今回で第36回となる、津⽥建二氏の『半導体入門講座』。最終章として、今回から3回にわたり日本半導体復活に向けた提言を書き示していきます。同氏は、半導体製造分野では衰退していった日本においてもまだ復活できる分野があるといいます。一方で、過去の失敗を明確に見極め、反省し、そして、復活の道筋をつけることが大切です。前編となる今回は、日本で半導体産業が衰退した理由を把握していきます。
日本で半導体産業が衰退した理由は、産業界に問題あった事実に注目すると10件が挙げられる
これまで日本の半導体産業が衰退した理由は一つや二つではない。多数ある。最大の要因は、失敗を認めず、きちんとした分析をしなかったためである。政府間での日米半導体論争で米国側の言い分を一方的に飲み込んだという経緯を問題視する声はあるが、ここでは政府のせいにするのではなく産業界に問題があった事実をまとめてみた。これまでの取材を元に具体的にいくつか上げると、日本で半導体産業が衰退した理由は以下10件を挙げることができる。
① 適切な時に適切な投資をしなかった
② 横並びの無責任な経営判断
③ システムLSIの無理解
④ 低コスト技術の無視
⑤ 世界のメガトレンドを無視
⑥ 顧客の声を聞かずに開発、あるいは顧客べったりの開発のみ
⑦ 国頼みの無責任体制
⑧ 上から目線のエンジニア、経営陣
⑨ 理解できなくても支配したがる経営陣
⑩ メディアもミスリード
日本で半導体産業が衰退した理由①:適切な時に適切な投資をしなかった
台湾のTSMCや韓国のSamsungが1990年代にアグレッシブに投資していた時に、日本の半導体メーカーはまったく投資しなかった。最大の理由は、半導体部門を持っていた総合電機の経営者が半導体の価値を理解しなかったからだ。なぜTSMCやSamsungがその時に投資するのかを知ろうともしなかった。総合電機の経営者が投資資金のかかる半導体部門を嫌っていたことも背景にある。
日本で半導体産業が衰退した理由②:横並びの無責任な経営判断
横並びの無責任な経営判断とは、半導体部門のトップをはじめ、全社の経営陣が自分で判断できず、日本の競合相手の投資情報を唯一の判断としていたことを指す。つまりライバル企業が2,000億円投資すれば自社も2,000億円を投資する、といった具合だ。ここでは正しい経営判断がまったく抜けていた。投資する場合には、最も強かった製品、例えばDRAMの売り上げを増やすために顧客からどの程度要求されているか、新規顧客の要求はどの程度か、など需要を積み上げて見込み、自社の生産能力とその割り当てを考慮しながら決めていくはずだが、残念ながらそういった経営判断ではなかった。
日本で半導体産業が衰退した理由③:システムLSIの無理解
霞が関をはじめ大手半導体メーカーのコンソーシアムは、さまざまなコンサルティング会社に丸投げして半導体産業を分析してもらい、DRAMを止めてシステムLSIへと切り替えることが今後成長できる道だと結論付けた。ただし、システムLSIとは何か、という定義も、なぜDRAMを止めるべきなのか、という議論も深い洞察がなかった。半導体ビジネスを手掛けている社員そのものを信頼して戦略を作らなかったことが失敗要因として大きい。コンサルティング会社はコンサルティングの手法を熟知した専門家であるが、半導体産業の詳細は専門外だ。
DRAMで日本の半導体メーカーが負けた理由は明確だ。SamsungやMicronはDRAMの用途をメインフレームからパソコンへとはっきりと変えたからだ。これに対し日本メーカーは、いつまでもコストの高いメインフレーム向けDRAMを作り続けてきた。時代はダウンサイジングで個人が使えるパーソナルコンピュータを求めていたのにもかかわらず、その市場、需要の大きさにまったく気が付かなかった。むしろ総合電機内のコンピュータ部門は長い間、パソコンを馬鹿にし、性能優先のハイエンドのメインフレームだけを見ていた。半導体部門は従来通り4倍の容量のDRAM作ることしか見ていなかった。
またシステムLSIとは何か、明確な議論はなく、DRAM以外のLSIとしてただ漠然として見ていた。しかし半導体部門の経営者はその上の経営陣から言われたことをただ単に鵜呑みにしていたため、システムLSI向けの設計や製造への問題を理解していなかった。このため、DRAM製造と同様、数量がどのくらい出れば利益を上げられるのかをDRAM製造ラインの工場を中心に考えてきた。
DRAMは大量生産の製品であり、製造能力が競争力そのものだが、システムLSIはハードウエアとソフトウエアが混じった少量多品種生産品である。少量で利益を生むような製造工程に修正し、設計工数をできるだけ減らす方法で設計することが求められた。となると、数量ではなく、何をハードで何をソフトで切り分けるかが重要になってくる。投資の対象は生産能力ではなく、人間とソフトウエアの能力を上げることになる。にもかかわらず、顧客のICの月産数量を聞き、注文を受けるかどうかを決めていた。少量多品種では注文は減るばかりだった。
