オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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ようやく新刊をゆっくり読む時間が取れました
絶死の性格が思ったより動揺したり、怒ったりと、超然としているわけでもなく可愛かったです
結果、自分でも絶死を可愛いがりたい。友達を作ってほしい。苛めたい。という思いが湧いてきて書いた話です
ですので、主役というか話のメインとなるのは絶死絶命となります
そんなに長い話にはならない予定なので、よろしくお願いします

時系列としては15巻の中盤、元奴隷のエルフから情報収集を行い、エイヴァーシャー大森林に向かう少し前から始まります


第1話 未知を求めて

(うーむ)

 

 深夜。

 アインズは私室のベッドで思案していた。

 背中にはいつも通り、アインズ当番である一般メイド、フィースの視線が突き刺さっている。

 普段であれば、その視線に耐えながら本を読んで、朝までの時間を潰すところなのだが、今日は違う。

 一応本を開いているが、これはカモフラージュ。

 頭の中は別のことを考えていた。

 

(やっぱり王国全滅はやり過ぎだったか)

 

 先日まで行われていた、王国との戦争のことだ。

 ペストーニャたちの嘆願を聞き、ごく一部を逃がすことはできたものの、九百万からなる王国民はその大部分が死亡している。

 

 これは例によってデミウルゴスがアインズの言葉を勘違いして、もともと存在していた飴と鞭計画を拡大解釈し、国単位で飴と鞭を設定するという方向に変更したためだ。

 帝国を無傷で属国化したことを飴としたため、王国には鞭。つまり帝国とは逆に国民全てを犠牲にするやり方を取ることで魔導国に逆らえばこうなるのだと、周辺国家に見せつける役割を押しつけることにした。

 他に代案もなく、またアインズ自身、この身体になってから人間のことなど虫けら程度にしか思わなくなっていたこともあって、そのまま計画通りに進んでしまった。

 そのこと自体には、特に思うところはない。

 

 問題は多々起こっているようだが、そのあたりはアルベドとデミウルゴスが対処することになっているため、アインズは逃げる意味も込めて有給を取り、前々から計画していたアウラとマーレの友達を作るため、南方にあるエイヴァーシャー大森林に出向くことに決めた。

 日程も決まり、準備も早々に終わったアインズは、最後の仕上げとして先ほどまでパンドラズ・アクターの下に出向いていた。

 

 これはアインズ自身の引継の意味合いもあるが、アウラとマーレの仕事である、第六階層の管理に関して何かあったらパンドラズ・アクターに指示を仰ぐようにと話していたことが関係している。

 その後特に連絡はなかったので問題はないとは思うのだが、念のためパンドラズ・アクターに確認を取ってみることにしたのだ。

 階層守護者とはいえ、二人はまだ子供。

 全てを完璧にこなせるか心配だったし、なにより二人はアインズの供をするとあってか、かなり気負っている様子だった。

 そうした時こそ、ミスをしてしまうものだ。

 

 せっかく有給を取ったのだから、何かあって戻されるのは面倒だし、かといってあまりしつこく話を聞くのは二人を信用していないと思われてしまうため、パンドラズ・アクターから世間話を装って聞き出そうとしたのだが、そちらはなんの問題もなく、代わりに別の問題が発生していることを聞かされることになった。

 

(まさか、冒険者にも影響が出るとはな)

 

 そう。王国が滅亡したことを聞いた冒険者たちの間に、強い動揺が走っているらしいのだ。

 

(組合は国の傘下にしたから他国に行くことはできないはずだが、冒険者そのものを辞めるとかは止められないしなぁ。折角いろいろやってきたのが無駄になってしまうぞ)

 

 モンスター専属の傭兵ではなく、未知を求める本物の冒険者を作り出すため、アインズはこれまで様々な投資を行っている。

 組合長であるアインザックの説得や、帝国闘技場での武王との戦いによる宣伝。皆に使わせるための武具集めに、冒険者育成のための人工ダンジョン作りまで。

 このまま冒険者に動揺が広がり、逃げられるようなことになれば、それら全てが無駄になってしまう。

 

(んー。アインザックと相談したいところだけど、あいつもどうなんだろ? やっぱりやりすぎだって思ってるかなぁ)

 

