映画っていいねえ。本っていいねえ。

映画や本の感想など。ネタバレ全開なので、ご注意ください。

「Hey Joe」という歌に惹きつけられて仕方がない

※注意!『テルマ&ルイーズ』のネタバレがあります。

 

「Hey Joe」を知ったのは、ラース・フォン・トリアー監督の『ニンフォマニアック』を観たからだった。

この映画、色情狂の女性を主人公にしたもので、観ている者の暗部を揺さぶり、引きずりだし、ずたずたにするような作品だった。色々と私の理解を超えているので、「せいよくってこわいなとおもいました」という小学生並みの感想以外言えそうにない。

脳みその隅から隅を蹂躙された後、エンディングロールに突入。そのときに流れるのが主演のシャルロット・ゲンズブールが歌う「Hey Joe」だ。シャルロット・ゲンズブールのウィスパーボイスに、浮遊感に満ちたアレンジ。「はい、二部作完走お疲れ様。最後は気持ち良くしてやるよ」と言わんばかりの、トリアー監督からのねぎらいに私は平伏し、たちまち「Hey Joe」という曲に惹きつけられてしまったのだった。

Hey Joe

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その後、調べてみると『ニンフォマニアック』で使用しているのはカバーバージョンであること、数多くのアーティストが「Hey Joe」をカバーしていることを知った。

さらに歌詞がすごい。ジョーという男が不貞をした妻を射殺し、メキシコへ逃げていくという内容だ。


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「すげえ内容だな」なんて思いつつも、メロディが好きだからヘビロテしていたのだが、以下の考察を読んで、もっとこの曲が好きになった。

ongaku-modkey.hatenablog.com

 

不実な妻を殺し、メキシコに逃げると言うジョー。そこで自由を手に入れると虚勢を張るジョー。彼を待ち受ける破滅の予感。それらに、私はぐっと心を掴まれたのだった。

『夜の谷を行く』や『サーミの血』の記事で、「どうあがいても、厭わしい過去がつきまとってくる」という旨を述べたことがある。複数回にわたって言及するということは、私自身の心に何か刺さるものがあるのだろう。

nhhntrdr.hatenablog.com

nhhntrdr.hatenablog.com

 

 

今までの人生や自分を取り巻く環境を斬り捨てて、新たな自分に生まれ変わったつもりでも、過去が追いかけてくる。何て絶望的な話だろう。過去は私たちを、安易には生まれ変わらせてくれない。

今現在、聖人のように振る舞っていたとしても、ふとしたときに「でもお前、あのときに狡い行いをしたよな」「あの人を裏切り、傷つけたくせに」と囁いてくる。未精算の過去は、やがて罪悪感へと変化する。罪悪感とは恐ろしい感情だと私は思う。幸せだなと思っている最中でも、罪悪感は不意にやって来る。ときにはその人を破滅へと導こうとするかもしれない。

なら、罪悪感など感じずに生きたほうが楽なのではないか。楽だとは思うが、罪悪感を捨てることは、人間としての尊厳を捨てることのような気もして、私は結局罪悪感を捨てきれずに生きてしまう。私を人間たらしめているもののひとつが、罪悪感なのだ。

 

 

ジョーが自分の中の罪悪感に気づいているかは不明だ。だが、警察や異国の厳しい環境という形を取って、ジョーに過去の清算を強いてくるのではないだろうか。

なら、ジョーは妻の不貞を見て見ぬふりをして生き続けるべきだったのかといえば、多分違うのだろうと思う。同じく殺人を犯してメキシコに逃げようとする映画『テルマ&ルイーズ』のラストを私は思い出す。テルマとルイーズを待っていたのは、死だった。抑圧的な環境から逃げだそうとした彼女たちは、結局破滅するしかなかった。

だが、彼女たちは生き続けるために抑圧的な環境に居続けるべきだったとは思えない。行くも地獄、留まるも地獄。ただ、行く先に待ち受ける地獄の、わずかな甘い匂いに希望を見いだしてしまうのだ。ときに自己実現の受け皿になってくれるような地獄があるような気がしてならない。

 

 

 

ということを書いたところで、どう続きを書くべきかわからなくなり、保留したままの記事を掘り出してみました。以前に書いた記事と言っていることが重複しとるやんけ!的な部分があるのはそのせいです。

 

ちなみに「Hey Joe」はジミ・ヘンドリックスのバージョンも良いけど、マイケル・シェンカーのバージョンが一番好き。

 

Hey Joe

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