Myojo

10000字ロングインタビュー

信頼できるメンバーとファンがいる。
それ以外のものはいらないと
今では自信をもって言える。

10000字ロングインタビュー

『僕がJr.だったころ』

King & Prince編

第1回

永瀬 廉

ながせ・れん
1999年1月23日生まれ。東京都出身。O型。身長175cm。
2011年4月3日、ジャニーズ事務所入所。
2018年5月23日、King & PrinceとしてCDデビュー。

※このインタビューは、MYOJO2022年3月号に掲載されたものに、加筆・訂正したものです。

グループで、個人で、新たな挑戦を続けているKing & Prince。
デビューから約4年。今だからこそ話したい、さまざまな想いがある。
第1回は、俳優としても活躍がめざましい永瀬廉。
人見知りで目立つことが嫌いだった彼が、ここまで変われた理由とは。
悩んだ日々があるから、今では堂々と、舞台の上で輝いていられる。

今が僕のチャンスの順番

──King & Princeはもうすぐデビュー5年目に突入。最近の永瀬くんはグループ活動のみならず、『おかえりモネ』に出演、『わげもん~長崎通訳異聞~』では主演を務めるなど、個人としても大活躍してるね。
「ありがとうございます。2年近くずっとお芝居の仕事が続いているんで、期待していただいてるなって感じるし、今が僕のがんばりどころなんだろうなって思いますね。もちろん毎日必死なんですけど、“チャンスは順番”って言うじゃないですか。(平野)紫耀でいえば『花のち晴れ~花男 Next Season~』でちゃんとチャンスをつかんだ。だからこそデビュー曲『シンデレラガール』が、あれだけ世の中に広まったんだと思う。グループのメンバーに必ず1回、回ってくるチャンスがあるなら、僕にとってそれが今なのかなって。今のがんばりがKing & Princeをより大きなグループにしていくことにつながると思うんで、このチャンスをしっかりつかみたいです」
──そうだね。
「ただ個人仕事が続くと、やっぱりメンバーが恋しくなるし、明日はグループでの仕事ってなると、久しぶりにみんなに会えてうれしい。相変わらずおもしろいし楽しい人たちだから。やっぱグループっていいな、ここがホームなんだなって思いますね」
──じゃあ、デビューまでのことを中心にいろいろ聞いていくけど、小さいころは引っ越しが多かったんだよね?
「そうですね。かなりイヤでした。親の転勤なんで止むを得ないのはわかるんですけど、僕の意思とは無関係に仲よくなった友だちと引き離されるわけで。人見知りだったんで、自分から誰かに話しかけることができないから、仲よくなるのに人より時間がかかって。ようやく仲よくなれたと思ったら、また引っ越し。きっとまた別れが待ってると思うと、新しく人と出会うこと自体がイヤだなって思ってた時期もありましたね」
──人見知りだったんだね。
「ですね。人前に立つタイプではなかったです、うん。打ち解けるまですごい時間がかかるんで。打ち解けたらその人の前でははしゃいだりするんですけど、その集団にほかのクラスのコがひとりでもいると何も話せなくなって。一度仲よくなったらずっと仲いいんですけどね。今も、そういうとこあるな」
──ただ人見知りだったとしても小学生のころからモテたでしょ?
「全然っすよ。まあモテなかったことはないですけど(笑)。人見知りだったからモテるのもうれしくなくて。しかも小学生のころなんてモテるモテないは意識してなかったな」

