空中に吊った舟のような形の秋の花、ツリフネソウ(釣船草)
季節を楽しむ生活に、そっと彩りをくれる花々。このページで紹介する花は、その季節の主役ではないかもしれないけれど、日本の四季がつくる景色に欠かせない大切な存在です。今回は、空中に吊った舟のような形の、ツリフネソウ(釣船草)です。
(文・文中写真:和暦研究家・高月美樹)
ツリフネソウ(釣船草)は、空中に吊った舟のような形が愛されてきた秋の花で、少し湿った場所に群生して咲く赤紫の花です。
釣船は茶室の床の間に鎖などで吊り下げる舟形の花器のことで、古くは東南アジアで神の供物を入れる器として用いられていたそうです。ツリフネソウも本当に一本の細い花茎から船型の花がぶらさがっている、不思議な構造をしています。
横からみると花の壺の底にあたる部分に、黄金比を思わせる美しい渦巻きがみえます。これがツリフネソウの魅力のひとつ。スミレなどにも見られる距(きょ)と呼ばれる部分で、じつはここにたっぷりと蜜が入っています。この蜜を求めて、ツリフネソウの花には、必ずマルハナバチがやって来ます。
多くの花は虫との共生関係にあり、来てほしい特定の相手に合わせて、色や形を進化させてきました。たとえば、ちょうどお彼岸の頃に咲き出すヒガンバナ(彼岸花)はアゲハチョウが識別しやすい赤い色で、チョウがとまって吸蜜しやすいデザインになっています。ハチに来てほしい花、アブに来て欲しい花、ハエが好きな花、蛾を呼ぶために夜に咲く花など、さまざまです。
ツリフネソウの深い壺のようなデザインは、マルハナバチに合わせて進化した花で、マルハナバチの身体の大きさ、口の長さに合わせて作られたオーダーメイド。また紫も虫の目にみえやすい色のため、紫色の花は虫を呼びたいものに多いといわれています。
中にみえる黄色の斑紋は蜜の在り処を教える蜜標で、大きく突き出た花びらは着地用のタラップ。ここにある程度の重さのハチが乗ることで、めしべがぐっと下がり、ハチの背にくっつくしくみです。
ツリフネソウはとにかく群生して咲きますので、マルハナバチは次から次へともぐり続け、1日に何百という花の中にもぐるので、ハチの背中がこすれて、はげてしまうこともあるそうです。
なかでも長めの口吻を持つトラマルハナバチは、確実に受粉してくれるツリフネソウのポリネーター(受粉者)で、頭をスポッと突っ込んで、お尻だけ見えている無防備な姿をよく見かけます。毛だらけの背中にしっかり天井が着き、後ずさりしながら大量の花粉をつけて、出てきます。
トラマルハナバチは「飛ぶぬいぐるみ」ともいわれるモコモコのハチですが、おとなしい性質で、人が間近にいても気にせず、むやみに触ろうとしない限り、人を攻撃してくることはまずありませんので、もし見かけたら、ぜひ観察してみてください。
先日見たツリフネソウには珍しく、小さなニホンミツバチが来ていました。花の中をのぞいてみると、ニホンミツバチは奥の方までちょこちょこと入っていって、くるくるとしばらく回って出てきます。距(きょ)の蜜まで舌が届いているかどうかはわかりませんが、脚に白い花粉だんごをつけていましたので、花粉だけを集めているようでした。
また長い口吻を持ち、ホバリングが得意なスズメガの仲間、ホウジャクが訪れていることがありますが、逆に深く頭を突っ込まなくても蜜に届いてしまうので、やはり受粉役には不適格なのだそうです。身体が大きく口が短いクマバチやオオマルハナバチは中に入れないため、外から距を噛み切って吸うこともあり、これは盗蜜といって、やはり受粉の役には立ちません。ともあれ、ツリフネソウはいろんな生きものに人気があるようです。
ご年配の方から聞いた話ですが、子供の頃、この花を指にはめてよく遊んだそうです。指にはめると、なんだか小人の帽子のようでもありますし、昔の人は琴の爪に見立てて遊んだそうです。
そのため「ゆびはめぐさ」「ゆびさしばな」などの名前もあります。ほかには、法螺貝のような形からホラガイソウ(法螺貝草)、ホウセンカの仲間であることからカワラホウセンカ(河原鳳仙花)、ヤマホウセンカ(山鳳仙花)。
出航を待って日陰の釣船草 茶箱
ツリフネソウは近年、水辺の消失や、鹿による食害で、絶滅危惧種に指定されている地域もあります。みなさまのお住まいの地域にはまだ咲いていますでしょうか。ツリフネソウの群落は日陰にあっても華やかで、秋の花野を代表する植物。水辺を好むので、静かな港にひっそりと佇む大船団のようにもみえてきます。
文責・高月美樹
本文写真・高月美樹