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おかしな転生 作者:古流 望

第33章 蜜蝋は未来を照らす

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391話 ザースデン帰還

 「坊、お帰りなせえ」

 「はい、ただいま戻りました」


 ザースデンに引き返した一行は、しばしの休息をとる。

 またすぐに態勢を整えて、準備をしっかりやり直した上で再度でなければならないが、それはそれとしてペイスは屋敷に戻ってきていた。


 ちなみに、バッチレーを始めとする遠征部隊の目ぼしい指揮官は、ザースデンで事後処理に追われている。

 今回の偵察で改めて足りないものも見えてきたため、補給の体制や後方支援の準備をやり直しているのだ。

 特に問題となるのは、崖の先。

 一般的な森であれば、時間をかけて人力で木々を倒して下草を刈れば、それなりに道が出来る。

 ごつごつと転がる岩や石を除けば、馬車を使った補給路も構築できるだろう。

 当初は、補給路の構築も先の通り可能であり、容易にとまではいかずとも、時間の問題だと思われていた。

 しかし、崖が有ったことで話が変わってくる。ロッククライミングをしなければならないような場所の先に進もうと思えば、大規模な補給は通常の手段では難しい。馬車が使えないからだ。

 例えば水だけでも、樽に入った何十キロ、何百キロものものを、崖の上にどうやって運ぶのかという話である。

 まさか、背負って崖登りという訳にもいくまい。人力で運ぶのには、どうしたって限界がある。

 それ相応に崖の上の安全確保を行うことや、崖の上に物を引き上げる為の滑車など、新たに見えてきた課題は多い。


 「で、どうだったんで?」

 「どうもこうも。色々とトラブルがありましたよ。一筋縄ではいきませんね」

 「そうですかい。ご苦労なこって。話はあとで聞かせてもらうとして……坊、今すぐこいつをお願いします」


 帰ってきた次期領主を出迎えたのは、仕事を抱えた従士長シイツ。

 早速とばかりにペイスを捕まえ、急ぎの仕事を三つばかり押し付けた。


 「なんで帰って早々……」

 「坊の仕事なんですから、早くしてくだせえ。それが終わらねえと他の仕事が進まねえんです。それが終われば、こっちのを。あと、これとこれ」


 変更が必要な計画の承認。至急援助して欲しいと頼まれた他家への災害援助。そして隣国で起きたお家騒動。

 どれもペイスが急いで判断しないと、後続の仕事が詰まる状況だった。


 「仕事が溜まるのが早すぎませんか?」

 「誰のせいだか。坊、自業自得ってやつですぜ」

 「反論できないのが悲しいですね」


 目下、モルテールン領は拡大の一方。

 経済規模、人口、インフラ、全てが拡大中だ。

 人が増えることで領内の生産能力が上がり、消費が増える。

 消費が増えれば経済活動の規模も増える。

 経済活動の規模が増えれば、必要なインフラ整備の規模も増える。

 インフラ整備が進めば、人口が増える。

 終わりなき拡大のスパイラル。増大の螺旋である。

 このエンドレスな状態を作った根本の原因。それは、ペイスである。

 中々領地経営が上手くいかず、人口も中々増えなかったモルテールン領を、根っこの部分から作り変えてしまった立役者が、他ならぬペイスなのだから。

 自分で忙しくしておいて、忙しいとボヤく。本末転倒も甚だしい。

 当人はお菓子作りの為にもっと落ち着いた状態が良いと言っているのだから、実に滑稽である。


 「もっとも、止めるつもりも有りませんが」

 「少しは抑えても良いでしょうに」

 「僕の夢の為には、まだまだ足りませんよ」

 「欲張りなこって」


 ペイスの夢は、最高のスイーツを作ること。

 その為に、お菓子を好きなだけ作れる領地を築き上げねばならない。

 目指すはお菓子の国。

 改めて気合の入ったところで、領主代行は猛然と仕事に取り掛かりだした。


 「じゃあ、次はこれで……」

 「予算を増額しましょう。倍の予算ならしばらくいけます」

 「んじゃあ決済っと。まだまだあります。次はこいつで」

 「……却下ですね。今はこんなことをしている暇はない。何ですか教会誘致と教会建設の為に人と金を出せとは。来たいなら止めませんし、教会を作りたいなら場所も用意しますが、うちが労力をかける必要性を認めません」