 アインザックとはそれなりに友好的な関係を築けているつもりだが、だからこそ直接話をしようものなら、何故王国民を皆殺しにしたのかと問われるかもしれない。

 政策に関わることだと切って捨てるのは簡単だが、そうすると折角築いた信頼関係にもヒビが入りかねない。

 アインズは、組合長であるアインザックに、冒険者たちを侵攻の一助にするようなことはしないと説明して引き入れたのだ。今の状況でそれを信じろというのは無理がある。

 加えて。

 

(結局、まだ一人もまともな冒険者が育っていないからなぁ)

 

 未知を求める冒険者となるべく、組合の門を叩いた者はそれなりにいるが、組合が定めた水準に到達した冒険者は未だいない。

 モンスター退治もアンデッドが行い、冒険者たちはずっと訓練ばかり。

 これでは不満が溜まるのも仕方ない。

 かといって、今の状況で未知の探索に送り出して死亡されたら、それこそ、今までの訓練が無意味だったとして不満が爆発してしまう。

 

(適当に漆黒みたいな冒険者チームをでっち上げて送り出すか? ……流石に怪しまれるか。あー、もう休暇前だっていうのに)

 

 これもアルベドたちに丸投げといいたいところだが、殆どの仕事を理解していないアインズにとって、冒険者組合は唯一、ほぼ全ての内容を把握し、差配を揮っている業務だ。

 ここにアルベドたちの手が入ると、それこそ様々な部分で問題やアラが見つかりかねない。

 その結果アインズの無能が露見するのも困るが、それ以上にアルベドたちが業務内容を最適化することで、アインズのやることがなくなってしまうのがイヤだ。

 ただでさえ、ここ最近は一日三十分程度しか業務時間がなく、暇を持て余しているのだ。

 そんな中で、冒険者組合はいわば大企業のトップが本業とは別に、趣味で作った子会社のような位置づけであり、アインズにとって数少ない憩いの場でもある。

 それは困る。

 

(やはり一番いいのは、実際に冒険とはこういうものだと見せつけることだよな。俺がいない間に、パンドラズ・アクターを外に出させて適当な未開の地を冒険して貰うか──)

 

 そこまで考えたところで閃きが走った。

 

(今から俺、未開の地に行くじゃん!)

 

 エイヴァーシャー大森林。

 

 スレイン法国の更に奥、帝国がずっと集めていた文献にも殆ど記述のない、まさに未開の地。

 そこを冒険して情報を集め、アイテムなどを持ち帰って土産話の一つでも聞かせてやれば、不満をため込んでいる冒険者たちのカンフル剤やストレス解消になるのではないだろうか。

 

(いや。まて、折角の有給、それもアウラとマーレの友達作りが第一目標だぞ。仕事となったら二人とも絶対気を抜かないだろうしな……いや逆に話を進めやすくもなるか?)

 

 いくら有給だから気を抜いていいよ。と言っても、NPCたちのことだ。

 アインズの護衛を第一として仕事モードを解かないのは目に見えている。

 そんな状態では、ダークエルフの集落を見つけたとして、そこの子供たちと遊んでおいでと言っても納得してくれない。

 だが、未知を求める冒険の一環として、情報収集が必要だと言えば、遊ぶこともまた大切な情報と納得してくれるのではないだろうか。

 たとえ建前上は仕事でも、本気で遊んでいれば子供の本能のようなものが目覚めて、本気で楽しみ、やがて一緒に遊んでいる子供たちと友情を育む。

 

「これだ!」

 

「アインズ様! いかがなさいましたか!?」

 

 思わず声を張り上げてしまったアインズに、間髪入れずフィースが声をかけてくる。

 

「あ、いや。んんっ! 夜中に悪いが、今から出かける」

 

「でしたら、私も供を──」

 

「いや。フィース。すまないがここで待っていてくれ。宝物殿に向かう。あそこにはブラッド・オブ・ヨルムンガンドが発生している。か弱きお前を危険な目にはあわせられん。ここで待っていてくれ」

 

 パンドラズ・アクターは今夜は宝物殿に籠もり、夜通しアイテムの整理を行うと言っていた。

 猛毒の霧が常に発生している宝物殿に、レベル一の一般メイドを連れていく訳には行かない。

 あちらを呼び出しても良いのだが、せっかくのアイテムとの触れあいを邪魔するのも悪いし、なによりモモンとして冒険に出向く以上、持っていくアイテムも考え直さなくてはならない。