東京行ってもがんばれよ。いい土産話待ってる

──中1のとき、関西ジャニーズJr.のオーディションを受けることになったのは、知らないうちに母親が履歴書を送ってたんだよね?
「はい。ジャニーズ以前に目立つのがイヤだったんで、オーディションなんて絶対イヤでしたね。行きたくないって泣きましたもん。でも“欲しいもの買ってあげる”って母に物で釣られて」
──そもそも、お母さんはなぜジャニーズに応募したの?
「聞いてないっす。とりあえず入れてみようと思ったのかもしれないですね。軽い気持ちじゃないっすか。たしかに嵐さんのことは好きでしたけど、ああなってほしいと望んでたのかはわかんないっす」
──参加したのは公開オーディションだったよね。
「観客がいるステージに立たされ逃げられない状況で。ダンス経験もないし踊ることが恥ずかしくて。オーディション中、ジャニーさんが俺を前に立たせてくれたんです。喜ぶところなんでしょうけど、絶対目立ちたくなかったんで、内心“なんで!? やめてよ!”って思ってましたね。合格もしてしまって。当時、続ける気はまったくなかったんです。仕事があるときは“どこどこに何時に来てください”って家に電話がかかってきて、もう家の電話が鳴るのが怖かったですもん」
──そのころ、なりたいものや夢ってあった?
「ないんです。俺、ちっちゃいころから、将来の夢がなかったんですよね。学校でプリントを配られて将来の夢を書かされたりするじゃないですか。いつも隣の席のコが書いてる職業を写してましたからね。花屋さんとか。だから芸能界で生きていくなんて思ったこともなくて」
──でも期待されてたんだろうね。入所してすぐ西畑(大吾)くんや正門(良規)くんたちとAぇ少年のメンバーに抜擢されてる。
「“ヤバイ、ユニット組んじゃった! もう自分だけの問題じゃない。辞められない!”って焦りましたね」
──西畑くん、正門くんの印象は?
「最初、大吾のことあんま好きじゃなかったんですよね(笑)。ほとんどしゃべったこともないのに“俺とは合わないだろうな”って思い込んでて。あのころ、できるだけ話しかけられないように、いつも下を向いて歩いてたんで、正門にいたっては初対面のころの印象すらないんですよね」
──当時、Jr.の誰と仲がよかったの?
「一人も仲よくなかった。現場に行っても人見知りで誰ともしゃべれないし、そもそもイヤやし、“帰りたいな”ってずっと思ってました。友だちを作る気も全然なかったんで、先輩たちが話しかけてくれるんですけど、関わりたくない、話しかけないでって思ってましたからね」
──それでもJr.を続けた理由は?
「辞める勇気がなくて。もちろん、少しずつ楽しくなったのもあります。(藤井)流星くん、のんちゃん(小瀧望)、しげさん(重岡大毅)とか仲よくなったりもしたんで。少しずつ応援してくれる人も増えて、やりがいも感じ始めたんですよね。最初は自分のウチワが客席を探して探してやっと見つけられる感じだったんですけど、入って1年くらいかな、俺と大吾と(大西)流星と3人でなにわ皇子を組んだあたりから、客席のどこを見ても必ず視界に1、2個、僕のウチワが見えるようになって。それがうれしくて続けようって思ったのを覚えてます」
──Jr.の活動を始めて、ほかに何か変わったことは?
「ビジュアル(笑)」
──当時MCで、“入所前の写真を見たらかなりちがう。整形したんじゃない!?”ってネタでイジられてたよね。
「そうそうそう。でも多分、僕だけじゃなくてほかの人もそうやと思うんです。Jr.になって誰かに見られているって意識するだけで、顔つきって垢抜けるというか変わるんですよね」
──その後、平野くんが入所して来たときの印象は?
「ヤンキー。たしかマスク、そのころから黒かった気がする(笑)」
──その後、平野くんや向井(康二)くんがいたKin Kanとなにわ皇子でバラエティー番組『まいど!ジャーニィ~』が始まったよね。
「6人、めっちゃ仲よかったんです。“もしもデビューできるなら、この人たちとデビューしたい”って思うくらい。6人でライブもして。6人での活動が楽しかったし大好きでした」
──ただ、6人での活動は徐々に減っていく。
「そうですね。少しずつ紫耀や俺が東京に呼ばれることも増えて。最終的に俺は親の転勤で東京へ行くことになってしまったんで。東京へ引っ越す日、大吾からメールはもらったんです。“東京行ってもがんばれよ。いい土産話待ってる”って。そのメールはいまだに残ってるし覚えてるな」

