《さぁ、遂に始まりますチームリギル入部テスト! 距離800メートルのターフを最速で駆け抜け、最強と名高いチームへと入るのはいったい誰になるのか!? 実況解説は私サクラバクシンオーとシンボリルドルフ会長がお送り致します! 会長、本日はよろしくお願いします!》
《あぁ、こちらこそよろしく頼む》
《はい! さて、本日のレースはチームリギルに欠員が出た為、急遽執り行われることになりましたが会長としてはどのウマ娘が勝つと予想されますか?》
《ふむ……今年の新入生は有智高才なウマ娘達が非常に多い。その中から誰が勝つか予想するのは難しい所ではあるが……そうだな、私の予想としてはエルコンドルパサーかキングヘイローのどちらかだな》
《ほほう! ズバリお聞きしますが、なぜその2人を選ばれたのでしょう!》
《現段階での話にはなるが、エルコンドルパサーは新入生の中でも秀でた才能を持っている。長ずればGⅠウマ娘になることも夢ではないだろう。そのポテンシャルをこのレースでも発揮出来れば恐らく勝てるだろうが……キングヘイローはセクレタリアトの弟子だ。更にはGⅠウマ娘の実子でもある。これまでどのようなトレーニングを積んできたのか分からない以上、実力は未知数。用心するに越したことはない》
《なるほど! 才能のエルコンドルパサーか、実力のキングヘイローか! この2人の対決が見所になりそうです!》
随分と気に入らないことを言ってくれるわね、とキングヘイローはゲートの中でスタートを待ちながら流れてくる放送を聞き心の中でそう思う。
エルコンドルパサーは個人に対する才能を見られているに対し、キングヘイローの方は個人ではなくあくまでセクレタリアトの弟子やG1ウマ娘の子供という付加価値で見られている。
それは言い換えれば、キングヘイローという存在はあくまでオマケ程度でしか見られていないということだ。それがキングヘイローにとってはとても気に食わなかった。
しかし、それも今だけのこと。
(一流のウマ娘足るもの、劇的且つ鮮やかなキングの走りで全員の視線をこの私に釘付けにしてあげるわ!!)
燃え盛る闘志を胸に抱き、視線を前へと見据えるキングヘイローの顔には本人も知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいた。
《チームリギル入部模擬レース───今、スタートしました!》
ガコンッという音と共にゲートが開いた瞬間、キングヘイローはすぐさま飛び出た。
《さぁ、始まりました模擬レースうぉっと!? スペシャルウィークがゲートから出遅れました! この短距離で出遅れたのはかなり致命的でしょう! さて、ゲートを飛び出し真っ先に先頭へ躍り出たのはエルコンドルパサー! ゴール目掛けてとても快調に飛ばしております! そしてそこから1バ身ほど離れてキングヘイロー! 虎視眈々とゴールを狙っている様子だ! さらにキングヘイローから2バ身ほど後ろに集団が形成されています!》
コンマ数秒にも満たない、自分の中でも割と絶好のスタートを切った筈なのに、平然と自分を追い抜いて先頭に立ったエルコンドルパサーの姿を見て、キングヘイローは悔しげな表情を浮かべ───なかった。
(800メートルの短距離コース。こんなところで先頭を譲っていてはまず勝てない……って、前の私ならそう思ったでしょうね)
距離800メートル。普通の人間からしたら少し遠い距離だが、ウマ娘からしたら数十秒で駆け抜けられるあっという間の距離だ。
そんな短い距離で先頭から離される。ましてや先頭を走るのは天才のウマ娘だ。たった少しの遅れが致命傷に繋がる可能性が高いと言えるだろう。
そしてさらに言えば、天才に負けたくないという意地や、キングヘイローは所詮この程度かと見限られたくない恐怖と焦りも相俟って、以前までのキングヘイローならば無理をしてでも先頭を取りに行こうとした。
だが、その先に待っているのは敗北だ。無理に先頭を奪いに行ったことでスタミナが切れ、ゴール前までに失速した所をエルコンドルパサーに差される未来が容易に想像できた。
(やっぱり……エルコンドルパサーさんは
先頭を走るエルコンドルパサーの後ろ姿を見遣りつつ、キングヘイローは冷静に分析をする。
エルコンドルパサーの走りは独特だ。体勢を低く前傾にし、ストライドを広く取る彼女の走りはまるでコースの上をコンドルが飛んでいるようなイメージを湧かさせる。
練習して身につけたものでは無い。生まれながらにして持った天性の走法、凡人では決して真似出来ない走りだ。
時折居るのだ、こういうウマ娘が。何だってそんな走り方が出来るのか謎でしかないのに、そういう変な走り方に限ってとてつもなく速い。
そして、人は必ずそういうウマ娘に対して『天才』という特別な称号を付けるのだ。
凡人ではそんな異才とも呼べる才能を持つ天才に敵わない。凡人がどれだけ自分を磨きあげた所で、努力する天才は更に天高く飛翔する。追いつくことは出来れども追い抜くことは出来ない。
ならばこそ、凡人でしかないキングヘイローではエルコンドルパサーには敵わないのは当然のことと言えるが……キングヘイローにとってそんなことは百も承知だった。
それでもキングヘイローの瞳から闘志が消えることは無い。何故なら彼女は既に
(凡人でも天才に勝てるやり方……今から見せてあげるわ!)
