7日、プーチン大統領は、仏マクロン大統領との会談で「ロシアは核保有国だ。その戦争に勝者はいない」と、核使用の可能性について言及した。
2月19日には、核弾頭を搭載できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)と極超音速巡航ミサイルの大規模な発射演習を行い、「全弾が目標に命中した」と発表、核保有能力を誇示した。
プーチン大統領の指揮のもと、戦略的抑止力の向上のためとして、核戦力を運用する航空宇宙軍や戦略ミサイル部隊などが参加し、ミサイルの発射演習を行っている。
プーチン大統領はモスクワ時間の2月24日早朝、「住民を保護するため」との理由でウクライナ東部における特殊な軍事作戦の遂行を決断したと発表した。
その際のテレビ演説で「外部からの邪魔を試みようとする者は誰であれ、そうすれば歴史上で類を見ないほど大きな結果に直面するだろう」と語り、核兵器の使用も辞さない構えを再び示唆した。
さらに同演説で「現代のロシアはソビエトが崩壊した後も最強の核保有国の一つだ。ロシアへの直接攻撃は、潜在的な侵略者にとって敗北と壊滅的な結果をもたらす」と述べ、核抑止力部隊を特別警戒態勢に置くよう命じた。
9月21日、プーチン大統領は国民向けのテレビ演説で、核脅威と対応について以下のように発言し、核使用も辞さない姿勢を示している。
「核による脅迫も行われている。西側が扇動するザポリージャ原発への砲撃によって、原子力の大災害が発生する危険があるというだけでなく、NATOを主導する国々の複数の高官から、ロシアに対して大量破壊兵器、核兵器を使用する可能性があり、それは許容可能という発言も出た」
「ロシアに対してこうした発言をすることをよしとする人々に対し、わが国もまた様々な破壊手段を保有しており、一部はNATO加盟国よりも最先端のものだということを思い出させておきたい」
「わが国の領土の一体性が脅かされる場合には、ロシアとわが国民を守るため、われわれは、当然、保有するあらゆる手段を行使する。これは脅しではない」
「ロシア国民は確信してよい。祖国の領土の一体性、われわれの独立と自由は確保され、改めて強調するが、それはわれわれが保有するあらゆる手段によって確保されるであろう。核兵器でわれわれを脅迫するものは、風向きが逆になる可能性があることを知るべきだ」
(『NHK 国際ニュースナビ』2022年9月22日)
またロシア側は、ロシアの保有する核弾頭数は米英仏を併せた数よりも多いと、世界一の核戦力保有国であることを再度誇示している。
なお、公表されたロシアの軍事ドクトリンによれば、ロシアは核兵器を使用するシナリオとして次の4つを規定している。
1. ロシアまたはその同盟国に対する弾道ミサイルによる攻撃が確認された場合
2. ロシアまたはその同盟国に対する核兵器またはその他の大量破壊兵器(生物・化学兵器)による攻撃が行われた場合
3. ロシアの核兵器の指揮統制システムを脅かす行動がとられた場合
4. ロシア連邦が通常兵器で攻撃され、国家の存立そのものが脅かされる場合
プーチン大統領は、ウクライナ戦争の開戦当初から、上に述べたように何度も核恫喝をかけている。
さらに、下記のようにルハンスク・ドネツク・ザポリージャ・ヘルソンの各州とクリミアにおいて、住民投票を行い、ロシア連邦に合併することを企図している。
これらの地域は現在の占領地域と、ドネツク州の西部を除き、ほぼ重なっており、ロシア系住民が多数居住し、かつての帝政ロシアの元々の支配地域とも重なっている。
住民投票にかければ、ロシア連邦への併合に賛成する者が過半数を占めるとの結果が出ると予想される。すなわち、上記の核使用の条件の4に占領地域の全域が含まれることになり、通常戦力による攻撃でも核使用が可能になる。
このようにプーチン政権は、地政学的歴史的条件、核を含めた軍事ドクトリン、占領行政など多正面から、今回の「特別軍事作戦」の戦争目的に合致した態勢固めを図っていると言えよう。