Jr.を続けるのは、20才までと決めた

──Jr.の活動は関西と東京でちがいはあった?
「やっぱり東京は人数も多いし入れ替わりも激しい。個人戦的な雰囲気がありましたね。逆に関西は団体戦というか、Jr.がある程度固定されていたんで、みんなどんどん仲が深まってく感じだった。東京に出てきて、改めて関西もいい場所だったなって感じましたね」
──上京後もよく関西Jr.の公演を見に行ったりしてたよね。
「誰に呼ばれたわけでもなく行ってましたね。やっぱ気になるし単純に公演を見たかったんで。関西Jr.時代にできた友だちは今も仲がいいし大切だから。関西での経験があったから東京でやれてるって感覚もいまだにあるんで。今でも関西でのことを忘れたくないなって。プライベートの思い出も、ふと思い出すのは関西のときのことが多かったりするんですよね。転校が多かった俺が小中高で唯一、中学の3年間だけは同じ学校で過ごせたからかな」
──その後、Mr.King vs Mr.Princeが結成される。このメンバーでデビューするかもしれないって予感は?
「あったかもしれない。同じ人たちと何度も仕事をすると、そういうことかなって薄々感じたりはしてたかな」
──その後、Mr.KINGとして、平野くん、髙橋海人くんと3人での活動が多かったね。
「懐かしいね。なんかねえ、俺は自分のことそれなりに器用だと思ってたんだけど、ファンレターに“不器用なのにがんばってますね”って書かれてたことがあって(笑)。いやいやいや俺が不器用じゃなくて、二人ができすぎるだけなんだって、あのころ、ちょっとイライラしてたかも。今はどう思ってもらっても大丈夫。“すごいでしょ二人”って思えるから。でも当時はね」
──そんなこと思ってたんだね。
「舞台を見に来てくれた母親にも、“もっとがんばりなさい”みたいなこと言われて大ゲンカしたりね。いやいや俺がどんだけがんばってるか知らないでしょ。こっちの身にもなってよみたいな」
──たしかに、永瀬くんのあのころの努力は近くで見ていた人にしかわからないかもね。できなかったバック転を手首をケガしながらもマスターしたり。
「とにかく必死だった。俺はダンス未経験で二人との差がすごかったけど足を引っ張りたくないから、集合時間の2、3時間前に行って練習したりして」
──仕事は順調そうに見えたけど、大学進学を決めた理由はなんだったの?
「そこ分岐点のひとつかな。Jr.の活動は楽しい。充実もしてる。ただ、いつまでもダラダラ続けるつもりはなかったんですよね。たとえJr.の第一線と言っていただいていたとしても、そのステージがJr.である以上、いつまでも続けてちゃいけないなって。あのころ、本当にデビュー組と遜色ない仕事をさせてもらってたんですけど、リミットを決めてデビューできないなら普通の人に戻ろうって。やり直しがきくのがハタチくらいかなと思ったんで、そこをリミットに決めて」
──Jr.を辞めた場合を考えての大学受験だった?
「うーん、最初大学に行く気はなかったんですよ。どこか楽観主義というか、もしJr.を辞めてもなんとかなるっしょみたいな。でも母親に、“将来の選択肢を自分から狭めちゃいけない”ってケンカも何度もして、最終的に納得して受験することを決めて」
──志望大学はどうやって決めたの?
「大学に行こうって決めたときに、相談しやすい先輩で大学に通っているのが(中島)健人くんだったんですよね。どんなことを学びたいか、どんな大学に行きたいか相談したら“じゃ、うちの大学来なよ”って。受験勉強1日7~8時間やってどうにか受かることができましたね」

直談判は、告白と一緒でした

──ジャニーさんに全員でデビューの直談判に行ったときのこと覚えてる?
「はい。僕と岸(優太)くんは、“直談判はもうちょい待とう”って直前まで思ってたんです。メンバーと話し合いを重ねて心変わりして、同じ方向を向いてからジャニーさんに会いに行きましたけどね」
──なぜ直談判は早いと思ったの?
「告白と一緒なんすよ。“好きです”って言うのと。俺、100%向こうにも、“私も好きです”って言ってもらえる状態が理想なんで。ジャニーさんに対してもそうありたかった。だって考えてみてよ。Jr.としてめっちゃいい仕事をさせてもらってた。“だからデビューできるだろ”って思う人もいるだろうけど、“こんなにすごい仕事をさせてもらってるのに、なんでデビューできないんだ?”って考える人もいる。僕は後者だった。心のどっかでデビューできるって期待はあったけど100%じゃない。70:30くらいの割合だったから」
──もし直談判してもオッケーが出なかったらどうしてた?
「ホントみんな、これで断られたら辞めようみたいな。言うたら背水の陣、ダメならダメであきらめるくらいの覚悟で会いに行った。結果、オッケーをもらいデビューさせてもらって」
──メンバー間で喜びを分かち合ったんじゃない?
「喜びに浸る暇もなくて。そっからは展開がめっちゃ早かったから。すぐに曲をいただいて、デビューまでがあっという間の出来事で。“デビューできた。やったね!”って喜ぶ時間もなかったよね」
──King & Princeのデビュー時の盛り上がり、凄まじかったよね。
「ありがたいことに。俺たち自身もうれしい誤算というか。こんなに反響が大きいんだって。想像以上でしたね」
──自分たちがデビューしたこと、どんなことで実感した?
「出演させていただける歌番組の多さかな。ずっと憧れていたあの番組、この番組、大きい番組に次々に呼んでいただいて。あとはMVも。デビュー後にもらった仕事のひとつひとつが、これがデビューかって感じて。気持ち的に落ち着くまで1年くらいかかったかな」
──デビューしたのは19才。リミット目前だったね。
「そうっすね。あの日、直談判に行ってなかったらどうなってたか。もうこの世界にいなかったかもしれないですね、誰にもわかんないけど」

