『哲学の条件』はフランソア・ヴァールの枠組みで捉えたパディウへの序があってこれにかなり違和感を覚えていたのでご紹介に戸惑ったが、パディウの文章自体は最高なので山本氏の哲劇での文言に繋げたい。違和感には種々あるけれど事あるごとにパディウを上げるためにドゥルーズを対比させる方法が奇妙
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返信先: さん
どうやらヴァールは〈プロセス〉と〈創造〉を別に捉えているようだ。というのもドゥルーズの概念を内在平面に配置された前哲学的なものとして表現している。プロセスこそが哲学の創造であり、概念駆動の結果哲学が産出されるわけではない。絶えず動き続けている概念駆動こそが哲学の様態なのだ。
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バディウにとって「条件」とされ説明されている事項も、それらのプロセスの中に認知不可能なものを問い続ける条件だと言っても良い。プロセスと創造は切り離せない。〈暗き先触れ〉のヴァールの理解もここで大きくブレている。なのでこの序文を一旦横に置いてバディウを読む方がよいかも知れない。
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さて本書で最も心動かされたのは『哲学と数学』というバディウの講演である。カントに至るまで数学と哲学は解きほぐしがたく絡みあっていた。数学だけが神話の至高性を断ち切れる得意な思考形態だったという。しかし数学はどのような描写にも適していない無時間的な性質を持つ。プラトンはこう考える…
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無時間性であるがゆえにプラトンは、歴史によって変化する通念やドクサを断ち切る参照点に数学を置いた。数学をいわば羅針盤にして思考の自由に船を進めることが可能になった。バディウはだからプラトンは〈思考〉と〈思考の自由〉の境目に数学を哲学的に樹立したと語る。
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こうしてバディウがいうプラトンの哲学を目配せしてカントを見ると数学の役割が「境目」から「内在化」へと移行しているのがわかる。数学が有限を無限概念から引き出される一特殊事例としたように、無限の〈思考〉を超越論的に有限に内在化させる事で逆に〈思考の自由〉を開いたと考えることもできよう
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『哲学の条件』アラン・バディウ 藤本一勇訳 藤原書店
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