春を導くは偉大な赤いアイツ   作:ヒヒーン

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不屈の王、出走する

 生きていれば人はいつしか必ず『障害』に出会う時がある。

 

 テスト、試験、就職、結婚……逃げては後々になって自分にデメリットが降り掛かってくる『障害』を目の前にした時、後先のことを考えない愚者を除いて大勢の人は必ず立ち向かうことになる。

 

 そして、『障害』を乗り越えるために誰しもが少なからず努力をするのだ。

 

 テストや試験でいい点数を取れば成績が良くなる。だから勉強をする。

 

 就職でいい会社に入れば安定した生活を送ることが出来るようになる。だから自己の長所を延ばそうとする。

 

 結婚をすれば愛する人を手に入れることが出来る。だから自分の良い所を愛する人に見せつけようとする。

 

 自分の望む未来を手に入れるためにはそういった『障害』を乗り越えるための努力が必要であり、その努力を怠ったかどうかで世間で言う人生の勝ち組と負け組が生まれるのだ。

 

 アイツは勝ち組だからとか、アイツは生まれた時から凡人とは違う素質を持っているだとか、アイツみたいに努力しても報われる保証なんて無いからとか、そんな言葉は怠け者の戯言でしかない。

 

 何故なら、努力をすれば必ず報われる訳ではなくても、努力しなくては報われる未来なんて何一つ訪れる筈が無いのだから。

 

 それがこの世界の全てとは決して言わないが、しかしあながち間違ってもいないであろう世界のその有様をキングヘイローは少なくとも子供の頃から見てきた。

 

 GⅠレースを勝ち抜いた一流のウマ娘としてのみならず、今では一流のファッションデザイナーとして世間から注目を浴び続けている母親と、そんな母親を羨望の眼差しで眺めているだけのその他のデザイナーやウマ娘達。

 

 果たしてどちらが勝ち組で負け組なのか、子供でも分かることだった。

 

 例え才能が無くとも、自分も母親のように一流になりたい。その夢を叶えるために、キングヘイローは周囲から聞こえてくる反対の声を押し切ってまで数々の『障害』を死に物狂いで努力して乗り越えてきたし、今もそれは続いてる。

 

 そう、例えば───

 

『では、只今よりチームリギル入部テストの模擬レースを開始します!』

 

「ヘイ、キング! 今日は絶対に負けないからネ!」

 

「わ、私も勝てるように頑張ります!」

 

 憧れの人と同じチームに入ることを目指す一部を除き、闘志を燃やす他のウマ娘達から注目視されてる中で『チームリギルの入部テスト』を受けることになったこととか。

 

「……どうしてこうなったのよ」

 

 夕焼け色に染るターフの上で、キングヘイローは小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───事の発端は数時間前。キングヘイローとハルウララがセクレタリアトの弟子だとバレた後のことだ。

 

「……いつかはバレるとは思ってたけど、まさかこうなるとはな」

 

「ごめんなさい師匠……」

 

「私も何かやっちゃったみたいですみません……」

 

 多くの視線と耳を向けられている中、予定が完全に狂ったことに死んだ魚のような眼差しをしながら天井を仰ぐセクレタリアトにハルウララとスペシャルウィークはしょんぼりとしながら謝っていた。

 

「まぁ、こうなっちゃしょうがねぇさ……さて、と」

 

 魂が半ば抜けかけていたものの、いつまでもこんな様で居る訳にはいかないと思い、セクレタリアトが意識を切り替えて視線を元に戻すと彼女の対面側に座っているグラスワンダーとエルコンドルパサーはビクリと身体を震わせた。

 

「そう警戒しなくていい……って言っても無理か」

 

 自分でそう言っておきながら、いざロクに話したことも無く顔や名前ぐらいしか知らない先輩が目の前に座って話しかけてきたら誰だって警戒するに決まっていると思い当たり、セクレタリアトは小さく苦笑した。

 

「まずは軽く自己紹介だな。既に知ってるかもしれないが、俺の名前はセクレタリアト。アメリカじゃちょいとした有名人だったが、ここではただの留学生の1人だ。気軽にセクさんかセク先輩とでも呼んでくれ」

 

「いえ、そんな恐れ多いことはとても……」

 

「デース……」

 

「はは、そんな畏まらなくていいさ。気楽にいこうぜ気楽に」

 

 ガチガチに固まってるグラスワンダーとエルコンドルパサーを見て、セクレタリアトは朗らかな笑みの裏で(俺ってそんなに怖い顔でもしてんのかな……?)と思ってたりするのだが、グラスワンダー達から見れば天上人とも言える三冠ウマ娘を目の前にして緊張するなという方が無理な話であった。

 

「それで、2人の名前はなんて言うんだ?」

 

「グラスワンダー、と申します」

 

「エルコンドルパサー、デス!」

 

 2人が名乗りをした瞬間、セクレタリアトの雰囲気が一変する。

 

「ほう……?」

 

 先程までの気楽そうな姿はなりを潜め、代わりにレース直前さながらのような鋭い眼差しをエルコンドルパサーとグラスワンダーへと向け、その眼差しに威圧感を感じた2人はさらに身体を硬直させた。

 

(エルコンドルパサーとグラスワンダー……え、マジ? てことは今ここにあの黄金世代が全員揃ってるってこと? 何それ胸熱すぎねぇ? めっちゃ今すぐレースで走ってる姿見てぇんだが?)