“俺は、廉と紫耀が好きなんだよ!”

──改めてメンバーにメッセージを。まずは海人くん。出会って最初のころはよく口ゲンカしたんでしょ?
「懐かしい! くだらない、しょーもないことでよくケンカしてた。お互い子どもだったよね。俺のヘアスプレー勝手に使った使ってないとか、そんなことでなんでケンカしてたんだろうね。今じゃ海人はいちばんプライベートでも一緒にいるメンバーかな。二人でごはんにもよく行くしね。でもあいつ、自分で誘わないで俺に誘わせてくるんですよ。“最近なんか俺、廉と遊んでなくない?”とか(笑)。そういうときは話したいことか聞きたいことがあるんだろうなと思って、俺から“今日、忙しいの?”みたいに誘ってる」
──ハハハハハ。
「何年か前、海人すごい寂しがりだった時期があったな。“今から家、行っていい?”って。深夜に来たりしてね。話し込んでたら熱い話になって海人が急に泣き始めたこともあったな。グループのこと一生懸命考えて海人はいろいろ悩んでた。“俺は廉と紫耀が好きなんだよ!”って言いながら泣いてましたね。ホント、グループ思いなんすよ」
──次に岸くん。
「うーん、岸さん。最初に会ったのは舞台をやったときかな。先輩からすごいイジられてて、すごい愛されてる人だなって。普通じゃないかもって気づいたのは6人で活動を始めてからですね。楽屋でめっちゃ体を張って笑かしてくるんです。カメラも回ってないのに。昔のことなんですけど、突然粉末の喉の薬をいっぱい口に含んで、当然むせるじゃないですか。むせるたびに白い粉末が口から飛び散るんですけど、すげー咳き込みながら、“ド、ドラゴン!”とか言うんです。メンバー大爆笑して。今でも体を張って笑わせてくれるグループのムードメーカー。僕らの悩みなんですけど、岸くんの楽屋でのおもしろさが、なかなかファンのみなさんに伝わらないんですよね。ちょっと過激なんで絶対に人前では見せられないよねって」
──次は神宮寺(勇太)くん。
「ジンかあ。昔は腰を回す人のイメージだった(笑)。ジンとはいい意味でいちばん関係性変わってないかも。デビューしてから、ずっとつかず離れず。いつもめちゃめちゃふざけるしバカやるしでおもしろい。でも、ふとした表情とかで悩んでることがあるんだろうなって思うことはあるかな。それを問いただしたりはしないけど。多分、俺たちは似てるんだと思う。お互い相談はしないし、できるだけ悩んでるとこも見せない、極力自分一人で解決するタイプ。本当のとこはわかんないから、俺がそう感じてるだけかもしれないけど。ジンは優しいから。映画『うちの執事が言うことには』のクランクアップのとき、自分の撮影はずいぶん前に終わってるのに駆けつけてくれたりさ。そういう優しい人だから」
──最後に平野くん。
「ジンとは反対でいちばん関係性が変わったメンバーが紫耀かな。俺たちを昔から応援してくれている人は知ってると思うけど、関西Jr.時代はすごい二人でくっついてて。で、東京来てしばらくすると俺もね、思春期的なやつで。距離を少し置くじゃないけど関係性は少し変わって。仲が悪いわけじゃないけどプライベートで一緒にいることは減った。ただ言葉にはしないけど、紫耀にはやっぱり感謝してる。『花晴れ』の力はデカイなって今でも痛感することが多いしね。グループのセンターとして堂々と立っていてくれてることに感謝してます。グループでの役割として、俺はMCでメンバーのボケに対してできるだけツッコんであげたいなって思ってて。そのほうがみんなが生きると思うから。でもたまに俺がボケると、ツッコんでくれるのが必ず紫耀だったりする。ああ見えてじつはけっこうしっかりしてるんで、彼(笑)。いろんな面ですごい信頼してますね」

