オーバーロードアニメ4期、本当に最高でした。
文句のつけようがありません。
ラナーの例のシーンは本当に喝采ものでしたね。
4期の個人的なベストアルベドは、キスの前、アインズ様の父性溢れる注意を静かに嬉しそうに見ているシーンです。あそこは原作でも特に好きな二人のやりとりでした。
劇場版の聖王国編も非常に楽しみです。
「モモン様、どうかされましたか」
ふと、クライムはそう言って振り返る。
彼の後ろを付いてきている漆黒の鎧を全身に纏ったモモンガは、遠くの一点を見ていた。
「……あ、いえ。庭の花がとても綺麗に咲いているな、と」
足が止まったモモンガの回答に、クライムは僅かに相好を崩した。中庭の花園は彼の主人であるラナーにとってもお気に入りの場所でもある。『蒼の薔薇』がそういったことに興味がない女性ばかりなので──ラキュースは除くが──モモンガが庭園に興味を抱いてくれたのは、クライムは素直に嬉しかった。
「よろしければ見ていかれますか?」
「よいのですか? 私のようなものが立ち入っても」
「もちろんです。モモン様は客人として招かれているのですから」
クライムが快くそう返すと、モモンガは『それなら』と彼に案内を頼んだ。庭園に立ち寄ると、花の豊かな香りが一層に鼻腔を満たし、モモンガは兜の中でうっすらと目を細めた。
「……綺麗だ」
無意識に、モモンガはぽつりと呟いていた。
色とりどり咲き乱れている花々は、柔らかな風を受けて僅かに頭を揺らしている。彼は指先で花弁にそっと触れて、花の美しさを慈しんだ。
ナザリックにはこれ以上の花園が存在しているが、やはり生きた花とゲーム内グラフィックとでは同じようで別物だ。ナザリックこそ至高と思っている彼ではあるが、だからと言って目の前の花の美しさにケチをつけるほど狭量ではない。
「お気に召されましたか? ラナー様もよくここに来られております」
「……殿下がこの見事な花々に囲まれている姿は、さぞお美しい光景でしょうね」
「ええ、まさに」
はっきりと答えるクライムに、モモンガはほんの僅かにだが元同性として嫉妬と羨望を抱いた。何の武勲も取り柄も無さそうなお前が何であんな綺麗なお姫様の専属の側仕えなんてやってんだよ、と。
善人なのは分かるが、それ以上のスペシャリティをモモンガはクライムから感じ取ることはできない。何故ラナーの側に、という疑問は尽きなかった。
(前世でどんだけ徳積んできたんだお前)
しかしモモンガは幼気な少年兵に対し、流石にそんな大人げない感情を露わにするほど愚かではない。彼は兜の中でさえ、微笑みを絶やしはしなかった。
そんなモモンガの胸中など露ほども計れないクライムは、静かに頭を下げた。
「モモン様。本日は私の勝手な提案でこちらにお招きし、貴重なお時間をいただき申し訳ありませんでした。冒険者の不文律を知っている以上、身勝手な判断だったと痛感しております」
「謝ることはありませんよ。貴方は国の為に少しでも利益になるよう、最善の行動を取ろうとしたまでですからね」
「……そう仰っていただけると有難いです……。モモン様、我儘を承知でもう一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」
クライムが控えめに申し出る。モモンガは訝しみながら、小さく頷いた。
「……どうぞ」
「私はラナー様に仕える身として、今の強さに満足できておりません。もしよろしければ、あの時の技を私に伝授していただけないでしょうか」
「……あの時の技?」
「はい! 悪漢を倒した時の、あの徒手空拳の技を是非教えて頂けたらと……!」
「……あ。あー……あれですか……」
モモンガは言われてようやく思い出した。
子供を甚振っていた男を吹き飛ばした、自身が放ったワンインチパンチを。
(いや、教えろって言われてもなぁ……)
兜の下で若干苦い表情が浮かぶ。
あれは昔どこかで見た創作物の真似事でしかなく、技と言える様なものではない。自分の馬鹿力であれに寄せただけのただの暴力だ。振りかぶるより力をセーブしやすいというのと、何となくかっこいいのでやってみただけに過ぎない。
