XK-13:空の色
きっと誰にも悪気は無い
人は特別に憧れるものだが、人と違うことは必ずしもいいことなんかじゃない。
私の世界は退屈だった。
ただ自然に見えているものに美しさを見い出せなくて、その自然……ともすれば普通と呼ぶべきものは、大多数の平凡な人間達からはズレていて。
或いはそんな感想を、捉え方を、思春期より遥かに早く、保育園に通う年代で気にして生きている私は異常だったのだろう。
お絵描きの時間があった。
先生がこれを描けとお題を出して、クレヨンで見た物を、見えている物を私は精巧に描き殴ってやった。
確か『自分の思う綺麗な物を見せて』と言われて、何も……ああ本当に
私が感心したのは出来栄えだった。
それは余りにも綺麗な模写であって、今振り返って見ても凡そ幼稚園児に描けるようなものじゃない、冷徹なまでに秩序のある絵だった。
そこに遊び心とか好奇心とかは一欠片も混ざってなくて、でも私は不思議と描いている間は楽しかった。
才能があったんだろうか? 自分で考えて絵の知識の無い中、黒で線画をしてから夢中で色を塗っていた。
追求したのはクオリティからくる満足感で、完成するのはその教室の中で一番遅くて。
そんな絵に付けられた評価は、まとめてしまえば『気持ち悪い』だ。
絵の上手さを褒められて、然し同時にみんなは色彩に言及して来た。
汚くて歪んでいて混沌とした幼稚なゴミしかない展覧会で、一番綺麗で正確な私の絵だけが色が不気味だと笑われた。
おかしな色しかなかった。
太陽は昼に"赤く"光るのか? 水は"青く"流れているのか? ヒヨコの足は四本で体と全く同じ"黄色い"のか?
おかしくて有り触れた不正解は誰も気にもとめなくて、でも私の絵は不正解だと気にされた。
写真のように、精一杯の表現力で模写しただけだ。
だからこそ私の絵は普通の虹彩が捉える世界とは異なって、色が致命的に間違っていたのだろう。
空の"青"を、"空色"の空を眺めた。
瞳に溶ける光は痛く、鋭く、虚しい。
悪気の無い子供の純粋無垢な努力の否定は、幼心の才能を痛めつけた。
生まれた時から特別扱いされてきた私はその日、初めて人と違うことのつまらなさを知った。
私が否定された気がした。
成績表が生まれた小学校に置いて、私の図画工作の成績は常に満点だった。
子供のクラスメイトからは天才だと軽々しく褒められて、大人な先生達からは独創性が無いと求めていないアドバイスを沢山貰った。
絵を描くこと……というか、クオリティを追求する行為自体を気に入っていた私は、同年代の誰よりも模写能力が優れていることを事実として理解していた。
かつてそんな自分の作品に付けられた不当な評価は案外効いていたようで、それを捩じ伏せるために、黙らせるための工夫をした。
色彩感覚が狂っていると不愉快ながらも把握した私は、私にとって間違っている色で景色を作った。
人の絵を見て、推察と考察を何度も繰り返し、私の作品を普通で塗り潰してやった。
それは綺麗とは程遠くとも、そもそも世界に綺麗を見つけた事がなかった私にとって大差無かった。
……そう騙して。
私は実力を成績で証明した。
図画工作の成績は、四年生まで満点だった。
好きな色はモノクロだった。
黒と白だけは私を裏切らなくて、他の色は嫌いだった。
そもそもが他人と見える色が違うらしい私に、これが"本当の空色"なのかを証明する手はなくて、それを考える度に虚しくなりはするけども。
批難は別に気にしちゃいない、気に入らないのは私の自信ある正常を異常だと騒がれることだった。
魂が無いだの、正確なだけでつまらないだの言われても、私にはどうすることも出来なくて。
退屈だった。
私の取り巻く環境が、私の性格をそうさせた。
たった一つの小さな人格否定は、そこからどんどんがんのようにあらゆることに伝染して。