 どうせそれらを取りに宝物殿に行かなくてはならないのだから、二度手間をかけることはない。

 

「〜っ! ……かしこまりました。こちらでお待ちしております」

 

 非常に悔しそうな間を空けた後、なんとか納得したフィースに頷きかけ、アインズは指輪の力を使用して転移した。

 

 

 ・

 

 

 エ・ランテルを包む三重の壁の二番目。

 一般市民が多く住んでいる区画の入り口付近に、大量の人だかりがあった。

 その中心にいたのは、エ・ランテルが誇る最強の冒険者漆黒の英雄モモンと騎乗魔獣であるハムスケ。

 彼らの周りを複数の冒険者が取り囲み、その先頭には冒険者組合の長と、ナーベラルの姿がある。

 

「では、モモン君。冒険者第一号として、よろしく頼むぞ」

 

「分かりました組合長。必ずや魔導国の冒険者として恥じない活躍を、いいえ、本物の冒険者として未知を切り開いて参ります」

 

 おおっ。と周囲の冒険者が感嘆の声を上げる。

 その後、主人は組合長の隣で憮然として立っているナーベラルに視線を向けた。

 

「ナーベ。私が留守の間、エ・ランテルを頼むぞ」

 

「はっ。承知しました……ハムスケ。モモンさんを頼んだわよ」

 

 硬い返事は不満とまでは行かずとも、どこか我慢しているような気配が感じられた。

 当然主人に対して文句は言えないため、その憤りはそのまま主人を乗せている魔獣、ハムスケに向けられる。

 何故自分が留守番でお前が付いていくのだ。と言いたいのは言葉にされるまでもなくわかった。

 

「と、当然でごさるよ、ナーベ殿。どんな魔獣が現れようと、このハムスケ・ウォリアーが殿には指一本触れさせないでござる」

 

 ナーベラルの視線にブルリと身を震わせつつ、ハムスケが尻尾の蛇を操って頭上高く掲げて宣言すると、再び歓声が上がる。

 それを横目に見ながら、今回主に同行することとなったアウラとマーレは、主人の姿をとったパンドラズ・アクター、それに付き従うアルベドと対面していた。

 

「二人とも、よろしく頼むわよ」

 

「任せといてよ」

「が、頑張ります」

 

 本当は自分たちもハムスケのように主人の身を守ると宣言したいところなのだが、今回アウラたちが随行するのは絶対的支配者である主人ではなく、冒険者モモンということになっているため、はっきりと言葉にできず、お茶を濁す。

 本来主人に直接見送りの挨拶をしたいであろうアルベドが、アウラたちにしか声をかけないのも同じ理由だ。

 アルベドは以前占拠したばかりのエ・ランテルでモモンと対峙した際、かなり険悪な態度を取っている。

 そのときは中身がパンドラズ・アクターだったからこそ、そうした態度もとれたが、今回モモンの中には主人が入っているため、それは出来ず、苦肉の策として無視をするという体を取っているのだが、そのことにもストレスを溜めているようだ。

 

「アウラ、分かっているわね?」

「うん、大丈夫」

 

 機嫌の悪そうな低く小さな声で念押しをするアルベドに、アウラは真剣に頷くと、彼女も小さく頷き返した。

 突然主人が有給休暇を取ると宣言し、エルフの国があるエイヴァーシャー大森林に出向くため、アウラたちに随行を命じた。

 

 当然、知謀の主が何の考えもなしに動くはずがない。

 有給というのは口実で、様々な意図があるのだろうと察してアルベドとも相談していたのだが、ギリギリになって魔導国の王としてではなく、モモンとして冒険の一環で動くことを宣言したことで、その目的の一端が判明した。

 といっても気づいたのはアウラではなくアルベドなのだが。

 

 モモンは冒険者だが、同時にエ・ランテルの民を監視し、反逆を企てる者を裁く法の執行者という立場も持っている。

 そのモモンが国を離れることで、監視の目がゆるみ、ただでさえ王国民の虐殺──主人に逆らったのだから当然の末路なのだが──によって不安を抱いている市民たち、そして国内に入り込んでいることが予想されている法国を始めとした仮想敵国の者たちが、どう動くのかを見極めようとしている。

 

