王妃たちの失態
ラウゼス陛下はきっと女運がない
「陛下!! どういうことです、あの発表は!? ドミトリアス伯爵!? ラティッチェ公爵!? フォルトゥナ公爵子息!? 何故彼らが王配候補になり、我が息子のルーカスは名すら上がらないのですか!?」
開口一番に一礼や挨拶どころか甲高い糾弾が始まる。
ばさばさと乱雑にドレスの裾を捌きながら、大股で部屋に入ってくるメザーリンに、オフィールも続いて入ってきた。
二人の王妃の登場に周りは騒然――というか冷ややかに眺めている。
この部屋は重要な話し合いと言うことで、人払いをしていた。腕に覚えのある者も多くいたため、盗聴防止と乱入防止の魔法を施されていた。兵は立っていたが、二人の王妃の勢いに押されていたところでゼファールが扉を開いたため、なだれ込んできたのだ。
「我が子が可愛くないのですか、陛下は! 実の血を分けた息子を差し置いて、王家と所縁のない他所の家から伴侶を宛がうなど……!」
「しかしメザーリンよ。不仲になると分かっていて夫婦にさせるのは可哀想だとは思わぬか? 子が生まれなくて困るのだ。アルベルティーナが嫌がる余り、結界で拒絶したらどうする? 夫が宮殿から締め出されたら恥もいい所だろう」
有り得ないとは言えないのがアルベルティーナなのだ。実際一度やった。
しかも、故意ではなく無意識の拒絶。心のままにアルベルティーナにとっての恐怖対象を宮殿から弾きだしたのだ。
メザーリンはルーカスをアルベルティーナの王配へと何度もせがんでいたが、ラウゼスは許さなかった。何度も無理だと諭したが、いまだに納得していない。
「それを説得なさるのが陛下のお役目でしょう! 王家の血が薄くなります!」
説得も何も原因はルーカスの言動にある。加害者側の都合で被害者側が折れるのはおかしいし、血が濃いも薄いもそもそも子供すら生まれない、子作りの行為すらできないのでは詰んでいる。
今はアルベルティーナのほうが王位継承権が高く、義妹とはいえ身分が高いからなおさらだ。
ラウゼスはアルベルティーナに無理強いをしてまで、ルーカスを王配にする理由を見いだせない。
ルーカスも貴賓牢にいる間に考えを改め、一からやり直すために奮闘している。謹慎を解かれた後、王籍を失っても自分にできることを探して邁進している。本人も望んでいないのだ。
諦められないのはメザーリンだけ。
(ルーカスは理解しているというに、メザーリン……お前の目はまだ覚めないのか)
ラウゼスの目に失望が宿るが、納得がいかないと躍起になって訴えているメザーリンは気づかない。
「王家の血筋が激減しているというのに、王家から婿を取らずにどうするのですか!?」
王家の瞳を持たずとも、ルーカスはラウゼスの嫡男だからかなり王家の血筋は濃いのだと声高に訴えるメザーリン。その度にラウゼスの目には暗い影が落ちる。
口ではそう訴えるが、メザーリンの本心は別だ。自分が国母になりたいから騒いでいる。
メザーリンの姿には思慮はなく、欲を叩きつける激しさしかない。
「そうですわ、陛下。メザーリン妃殿下の言葉は間違っておりません。元老会も納得しておりませんわ。もっと熟慮するべきです。お考え直し下さいまし」
ぜいぜいと肩で息をして、ヒートアップが一度止まったメザーリンと入れ替わるようにオフィールも前に出る。
オフィールはメザーリンとは違い、濃紺の瞳に涙をたっぷりと溜めてラウゼスの前に寮膝を付いて指を胸の前に組んだ。祈るような姿で懇願する。
「このままでは国が荒れます。すぐにとは言いませんわ。せめて交流を持たせることはできませんか? 王太女殿下が王宮に滞在してから、一度すら我が子のレオルドはお会いできていません」
オフィールの懇願は、一見するとまともに聞こえる。だが、メザーリンに比べればと言う注釈がついた。
取り繕ってはいるがその本心はメザーリンと同じだ。その浅ましい要望に数名、我慢できず苛立ちが抑えきれなくなっている。
態度は違うが我が子を優先し王配にしろと訴える二人の妃にラウゼスは心が冷ややかになるのが止まらなかった。こくりと頷いて、怒れる者たちに意見を許した。
「妃殿下たちは、随分と我が孫娘の心の傷を軽視しておられるようですな」
「なっ……しかし、フォルトゥナ公爵。あれから何か月たったと思いですか?」
「喪が明けていないのは確かですな。幼くして母を亡くし、若くしてさらに父を喪いました。国のためとはいえ籍が変わり、実家に帰ることも許されず、王太女と言う責任のある立場となったのです。そんなアルベルティーナに、かつて暴力を振るった男や、それに加担した男を夫に迎え入れろと言うのは酷でしょう」
「レオルドを罪人扱いするつもりか!?」
オフィールはガンダルフの物言いに憤慨した。ラウゼスに見せていた淑やかな様子は一変して、掴みかからんばかりである。
レオルドは謹慎を言い渡されたのだから、無罪ではない。主犯ではなく加担していただけなので減刑されただけだ。王子でなければ首が飛んでいてもおかしくない。
「お前たちはこの状況が分からんのか? 妃たるもの、場を見極めよと何度諫めれば理解するのだ」
静かに咎めるラウゼスに、やっと二人の王妃は部屋の中にいる顔ぶれを確認した。
そして、見事に血の気を引かせる。
何せ、そこにはアルマンダイン公爵とフリングス公爵もいたのだ。
「しかしまぁ、まだ我が娘のビビアンとルーカス殿下の婚約は残っているというのに随分と気が早いものですね。ではこれを機に、綺麗さっぱり白紙に戻しましょうか」
「おや、アルマンダイン公爵。奇遇ですね。私もそう思っていた所です。キャスリンとレオルド殿下の仲は悪くないのですが、未来の義母になられる方にこうも蔑ろにされては父として思うところもありますしね?」
ルーカスとレオルドには婚約者がいる。
二人の王妃は息子を王位に就けることを諦めきれず、アルベルティーナに乗り換える間の保険として残していたようなものだ。学園の事件以降は相手であるアルマンダイン公爵家もフリングス公爵家も消極的になっていたが、何とかだましだまし繋げていた。
しかし、王配候補の選出で自分たちの息子が除外されたことに憤慨した二人は、すっかりそのことを忘れてそれぞれの当主の前で馬脚を現してしまった。
ラウゼスからの返事も色が悪い上、現在のキープからも見放されそうになっている状況に気づいたメザーリンとオフィールは真っ青だ。
ちなみに、二人をこの部屋に招き入れたゼファールはさっさと退場している。
「丁度良い機会です。ラウゼス陛下、メザーリン妃殿下をお借りしても?」
「では、私はオフィール妃殿下とお話をしたく存じます。退席しても?」
「構わぬ。書記官も連れて行くとよい。長らく妃たちの我儘に付き合わせてすまなかったな」
ラウゼスがあっさりと二人の妃を切り捨て、二人の公爵に許可を出した。
微塵も庇われなかったことに驚愕しながらも、最悪な状況に真っ青で汗だくになっているメザーリンとオフィール。
最終的にこの部屋に残ったのはキシュタリア、ミカエリス、ジュリアス、ヴァニア、ガンダルフ、ラウゼスである。
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