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おかしな転生 作者:古流 望

第33章 蜜蝋は未来を照らす

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385話 迂回

 崖を発見してからのこと。

 ペイス達は、崖の迂回を試みた。

 しかし、その試みは上手くいっていない。

 崖を迂回できていないという意味でもあるが、崖に終わりが見えないということでもある。


 「ペイストリー殿、そろそろ日が暮れるぞ」


 モルテールンと国軍の連合軍が、魔の森の捜索を開始して十時間ほど。

 途中で幾ばくかの休憩を挟みつつとはいえ、道なき道を開拓しながらの行軍は辛い。むしろ、何時間もの間動き続けられただけ、国軍の兵士も、モルテールン領の兵士も、どちらもよく鍛えられている。


 「一旦、ここで態勢を整えましょうか」

 「うむ、そうしよう」


 目ぼしい平地にたどり着いた辺りで、ペイスはバッツィエン子爵に進軍停止を提案する。

 さすがにぶっ続けで森の複雑な行程を進んだことで、疲労が見えていたからだ。

 あのペイスでも疲れを感じている道のりであったと言えば、その辛さも分かりそうなものである。


 「本日はここで野営します」

 「はい、承知しました!!」


 ペイスの命令により、きびきびと動く兵士たち。

 平地とは言っても、石や岩がごろごろしているし、草は滅茶苦茶に生え放題だし、木々は生い茂っている。

 先ずは目ぼしい障害物をどかし、下草を刈って身動きの取れる状態を作らねばならない。


 こういった作業は、専門家としては工兵部隊が居る。

 兵站部門に属することも有るが、今回の作戦は国軍のバックアップ付き。精鋭の工兵部隊も随伴しているため、整地作業も淀みなく行われていた。


 「暗くなる前に、火の準備を」

 「はい」


 日の届きにくい森は、ただでさえ暗い。

 その上日が落ちるとなると、真っ暗闇の中で過ごす羽目になる。

 普通の森でも夜行性の肉食獣が知られているのだ。暗闇が危険であることは言を俟たない。

 森の中というのは、一見すると燃やすものが沢山ありそうに思われるが、実はそうでもない。

 日が届きにくい地面は常日頃から湿り気を帯び、倒れた木々も濡れたままで腐っていく。細い枝のようなものならまだしも、乾燥した燃えやすい燃料というのは案外少ないのだ。

 特に、大所帯の人間が一晩煌々と照らされるだけの灯りの燃料となると、中々難しい。

 兵士たちは、整地の際に木々を掃う。そして、その木々の良さそうなものを集めて、持ち運んできた薪と入れ替えるのだ。今後も活動していく間に、乾燥させるという寸法だ。


 火の準備が出来れば、テントを設営していく。

 ここできちんと整地がされていないと、テントの下が岩や石だらけになり、まともに寝れない状態になる。足つぼマッサージのデコボコの上で寝る様なものだ。健康になれるのならともかく、間違いなく寝不足になる。


 「設営、終わりました」

 「ご苦労様。食事の準備を始めてください」

 「はい」


 野営の準備は滞りなく進み、順調な様子には指揮官たちも安堵している。

 国軍とモルテールン領軍。足並みを揃えるのにも、お互いの力量がまだ手探りの状態。最低限の統一行動がとれていることが安心できる要素ということだろう。


 「しかし、魔の森とはいいつつも、ここまでは大したことが無かったな」

 「そうですね。しかし……」


 ペイスは、一方に目をやる。

 誰しもが感じる圧迫感の元凶。


 「この崖、やはり気になりますね」

 「そうだな。崖に沿って移動してきたが、どうにも終わりが見えん。このままザースデンから離れすぎるのも不味かろう」


 今回の探索は、長期間じっくり時間をかけて、確実に成功させる必要がある。

 軍事行動において堅実さを考えた時、補給線が伸びるのはあまり好ましいことでは無い。

 例え、敵が魔物を想定していたとしても、不測の事態は常に起こり得る。むしろ、不測の事態をどれだけ事前に予想できるかが指揮官の経験値というものだろう。

 万が一、魔の森で孤立した場合。補給というものが無くなった場合。早期に撤退するのならば、やはり安心できる場所からは近い方が良い。

 もしもこのまま、崖に沿って移動し続け、何日も移動する羽目になればどうなるか。仮に崖の迂回に成功したとしても、それはそれで長久の補給路という弱点は残る。


 「今から崖上りでもやりますか?」

 「それは卿の判断に任せよう。しかし、下策だと思うが?」

 「まあ、そうですよね」

 

 疲労困憊で崖のぼりをやろうなどと、正気の沙汰ではない。命綱すら碌に無い状況でロッククライミングなど、疲労が無い状況でもリスクがあるのだ。乳酸の溜まり切った現状で強行すれば、今回の作戦で殉職者が出かねない。