 もちろん、これは複数ある目的の一つだと思われるため、ほかの目的については旅の中でアウラとマーレが調べていくことになる。

 アルベドが言っているのはそのことだ。

 

 最後にもう一度、頷き合ったところで、主人に扮するパンドラズ・アクターが一歩前に出て、手を振った。

 同時に、城門に取り付けられた鐘が響きわたる。

 出立の合図だ。

 その音を聞いて全員が挨拶を終えて、それぞれの配置に付く。

 主とハムスケが路地の中心を陣取り、その右側にアウラが用意した騎乗魔獣に二人が乗り込んだ。

 

「では。吉報を待っているぞ、モモン、アウラ、マーレ」

 

「はっ!」

 

 三人が声を揃えて返答を行い、三人とニ体の魔獣は皆に見送られながら、都市の出口に向かって歩き出した。

 いつもは都市内を警備して歩いているデス・ナイトたちが、両脇に列を成して作った道をゆっくりと進む。

 同時に町のあちこちから民衆が顔を覗かせ、中心にいるのがモモンだと分かると好意的な態度を見せて、出立と無事を祈る歓声を上げた。

 対してアウラとマーレはもともとあまり人前に出ないこともあって、不思議そうな顔をされているが、こちらの世界では人間種であるダークエルフということもあり、特に悪意は感じられない。

 アウラは人間たちにどう思われようと気にもならないが、今回の仕事を完遂するには好都合だ。

 

「アウラ、マーレ」

 

「は、はい!」

 

「はい! 何でしょうかモモン様」

 

 門の中に入ったところで、主人が二人に声をかけてきた。

 ここにいる護衛はアンデッドだけなので、演技は必要ないのだが、念のためここでもモモンと呼んでおくと、主人は感心したように頷いた。

 

「良いぞアウラ。その調子だ。ただ、できればもう少し砕けた話し方の方が良いな。今回私たちは冒険者仲間なんだからな」

 

「砕けた、ですか?」

 

「ナーベ殿みたいにでござるか?」

 

 ハムスケが口を挟む。

 そう言えばナーベラルも冒険者として行動する際は、主人のことを『モモンさん』と読んでいるそうだ。

 敬愛する主人の呼び方を変えるのは正直あまり気乗りはしない。

 主人と対等に接することができるのは、至高の御方々だけ。自分たちがするのは不敬というものだ。

 

「うーん、本当は親戚設定にするつもりだったから、ナーベよりもっと砕けた感じがいいんだが」

 

 チラリと主人の視線がアウラを貫き、そのまま凝視する。

 その視線と、親戚という言葉にも気恥ずかしさを覚えて、またがっていたフェンの体をギュッと挟んでしまった。

 瞬間、フェンは驚いたように身を震わせ、不満を露わにした。

 

「わ、ごめんね。フェン。ちょっと力入りすぎちゃった」

 

「その感じだアウラ。この旅の間は、フェンリルに接するときみたいな気安さで頼む」

 

「えっ!?」

 

 それだ。と言わんばかりに指を突きだして頷く主人の命に、アウラは絶句するしかなかった。

 

 

 ・

 

 

 法国に於ける最高執行機関である十二名。

 最高神官長、六人の神官長、司法立法行政の三機関それぞれの機関長、研究館の長、そして軍事を司る大元帥。

 

 彼ら十二名は定期的に集まり、自国のみならず、周辺国家の情勢も含めた今後の政策に関する会議を行っていた。

 しかし、今回は定期的なものでなく例外的な集まりだ。

 こうした集まりも最近では珍しくない。

 つい先日も、最近話題に挙がることが急増した魔導国が、王国に侵攻を開始した。いや、とっくの昔に侵攻を始めていたことに遅まきながら気づいて対策を協議したばかりなのだ。

 だが、これほど短期間で二度も集まるというのは、流石に滅多にない。

 

 いつものように掃除を終えて円卓に着いた後、口火を切ったのは土の神官長レイモンだった。

 

「魔導国に動きがありました」

 

「やはり王国が落ちたか?」

 

 これは予想されていたことだ。

 前回の会議では王都の直前まで軍勢が迫っており、陥落も時間の問題とされていた。

 故に王国はもう滅ぶ前提で会議を行ったのだ。

 