しかし何も知らない人間が、あれほど予備動作のない拳の動きで大の男を紙屑の様に吹き飛ばしたところを見たなら、確かに何か特殊な技に見えてしまうことだろう。クライムは余りにも真っすぐ過ぎる純真な瞳で、モモンガのことを見ている。
「あー……あれは何というか特殊な技でして、ここで教えられるようなことではありません」
「そ、そうですか……」
ただのかっこつけの技ですとモモンガは言いたくない。何故なら恥ずかしいから。かっこつけたくてあれをやったのに、何故今になってそれを弁明して恥をかかなければならないのか。
代わりと言っては何だが、モモンガは謝罪と老婆心から少しアドバイスを送ることにした。
「強くなりたいのであれば、実戦を重ねて経験値を積むことが一番大事ですね」
「実戦を……ですか」
「訓練用の剣を振っているだけでは強くはなりません。実際に戦場へ出て、モンスターと命の奪い合いをすることこそがレベルアップの一番の方法です。狩るモンスターによって職業ビルドやカルマ値に影響が出るので、狩る対象や方法は要検討──ゴホン、まぁそれは置いといて、実戦こそが強者になる一番の近道ということです」
「戦地にこそ、死線にこそ活路はあると……なるほど、流石です……!」
後半は何を言っているのかは分からなかったが、とにかく命懸けの戦いをすることが一番の方法らしい、とクライムは嚥下した。だが、彼は城を離れてモンスターの狩場でレベリングできない立場というものがある。
「しかし私はラナー様を御護りすることが主命です。お側を離れ、モンスターを相手にする為に王都を離れることはできません。……ですので例の作戦までに何か一つ、強くなるとしたら何をすればいいでしょうか……」
「……作戦までに? それはつまり一週間もしない内に強くなりたいということでしょうか。クライムさん、それは少々結果を急ぎすぎではないでしょうか」
「そうかもしれません。しかし、私が『蒼の薔薇』の皆様の足を引っ張るようなことだけは避けたいのです……! それにこれはラナー様が立案された作戦でもあります。私の不出来で、計画に支障をきたすわけには絶対いきません」
「なるほど……」
目の前のクライムの実直さに、モモンガは素直に感心する。クライムといい、ガゼフといい、王国の戦士はやたらと人間ができているやつらばかりだ、と。実際に手助けするわけではないのだから、せめて助言程度なら助けになってやりたいとモモンガは素直に思った。
「……クライムさん。PvPに於いて最も重要なことは、最適な判断を最速で下すことです」
本来ならば徹底的に敵の情報をかき集め、執拗とも言える用意周到さで戦いに望むことこそが重要だとモモンガは思っているのだが、それは恐らくクライムの求める答えではないだろう。それにギルドほど連携の取れていない兵士達との集団戦も見込まれる為、クライムが今から用意できる程度の情報やアイテムが戦況を左右するとも考えにくい。
「たった一フレームの判断のラグが、PvPに於いては致命的な結果を齎すことを知りなさい」
一ふれーむ。
らぐ。
ぴーぶいぴー。
クライムに取って聞きなれない言葉ばかりだが、その意味は話の流れで何となく彼にも察することはできる。
「ならば……その判断の後れをなくす為に、私は何をすれば……」
「恐怖の感情に流されない心構えを、決戦までに作っておきなさい」
最適なコマンドを、最速のタイミングで。
ゲームであれば当然のことだ。敵のグラフィックやエフェクトに驚いてアバターを静止させる者など、ユグドラシルのトッププレイヤーにはまずいない。
ユグドラシルにはトッププレイヤーでさえ徹底的に最適な動きができなければ、落とせないモンスターはゴマンといる。モモンガはそういったことを、クライムに伝えたかった。
スキルやレベルが今からどうにもならないなら、何にも動じずにコマンドを選択できる心の在り方を準備していればいいんじゃないか、と。
「なるほど。ではどのようにすれば、モモン様のような恐怖に流されない心を作ることができるのでしょうか」
「どうすれば……」
心構えを作っておけといったのはモモンガ自身。しかしそのアンサーを彼は明確に持っていなかった。
(座禅……とかか?)