400mを走り残り半分となったタイミングで、キングヘイローはターフを強く踏み込んで加速した。
《おっと! キングヘイローここで加速した! エルコンドルパサーとの距離を一気に詰める! やはりこの模擬レースはこのまま2人の勝負になってしまうのか!?》
自身のすぐ後ろから迫ってくる足音と場内を流れる実況を耳にして、キングヘイローが仕掛けたことを理解したエルコンドルパサーはチラリと後ろを確認すると、先程まで1バ身はあった距離が半バ身まで縮められていた。
(来ましたねキング! 絶対に負けないデース!)
レースも後半へと差し掛かったこのタイミングで先頭を取るためにペースを上げてきたのだと察したエルコンドルパサーはキングヘイローに先頭を取らせないべく更にスピードを上げ距離を離しにかかる。
そして、先頭の2人から距離を置かれてしまった集団のウマ娘達もワンテンポ遅れて慌ててペースを上げ、固まっていた集団は一気に解け隊列が縦長となった。
《さぁレースも終盤へと差し掛かってきた! 依然としてエルコンドルパサーが先頭! その後ろに1バ身離れてキングヘイロー! さらにその後ろには序盤で出遅れたスペシャルウィークが怒涛の追い上げを見せて迫っているぞ!!》
先頭のエルコンドルパサーがレーステンポを変えたことで一気に激化したレースの最中、キングヘイローは走りながらも冷静に周りを見渡し状況を把握する。
(ゴールまで残り200mと少し……ペースを上げたことでエルコンドルパサーさんはそろそろゴールを見据えてスパートを仕掛けるから、後ろのことを気にかけることが出来なくなるタイミングの筈。スペシャルウィークさんは……あの様子だと完全に前のことしか見てないようね。その後ろに居る子達は息も上がっていて恐らく前までは出て来れない……なら、こうするべきね)
現状を素早く整理したキングヘイローは次の瞬間、
《あっ!? キングヘイロー失速! キングヘイロー急に失速しました! その隙を突きスペシャルウィークが2着に浮上! キングヘイローは急にどうしたのでしょうか!?》
「なっ!? くっ!」
急にペースを落としたことでスペシャルウィークに抜かされ、順位を落としたキングヘイローにエルコンドルパサーは驚いたが、もうすぐゴールということもあって後ろを気にかけるよりもゴールを優先してスパートを掛ける。
そして当のキングヘイローは何事も無かったかのようにスペシャルウィークのすぐ後ろに着いて走る───さながらそれは影のようにピッタリと。
◆◆◆
「師匠ー! キングちゃん急に遅くなっちゃってどうしちゃったの!? 足でも怪我しちゃったのかな!?」
「いや、落ち着けウララ。あれはキングの作戦だ」
急にキングヘイローが失速したことでザワザワと騒ぐ会場と心配で慌てるウララを他所に、セクレタリアトを含めた一部の者達は冷静にレースを俯瞰していた。
「見てみろ、キングは今スペの真後ろにピタッと着いてるだろ? あぁしてるとスリップストリームって言って前の人を風避けにして進めるんだ。俺達ウマ娘は車並みのスピードをレースで出すからな、風の抵抗を少しでも減らすことが出来ればそれだけ体力を温存することが出来るから、キングは今スペを利用して体力を溜めてるんだ」
「おぉ〜!! キングちゃん賢いね〜!!」
セクレタリアトからキングヘイローの目的を聞き、ハルウララは素直に賞賛の声を上げたがふと1つ疑問が湧き首を傾げる。
「でも師匠、それならどうしてキングちゃんは最初からエルちゃんの後ろに着いてスリップストリームってのをしなかったの?」