「それはおそらく間違いないでしょう。ですが、今回はまた別の話です。魔導国に潜入させている者たちより新たな情報が入りました。漆黒の英雄モモンに関することです」

 

「モモン? 奴は魔導王の配下になり、以後は都市内の治安維持に努めていると聞いておったが──」

 

「はい。これまではそうでしたが、つい先日。モモンが配下の騎乗魔獣である森の賢王とともに魔導国を出立したようです」

 

「なっ!」

 

 絶句する者たちを後目に、レイモンは続ける。

 

「先ほどジネディーヌ老の仰ったとおり、モモンはこれまで都市内から動くことはありませんでした。だからこそ、アンデッドが闊歩する地獄のような状況にも魔導国の民は耐えられているのだと考えていたのですが──」

 

「それで民はどうなった? 心のより所であるモモンが国を出たのならば、混乱や蜂起の流れになったのではないか?」

 

 強大なアンデッドが複数存在する魔導国では、国民がいくら蜂起しようと何の意味もない。

 人間の生存を最優先にしている法国にとっては、そちらの方が問題だ。

 

「いえ。そちらの混乱も起こっておりません。どうやら相棒の、美姫と呼ばれる魔法詠唱者(マジック・キャスター)ナーベは連れていかなかったそうですので、その者が代わりを勤めている可能性はあります。あるいは魔導国の民もこの数年の内に、アンデッドたちに慣れてきたのかもしれません」

 

「うーむ。アンデッドと共に暮らすなど。幾年経とうが慣れるとは思えんが、やはりエ・ランテルの民の精神は相当強いのかもしれんな」

 

 大英雄モモンへの信頼が、住民の精神を強くしたのかと思っていたが、それだけではなさそうだ。

 

「しかし、なぜモモンは今更国を出たのだ? 王国での虐殺に憤ってのことならば、改めてモモンをスカウトすべきでは?」

 

「それは難しいだろう。魔導国内に潜入させている者たちが立場を隠して接触したところ、モモンと魔導王は友好的な関係を構築し、日頃から都市内を共に警邏したり、国内の情勢について話し合っていると聞いているぞ」

 

「でもそれは王国の虐殺が起こる前の話でしょう? あの虐殺を知ったモモンが魔導王に見切りをつけた可能性も考えられるわ」

 

「だとすれば、魔導王がモモンを無傷で出立させるはずはなかろう。相方も置いていっているそうだし」

 

 好き勝手に話し始める最高執行機関の面々を前に、レイモンは咳払いを一つ落として、視線を集める。

 まずは話を最後まで聞いてほしい。という合図に、全員が口を閉じた。

 

「モモンが国を出たのは魔導王と反目したからではありません。むしろその逆です。かねてより魔導国では冒険者組合をこれまでのモンスター退治中心の組織としてではなく、未知を切り開く者として育てると公言しておりました」

 

「未知を概知に変えるというやつか。民衆が余計な知識を付けるのは、あまり良いことだとは思えんがな」

 

 最後まで聞くよう示唆されたばかりだというのに、思わず口を挟んでしまったのは、つい先日の会議で、魔導国に膝を屈する可能性を考慮し、市民にもある程度人間が置かれている状況を含めた情報を、開示するべきか否か論じ合ったことが影響しているのだろう。

 

「まあ、それはともかく。モモンはそうした未知を切り開く冒険の一環として、自分が先陣を切るつもりのようです」

 

「うーむ。考え自体は分からないでもないが、なぜこの時期に?」

 

 王国での虐殺で混乱が予想される状況下で、民の信頼を一心に受けるモモンを放出する意味が分からない。

 

「魔導王の狙いについては情報が足りないため定かではありません。ですが、気になる点が一つ。モモンの供についてなのですが、美姫ナーベを魔導国に残したという話は先ほどしましたが、その代わりに連れていったのが、二人の幼いダークエルフだというのです」

 

 シン──。と静寂が場を包んだ。

 

「ダークエルフだと? であれば目的地はまさか──」

 

「はい。エイヴァーシャー大森林の可能性が高いかと」

 

「……そのダークエルフは、例のカッツェ平野での戦争で、魔導王が連れていたという側近のことか?」

 

 占星千里が魔導国の軍勢を観察した際、魔導王の側仕えとして、一人のダークエルフを連れていたとの報告は上がっていた。

 