どうすれば、と言われてもモモンガにそれが分かるわけがない。
生態系の頂点に君臨する生物が自由に振舞う様に、そもそもモモンガはこの世界にきてから恐怖を感じたことなどないからだ。
偉そうに講釈を垂れ始めたはいいが、見切り発車すぎて自分の首を絞める形になってしまった。
(恐怖に流されない心……それって戦士の心構えになるよな。どちらかといえばガゼフとかの分野だろうけど……あっ、ちょっと待てよ)
妙案を思いついた、とモモンガは我ながら思う。
戦士の心構えなどは分からないが、彼は他者に極上の恐怖をプレゼントすることはできる。バンジージャンプをした人間が一皮剥ける様に、それを糧とすることができたなら……。
モモンガはクライムに改めて向き直った。
「……そうですね。これもやはり経験の積み重ねというのが一番なのでしょうが、一つだけ短期間でこれを鍛える方法はあります。相当な荒技にはなりますが」
「その様な方法が……!? 是非教えてください……!」
「ふふ……クライムさん、やってみますか? 極限の恐怖体験を」
「え……?」
モモンガは兜をするりと脱いだ。
露わになる彼の
しかしクライムは今一度表情を引き締めた。
一瞬でも浮ついた自分が恥ずかしくて仕方がない。
「恐らくこの方法を試せば、以降これから貴方に訪れる恐怖は大抵陳腐に感じる様になるはずです」
「……それをすれば、私は今よりも強くなれるでしょうか」
「それは分かりません。ですが……一皮むけることは確かではないでしょうか」
「そう、ですか……」
クライムはモモンガの瞳を捉えながら、僅かに逡巡した。だが、少しでも強くなれる切っ掛けが作れるなら、断る理由などある筈もない。クライムは硬く頷いて、よろしくお願いしますと頭を下げた。
「場所を変えましょう。ここは少々人目がつく」
そう言ったモモンガの横髪を、さらりと風が撫ぜた。
「クライムさん……やると言ったのは貴方です。選択したのは貴方。それを決してお忘れなきよう」
「は、はい……」
庭園から少し離れた場所。
人目の付きにくい暗がりに、二人は身を押し込める様に居る。その少し特殊なシチュエーションに、クライムは得体の知れない緊張感を得ていた。
「ではまず、私の手を握ってください」
モモンガから、鎧を纏った手が差し出される。クライムは躊躇なく、優しくその手を握り込んだ。
「私の目を、見てください」
次いで、モモンガは諭す様にそう言った。
美しい翡翠の双眸は宝石の様で、指示に従ったクライムはその魔性とも言える蠱惑的な引力に吸い込まれそうな感覚を覚えた。
「そのままです」
凡そ囁くような声。
吐息の混じるその声は、男を堕落させてしまうような毒がある。
「決して私から目を逸らさず、握ったこの手も離さないように」
手を握り、見つめあう。囁かれる。
少しでも理性を失えば間違いを冒してしまうのではと、クライムでさえ覚えてしまう危機感があった。
「よいですね」
「はっ、はい……」
確認を促され、巻き戻される理性。
クライムは奥歯を噛んで、戦士としての顔つきを取り戻した。今から指南される立場というのを、努々忘れてはならない。
「六十秒、何があっても耐えてください」
「え?」
「分かりましたか? 何があっても、この目と手を離さないでください」
「……わ、分かりました」
「よろしい……それでは始めます」
「は──」
──次の瞬間、クライムは絶句した。
モモンガ──『黒姫』のモモンとは、クライムにとってはあのラナーをすら美という一点では超えると思わせる程の淑女だった。