 「良いんですね?」

 「無論です。これでガタガタ言って来たら、布教禁止も辞さないです。信教の自由は認めても、圧力団体を作る気は有りません」

 「分かりました。じゃあ次はこいつで……」


 ペイスは、仕事の山をどんどんと片づけていく。判断の速さは軍人教育の賜物かもしれない。


 「これが、溜まってるもんの最後で」

 「エンツェンスベルガー辺境伯の使者が来訪? 許可します。何の用事かは分かりませんが、拒否する者でもないでしょう」

 「うっし、お疲れさんです」


 一通り、ペイスのサインが済んだところで、ようやく一息つく。


 「それで、どうでした?」


 何を、とは聞かない。

 国軍が領内に居る今、何処に耳が有るか分かったものでは無いからだ。

 国の組織が、秘密の多いモルテールン家の懐で動くのだ。王宮の陰謀家達が策謀し、モルテールン領内やモルテールン家の内部を探る密命を帯びた人間が紛れ込んでいたとして、何の不思議があろうか。

 また、そうでなくとも国軍まで動く事態は目立つ。スパイについて、特に厳しく取り締まっている訳では無いモルテールン領内であれば、改めて耳目を集めていることだろう。

 スパイの増員もされているに違いない。


 「トラブルは有ったので一旦引き返しましたが、総じて順調です。とりあえず、体制は大よそ出来そうです」


 ペイスは、シイツの質問に答える。


 「国軍は、今後モルテールン領軍やその友軍の護衛、また駐屯地の警備が任務となります。公式な上層部の承認と命令や、必要な手続きも終えたので、これからしばらくは地道なルーチーンワークになりますよ」

 「国の部隊を顎で使うたあ、坊もいいご身分で」

 「使えるものは使う。当り前のことですよ」


 改めて再編する遠征部隊では、魔の森の探索はモルテールン領軍が主体で行うことになるだろう。

 魔獣の対処には魔法が最も効果的であり、モルテールン領軍の方が国軍に比べて“魔法使いの数と質“が何故か圧倒的に上なのだから。

 今回の偵察部隊で作った前線拠点の防衛や補給の確保を国軍が行い、後方の安全が確保されたところで、探索自体はモルテールン領軍、具体的にはペイス主体で行う。

 ピー助も含めて、少数精鋭による探索が新しい行動指針となる。


 「そうそう、ちょうどいい機会なので、若手に経験を積ませる為に領軍の指揮を任せることにしました」

 「そりゃそりゃ」


 モルテールン家の“嘆願”から貸し出された国軍。

 状況が変わってレンタル料が別途請求されることになったとしても、使えるのなら何であろうと使うのがペイスの流儀。

 利用できるなら、何でも利用すべきである。

 バッチレーにモルテールン領軍の指揮を預けたのも、その一環。

 国軍の精鋭部隊が護衛を兼ねて一緒に行動してくれる状況。実戦そのもの中で、比較的安全に経験をつめるというのだ。後進の指導教材としては実に優秀である。

 国軍部隊も、まさか自分たちがモルテールン家の人材育成の肥やしになるとは考えていまい。普通は国軍の協力となれば、最前線で使うものだからだ。


 「いやあ……それにしても、魔の森は流石に手強い」

 「ほほう」


 魔の森について、実際に体験した内容を語るペイス。


 「馬より大きな、肉食の蜘蛛が居たり、人間を食うぐらいの大きな蜂が居たり。そして、それらが恐らく生態系の最下層なんですよ」

 「よくもまあ、森の外に出てこねえで」

 「推測になりますが、森の外にはあの巨体を維持するだけの食糧が無いのでしょう。たまに外に出てくるのも居たかもしれませんが、森の外の環境は、森の住民にとって満足に生息できる環境では無いのでしょうね。長い年月で、森の外にでるものが淘汰されてきたのかも」

