誰も知らない胸の内
態度にも、言葉にも出さないけれど……
絶対に誰にも譲らない
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追記(3/24)
2021/03/17~2021/03/23
[小説]ルーキーランキング 85位
3/23
[小説]男子に人気ランキング 8位
ご評価いただきありがとうございました。
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いつも思ってた。どうして私は勝てないんだろうって。
どんな馬場でも、距離でも、頑張ったって3着止まり。
そんな結果を繰り返して「あぁ……私は1番にはなれない脇役なんだな」って思うようになったのはいつからだったかな。
キラキラ輝いている主人公でもギラギラ燃えているライバルでもないモブ。それが私。
いつのまにか「ブロンズコレクター」なんて呼ばれるようになって、周りから見ても私はそういうウマ娘なんだって自覚して、気が付いたら何をするにも予防線を張るようになっていた。
傷つかないように、ちっちゃなプライドを守るために、闘争心も勝利への渇望なんてものも仕舞い込んで、これで十分なんだって言い聞かせていたのに。
「一緒に勝利を目指そう」
選抜レースのあの日、トウカイテイオーの走りも見ていたはずなのに、トレーナーさんは私に声をかけてくれた。
私を、見てくれた。
テイオーより、他のウマ娘より、私を。
口ではなんだかんだ言いつつ、それが嬉しくて、それでいて親身に接してくれちゃうもんだから、初めて心の内を明かしてしまった。
ほぼほぼ初対面の人の前であんなに叫んじゃって恥ずかしいと今更ながらに思うけど、おかげで「勝ちたい」って気持ちをちゃんと自覚できた。
トレーナーさんとこのタイミングで出会えたのは運命だと思う。
トレーナーさんは優しいだけじゃなくて、確かな腕を持っていた。
私の体力や調子の管理も的確だし、日常のふとしたことから私の練習に応用して、着実に力を伸ばしてくれる。
競争心が高まって練習に身が入るようにもなったし、身の回りの色んなことが上手く回るようになった。
それもこれも全部トレーナーさんのおかげ。
ほんと、なんで私なんかを選んでくれたのか不思議でしょうがない。
「ネイチャは強いよ」
「なら次は実力で勝ったって言おう」
「ネイチャが1番だから」
私がネガティブなことを必ず褒めてくれて、認めてくれる。
もちろん手放しじゃなくって毎日のように私のことを見てくれた上で向かい合ってくれる。
どれもこれもお世辞じゃなく、本心で言ってくれてるのはちゃんと伝わってるよ。
それが嬉しくて、むず痒くて、そう言ってくれるってわかって話を振ることに自己嫌悪して、髪を弄りながら目を逸らしても真摯な視線はそのままで。
そういう意味ではないんだろうけど、愛されてると強く感じてしまう。
それが堪らなく心地がいい。
無意識にそう言って側で支えてくれる人を求めていたのかもしれない。
熱に浮かされ、日に日にトレーナーさんのことを考える時間は増え、それに比例するように心地良さも増していく。
ベッドの中でその日に貰った言葉を思い起こして、噛み締めて、明日はどんなトレーニングを付けてくれるのか期待に胸を膨らませながら眠りにつく。
幸せだった。
私はこの人と一緒ならどこまでも頑張れる。そう思ってた。
でも……デビューしてから公式戦での初対決。若駒Sで私はテイオーに負けた。
勝てはしなくてもテイオーの後ろには私がいるよ。前ばっかり見てると足元すくわれるよって示したかったのに。
5馬身差。そんなこととても言えない圧倒的な差をつけられて完敗した。
そのレースの後に聞いちゃったんだ。
テイオーがトレーナーさんに話しかけているところ。
それは私にとって、とても許容できることじゃなかった。
「ねぇねぇ、ボクの走り見てた!? 凄かったでしょー? とーぜん、一着だよ!」
「トレーナーさぁ、強いウマ娘を育てたいって思わない? ボクのトレーナーに転向しようよー! 一緒にテイオー伝説作ろうよ〜!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥からドロドロとした何かが沸き上がるのを感じた。負け続けた時にも感じたことのないおぞましい何か。
悔しいという気持ちも考えてた言い訳も全部を塗り潰して、私の中で渦巻いていた。
なんで?どうして?
その人は私のトレーナーさんなのに。
そんなにキラキラしてるのに、私にないものをたくさん持ってるのに、私から奪うの?
私の……私の……。
その時に気が付いたんだ。なんで私が勝てないのか。
足りないのは危機感だ。
せっかく奮起したのに、優しさに溺れて、覚悟も何もたりてなかったんだ。
もしもこのまま負け続けたら、目標が達成できなかったら、トレーナーさんとの契約は長くても3年で解除される。
トレーナーさんを……奪われる。
この幸せがいつまでも勝手に続いてくれるわけじゃないんだ。時間の問題だけじゃない。
トレーナーさんのことを狙ってる人だっている。
それは何もウマ娘だけじゃなくて、同期を名乗る別のトレーナーや事務員も。
そんなことはないと信じたいけど、トレーナーさんに見限られる可能性だって……。
考えてただけでクラクラして倒れそうになる。
そんなの無理だ。もう私はトレーナーさん以外の側で走ることなんて考えられない。
だから……勝たなきゃ。URAで結果を残せば契約の延長だってできる。
トレーナーさんは……私だけのトレーナーだから。
トレーナーさんの1番だけは誰にも譲らない。
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私は今日も予防線を張る。
でもそれは自分が傷つかない為じゃない。
このドロドロとした嫌な自分をトレーナーさんに見せないため。
少しとぼけた言葉や自虐的な言葉とはっきりとした意思を込めた言葉を使い分けて話を組み立てる。
決して嘘はつかない。失望なんてされたくないから。
トレーナーさんが他の子と話していたって嫌な顔なんて見せない。暴力で遠ざけるなんてもっての外。重い女なんて思われなくないから。
トレーナーさんと離れる原因になりかねないことなんて絶対にしない。
そうすればトレーナーさんは必ず私が言って欲しい言葉をくれる。私に向き合って、私だけを満たしてくれる。
URA予選への出場を決めたその夜、私は1人自室のベッドに横たわる。
愛しい人が私に自信をつけるために作ってくれた折り紙のトロフィーに頬擦りをしながら想いを馳せる。そうすると彼の想いを感じられるから。
脳裏に映る他の女の子たち。
その誰もが向けられていない愛情を一心に受けていると思うと、堪らない優越感がその身体を震わせる。
あと少しでずっと一緒にいられるようになる。
もうすでに商店街の人たちからも公認の仲といってもいいくらい。
そうしたらどうしよう。
ウマ娘として走れる限りは彼と二人三脚で頑張ってもいいかもしれない。それが終わったら、賞金を元手に歓迎ムードの地元の商店街でお店を開くのはどうだろう。
一階がお店で、二階が自宅。
広いとは言えないその世界で穏やかに過ごす。
なんて素晴らしい日々だろう。
「ふふっ……」
そんな未来を想像するだけで笑い声が漏れる。
そして、彼に関わる全ての人へ向けて誰にも届きはしない声でポツリと呟く。
「ーー私の勝ち♪」