「それについてはまぁ理由は色々とあるんだが……1番の理由はキングの作戦のためだな。な、トレーナー?」
【……あぁ】
セクレタリアトから話を振られたクリストファーは静かに頷いた。
「キングちゃんの作戦?」
「あぁ、キングが勝つためには正直に言って作戦を立てなきゃ今はまだ難しいからな。だから、俺とトレーナーとキングのトレーナー達で幾つか作戦を考えてあるんだ。まぁ詳しいことは見てりゃそのうち分かるからキングの動きを見逃すなよ」
「うん! 分かった〜! じ〜!」
セクレタリアトの言葉通り、ジッと集中してキングヘイローの動きを見つめ出したハルウララに微笑みつつ、レースへと視線を戻したセクレタリアトは静かに口ずさむ。
「さぁ、よく狙えよキング。勝機はすぐそこだ。絶対に掴み取れよ?」
◆◆◆
レースも残り100mを切り、2バ身ほど離れた位置で前を走るエルコンドルパサーの背中を見つつスペシャルウィークは思う。
(凄い、これが本物のレース! ただ走るのとは全然違う……!!)
自分以外の同年代のウマ娘が故郷には居なかったせいで、誰かと本気で走った経験の無いスペシャルウィークにとって、この模擬レースはある意味初めての経験が沢山詰まっていた。
(肺が苦しい、足が痛い、心臓がドキドキして今にも破裂しちゃいそうなのに……今、とっても楽しい!!)
全力を出して走るのがこんなにも辛く、苦しく、痛いのに……風を切って前へと進むこの感覚が気持ちよくて、誰かと競走するのが何よりも楽しい。
そして、これだけ全力で走っているのにそれでもなお前を走るエルコンドルパサーの凄さをスペシャルウィークは改めて理解し、闘志を燃やす。
(勝ちたい、エルコンドルパサーさんに! 勝って、私もサイレンススズカさんと同じチームに!!)
憧れの人の側へと近付くために、スペシャルウィークはゴールのある前だけを見つつさらに力を振り絞ろうとして───
「……今ね」
すぐ後ろから微かに聞こえてきた誰かの声を耳にし、スペシャルウィークは思わず振り返り目にする。
「さぁ、刮目なさい!」
そこに居たのはキングヘイロー。だが、その姿はスペシャルウィークの記憶にあるレース前のそれと大きく違っていた。
いや、正確には姿形は変わっていない。けれど、身に纏うオーラと呼ぶべき物、並の者では決して放つことのできない……言うなれば強者のオーラをキングヘイローは身に纏っていたのだ。
「───」
いつからそこに居たのか。走ることに夢中になりすぎて全く気づいていなかったスペシャルウィークだったが、キングヘイローのその姿を目にした途端、小さく息を飲み込んだ。
獰猛な笑みを浮かべ、目線を鋭くし、気高く虎視眈々とゴールだけを狙うその姿はまるで百獣の王のようで───
「これがキングの走りよ!!」
キングヘイローが足を強く踏み込んだ直後……気付けば彼女はスペシャルウィークを躱して前へと出ていた。
「ぁ……」
一瞬だった。言葉を交わすことも無く、何をする暇もなく、まるで時が止まったかと錯覚してしまう程にキングヘイローのスパートは鋭く速かった。
抜き去ったスペシャルウィークのことなんて見向きもせず、キングヘイローは恐ろしい末脚で先頭を走るエルコンドルパサーへと迫る。
「くっ!? はああああぁぁぁぁ────ー!!」
迫り来るキングに気付き、エルコンドルパサーもさらにスピードを上げようと気迫の声を上げるが、もはやもう遅い。
如何に空を速く飛翔するコンドルであっても、疲れを負った翼では大地を駆ける王者に叶う通りなど無し。
「───獲った!!」
クビ差でエルコンドルパサーを躱し、キングヘイローはゴールを掴み取った。