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出発は明朝、一の鐘で落ち合う約束をして解散。
ラドゥは町長と話す事があるらしい。
「……というわけだヨルシカ。君も来るか?」
俺は彼女に聞く。
「…………うぅん……なあヨハン。何が起こっているか、私なりには理解出来ているつもりなんだけど……」
「だけど?」
先を促す。
「ん……そうだな、曖昧な質問になってしまって申し訳ないが、率直に答えて欲しい。どれくらいやばいんだ?」
なるほど。
ざっくりした質問だが、俺なりの考えがないわけでもない。
「少しだけ長くなるが*1聞いてくれるか?」
俺の確認に、うん、と彼女が頷いた。
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「ラドゥはオルドの騎士だ。肩書きでは元騎士だが、俺が言うのは地位としての騎士じゃない。精神性の話だ。騎士たる精神性とは何か。原則としては武勇に優れ、忠誠心に富み、謙虚であって女子供には献身的であれ、というものだ。しかし細かく見ていけば国ごとに違う。亡国オルドは、忌憚のない言い方をさせてもらえば縄張り意識が非常に強い。オルドの騎士は君主に忠誠を誓うというよりは、その土地に忠誠を誓っている。ここはオルドの地ではないが、縄張り意識とは自分が根付く地への所有感情のことだ。ラドゥはこのヴァラクという街を第2の故郷と見做している……そうおもって差し支えないだろう。でなければわざわざ手間のかかる軍事教練染みた真似を荒くれもの共に仕込むものか。街周辺に脅威があるとしても、それがどのようなものかが分かっていない内にラドゥ傭兵団が出張ってきたというのも、彼の縄張り意識の発露だろう。オルド騎士の異名は知っているか? オルドの番犬だ。番犬は縄張りをおかされると荒れ狂う。そういう男が“脅威から逃げられないようなら手段を選ばずこれを排除しろ”という。“土地が死んでもいいから”と。これはよくよくの事だぞ。ヨルシカ、君は家族愛が強いか? ……そうか、なら君のそのかわいい弟の命と引き換えに家族全員の命が助かるかもしれないとしたらどうする? 怒るなよ、だがそういう事なんだ」
要するに、と俺は息継ぎも兼ねて口を休めた。
「……要するに?」
ヨルシカが促してくるので答える。
「とてもやばい」
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もし参加するなら覚悟はしておけよ、という意味も兼ねて散々脅しつけたが、ヨルシカは結局調査隊へ志願するとのことだった。
“君らが総出でかかってだめなら街も遅かれ早かれ駄目になるのだろうし、それからじゃ頑張っても意味はないからね。今参加して何か成果を出せば、報酬は期待できるんだろう? ”
との事だ。
言われて見れば確かにそうだな。
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翌朝。
遅刻者もなく全員集合している。
俺の隊とラドゥの隊のすべてが参加するわけではない。
流石に多すぎるし、街の守りの問題もある。
大体みんな目的意識は共有しているので、ラドゥもサクサク訓示をしていた。
朝の挨拶、そして出発の号令だ。
30秒も掛かっていない。
サクサク出発。
向かう先はダッカドッカ隊が消息をたったと思われる南東部。
爽やかな筈の朝焼けが、なにやら血の色に見えたなどとは口が裂けても言えないが
ああ、まあろくな事がなさそうだなとは思う。
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ちょっとした痕跡を見つけたので馬車を停めて調査を進める。
点在するどす黒い血の染み。
砕けた爪、牙? 魔狼か。
毛のようなものもパラパラと散っている。
人のものではなく、魔狼のものだろう。質感が違う。
まあそれはいい……よくはないが、いいとして、奇妙なのはなぜ人のそれがないのだろう?