9月21日の30万人動員下令は、住民投票の結果を盾に現占領地域を平定しその安全を確保するとともに、残されたドネツク州東部を占領するために、必要な戦力を確保するために採られたとみられる。
今回の部分動員は、核兵器を使用するという切羽詰まった状況に追い込まれているというよりも、通常戦力により戦争目的を達成できるとの判断があるとみられる。
ゼレンスキー大統領は、ロシア側は100万人の動員も計画していると発言しており、まだロシア側には通常戦力をさらに増強する余裕があるとウクライナ側もみている。
このように通常戦力のみでも戦争目的を達成しうると判断できる情勢の下では、ロシア側が核戦力を使用する必要性や動機には乏しいとみるべきであろう。
プーチン大統領の9月21日の部分的動員令に反発する動きもロシア国内では報じられている。
ロシア全土で9月21日、プーチン大統領がウクライナ侵攻のために出した部分的動員令への抗議デモが行われ、人権団体OVDインフォによると、拘束者は38都市で1400人以上に上った。
内訳は首都モスクワと第2の都市サンクトペテルブルクで各500人規模。侵攻が長期化する中、動員令に対して若者を中心に動揺が広がり、弾圧で沈静化していた反戦デモの再燃につながったとみられる(『JIJI.COM』2022年9月22日)。
このように一部には反対行動がみられるが、それがどの程度全国的な広がりを見せるかには疑問がある。
今年4月22日にロシアの独立系調査機関が発表したプーチン大統領に対する支持率は83%と、開戦前より10ポイント上がったと報じられている。
開戦から200日を超えた現在、どの程度の支持率が維持されているかは不明だが、一部の反対のみでプーチン政権の戦争継続が困難になると即断はできない。また軍事的には、部分動員は抑制的な対応であり、なおロシアは余力を残している。
危機時には強い指導者の周りに結束し、国土を護り抜いてきたロシアの伝統からみれば、この程度の犠牲でロシアの一般国民が反戦、反プーチンに動くとはみられない。
プーチン政権は、親ロシア派を通じて占領・支配するウクライナ東・南部4州で、23~27日にロシアへの編入に向けた「住民投票」を実施すると決定した。
プーチン大統領は演説で、住民投票の結果が出れば「支持する」と言明、「解放された地域、とりわけ歴史的領土であるノボロシア(ウクライナ東・南部の別称)の住民はネオナチのくびきを嫌っている」と述べ、投票を根拠にロシアへの編入に踏み切ることを示唆した(『JIJI.COM』2022年9月22日)。
クリミアのようにロシア軍の監視下で、ロシア系住民が多数を占める現在の占領地域内において、ロシア領編入を求める住民投票をすれば、賛成票が多数を占めることになるであろう。そうなれば、4州の現占領地域はロシア領に併合されることになる。
むしろ、ザポリージャ原発砲撃をウクライナ側が行ったとすれば、ウクライナ側に核災害を含む大量破壊兵器使用の誘因が高まっていると言えるかもしれない。
追い込まれた側が大量破壊兵器やそれに類する手段を行使する危険性が高まるためである。
核使用の可能性はウクライナ、ロシア両国にその可能性があることを踏まえ、今後注目していく必要がある。
特に、住民投票後4州のロシア領併合が実現すれば、これに対しウクライナ側がこれら領土への攻勢奪還を試み、それが部分的にでも成功した場合には、上記条件4に該当するおそれがある。
そうなれば、ロシアによる核使用の可能性が急激に高まるかもしれない。
逆に、ロシアの自国領併合の動きを必死で止めようとしたウクライナ側が、原発攻撃や生物・化学兵器の使用に出た場合は、上記条件2に該当する。
また、それと併せ大規模なサイバー攻撃によりロシア側の核兵器の指揮統制システムを機能マヒさせるようなことがあれば、上記条件3に該当する。いずれの場合も、ロシアの核使用の可能性は高まるとみられる。
4州併合後の情勢推移いかんによっては、かつてないほど核兵器使用の危機は高まると言えよう。