321 回復多く不意か
サポートタイプは火力を出せない。
当然である。サポートできる上に火力まで出せたら、誰もが成長タイプをサポートタイプにしてしまうだろう。
しかし、
それは……。
「――!?」
戦場に遅れて出てきたラズベリーベルが、不意に黒竜と竜騎兵へ向けて『回復魔術の杖・大』を振りかざす。
その場にいた全員が目を疑った。
そして唖然とした。冗談だろ、と。
決して軽視してよい魔物ではない。攻撃を受ければ片腕など容易く持っていかれる程度のダメージは食らってしまう。
いくらセカンドに似てファンキーなところがあるとはいえ、ラズベリーベルのこの行動は流石に馬鹿げていると言えた。
誰もが疑問に思う。
……結果は、瞬間、形となって表れた。
「!?!?!?」
理解が追い付かない。
黒竜と竜騎兵が、とんでもないダメージと共に、バジュウッと焼けるような音を立てて、瞬時に蒸発したのだ。
「グァッ」
ラズベリーベルの左方向から飛来した黒竜と竜騎兵が、突進の奇襲をかけるが……《遠物障壁術》《*3.00》に阻まれ、大きくノックバックした。
「さいなら~」
そして、《回復魔術・大++》《*3.00》が発動すると――再び魔物は大ダメージと共に跡形もなく蒸発する。
魔物たちは、光の膜を張るラズベリーベルに指一本さえ触れることはできない。
一方的に、一匹ずつ、一撃で、次々と消し去られていく。
「……なんと」
神々しい。
ロックンチェアがかすれる声で呟いた。
神の存在など信じているわけがない。それは、カメル神国にて生まれ育った彼の境遇を考えれば想像に難くない。
しかし、そんなロックンチェアが、聖女ラズベリーベルには本当に神の加護があるのかもしれないと感じてしまうほどに、眼前の光景は異様なものだった。
武器は回復魔術の杖である。もはや武器ではない。言ってしまえば【体術】を使える素手の方がよほど強い。
それで一体全体どのようにしてあれほどのダメージを与えているのか? ラズベリーベルがなんのスキルを使っているのかすら見当がつかない。
皆、困惑する。
そして……ぞくりと震えて、わけのわからない笑みが浮かんでくる。
頼もしくて仕方がないのだ。
「流石です」
「惚れ惚れしちゃうわぁん」
「くっくく、それにしても、皆様の反応を見るのは楽しいね」
「激しく同感よぉ」
ベイリーズとリリィが、誇らしげにそんな感想を漏らす。
ラズベリーベルは、チーム・ファーステストのメンバー。彼女たちはセカンド・ファーステストに仕える使用人だが、チーム・ファーステストへの奉仕もその生業の一環である。
すなわち、チーム・ファーステストの名誉は、彼女たちの名誉。
タイトル戦の第一線に立つ猛者たちが目を大口を開けてラズベリーベルの挙動を見ている様は、ファーステストの使用人として嬉しくないわけがなかった。
「うちにとっては有利やけど、余所はどやろなぁ」
魔物を次々と蒸発させながら、ラズベリーベルは不安げに呟く。
有利とは、このテーブルHのことを言っていた。
テーブルH、通称「亡霊兵団」は――出現する全ての魔物が“アンデッド”で構成されている。
アンデッドの魔物は、“回復”がダメージとなるのだ。
ラズベリーベルの成長タイプはサポートタイプ、分類上はヒーラー系成長タイプにも該当する。つまり【数術】が使用できる上、特定の回復系装備を使用すれば【回復魔術】に“
《*3.00》に加えて++まで付くと、過剰な回復量だ。ゆえに現状では回復として使うメリットは少ないが……攻撃として使うとなれば話はがらりと変わる。
具体的には、龍馬や龍王などの強力な攻撃スキルを使用しても倒し切れない魔物を一撃で葬り去る程度のダメージが出せるのだ。
「ええ具合に余裕作っとかんとな」
ラズベリーベルは障壁と回復というたった二つの盾と矛で、恐るべきスピードで魔物を処理していく。
余裕を作る。それは、
現時点で、ここビターバレー南は安定している。
しかし、他はそうとは限らない。
彼女が使役精霊にネペレーを選んだ理由は、この“ヘルプ”にもあった。
ラズベリーベルは、いずれ自身にかかるだろう声を待ちながら、淡々と魔物の群れを片付け続ける――。
◇ ◇ ◇
港町クーラ西の地点。
“
出現する魔物の種類が変わっても、基本やることは同じ。効率良く火力を出すことである。
「腕が鳴る」
「ようやく出番です、やっと登場です」
「ぎゃおーっ」
「腕鳴ったです、腕の音です」
長い木の棒を持った銀髪の美女が、一人でぶつぶつと会話しながら魔物の軍勢へと歩み寄っていく。
グロリアである。彼女はこの準備期間で様々なスキルを覚えたが、それでも【杖術】をメインに戦う様子であった。
「あんた、ホント変わらないね……良い意味でも悪い意味でも」
そんな様子を横で見ていたのは、レンコだ。
レンコは呆れたような表情でそう口にすると、魔物との距離がある程度縮まった段階で《土属性・弐ノ型》《水属性・弐ノ型》《複合》を詠唱する。