 しかし現状を整理すれば、崖を放置するのも不味いと思われる。


 「ここまで、地図がある状態で徒歩半日強ですか」

 「朝方の暗いうちから出て、今がもう夕方ですから、ここまで来るのも大変ですね」


 ペイスの言葉に、横についていたバッチレー=モーレットが息を荒げながら返事をする。

 ぜえはあと呼吸を整えているが、将来の幹部候補生として若手を鍛える方針はモルテールン家全体の方針だ。

 今回の作戦は森に絡むということで、日頃は森林管理長の部下として働くバッチにお鉢が回ってきた。

 まだまだ若手で体力面に難があり、ここまで半日以上の歩きどおしでかなり体力を消耗している。

 毎日訓練に次ぐ訓練で鍛えられている国軍の兵士や、幼少期より科学的な体力トレーニングをしてきたペイスとは違うのだ。

 況や、体力と筋肉だけは有り余っている子爵などは、まだまだ元気である。

 下策とは言いつつも崖を登るという選択肢が出たのは、その為だ。


 「モルテールン卿、ここまでの状況をすり合わせよう」

 「分かりました。」


 バッツィエン子爵の言葉に、ペイスは頷いた。


 「以前の探索で得られたという地図の端から、ここまで。特に変わったところは有ったかな?」

 「いえ、特には。人の手が入っていない原生林でしたから、移動するのが大変であったこと以外に問題は感じられませんでした」

 「同感だ。正直、これが魔の森と恐れられている場所だとは思えん程だ」

 「そうですね」


 実際には、鍛えられた軍人たちであれば、問題はない行程だった、である。

 野生動物が増えていることが判明したように、人間にとって脅威となりえる動物がいたり、或いは人が下敷きになれば最悪死にかねない、倒れかけている巨大な樹木などはあった。一般的な森と比べても、決して劣らない程度には自然の驚異が存在していたのだ。

 つまり、一般人が森に入るべきではない理由は幾つも有った。

 ペイスやバッツィエン子爵が問題ないと言っているのは、他の森には存在しないような“明確な異常がない”からである。


 「我々であれば、この程度は容易い。むん!!」


 鍛えられた人間であれば越えられる障害は、鍛えて解決すればいい。バッツィエン子爵は背筋を盛り上がらせながらそう主張する。


 「このまま崖を迂回するかどうか」

 「……体力が回復したなら、崖の上を見ておくのも悪くないのでは?」


 バッチレーの意見に、ペイス達は一考する。

 確かに、今から崖のぼりとなると自殺未遂と言われそうだが、じっくり体力を回復させたあとなら、ロッククライミングの一つも出来そうだ。

 少なくとも、選抜した身軽な人間を幾人か、崖の上に偵察に出すのは悪い手ではない。高い所に行けば見えてくるものも有るだろうし、崖の先の情報を得るのも大事だ。


 「崖の先に何があるのかを確認したなら、取り合えずここまでの道を整備してみますか?」

 「工兵の出番か」


 道を整備すれば、行動は飛躍的に容易となる。

 モルテールン家の持ち物である森だ。領主代行のペイスがゴーサインを出せば、すぐにでも工事は出来る。

 最低限、邪魔な木々を切り倒し、行く手を塞ぐ草を掃い、大きな岩を退けるぐらいはしてもいい。

 そうして通行がやり易くなれば、今後も長期的に安定した“開拓”が可能である。


 「木材資源というだけでも十分価値は有るんですが、それにしたってこのジャングル……」


 見渡す限り、鬱蒼とした森。ペイスがジャングルと評するのも分かる、原生林である。

 それでも、流石はモルテールン領の精鋭と国軍だ。野営地の造設は、疲れ切っていても順調に行われる。

 訓練の成果というものは、頭で考えることが難しくなった疲労の時に如実に出てくるもの。普段やってきた体に染みついたことが、考えなくても出来るようになる。


 「野営準備、完了しました。食事のご用意も出来ています」

 「ご苦労様」


 一生懸命動き回っていた兵士たちが、作業を終える。

 森の中であろうと、腹が減っては戦は出来ないのは古今東西変わらない理屈。


 「モルテールンの飯は美味いな!!」


 今回、食料の供出はモルテールン家主体だ。

 食事に関しては異常にこだわるのがモルテールン家の特徴。

 糧食として準備されていたものも、保存性とあわせて味にも拘ったものばかり。

 コンソメの素もどきの粉末の調味料でスープを煮込んでみたり、小麦粉を練って麺を作ってみたりと、ここはどこの野外食堂だと言いたくなる有様だ。


 「美味しい食事は、士気を高めますから」

 「なるほど、流石はモルテールン卿!!」


 美味しい食事を食べれば、兵士たちも和やかな気持ちになる。

 魔の森の中でも、ほっこりとした雰囲気が漂い始めた。


 「それでは、交代で休息を取りましょうか」

 「そうだな」


 食事も終われば、もうあたりはすっかりと暗くなっていた。

 かがり火によってゆらゆらと頼りない灯りが野営地を囲っているが、はっきり言って森の中では大した灯りでは無いだろう。十歩も森に進めば、かがり火程度の灯りでは手元不如意になる。


 「今日は、我々が夜番を出そう。モルテールン卿たちは、ゆっくり休まれると良い」

 「そうですか? 子爵閣下こそ慣れぬ土地でお疲れでは?」

 「何のこれしき。鍛えていれば何ほどのことも無い。遠慮は不要」


 ペイスとしては遠慮するつもりも無いのだが、モルテールンの気候に慣れた人間が、夜の見張りをする方が良いかもしれないとは考えていた。

 しかし、自分たちに任せろと子爵が請け負うのだから、断る理由もない。


 「では、お先に」

 「うむ、ゆるりと休まれよ」

 

 いそいそとテントに潜り込むモルテールン領軍。寝られるときにしっかり寝ておくのも大事なことだと、訓練では習う。

 寝つきの良さも、良い軍人の資質の一つ。


 その夜。

 ペイス達が簡易なテントを張って就眠体制を取っていた時だった。


 「敵襲!! 敵襲!!」


 夜中に、大声で叫ぶ兵士に叩き起こされるのだった。


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