日本で半導体産業が衰退した理由④:低コスト技術の無視
低コスト技術の開発に関しては、霞が関主導の国家プロジェクトのテーマにさえ乗らなかった。国家プロジェクトは常に先端技術にしか目が向かなかった。しかし、これまで議論したように米国のプロジェクトInternational SEMATECHでは低コスト技術を開発するといったテーマが上っていた。競争力はコストで決まるはずなのに、先端技術が競争力をつけると霞が関や総合電機の経営者は勘違いしていた。
日本で半導体産業が衰退した理由⑤:世界のメガトレンドを無視
メガトレンドとは、コンピュータのダウンサイジングであった。本連載で述べたようにダウンサイジングを無視してきたことが今後の進むべき道を完全に間違えたのである。コンピュータのダウンサイジングは、メインフレームからパソコンに移っただけではない。コンピュータの考え方、すなわち共通のハードウエアを作り、ソフトウエアでカスタマイズするという手法が広がってきて、組み込みシステムと言われるようになってきたことも大きい。この考えでシステムを制御しようとしたのが民生家電だった。DVDプレイヤー、レコーダーや携帯電話機などだった。当時はデジタル家電と言われたが、基本的な考え方はコンピュータシステムで制御することであった。
組み込みシステムの例としてかつては携帯電話が典型例として採り上げられたが、市場が大きくなるにつれ、携帯電話機さらにはスマートフォン(スマホ)へと発展し、むしろモバイルコンピュータとして、その位置づけが変わった。スマホは、電話ではなくアプリで機能をカスタマイズできるコンピュータと考えるべき商品となった。実際、通話機能よりもメールやブラウジングなどいつでもどこでもAlways-onのコンピュータとして使われている。
日本で半導体産業が衰退した理由⑥:顧客の声を聞かずに開発、あるいは顧客べったりの開発のみ
この6番目の「開発」とは、DRAMとASIC(特定用途のIC)を指している。DRAMでは次世代の製品開発はひたすら4倍の容量の製品開発に明け暮れた。16Kビット品の次は64Kビット、その次は256Kビット、次は1Mビット、と次世代製品は顧客の声を聞く必要がなかった。
DRAM以外に目を向けたASICは顧客の言う通りの製品を作ることだった。半導体はゼロから作るとなると設計工数や製造工数がとても大きくなり、割りに合わなくなるほど高価になる。このため、できるだけ共通部分を作り、配線工程だけでカスタマイズするゲートアレイというIC製品が流行った。しかし、ゲート回路当たり何銭というコスト競争に陥り、ビジネスとしては成功しなかった。これに対してIntelは、何社も回って顧客の声を聞き、最大公約数的な考えでできるだけ共通部分を増やし、顧客ごとの違いをソフトウエアに任せた。このため、チップは共通、ソフトでカスタマイズ、というコンピュータビジネスを進めることができた。
日本で半導体産業が衰退した理由⑦:国頼みの無責任体制
国頼みの無責任体制とは、国からの補助金で半導体ビジネスを行うという考えだ。自分の会社は5年後、10年後の世界をイメージして、どのように成長させるかという視点が抜け落ちている。国は、1社だけのためには補助金を出せないが、数社集まれば出せる、ということで安易に国家プロジェクトを計画した。しかし肝心のテーマが先端技術しかない。競争力を上げる技術、低コスト技術の開発ではなく、ダウンサイジングのメガトレンドを無視したテーマを掲げた。例えば、第5世代のコンピュータ開発は結局、幻だったが、実際にはパソコンであった。ただ、国に頼って自社努力を後回しにするようでは世界を相手に勝てるはずがない。
日本で半導体産業が衰退した理由⑧:上から目線のエンジニア、経営陣
これは、日本の大手にありがちな傾向だ。例えば営業マンが自ら汗を流して歩くことなく、代理店に任せ、代理店を管理する仕事が主となっている。一方エンジニアは、こんなに良いものを作っているのでなぜ売れないのか、と営業担当者を見て、自分の方が上、というような上から目線で見る傾向が強い。しかし、モノを売る場合、市場の要求に合ったものでなければどんなに良いものでも売れない。ひたすら性能追求ではないのだ。
経営者は、常に会社の5年後に成長する姿をイメージして経営することが重要であり、そのために市場の動き、社員の考え方、などを常に把握しなければならない。成長すれば給料や報酬を上げることができる上に社員のモチベーションが上がり、業績もさらに良くなるからだ。米国の経営者の中には社長室を作らない人もいる。社長室という壁を作ると社員とのコミュニケーションのバリアになるからだという。常に社員との会話や世の中の方向に感度を上げ、ベクトルを合わせることが会社の発展につながるはずだろう。