俺は、胸を張って、4年連続2位でした

──今後の個人の目標や夢はある?
「俺、人生なるようにしかならないって思ってるんで、長期的な目標を立てるより目の前のことに一生懸命向き合おうって考えなんですよね。そういう意味で、今は特に演技もがんばりたいかなって思ってます」
──なるほど。
「映画『うちの執事が言うことには』で演技の難しさ、楽しさを知って、うまくなりたいって本気で思ったから。だから今のうちに演技に関して怒られたいんですよね。怒られるのめっちゃイヤっすよ。でも上達するには必要だと思うんで。それに演技だけじゃないですけど一人の仕事って、より気合が入るんですよね。グループの仕事って、知らず知らずのうちに甘えちゃう部分があって。俺は自分に甘い人だから。じゃあメンバーに任せちゃおうって、心のどこかで思っちゃってるんですけど、一人だとそうはいかない。それに俺が結果を残すことが多くの人にグループを知ってもらえることにつながるし、ほかのメンバーに少しでも成長した俺を見せることでメンバーも奮起するだろうしね。俺はKing & Princeの一員。King & Princeの永瀬廉なんで。ソロで活動することはあってもソロじゃない。そんな意識が常にありますね」
──やっぱり演技は難しい?
「むずいっすよ。だからこそ楽しいし、真剣に向き合わないといけない。慣れないというか、毎回自分の芝居をオンエアで見るときは安心して見られないんですよね。どうしてもソワソワしちゃって。出させていただいた作品は全部チェックしてるんですけど、ここは、こういう感じになるのかとか。自分の感覚と実際の映像はちょっとちがったりする。撮影から時間も経ってるし、撮影のときの100%が放送のタイミングで見たら100%じゃなかったり。そういう意味でも悔しいことばっかっすね」
──それは、今の自分が過去の自分を追い越してるってことじゃない?
「そうだとしても悔しい(笑)。役者としてどうなりたいとか、何年先、何十年先、自分がこうなっていたいってビジョンも俺はあえて作らないようにしてるんです。なんか今、話してて思ったんですけど、俺は小さいころ引越しを何度も経験して、あえて未来に期待しないようになったと言うか。何かに執着しすぎないようにあえてしてきたというか。自分の力ではどうにもならないことって多いし、強く願ったり望んでも、その通りいかないとショックを受けるから過度な期待を抱いたり、長期的な目標よりも目の前のことをちゃんと楽しむ。目の前のことに一生懸命になるようになったのかなって」
──そうかもしれないね。でも、そんな永瀬くんが今はジャニーズに、役者にハマっている。
「不思議ですよね。ジャニーズと役者の共通点というか、僕が好きなのはどちらも人の気持ちや心を動かせることかなって思うんですね。僕らのライブを見て心が動かされたり、僕の芝居を見て感情移入してくれたり。誰かの心を動かせるってすごいことだと思ってて。うれしくなったり、せつなくなったり、それが少しでもその人の明日の力になれたら、ジャニーズも、役者もやっていてよかったなって思えるんですよね」
──じゃあ、グループとしての長期的な目標も決めていない?
「そうだね。もちろんトップというか1位になれたらいいよねって思いますよ。ただ、俺個人としてファンの方と今を楽しもうって気持ちのほうが強いかな。俺、MYOJOでいったらJr.大賞の“恋人にしたいJr.”で4年連続2位だったんですね。“いつも2位で悔しいよね”って言われることもあったんですけど、もちろん1位になりたい気持ちはあるけど、なんか、俺は胸を張って連続2位だったんですよ。みんな、この順位をありがとうって感じだった。もちろん、それじゃ物足りなく感じるファンもいるだろうし、グループのメンバーそれぞれ考えはちがうはずで。例えば俺がグループのセンターに立つ紫耀の立場だったら考え方が全然ちがったと思う。2位でも満足とは絶対言えないよね。俺が俺らしくいられること、今を楽しみたいって気兼ねなく言えるのは、この立ち位置だからこそ言えること。そういう意味でも、ドンとセンターに立っている紫耀には感謝してる」
──じゃあ、SnowMan、SixTONES、なにわ男子のデビューにはどんなことを思ってる?
「どのグループも、ちゃんと結果を残してるので、グループとしてもすごい刺激を受けてる。こういうことのひとつひとつが、よりKing & Princeの絆を深めてくれるんじゃないかなって感じはありますね。より個人的なことを言わせてもらうと、やっぱり今のこの状況はすごい感慨深いっすよね。『まいど!ジャーニィ~』のメンバーの5人がデビューできた。それも3グループに分かれて。あのころの自分にしたら予想もできない未来が待ってた。あのころ望んだ未来の形とは少しちがうかもしれないけど」
──そう考えるとすごいよね。
「今だから話せることだけど、『まいど!ジャーニィ~』のメンバーを、俺は引きずってた時期があるんです。あのメンバーでデビューできなかった原因は僕らなのではないかと。東京に行くことになってしまったから。その申し訳なさは誰にも言えなかった。あのころ、俺たちがいなくなって関西Jr.がいろいろ言われてるってのは大吾から聞いてたんです。でも関西Jr.の公演に通ってたときも言えなかったですね。“ごめん”なんて。“お前が言うなよ!”って話じゃないですか。だから、なにわ男子がデビューした今、初めてあのころの気持ちを言葉にできるというか。あのころは、がんばれって励ましも、ごめんって謝罪も、壊してしまったかもしれない僕が言っちゃいけない言葉だったから」
──そうかもしれないね。
「俺ができたのは彼らを信じることだけで。唯一心配だったのが、メンバーが辞めないかってことだった。でも、東京で活動してる僕が“辞めないで”なんて言えるはずもなかったですが」
──ずっと関西Jr.のことが気になってたんだね。
「俺、ハタチになって初めてごはんに行った先輩が大倉(忠義)くんなんです。たまさん(玉森裕太)と一緒で、この人おもしろい人だ。仲よくなりたいって思ったんで、自分から声をかけてごはんに誘って。ちょうど仲よくなったタイミングって、大倉くんが関西Jr.をプロデュースすることになりたてのころで。大倉くんに僕よく聞いてたんですよね。“なにわ男子、デビューできますか?”って。もちろん大倉くんも、僕に言えること言えないことがあったと思うんです。だから、“そうだね”って流される感じでしたけど。だから、(向井)康二はSnow Manとしてデビューして、今まさにデビューして大活躍しているグループには親友の大吾がいる。僕としては最高に切磋琢磨しがいがある状況というか。今の状況はとにかくうれしいですね」

