オーストラリアにおける重量貨物列車の無人運転の実現
オーストラリア連邦北西部に位置するピルバラ地域には,鉄鉱石輸送用の鉄道路線が多数存在する。鉱業分野の多国籍企業であるRio Tinto Limitedは,1日24時間,同社が所有する16か所の鉱山からインド洋に臨む4か所の港湾ターミナルまで,貨物列車で鉄鉱石を輸送している。
輸送能力を向上し,輸送にかかる時間を短縮するためには貨物列車の無人運行(GoA4)が有効であると考えた同社は,Hitachi Rail STS社との協創に乗り出した。両社の緊密な連携の下,数年をかけて開発された重量貨物輸送システム「AutoHaul」を適用した重量貨物列車は,2018年7月に初の無人運転による貨物積載運行を実現して以来,1,100万km以上もの距離を安全に運行しており,世界初の無人長距離貨物列車運行網を支えている。
鉱業分野の多国籍企業であるRio Tinto Limitedは,現在,オーストラリア連邦北西部ピルバラにおいて,1日24時間,221両の自動運転重量貨物機関車によって,鉄鉱石の輸送を行っている。南側に位置する鉱山から広大なピルバラ地区を縦断し,300 km先のインド洋に面する港湾まで,その路線長は1,700 kmに及ぶ。標準的な列車は,3両の車両を連結したディーゼル電気機関車とそれぞれ106 tの貨物を積載した240両の貨車で編成され,列車の全長は2.5 km,総重量は2万8,000 tに上る。
無人貨物列車運行の最たる目的は,輸送効率の最大化である。運行に際して事前にスケジューリングされた列車の運行表はなく,各列車は貨物の積み込みが完了次第,出発可能となる。こうした列車の運行はすべて,1,500 km以上離れたパースにあるRio Tinto社の運行センターから,列車管理者と保守担当者のチームによって遠隔監視されている(図1,図2参照)。この無人列車の運行を実現しているのが,Rio Tinto社とHitachi Rail STS社(旧Ansaldo STS社)の協創によって開発された,重量貨物輸送システム「AutoHaul※1)」である。本稿では,AutoHaulの開発の経緯と特長について紹介する。
鉄鉱石の需要は年々増加しており,Rio Tinto社はこれに対応するため,鉄鉱石を輸送するAHV(Autonomous Heavy Vehicle:自律運転重量車両)の無人運行[GoA(Grades of Automation)4]の実現をめざす,AutoHaulプロジェクトを計画した。プロジェクトの目的は,Rio Tinto社の業務の安全性と生産性を大幅に引き上げるとともに,柔軟性を高め,ボトルネックを削減することで,同社の鉄鉱石採鉱システムを最適化することである。Hitachi Rail STS社との協創によって開発された重量貨物輸送システムAutoHaulは,2018年5月16日,オーストラリアの全国鉄道安全規制機関(ONRSR:Office of the National Rail Safety Regulator)から認可を得た。その後,同年7月10日,3両の機関車が牽(けん)引する自律走行列車が,約2万8,000 tの鉄鉱石を積載し,トムプライスにあるRio Tinto社の鉱山からケープランバート港までの280 km以上を無人走行することに成功した。この初走行以来,無人運行の運用は段階的に拡大され,2018年12月にはAutoHaulの全面展開が実現した。Rio Tinto社は現在,AutoHaulを搭載した機関車車両のうち98%を自律走行モードで運行しており,すでにこれまでの輸送距離は1,100万kmを超える。
AutoHaulはATO(Automatic Train Operation:自動列車運転装置)とETCS(European Train Control System:欧州列車制御システム)level 2に基づいている。このシステムは,(1)通信インフラセグメント,(2)運転指令セグメント,(3)車載セグメント,(4)信号および設備保護セグメントの四つの主要セグメントに分類できる(図3参照)。
図3|AutoHaulのシステム構成図 AutoHaulシステムアーキテクチャの概要と運行センター・車載・通信・信号および設備保護のセグメントを示す。
列車が走行するのはオーストラリアの草原地帯であるが,鉄道路線は主要な幹線道路や公道を横切っており,路線上にいくつか交通量の多い踏切がある。Rio Tinto社の鉄道網には稼働中の踏切が42か所あり,踏切補助システムで保護されている。このシステムは以下の三つのコンポーネントから成る。
車両設備の状態をチェックする担当者と列車制御の担当者から成る専用チームが,地上および車載装置の状態をパースにある運行センターから監視している。
Rio Tinto社は,AutoHaulを搭載した機関車を221両所有しており,鉄道網上で運行しているすべての機関車について,機器の状態,警報,カメラ映像(衝突検出事象,踏切妨害事象)を監視している。以前,運転士が車内で実施していた作業は,現在では車両設備状態を監視するチームによって行われている。このチームは,割り当てられた車両が移動している間,絶えず車両の状態を遠隔監視し,警報に対処するとともに,必要に応じて保守点検を要求する通知にも対応する。
また,AutoHaulは,以下の事象が発生した際には自動停止するよう設計されている。
本章では,無人運転システムの確立を含めた日立の鉄道事業部門の将来の展望について紹介する。
機器から発生する膨大な運用データを分析・可視化することで,保守および運用に役立つ傾向の把握と問題の予測が可能になる。これを活用することで,短期的には事後保守から予防保守へ,最終的には予兆保全および処方的保守へと保守戦略をシフトすることができるであろう。自律走行による貨物列車の運用では,鉄道網上のすべての機関車が繰り返し,同じように走行することから,機関車および地上装置の損傷パターンの再現性と予測可能性が高くなり,予防保守戦略に役立てることができる。スマートアルゴリズムによる機械学習を継続することで,潜在的な問題が深刻化する前に特定できるようになり,車両や線路などの資産が長期にわたって使用できなくなる事態を回避できる。
また,日立の鉄道事業部門がこれまで取り組んできた貨物,メトロ,在来線,高速鉄道といったさまざまな事例を一つの全社的な標準分析プラットフォームで共有すれば,数多くの相乗効果が期待できる。
採掘場から港湾までというコンセプトの下,貨物の積載が完了次第出発するという運行モデルから,需要に対して供給可能な鉄鉱石のストックの数量と,輸送に対応可能なダンプトラックの台数を確認する方法に切り替えることで,サプライチェーン全体の効率化を図ることができる。これを実現するための手段として,以下に示す三つのソリューションを検討中である。
IoT(Internet of Things)の活用により,輸送能力を拡大して保守および構内作業を改善する。さらにLTE※2)(Long Term Evolution)や5G(5th Generation)などの技術と組み合わせることで,可視化ツールに必要な高帯域幅を得られるため,ビジネスクリティカルな意思決定に資するリアルタイムな情報処理が可能となる。また,通信市場のリーディング企業との関係を構築することで,市場シェアの獲得に向けて先進的なソリューションを迅速に提供できる。
また,ピルバラなどの遠隔地においては,これらの技術を導入することにより,以下のようなメリットが見込まれる。
本稿では,Rio Tinto社の重量貨物輸送システムAutoHaulの開発の概要と,日立の鉄道事業部門の今後の展望について述べた。
本稿で述べた戦略を実践し,アプリケーションの開発を通じて貨物輸送技術を進化させることで,今後,重量品の輸送を担う顧客に付加価値を提供するだけでなく,同様の課題を抱えるローカル交通,都市間交通などのプラットフォームにも貢献できると考えられる。また,こうした取り組みは顧客に利益をもたらすのみならず,日立が取り組むSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の実現に向けても,プラスの効果をもたらすことだろう。