上手い絵が好きで手に取った漫画は、
シナリオを好むようになるにつれ、ただ内容を求めてゲームにも手を出し始め。
美麗なグラフィックだのと謳われた神ゲーを踏み抜き、執拗に色に塗れた絵を押し付けて来たそれをクソだと断じた時に、ふと私は『何やってるんだろう』と疑問を抱き。
馬鹿馬鹿しくなった私は不貞腐れて、鉛筆をいつしか取らなくなって。
──そうして私はVRゲームに出逢う。
「………………なに、これ」
色彩が叩き込まれた。
電脳世界の光景は脳味噌に直接電気信号で叩き込まれ、絶対なる正常を脳が変換して視認させられた。
綺麗で美しい景色があった。
元は医療目的で開発されていた技術は、当然ながらつまらない風景にアバターを落とすわけが無い。
全力で描かれた、世界で讃えられる絶景がそこにあった。
空との境目が分からない地平線まで続く薄い水面に、雲より高い場所にある天空の古代遺跡。
巨大な水晶が幾千も生える爽やかな渓流や、闇夜を引き裂く鮮やかな花火大会。
室内からほぼ出ることの無い私は、陽の下で自由に走り回ってそれらを夢中で味わった。
綺麗に見えていた。
無慈悲なまでに平等を押し付ける電脳空間で、私は初めて"空の色"を知る。
刺激的だった。衝撃的だった。
それは私の人生を変える程の、退屈が終わる世界に漸く出逢えた。
「うわっ、何君っ!?」
……そうして私はモンスターに遭遇する。
運動音痴で感動が収まってなかった私は簡単に殺されて、みっともなく悲鳴を上げて。
世界を知って、自分から理解しようとして、装備とかアイテムとかを用意して、リベンジをしに行って、そこでまさかの敗北を喫して。
退屈に生きていた少女は冒険を知った。
「あーもうなんなのー!?」
半泣きでそう叫んでいた彼女がVRゲームに嵌るまで、そう時間はかからなかった。
──────────
「……なっつかしい夢見たなぁ」
VRギアを外してベッドの外へ放り投げ、重い頭をなんとか起こす。
頭痛が酷い。気絶からほぼ気力で起きたようなもんだし、睡眠を脳味噌が求めていた。
知らんわ、もう少し働け。
「染み付いてんなぁ癖……」
過負荷からのデスでシステムに肉体が危険だと判断されて、ゲームから強制的にログアウトさせられた。
VRゲーの廃人にはよくあることだが、こうされると暫く休めってことでログイン出来ないのはクソだと思う。
そうされる人種の精神安定剤って大抵VRゲーだから、逆にログインさせる方が回復すると思うんだけど。
特に私の場合ヒーリングソフトクッソ入れてるから、頼むからそっちに脳味噌ぶち込ませて欲しいんだけど。
「あークッソ思考回路がグチャグチャだ、大分限界来てんな」
虚ろな足取りで辿り着いたデスク。
唯一自室で整頓されている場所であるそこには様々な物がある。
椅子に座って引き出しからヘッドホンを取り出し、PCを立ち上げ起動の待ち時間に常備薬を胃に流し込む。
不味いのか美味いのか分からない。いい傾向だ。……何の?
「……早死にするとか良く言われたけど、あと一年は絶対に死なない保証あるんだよなぁざまぁ」
何に対しての罵倒か分からない程度には限界。
懐かしいルーチンワークだ。
ゲームから追い出されて一番キツい時に、寝ずに鮮烈な記憶を描き殴る。
冒険を一番綺麗に覚えているのは死闘の直後つって深夜テンションでやってバズって以来やってる暴挙。
辛い、寝たい、頭痛い。
でもこれが一番クオリティ上がるんだよなァ……
「……幸いネタには困らねぇしな」
──
圧倒的な感情と綺麗で精巧な線で描かれる、色彩豊かに楽しさを表現したオリジナル絵は、自分のゲーム体験を見たままに、正確に出力することで創られている。
『アルビノちゃんの冒険86』と銘打たれた作品が投稿されたのは、それから約6時間後のことだった。
"彼女"の最初の絵は、とても綺麗で美しいものなんでしょうね