僕たちにとって、ファンは酸素

──インタビューも終盤なのでファンにメッセージをお願いします。
「ファンの人は、僕らになくてはならない存在やからね。酸素的に必須な人たち。これからも僕は僕のスタイルでファンのみんなを大切にしたいと思うし、ファンの人に対する接し方はきっと変わらないでしょうけど、僕のどんな行動も根底にはファンへの愛があることが伝わるといいなと思ってます。だからこれまで通り、みんながKing & Princeや僕に飽きるまでちゃんと応援してほしいなって思います」
──ファンへのメッセージだけじゃなく、インタビューを通してどこか余裕のような、自信のようなものが垣間見えたけど、それはどこから生まれるものだと思う?
「それこそKing & Princeとファンが積み重ねてきたものだと思う。もちろん以前は不安も多かったし自信なんてなかったよ。King & Princeとしてデビューしてもそれは同じで。やっぱり自分の力では避けられない、どうにもならない理不尽に思えることだって時には起こるから。でもどんなことも僕たちとファンは乗り越えてきた。だから僕たちグループは、きっとこれからも悩んだり迷ったりするはずだけど、それでも、これは極論なんだけど、どんなことが起こっても俺やKing & Princeが決断して進む道なら、どんな道だってファンがゼロになることはありえないって自信というか確信があるんですよね。俺に余裕があるように見えているならいちばんの理由は、誰かは必ずKing & Princeを好きでいてくれる揺るがない自信があるってことなんだと思う。向上心を忘れちゃいけないし、そのための努力を怠るつもりもないです。トップをめざしてギラギラしてるのも大事だと思う。ファンのみんなの優しさにあぐらをかくのもちがう。でも同時に、僕たちを好きでいてくれる人たちが必ずいる。これ以上、何を望むんだろうって思うんですよね」

取材・文/水野光博