「かも知れませんが、あのときは軍勢の詳細を確認する方に労力を割いていたため、容姿については詳しくは分かっておりません」

 

 側近の一人を記憶するより、戦場全体の様子を観察する方が重要だったので、これは仕方ない。

 

「ダークエルフの集落があるのは、エルフの国より更に奥地だったな?」

 

「はい。かつてはトブの大森林に住んでいたと聞いていますが、そこからエイヴァーシャー大森林に移り住んだと伝承が残っております」

 

「そこに連れ帰るつもりか。それとも単なる道案内? だとすればやはり問題は目的だな。冒険などと言っているが、モモンと魔導王が友好関係を維持しているのならば、やはり侵攻ルートの模索が目的ではないか?」

 

「その場合、侵攻先はエルフ国になるのか? であれば我らと協力関係を築くことも──」

「逆だ。近親種であるエルフ国に協力するために、単身で出向いた可能性の方が高かろう」

 

「これはもしや、我らの動きに気づいた魔導国の牽制では?」

 

 大元帥の言葉に全員がハッとした。

 前回の会議で、戦線を二つ抱える危険性を鑑みて、早急にエルフ国を攻め滅ぼすことが決定している。

 王国に軍を動かしている間、そして戦争後の後始末が済むまでは魔導国が手を出してくることはないと考えていたが、牽制に打って出る可能性はあった。

 自然発生を装って国境近くにアンデッドを出現させるなどの工作が考えられたため、その対策を講じる必要があり、そちらは既に対策済みだ。

 

「我らがアンデッドへの対策をしていることに気付き、代わりにモモンを派遣したということか。確かに冒険者として動いている以上、他国に出向いていたとしても止めることは難しい」

 

 冒険者が国を跨いで活動するのは良くあること。

 そう主張されてしまえば出入りを制限するわけにもいかない。

 無理に制限したとしても、遠回りにはなるが、魔導国の支配下となった王国とアベリオン丘陵を経由すれば、法国を通らずにエイヴァーシャー大森林に入ることも不可能ではなく、その場合モモンたちの足取りを調べることができなくなってしまう。

 

「そうなれば最悪だ。モモンもかの者たちの一人であるなら、たとえ彼女を投入したとしても勝ち目は──」

 

 法国最強の切り札、絶死絶命をエルフ王討伐に投入することも前回の会議で決定していた。

 逸脱者すら凌駕すると謳われるエルフ王を確実に殺すため最適だからというだけでなく、エルフ王を直接殺させることが、彼女の精神の落ち着きを取り戻させることにも繋がると考えたためだ。

 

「……魔法詠唱者(マジック・キャスター)を置いていったのならば、モモンがエルフ王と接触するまで時間はあるだろう」

 

 ナーベが転移まで使用できるかは不明だが、かの者と目されているモモンの仲間ならば使えても不思議はない。

 その者が一緒にいない以上、モモンたちは徒歩で移動することになる。

 

「そのダークエルフが単なる案内役なのか、それとも戦う力を持っているかにもよりますが、少なくともモモンは戦士。転移を使うことはできないでしょうな」

 

「ならば、ナーベが転移で合流しないか監視しつつ、モモンがあのくそったれと接触する前に、奴を討ち取ればいいだけだ。彼女の投入を早めるのはどうか?」

 

 予定では絶死絶命の投入は、エルフ討伐軍が王都近くまで進軍した後。転移で直接送り込む手はずとなっていた。

 最高神官長は、それを早めて、現時点から彼女を投入して進軍速度を早めるべきだといっているのだ。

 

「確かに。彼女が動いたことを知れば、エルフ王が打って出てくることも考えられます。その際に討ち取ってしまえば──」

「いや。それは危険すぎる」

「しかし──」

「私が思うに──」

 

 幾人かが危険性を考慮して反論し、会議は更に熱を帯びていく。

 もう一人の神人である漆黒聖典の隊長も同時に投入する案や、今こそ神の秘宝を用いてモモンを魅了すべきとの案も出たが、どちらもそれこそが魔導国の狙いかもしれないため、隙をついてこちらに攻め込んできた場合の備えにするべきだと却下された。

 

 結局、いざというときは撤退を優先させることを条件に、絶死絶命の早期投入が決定した。




少し書き溜めがあるので推敲しつつ、一、二日ごとに投稿していきます

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