 「そんなもんですかい」


 今まで森の外に出てこないなら、それなりに理由が有るはず。

 推測は幾らでも出来るが、確定させるのは研究者のフィールドワークに任せるのが最善だろうか。

 少なくとも、森の外周部の調査はそれなりに出来た。。


 「外周部には、普通の動物も生息していましたし、まともな植物も有りました」

 「ふむ」

 「ある程度奥に行くと、そこからガラリと様子が変わっていました。普通の森と、いわゆる魔の森と呼ばれる、森の“本体”との境なのでしょうね」

 「外から見てる分には分からねえですね」

 「ええ」


 今まで、皆が魔の森と呼んでいた森。

 恐らく、これは二重構造になっている。

 本当の魔の森ともいうべき深層の森と、その森を忌避していたがため勝手に出来上がった普通の自然環境と。

 ペイス達が今後調べるべきは、勿論深層である。


 「それで、成果は?」

 「上々です。これを」


 情報だけでも成果ではあるが、求められているものはもっと別のもの。

 ペイスも、シイツが何を言いたいのかは分かる。

 すっと、戦利品を取り出す。


 「これは?」

 「まず、蜘蛛の糸。夜に襲われて返り討ちにしたのですが、その巣にはこんな糸が有りました。粘着性の糸は手出しできませんでしたが、それ以外の部分を巻き取って持って帰ってきました」

 「使えそうですかい?」

 「分かりませんね。研究所に研究を投げるつもりでいます。これが売れるものであれば、新たな産業になるかも」

 「産業にするにゃあ物騒でしょうよ。命がけになる」

 「それゆえの、拠点ですよ」


 目下、魔の森に見つけた崖をくりぬき、拠点化を進めている。

 上手くいけば、魔の森の開拓について足掛かりとなるだろう。


 「それに、これ」

 「これは……豆ですかい?」

 「ええ。僕の予想では、これはお菓子作りの大きな材料になるはずです」

 「へえへえ」


 ペイスがシイツに見せたのは、言わずもがなお菓子の原料。バニラである。

 それも、現代では見かけないような巨大なバニラの種子だ。


 「魔の森で育っていたものを持ち帰ってきましたから、うちの畑で育つかを試そうと思っています」

 「誰がやるんで?」

 「スラヴォミール……は、忙しいですか?」

 「あいつなら、年中忙しいでしょうよ。相手にしてるのが生き物ですぜ?」

 「それもそうですね。やはり、これも研究所いきですか」


 魔の森の外でバニラが育てられるかどうか。それ次第で、バニラの価値も変わってくる。

 今後の研究は必須課題である。ペイスにとっては。


 「研究所の人員も増やさにゃならんでしょうよ」

 「……農業系に強い研究者を、引き抜きますか」

 「あんまり派手にやると、他の貴族や、下手すりゃ王家に恨まれますぜ?」

 「やらないよりマシですね。一応、王家にはお伺いをたてて、必要ならば研究成果の上納も視野に入れましょう。自分の懐が痛まず、成果だけ貰えるというなら交渉の余地は有るでしょう」

 「技術を独占しないんで?」

 「この件に関しては、大本の種は魔の森。成果を出せたとて、結局は最重要な種子をうちが独占出来ます。むしろ、需要を高める方がお得でしょう」

 「その辺の判断は信頼してますんで」


 ペイスの情勢判断の確かさは、父親のカセロールや従士長のシイツも信頼を置くもの。


 「さて……魔の森の懸案はある程度片が付いたとして」

 「他に、急ぎの話がありますかい?」


 急ぎの要件は片づけたはずだが、と首をかしげる従士長。


 「社交を差配せよ、と父様からの命令が有りますよ」

 「ああ、それがあったか」


 開拓とは別の意味で厄介な事案。

 従士長のハードワークは続くのだった。


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