この距離。見つめ合い、初心なクライムが清らかな心を強張らせる程には、先程まで男としての緊張を抱いていた。桜色の唇。そこから紡がれる言葉がどれも官能的に思えてしまう程に色気を感じてしまう声。モモンが纏う蠱惑的な香りは、クライムの理性を狂わせるくらいには性愛的だ。
そんな美女が、たった今──様変わりした。
「……ひっ……」
いや、視覚的には然程変わっていない。
変わっているとしたら、美女の肌から暗黒の靄が立ち上っている様に、見えているくらいか。それが実際に発生しているものなのか、幻視しているものなのかはクライムにはわからない。
ただ、その暗黒の霧が発生してからのクライムの心を蝕んだのは、圧倒的な恐怖の感情だった。
「……目を離すな」
厳しく、モモンガが囁く。
「ぐっ、く……!」
全身の汗腺から、一斉に汗が噴き出す。
呼気は乱れ、心臓が不規則に暴れる。クライムはあまりの恐怖から、加減のない力でモモンガの手を握り込んでいた。ラナーの様な華奢な手であれば、くしゃくしゃに潰すくらいの力だ。それほど体が力んでいる。そうでもしなければ、理性を保てない。
「う……く…………っ!」
恐怖から、大粒の涙が零れる。
涙腺が破壊されたようだった。
全身に産み付けられた恐怖という卵が、毛穴から一斉に孵化した様にさえ感じる。ありとあらゆる恐怖体験を凝縮した様なストレスが、クライムの体を蝕んでいた。
「……あと三十秒ですよ」
「はぁ……っ……あぁっ……!」
馬鹿な、と思わずにはいられない。
もはや二十四時間……丸一日ぶんの体験をしているように、クライムには感じられていた。
まだたったの三十秒。
折り返しにきただけ。
クライムの理性、自我は、崩壊寸前まで追い込まれている。
死にかけたことは何度もある。
しかしその絶体絶命状態に勝る、極限の状態を今まさに体感していた。少しでも気を緩めれば、落ちる。うっかり命さえ手放すかもしれない。
「ぐ……あ、ぎ、ぃ、ああああああああああああああッ!!!!」
奥歯が砕けんばかりに、食いしばる。
瞳に命の焔を燃やし、クライムはガクガクと震える足を叱咤してそこに立ち続けた。
モモンガの目からは、一切逃れようとはしない。
手を信じられないような力で握りこみ続け、彼は全身全霊を以て恐怖に抗い続けた。
──……全ては、ラナー様の側に控えるに相応しい男になる為に。
「よく耐えましたね」
その声は、クライムにとって何よりも甘美なものに聞こえた。緊張の糸が途切れる。全身が弛緩していく。
クライムの体は、全ての恐怖から解放された。先程まで体にしな垂れかかっていた恐怖の権化が、嘘の様に立ち消えたのだ。
極度の緊張は緩和され、全身余す所なく筋肉痛に見舞われた肉体は力なく、モモンガの体に寄り掛かった。そうしていなければ、立っていることさえ敵わない。重力にさえ抗うことのできないクライムは、震える体をモモンガに委ねるしかなかった。
「大丈夫ですか?」
クライムを抱き留めながら、モモンガは優しくそう尋ねる。
「だ……だい……だいじょう、ぶ……です……」
そう返しながら、クライムの全身からは大粒の冷や汗が止めどなく発露されていく。
彼は体の震えを止められず、モモンガの体にしがみついていた。人の温もりを感じていなければ、どうにかなってしまいそうだった。生還したという実感が、越えてきたどの死線よりも明確に感じられている瞬間だった。
(……少しやりすぎた?)
