9月1日、横浜パシフィコにて開催された技術系開発者イベントCEDEC 2017にて、「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」のグラフィックスに関する公演が行われた。登壇者は、任天堂企画制作部アーティストの滝澤智氏と、企画制作部プログラマーの堂田卓宏氏。本公演では同作のグラフィックスの開発経緯が明かされたが、その要は、「レイヤー」を基調としたアーティストとプログラマーの協力にあったという。
両氏はまず、同作を「スタイライズド」なものであると規定した。「スタイライズド」は、「記号化された」と訳せる用語である。そもそもの設計思想から逆算すると、プレイヤーがなにかを行うと同時に、世界からすばやいレスポンスが帰ってくることが肝要であった。そこで、何が起こったのかを即座に認識してもらうための記号的表現が採られた。たとえば、食材を入れると全自動で料理ができあがる不可解な鍋、切り倒されると同時に薪の束になる樹木。これらは、まさに記号的表現の極地といえるものだ。そこで、アーティストたちは「風のタクト」のような非写実的なアートスタイルを選択した。こうすれば、コミカルな記号的表現が滑稽なものにならない。
しかし、広い世界を自由に駆け回るというコンセプトを考えたとき、ハイラル王国が生きた世界であると感じられるよう、風景は美しいものであるほうが良かった。風景のリアリティを確保するためには、写実的なもののほうが向いている。そこで採られたのが、近景、中景、遠景と、距離によって見え方が変化していくようなグラフィックスの構成だった。
発想の元となったのは、アーティストの滝澤氏が実家に帰省した折りに見た、山々の連なりと靄だった。車窓から見えた流れていく山の連なりは、遠さの感覚を表現するためのヒントとなった。ハイラル王国のマップは京都市程度の広さなので、そこに収まるうち、もっとも巨大な山がそこにあろうとも、たとえば富士山を眺めるような体験にはならない。そこで、レタッチに位相を描き入れて、すべてのものが実際よりも遠くに見えるように表現した。これによって、冒険のロマンを補強することができた。
また、絵面全体が漠然としないように、そこから近景、中景を切り分けて考えた。初期段階では、すみずみまで草木の表現を細密に描いていたが、それではかえって乱雑に見えた。そこで、遠くに離れるにつれてべた塗りの省略を用いてみようと考えた。アニメーションや漫画のような記号的表現でもかまわないし、むしろそのほうがすっきりとして見える。また、実際に生の絵を描くときの情報の省き方という観点からも、筋がいいように思われた。つまり、ここで行われたのは、写実と記号の折衷なのだ。