ここまで読んでくださった皆様に感謝します。ぺこり。
賢者で終わらせるはずだったコレがまさかここまで続くとは。
「見たことか、それ見たことか……ファッジよ……おぬしの自慢の吸魂鬼、ホグワーツに持ってきた吸魂鬼はぜんめつめつ、一方ワシの禁じられた森は丸焼けになったが植林すればすむことじゃ、随分と差がついたのぅ、悔しいでしょうねぇ」
「くっ、ダンブルドア……!」
「勝った……計画通り……!」
「……今回はわたしの負けにしといてやるよ……わたしは必ずよみがえり、お前を校長の座から引き摺り下ろす! わたしは魔法省そのものなんじゃからの……!」
「ふっ、ザコい犬ほどよく吼えるわい……」
「全テ ワシノ 手ノ 中ダト 言ウノニ …… 」
「うわぁああああああああああ!?」
ベスが目を覚ました。
医務室にはうららかな日差しが差し込んでいる。
ときおりそよぐ風となびく白いカーテンがのどかな日常を感じさせ、清潔な白いシーツからは洗い立ての石鹸の匂いがほのかに香った。
ひどい悪夢?から目を覚ましたベスは、ふと思い出す。
(あれ? 何だ? 何があった??)
確かハリーに守護霊をけしかけていたのだ。
脱獄犯が裏切りモノだと知って、何故か母親が脱獄犯と殴り合いをしていて、吸魂鬼たちが来てくれたのだがソレがバタバタ倒れていく全く役に立たないカスだった……というところまでは確かに覚えている。
そこから先、何が起こったのかわからない――というのがベスの状況だった。
「……ママ?」
「フォ……マダム! マダム・ポンフリー! ラドフォードが目を覚ましました!」
「お前かよ……フォイフォイうるせぇわ……フォイカスが……」
(なんで寝起きにお前の顔なんか見なくちゃいけないんだよ……もう一回寝てぇわ……)
中途半端に覚醒した頭で色々考える。
すると横のベッドには顔色の悪い少年、スリザリンの誇るボマー、セオドール・ノットが転がっているのが見えるだろう。
こともあろうにすやすや、と安らかに眠っていた。
願わくばその眠りが永遠に続けばいいのにな、とベスは思った。
「うっわ、横に爆弾魔いるじゃねーか……しっし、あっちいけ」
「こんにちわ、保健室の白衣の天使マダム・ポンフリーです。今からオマエラの置かれた状況を説明してやりたいと思います。光栄に思え」
「は?」
何故か態度デカく出た白衣の堕天使にキレかかったベスだったが、彼女が『確実に逝けること間違いなし!』な色の薬の入った注射器をチラつかせるのを確認する。
「光栄に思いますお辞儀しますぺこり」(もうやだこの学校……)
「お前ら3人は何故か禁じられた森で無残な姿で発見されました。ついでにポッターとスネイプとアズカバンの脱獄犯、更におびただしい吸魂鬼の群れの死骸が湖に浮かんでいました。
禁じられた森の消火活動の為に森に向かってやった先生方は皆口を揃えてこういいました。
『一体どうゆうことだってばよ』と……」
「だろうな」
「納得の発言フォイ」
「いち早く覚醒したスネイプをクルーシオして聞き出した結果、どうやら貴方達は『服従の呪文』にかかっていたようですね。あなたやマルフォイ君はその効果が薄いようですが、ノット君を見て気づきました。
彼をたたき起こした結果『神が見える! 神が見える!』と……。
危うく我々にゴブレッドを投げつけてこようとしたので、その辺の石で頭をカチ割っておきましたよ」
「素晴らしい判断です。拍手を送りたいなと感じました」
「ノットは犠牲になったのだ……」
コイツ頭に怪我しているのはネジがぶっとんだからじゃなくって物理的衝撃のせいだったんだざまあみろ、とベスは思った。
そして思い出す。
「ん?」
確か湖に落ちる前に聞いたはずだ。
『幸福ですぅうううううううう!』 という、幻覚症状を伴っているとしか思えないようなハイな叫びを。
(……あ)
「マダム! コイツです!! コイツが戦犯よ!! コイツのせいで湖が!! この爆弾魔のせいで皆で揃って湖ボチャするハメにな――」
「シレンシオ!!」
突然現れたスネイプがベスに呪文をかける。
ベスに杖は無い、シレンシオ直撃により、しばらくの沈黙を強制されることになった。
「ラドフォードはかなり高度な錯乱の呪文にかけられているようだ。可哀想に(棒)」
スネイプは真実を捏造することにしたらしい。
(おのれセブカス・スネイプが……!)
「シリウス・ブラック許すまじ。我がスリザリン生に呪文をかけるなど卑怯すぎるわ」
(耐えろ我輩耐えろ我輩……禁じられた呪文使ったの実は我輩とかバレたら我輩もアズカバンの住人に仲間入りだ……!)