 

 ……実際はただ単にオタク魂が爆発しかかってただけなのだが、それを知るのはセクレタリアトだけである。

 

「セクさん、急に怖い顔してどうしたの? 2人とも怖がってるわよ」

 

「あ、すまんすまん! ちょっと考え事をな!?」

 

 キングヘイローから指摘され、ハッと我に返ったセクレタリアトが慌てて謝るも、当の二人からは無言の苦笑いを返されてしまった。

 

 警戒を解くはずがより警戒を強めてしまったことに内心で後悔しつつ、セクレタリアトはとりあえず話を続けることにした。

 

「えっと、そうだな……まず俺がウララとキングの師匠になってるのは事実だ」

 

 セクレタリアトがそう告げた瞬間、聞き耳を立てていたウマ娘達からザワザワと声が漏れる。

 

「んで、なんで俺が2人の師匠になったかというと、だ……」

 

 そこまで言葉を発しておきながら、セクレタリアトは途中で口を閉ざした。

 

(どうすっかなぁ……師弟関係をバラすのはともかく、その経緯とか理由を素直に言ったら変な輩とか湧いてきそうなんだよなぁ……)

 

 下手に誤魔化して疑惑を残してしまえば密かにハルウララとキングヘイローの後を付け回したり、直接言質を取ろうとして自分に突っかかってくるウマ娘達が現れることを想定したが故にすんなりと肯定したが、その理由まで語るとなると慎重にならざるを得ない。

 

 もう既にこれから先に起こる出来事に対して嫌な予感しかしないが、過去の経験からしてここで下手に答えるとさらに厄介なことになるのは明白だ。

 

 さて、どうするべきかと悩んでいると、セクレタリアトの視界にふと1枚のポスターが目に入り、それを見た彼女は思わずニヤリと笑う。

 

 言うべきこと、そして起こすべき行動は決まった。ならばあとは実行するのみ。

 

「……折角日本に来たんだ。なら、ちょいと気に入った後輩達の指導でもしてやろうかと思っただけだ」

 

 真意や経緯は隠しつつ、嘘ではない一部だけの真実をセクレタリアトが告げると、ザワザワとした騒めきは瞬く間に静まった。

 

 なんで一気に静まり返ってしまったのか理解出来ず、内心で少し困惑しつつもセクレタリアトは次の行動へ移ることにした。

 

 包み隠さず全部言えば今は陰口で済ませてる奴らがヘイトを増して直接危害を加えてくる可能性があるため論外、誤魔化そうとした場合は前述した通り、ならば取れる最善手としては嘘は言ってない発言で場を濁すこと。

 

 だが、言葉だけでは足りない。これだけで終わらせてしまっては言い詰められる可能性がある。ならばこそ、全員の意識を別のことに向けさせる必要性があった。

 

 故に、セクレタリアトはチラリとだけキングヘイローに対して申し訳なさそうな目を向けてから席を立ち上がる。

 

「日本に来てから1ヶ月近く……本当はもうちょっとだけ秘密にしておきたかったが、まぁバレたなら遠慮はいらねぇな」

 

 1人そう呟きつつ、セクレタリアトは壁に貼ってあった1枚のポスターを剥がすと、それをそのままキングヘイローの前に置いた。

 

「キング、ここ1ヶ月のトレーニングの成果を見せる時だ。このレースに出て色々と実感してこい」

 

「……は?」

 

 突然のその行動にキングヘイロー含めてその場に居た全員がポカンと口を開いて呆然としているのを他所に、セクレタリアトは傲岸不遜な笑みを浮かべながら何処かへと歩き去って行った。

 

 ……その場に取り残されたキングヘイローの前には『チームリギル緊急入部テスト!!』という文字がデカデカと書かれたポスターが置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は戻り放課後の現在。何故か参加することになったチームリギルの入部テストの会場であるターフはそれはもう数えるのもアホらしくなる程の多くのウマ娘とトレーナー達による観客でごった返っていた。

 

「どうしてこうなったのよ……!!」

 

 思い返してみても意味が分からない。模擬とはいえどうして自分がレースに、しかもリギルという超有名なチームの入部テストを受けなければならないのかキングヘイローにはこれっぽっちも理解出来なかった。

 

「ねーねー師匠ー! ウララもレースに出たいよぉ〜!」

 