僅かな反省と同情を覚えたモモンガは、クライムを振り払うことはしない。『絶望のオーラ・レベルⅠ』なら、丁度いい修行になるかと思った見通しが甘かったらしい。
モモンガはクライムの背をぽんぽんと叩いて、労った。
「素晴らしい精神力でした」
「い、今のは……?」
「私のスキル──いや……特殊な武技です。殺気を相手に飛ばすみたいな……よくありがちな技ですよ」
「ぶ、武技……なるほど……」
喘鳴交じりに、クライムは納得したようだった。未だ力は入らないが、彼はそれでも懸命に声を絞り出した。
「モ、モモンさま……あ、ありがとう、ございました……確かに、俺……一皮剥けたような気がします……」
これ以上の無い極限状態を経験できたことは本当に収穫だと、クライムは思う。たとえこれからどれほど絶望的な状況にあっても、今日のこのことを思えば精神面で崩れることはないだろう。確信めいた成長を、彼自身感じていた。
「お役に立てた様な何よりです。歩けますか? ひとまずあそこのベンチで休みましょう」
「す、すみません……ま、まだ足が嗤って……」
足は面白いくらいにまだガクガクと震えている。
しかしクライムのその顔は確かに、男を上げたような、少し精悍な顔つきに変わっていた。
「モモン様の作戦加入は成りませんでした。計画どおり、首尾よく事を進めてください」
『蒼の薔薇』が退室して暫く。
ラナーは静かになったその部屋で、虚空に向かってそう呟いた。
それは明らかに独り言ではない。
何かに向けて、はっきりと指示を出している。
「…………」
ラナーは暫くの間を置いて、椅子から立ち上がった。
扉を開け、外に出る。メイドが供をしようと歩み寄ってきたが、ラナーはそれを手振りで制した。
情報を整理したい。
彼女は
今、ラナーの明晰な頭脳を巡っている思考は、冒険者モモンに関する事柄だ。
(思っていたよりは御しにくい……やりようによってはとても扱いやすいのだけれど、アレを対価で釣るのは無理ね。ストロノーフ様との繋がりを何とか活かせれば……いや、別に今焦る必要はないわね)
ガゼフ・ストロノーフを救った謎の戦士はモモン……ということは彼女の中で確定した。しかしやはり気になるのは出自だった。
(あれだけの美貌と、あれだけの力を持った人間が一体どこから湧いてきた?)
黒髪ということから、やはり南方出身かとも思うが、顔立ちを見るにそうでもない。
それに『蒼の薔薇』にも伝えたが、あの心身がチグハグな存在感も気になる。立ち振る舞いや言葉遣いはまさに品行方正な淑女であるのだが、モモンの言葉の真意を辿れば辿るほどどうにもそういった地位や尊厳が匂わなくなる。
(モモンは、奴隷に堕とされた亡国の王女……? ということは、異常な強さは血統に依るもの……? もしかすると六大神や八欲王といった……いや、それは考えが少し飛躍しすぎね)
ラナーの万能と言える頭脳を以てしても、モモンの出自にはノイズが掛る。
可能性として挙げられるカードはどれも荒唐無稽なものばかり。
謎のベールに包まれた、王国に存在するジョーカーともいえる存在。
手札に加わるなら申し分ないが、自分にとっての敵対勢力に組み込まれるのだけは避けたい。特に隣国の皇帝が放っておくとも思えない。
ラナーは長い廊下を歩きながら、モモンについて考えを巡らせて──
「あら……?」
──ふと、窓の外に見えたものに、ラナーの足が止まる。
やけに目立つ純白の鎧。
見紛うはずもない。
あれは愛しの忠犬の目印にと、首輪の代わりに与えたものだ。遠くからでも、暗がりにあっても、よく見える。
「クライム……」
ほう、と温かい吐息が漏れる。
今自分が生きているのは、全てクライムの為。
彼はラナーにとっての全てだ。国も、兄弟も、父や『蒼の薔薇』さえ悪魔に売り渡しても厭わない唯一の存在。縛り、依存させ、弱らせてでも飼育したい。そう願わない日は一日もなく、それは彼女の行動原理の全てでもある。
「一体何をしているのかしら……」
そんなクライムは、あんなところで一体何をしているのか。
気になったラナーは窓に張り付いて、それを覗こうと身を乗り出して──……瞳から、すとんと光が抜け落ちた。
ヘドロで作られた様な眼は一切の瞬きを挟まず、愛しの忠犬を捉えている。
「……は……?」
憤怒、という言葉では到底追いつかない何か。
クライムとモモンが人目に触れないところで抱き合っている。
ラナーの腹の腑から、得体の知れない感情が止めどなく沸き起こった。