「サー・ラドゥ。人間の
ギルドでラドゥは
「む……? ……部品……? ああ、うむ。そういったものはなかった」
「そうですか。食われたのかもしれませんね」
口に出してみたが、やはりどうもこれが現実的に思える。
続けたまえ、とラドゥが言うので、推測になりますが、と前置きして自分なりに考えを述べてみた。
「そこまで深く考えたわけではないのですが、血の痕跡があり、死体も死体の部品もない……。ダッカドッカ氏の実力を鑑みるに、敗色濃厚、撤退も不可能となれば何かしらのサインくらいは残すでしょう。それもないのなら……」
ちらっとラドゥを見るとその目に少しの疲れが滲んでいた。
「……そうだな……。それでもいくつか疑問は残るが」
ラドゥの言葉に深く頷く。
「ここでなにがあったにせよ、これから何が起こるかにせよ、ろくでもなさそうです」
俺がそういうとラドゥは全くだ、と苦笑した。
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ラドゥがカナタをじっと見ている。
カナタはおちつかなさげに周囲をぎょろぎょろと見回していた。
「どちらの方角へ一番行きたくないか教えてくれ」
ラドゥがそういうと、カナタは一点を指差した。
ありがとう、とラドゥがカナタに金貨を何枚か握らせる。
嬉しそうなカナタに、そのうちの何枚が借金返済で飛ぶんだ? と訊ねたら凄く嫌そうな顔をしていた。
わざと聞いたのだ。
「ヨハン、カナタをからかい過ぎなんじゃないのかい?」
ヨルシカが呆れながら言ってきた。
言われてみればそうだなとおもったので謝罪。
「カナタもヨハンが何か言ってきたら私に言えよ。彼は性格が最悪なんだ」
ヨルシカが陰険な事を言い、カナタも大きく頷いている。
性格が良い術師なんて連盟にはいないし、いてもすぐ死ぬだけだ。
周囲の者たちも冗談交じりになにやら談笑している。
真面目な調査なのに、ラドゥはそれを止めようとはしていなかった。
謹厳実直なラドゥが俺たちをたしなめない理由は、俺もカナタもヨルシカも、他の者らも何となく察している。
恐らく帰還するころには櫛の歯が何本か、あるいは全部欠けているんだろうな、
こういう時はなるべく力を抜くに限る。
力んでいたら普段できる事もできなくなるから。
ラドゥもそう思っているからこそ、俺たちや周囲の者らのべしゃり*2を止めない。
俺たちはカナタの指し示した方向へ進んで行った。
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「ひ、ひ、ひ、引きずるようなちちち血の痕。さささ誘い、です、ね」
やけに目が大きい腰の曲がった男がにやりと笑いながらラドゥに言った。【背虫】のカジャ。ラドゥ傭兵団でも古株の
特技は舐めた態度を取った相手の背骨を引きずり出す事だとか。
舐められてますな団長、と他の傭兵も続く。
「分かりやすい誘い、挑発か。結構な事だ。勝手に侮ってくれるのならば是ほどやりやすい事はない」
ラドゥが答える。目を見れば口ほどに楽観していない事は分かる……が、それは皆承知の上なのだろうな。
目の前には木立というにはやや密に過ぎる樹の群れ。
引きずったあとはその奥まで続いている。
不穏だがこれも仕事だ。
ここで部隊を分ける。
全員で向かっても良いとはおもうが、最悪この辺一帯を
まあその場合はラドゥも俺もヨルシカも他の傭兵も、みんな死んでいるだろうが。
そうなった場合、恐らく手負いであろう脅威の要因にとどめをくれる者が必要となる。
分隊でそれが出来るかは分からないが、こういうものはやるだけはやる、という姿勢が大事だ。
受けた以上はやる。
ヨルシカは進発組を選んだ。
カナタは居残り。彼ならば俺たちが駄目だったときに何かを察してくれるだろう。
そして俺たちは木々の奥へと足を踏み入れていく。
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血の痕はその量を増していく。
俺はかがみ込み、あるものを拾った。
手首だ。
ヨルシカはそれをみて絶句している。
無理もないか。
俺も絶句したいが、一応確認しなければ。
「サー・ラドゥ。手首を拾いました。随分大きいですが、見覚えは?」
俺はある。
別に嫌味で確認したんじゃない。
違っていたらいいな位の事は思っている。
ラドゥはそれを見たが何も答えない。
目だけが爛々と燃えていた。
ぎちり、と拳を握り締める音が聞こえる。
色々な感情が混じるその音をきいて、コレをやった奴を精々無残に殺してやろうかな、と思った。
きっとみんなも同じ気持ちだろう。
この回の挿し絵はすべてMidjouneyで生成しました。