「お前さんはまだダメ。だが、もう暫くしたらデビュー戦で思いっきり走らせてやるから今はキングの応援してやろうな。ほら、手ぇ振ってやれ」

 

「うん! キングちゃん頑張れー!!」

 

「気張っていけよキングー!!」

 

「一流の走りを見せてやれー!!」

 

【……特に問題は無さそうだな】

 

 こんな事態を引き起こした諸悪の根源の方へと目を向ければ、そこには純粋にとても楽しそうに応援しているハルウララと、どこから持ってきたのかペンライトを振って応援しているセクレタリアトと同じくペンライトを振りながら達筆な文字で『キングヘイロー』と書かれたハチマキを額に巻いた自分のトレーナーといつものスーツ服を着たクリストファーの姿があった。

 

 実にいい空気を吸ってそうでなによりである。ハルウララとクリストファーはともかくとして、セクレタリアトとトレーナーはあとで必ず説教するとキングヘイローは心に強く誓った。

 

「普通こういうのってダメだと思うのは私だけなのかしらね……」

 

 セクレタリアトに言われるがままに参加してしまったが、流石に担当しているウマ娘が何も言わずに他のチームの入部テストを受けるっていうのは不味いだろうということで自身のトレーナーに連絡を事前に入れていたのだが、どうやら昼休憩の間にセクレタリアトが色々と手を回したらしく、

 自分のトレーナーの許可とチームリギルのトレーナーである東条ハナの同意を得てキングヘイローは無事にレースに出ることが出来るようになっていた。

 

 いつもはのんびりとしてるクセに、こんな時だけ無駄に手を回すのが早いのは如何なものか。普段からもっとシャンとしてろとキングヘイローは人知れずそう思った。

 

『では、只今よりチームリギル入部テストの模擬レースを開始します!』

 

「ヘイ、キング! 今日は絶対に負けないからネ!」

 

「わ、私も勝てるように頑張ります!」

 

 アナウンスが流れると会場から大きな歓声が湧き上がり、共に走るウマ娘達のみならず会場に居るほとんどの者達から視線を向けられていることをキングヘイローはビシビシと感じていた。

 

 ただの模擬レースだというのにこの賑わい、そしてこのアウェー感。原因は勿論昼間のセクレタリアトの発言だ。

 

 事実無根な噂と普段の言動も相俟って、トレセン学園の生徒から見たセクレタリアトの印象はマイナスのイメージばかりが先行している。

 

 例えるなら、余所者のクセに実績で裏付けされた実力を持っていることでロクに口出しすることのできない超エリートとでも言うべきか。

 

 本人の性格を知れば少なくとも悪い人物ではないことは直ぐに分かるのだが、話す機会のない者やそもそも話す気すら無い者にとってそれを理解しろというのは中々に難しいことだ。

 

 人というのは自分の信じたことを簡単には曲げようとしない不器用な生き物であるが故に、セクレタリアトのイメージは学園に来てから現在に至るまで変わりなかった。

 

 そんな中で現れたセクレタリアトの弟子。しかも片方は一流のGⅠウマ娘の娘と来たのだから、良い意味も悪い意味も含めて注目が集まること間違いなしだろう。

 

 ましてや、その弟子が模擬レースとはいえ実際に走りを見せるとあっては、その注目度は倍以上にもなる。

 

 そんな中でレースをするなんて、普通のウマ娘ならばとてもではないがまともな精神状態で走ることは難しいだろう。

 

 ……そう、普通のウマ娘ならば。

 

「まぁ、いいわ。このキングの走りを見せるのだから、これぐらいのオーディエンスは必要不可欠よね」

 

 大勢からの注目? アウェーな空気? そんなものはキングヘイローにとって当たり前のものでしか無い。

 

 一流のウマ娘とは常に注目を浴びる存在。数がどれだけ増えたところで関係ない、視線に晒された程度で怯むようでは一流では無い。

 

 空気だってそうだ。一流のウマ娘たるもの、常に大勢から応援されている訳では無い。

 

 時には自分よりも違うウマ娘が大勢から応援されることもあるし、ブーイングを浴びせられることもあるだろう。

 

 ならばどうするか、なんて決まっている。自分の走りで観客を魅せることで応援をこちらに向けさせてしまえばいいのだ。

 

 文句も何も言わせない、完璧な走りをして観客を魅了させるのも一流のウマ娘ならば出来ること。それらを踏まえてみれば、何を恐れることがあるだろうか。

 

「見てなさい、全員キングの走りに釘付けにしてあげるわ!!」

 

 観客達を前にして、キングヘイローは王者の如く威風堂々と高らかに宣言した。




始まってから10話以上経ってようやくまともなレースが書かれる小説があるらしい(なおデビュー戦もまだ終わっていないという

……亀進行過ぎて自分でも驚いてしまった(汗

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