彼女はアルファと同じく“殴り魔”と呼ばれるスタイルを選択した。【体術】と【魔術】もしくは【魔魔術】を合わせて戦うスタイルだ。
土と水で泥を作り、弐ノ型で広範囲に散らし、魔物の足止めをする。そして、高火力の【体術】で素早く立ち回りながら各個撃破していく。
いざとなれば《変身》のバフをかけて殲滅力を上げ、更には切り札も用意してある。隙のない構えと言えた。
レンコは己の戦闘スタイルを既に確立しつつある。当然、準備期間で多種多様なスキルを習得したが、それは【体術】の火力を高めるためのステータス上げに過ぎない。
手札が多くとも、使いこなせなければ意味がないことを彼女はよく理解していた。
そして、自分がそれほど器用ではないということも。
この数か月間で、嫌というほど思い知らされた。
「……っ……」
全身黒ずくめのメイドが、無言で糸を操る。
その横を《飛車槍術》の突進が通り過ぎていった。
「助かるわ!」
メイド十傑のイヴと、四鎗聖戦出場者のカレンだ。イヴは肌が弱いため、極力肌の露出を減らしていた。
カレンはイヴに礼を言うと、糸で拘束された魔物に対して槍を突き入れる。
その間に、イヴは《飛車盾術》で移動し、《金将弓術》で黒竜たちをノックバックさせ、《風属性・壱ノ型》から《風属性・参ノ型》のぴょんぴょん風で高く飛び上がると、《龍馬糸操術》へと繋げて空中からの大量拘束を狙う。
「はは、凄いったらないね」
遠目で見ていたレンコは、思わず感心の言葉を漏らした。
味方のフォローをしながら立ち回り、凄まじい効率で魔物の殲滅をしている。
あれこそが、使いこなすということ。
自分は、ああはできない。同じスキルを覚えていても、ああは。
それがわかっているからこそ、不器用なりの戦い方を突き詰めた。
それはそれでアリだと、彼女たちのコーチは言う。
「――もっと単純化しろ。ミスするかもしれない大技より、絶対にミスしない小技で戦え。ここでリスクを取るメリットなんてない」
戦場を悠々と移動しながら指示を出す黒縁メガネの男がいた。
この口うるさいコーチこそ、リンリンである。
リンリンは、セカンドからの依頼で、この準備期間に皆の先生として数多くの技術を教えて回っていた。
彼はメヴィウス・オンラインにおいては現役のトッププロプレイヤーだが、他のゲームにおいては現役を引退して一時期コーチに回っていたこともある。
だからか、要点を説き、皆が自発的に課題達成へと向けて行動できるよう指導することが上手であった。
ティーチングもそうであるが、特にコーチングが性に合っていた。
ただ過去と違う点は、教える相手が殆ど初心者と言っても過言ではないくらいのレベルであるということ。
セカンドからの依頼は、絶対に断れない、そして、絶対に裏切れない。リンリンは持ち前の義務感と責任感を存分に発揮し、真面目過ぎるほど真剣に取り組んだ。
だが、相手は皆、初心者に毛が生えた程度のもの。思い通りに行かないことの方が多い。苛立ちは募り、元よりそうだが、自然と口調もキツくなっていく。
その結果が、口うるさいコーチの誕生である。
「…………」
リンリンのいつもの小言に、皆はゲッソリとした顔をする。
皆から嫌われていた。
しかし、それ以上に、頼られてもいた。
リンリンは、厳しくて細かくて嫌な先生であったが――恐ろしく強かったのだ。
「違う、魔術師から先に倒せ。後手後手に回るのは間合いを詰め過ぎて黒竜にターゲットを取られているからだ。ここに固定砲台があるんだ、これを主軸に横から回れ」
相変わらず口うるさく指示を出すリンリンは、“
そして、自身は駆け足で移動しながら……黒竜を《桂馬糸操術》で操作して、亡霊魔術師たちを次々に薙ぎ倒す。
デュアルオペレーション――魔物の操作と自身の移動を同時に行う、桂馬糸操術における高等技術である。
「バフは無駄に温存するな。なあなあでカバーを期待するな。バフが切れるタイミングでカバーを自分から願い出ろ。メリハリと声出しが足りない」
《桂馬糸操術》の接続を切り、誘導した魔物の群れへ《龍馬弓術》の範囲貫通攻撃でいとも簡単にワンショットナインキルを達成し、再び黒竜を《桂馬糸操術》で操り、亡霊魔術師を蹴散らし、自身は軽やかに移動する。
これら全てを指示出ししながら顔色一つ変えずに淡々とこなす。
リンリンとは、メヴィウス・オンラインのトッププロプレイヤーとは、
セカンドをして、今回のスタンピードの生命線と言わしめる人物。
まだまだ本気など出しているわけもない。
お読みいただき、ありがとうございます。
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コミックス6巻、2022/9/26発売予定!!
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