また上から目線だと水平分業はできない。水平分業では常にパートナーであり、顧客でさえも神様ではなくパートナーである。もちろんサプライチェーンの請負業者パートナーであり、対等な立場であることを理解しなければならない。水平分業を成功させるためには対等、平等、差別のない世界が求められる。これまでの日本の古い考え方を捨てる必要があり、本気でダイバーシティを実践することがやはり求められているのだ。
日本で半導体産業が衰退した理由⑨:理解できなくても支配したがる経営陣
理解できなくても支配したがる経営陣とは、本連載で議論したように、半導体部門を支配している日本の企業をよく表している。半導体部門を分社化しても、株式の大半を持ち、人事権を握り、親会社として振る舞う。これでは独立した企業となっていない。だが、半導体部門が独立していなければ、世界とは戦えない。一瞬の判断が企業の運命を決めるからだ。いちいち親会社へお伺いを立てなきゃならない子会社では、経営判断が遅れてしまい、市場導入へのタイミングを失ってしまう。
日本で半導体産業が衰退した理由⑩:メディアもミスリード
最後にメディアもミスリードしたことにも触れよう。かつて筆者が在籍していたエレクトロニクス雑誌では、「メモリからASICへ」という趣旨の特集を掲載した。それを読んだある総合電機の経営者がもうメモリはダメだからASICなどメモリ以外の半導体ICを開発しようとその記事を鵜呑みにしたという。その話をその企業の半導体エンジニアから聞かされた。立派な経営者が一介の雑誌の記事を鵜呑みにするはずがない、と当時は反論したが、残念ながらこのエンジニアの言い分が正しかったようだ。経営者がそれほど立派な経営判断をしたわけではないことをあとで知ったからだ。
もう一つは、半導体ビジネスは衰退産業という新聞のトーンである。これは新聞記者が総合電機の経営者に取材しても「半導体が悪いからわが社の業績が悪い」という記事をたくさん書いていた。しかし、これは事実ではない。半導体産業は世界ではずっと伸び続けている成長産業だが、日本だけが成長していないからである。実際、大学生が就職先を探している時、両親から半導体は没落産業だと聞かされ半導体企業にはいかない、という選択をする話を大勢の大学教授から聞かされた。半導体を研究している大学教授は長い間、間違った情報のために悔しい思いをしてきた。
著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。
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- 1.GAFAなど大手IT企業が自社向け半導体の開発に力を入れるわけとは
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- 15.業界構造の変遷に注目。日本企業が半導体ビジネスで没落した理由とは
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- 18.世界半導体市場統計から学ぶIC半導体製品4分類「マイクロ」「ロジック」「アナログ」「メモリ」
- 19.世界半導体市場統計から学ぶ非IC半導体製品3分類「個別半導体」「センサ」「オプトエレクトロニクス」
- 20.AIチップの仕組みと市場動向、IoTシステムにおける半導体チップの役割
- 21.ミリ波(5G)通信普及のカギを握る無線回路で用いられる半導体ICの技術動向
- 22.自律化のなかで重要な機能を果たす半導体と3つの応用事例
- 23.セキュリティや量子コンピュータで半導体が使用される理由
- 24.システムLSIで日本がうまくいかなかった理由と半導体ビジネスの変化
- 25.半導体の低コスト技術。プラットフォーム化で実現したシステムLSIの低コスト化
- 26.標準化とインターオペラビリティの対応に遅れた日本。半導体メーカーはソフトウエア開発環境の提供に注力
- 27.半導体業界の変遷や現状をランキングから読みとる。2020年半導体売上高ランキングのトップ5に注目
- 28.世界のファブレス半導体企業の動向を読み解く。2020年半導体売上高ランキング6位以降の企業に注目
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- 30.半導体関連企業の現状。EDAツールベンダー3社と半導体製造装置メーカー10社の概況に注目
- 31.半導体材料とは。材料別の半導体材料メーカー動向に注目
- 32.世界的な半導体企業が成長してきた経営戦略とは。Texas Instruments・Onsemi・imec
- 33.世界的な半導体企業が成長してきた経営戦略とは。Arm・IBM・Apple
- 34.日本の半導体メーカーが失敗した理由とは
- 35.半導体産業の日本と世界の根本的な違いとは
- 36.日本で半導体産業が衰退した理由を把握しよう〜《日本半導体復活に向けた提言:前編》
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