──赤ちゃんのときの写真、メチャクチャかわいいね。
「かわいいですね(笑)。女のコによくまちがえられてました。お姉ちゃんに、カチューシャつけられたり、オモチャの口紅されたりしてたらしいです」
──お兄さんもいるんだよね?
「兄が2つ上、姉が4つ上で。僕は、ほんと末っ子って扱いをされてましたね。だからか、いまも末っ子気質で」
──甘えん坊な感じ?
「かなりの甘えん坊でしたね。もう、お母さんにべったり。お母さんが長電話してたりすると、エプロンにずっとしがみついてたらしいです」
──初恋は?
「幼稚園のころかな。友だちと、友だちのお姉ちゃんといっしょに遊んでて。僕が転んだかなんかでケガしたら、そのお姉ちゃんが家までおぶって帰ってくれて、“ハッ!”みたいな(笑)」
──じゃあ、サッカーを始めたのは?
「幼稚園のときにJリーグが始まって、すごい流行って。公園で鉄棒をゴールにしてやってました。小1で学校のチームに入って」
──ポジションは、どこだったの?
「キーパーがすごく人気だったんで、僕もやりたいって言ったんです。でも、キック力もないし、ちっちゃいから高いシュートは届かないし(笑)。だから、キーパーをやめてフォワードとかやってましたね」
──ジャニーズのオーディションを受けたのは小6だよね?
「(堂本)光一くんの『ピカイチ』っていう番組を、お姉ちゃんが見てたらしくて。番組の最後に、オーディションの告知が出たんで、僕が知らないうちに送ったんですよね」
──応募したこと知らなかったんだ?
「はい。全然、興味がなかったし、オーディションは土日のどちらかだったんで、サッカーの練習とかぶるじゃないですか。だから、“絶対、行かない”って、オーディションの前日、ずっと泣いてました。“行きたくない、行きたくない、行きたくない”って」
──それでも受けたのは?
「次の年がサッカーのワールドカップで、筆箱に出場国のピンバッチをつけるのがクラスで流行ってて。親に、“オーディションに行ったらピンバッチを買ってあげる”って言われて」
──ハハハハハ。実際に受けてみてどうだった?
「僕はふだん着で会場に行ったんですけど、目の前にハットをかぶってる、オシャレなコがいて。それが、伊野尾(慧)だったんですよね」
──なんかしゃべった?
「まったく。でも、オーディションのとき、自己アピールタイムみたいなのがあって。伊野尾は手を挙げて、KinKi Kidsの『フラワー』を歌ったんです。それが、ドへたで印象に残って(笑)」
──薮くんは、何かやったの?
「僕は何もしてないです。オーディションが終わって、それからレッスンに呼ばれるようになって。土日のどちらかでレッスンがあったんですけど、金曜の夜に連絡が来るんです。サッカーに行けなくなるから、その電話がイヤでイヤで。毎週、電話の線抜いてやろうかと思ってました(笑)」
──そんなにイヤだったんだ。
「入ってすぐ、Jr.として『Mステ』に出て。そのときに、振りをまちがえたんですね。“これで呼ばれなくなる。明日からは普通の生活だ”みたいなこと思ってたんですよね。それでもまた電話がかかってきて。“サッカー休みたくない”ってまた泣き叫んで。そしたらまたピンバッチ買ってもらって。その繰り返しでしたね」
──じゃあ、どうやって好きになっていったの?
「僕、年上にすごくかわいがられて。同世代とか下のコと遊んでるより、A.B.C.とかKAT-TUNとかといっしょに行動してたことが多くて。たしか、とっつー(戸塚祥太)は帰る方向がいっしょだったのかな!? すぐに仲よくなって。亀梨(和也)くんとか、赤西(仁)くんとは、ごはんいっしょに食べて、家までクルマで送ってもらったり」
──そうだったんだ。
「“かわいい”って言われて、頭をワシャワシャされたりするの、イヤだったんですけどね。赤西くんから電話がかかってくると、“ちょっと今ゲームしてるから”って切ったりして、素っ気なくしてましたね(笑)。でも、そうやってかわいがってもらって、気づけばJr.が好きになってましたね」
──じゃあ、Jr.の活動のこと、学校の友だちには、なんて言ってたの?
「ずっと言ってなかったんですよね。『Mステ』で踊ってるのを見た友だちに、“あれ、薮じゃないよね?”みたいなこと聞かれても、“全然ちがうよ。テレビなんて出るわけないじゃん”って答えてましたから(笑)。サッカーの練習を休むときも、“親戚の集まりがある”って言ってて。“薮、サッカー嫌いになったんだろ?”って言われたりして、きつかったですけどね」