「いやはやすぐにでも捕まえてもらいたいものですな。全部シリウス・ブラックのせいだ。
そうだなマルフォイ!?!?」
「フォイ!? ふぉ? フォフォフォフォフォ!!??」
「シレンシオ!! ……くっ、マルフォイまで錯乱の呪文にかけるとは! 罪が増えたぞブラック!」
「……」(……ブラックの濡れ衣がファッションショーだフォイ……)
本人が全く知らないうちにシリウス・ブラックの罪が加算されていく。
見つけたフォイ、これが世界の闇か、とマルフォイは思った。
こりゃ極刑だな早いところ『生き残った吸魂鬼』にさっさと引き渡してミイラ化しろよ、とベスは思った。
が、
(……ん? すぐにでも?? 捕まえて?? 貰いたい????)
「ちょっと待って。どうゆうこと?」
「どうしたラドフォード!?」
スネイプはシレンシオ詠唱の準備をはじめた。
「だって、ブラックは捕まったんじゃないの?? さっきアズカバンの脱獄犯って言ってたじゃない……! ブラックでしょ? そうですよね? あの駄犬を捕まえてブッ消すんですよね……?」
「……」
「……」
「……」
スネイプとポンフリーは言葉を失っているようだった。
マルフォイは物理的に喋れなかった。
「違うの……?」
「……ラドフォード……」
その沈黙は何よりも残酷に真実を突きつけていた。
あぁ、そっか。そうなんだ、とベスは瞬時に理解できてしまった。
シリウス・ブラックは逃げることに成功したという事実も。
彼らが口にした『アズカバンの脱獄犯』の正体も。
「…………ママは?」
「……」
「……ママは? どこ?」
「……塔の、最上階だ」
「……」
お前の母親はそこにいる、とスネイプはそれだけ言った。
■■■
「ママ!」
「ファッキン、やっぱあの時ちゃんとアバダ当てとけばよかったわ……次は絶対……あ、あれ? ベスちゃん?」
え、なんでここにー?とオフィーリアはびっくり仰天していた。
「スネイプが魔法大臣と交渉して、時間限定で面会させてくれるって言ってたの! 娘と会うだけなら問題ないだろうって! たまにはマシなことするわね寮監の癖に!!」
「……スネイプ……そう……」
「ママ!」
ベスは思わず母親に抱きつく。
ママ、ママ、と何度も何度も同じ言葉を口にした。
その姿は年齢相応といよりかは、幾分か幼く見えた。
まるで子供の頃受けられなかった愛情の埋め合わせをするようだった。
オフィーリアはそんな娘を切なそうに……ひどく悲しげに見つめる。
「……制服、凄く似合ってるわね」
「え? そ、そうだよ。スリザリンなんだから私に似合うに決まってるでしょ」
「……ベスちゃん、学校はどう? お友達はできた?」
「と、友達……えっと……。そうね、トイレ友達が居るわ!」
「あら、そうなの」
「マートルって言うのよ」
「あぁ、お母さんも知ってるわ。マートルね。嘆きのマートル、でしょう?」
「そうよ! 話してみれば意外といい子だったわ! あとはトロールとか……マートルの友達のゴーストとか、何かあの人、マザコンっぽいんだよ。あと、その下僕かな。男爵って言うけど、どう見ても下僕だったわ。
あ、あと……。……あとね……」
「……ベスちゃん」
「えっと……あと、ミリセント・ブルストロード。何か強いわ。
あー……ザビニはうるさい黒人だけど、トラウマ持ちみたいなのよね。ダフネ、とかともたまに喋るわ。何か妹が呪詛にかかってるみたいで……」
「……」
「……ママ? どうかした?」
「……ううん、大丈夫」
「後はボールとかキャプテンとか……クィディッチやってるのよ、私、ビーターなんだからね」
「あら、お母さんあんまり箒で飛ぶのは上手じゃなかったから羨ましいわ。凄いじゃない」
「……うん。あとフォイカス……マルフォイとか、クラッブとゴイルとかいうゴリラとか……そんな感じ」
「……森で一緒に居た男の子は?」
「アレはノット。ウザイしキモいし根暗だからあまり近づきたくないわ」
「……そう……。うん……。そう……」
「ねぇ、ママ……。……一緒に、住めないの?」
「……」
「ママ、私ね、がんばってるよ? ……いつまで、頑張ればいい……?」
「…………」
「なんで、シリウス・ブラック殺したいの?」
「……ごめんね、ベスちゃん」
教えられない、とオフィーリアは言った。
「……まだ言えない。ごめんなさい」
「……わかった」
ベスも聞かなかった。
きっと、ここで泣いても、怒鳴っても、嫌だ嫌だと言っても、きっと母親は何も言ってくれないだろうと思ったから。
「もうすぐマクネアさんが吸魂鬼を連れて来るフォイ!」
「……なんでオレまで」
「ラドフォード、時間だ」
突然現れたスネイプ、マルフォイ、不本意なノットが時間を告げた。
「……じゃあ、ママ」
「……ベスちゃん、コレだけは忘れないで」
「……」
「どんなに遠く離れてても……ずっと、貴女を思ってるから」
「……うん」
「…………あなたの目は、本当にパパそっくりね」
オフィーリアはそう優しく娘の髪を撫でるのだった。
「アクシオ! 吸魂鬼!!」
「「「え」」」
「フォォオオオオオオオオオオオオオオオイ!」
突如唱えられたアクシオに『囚人護送の任務のため』に新しく連れてこられた吸魂鬼たちが直撃!
そのままものすごい勢いで狭い塔の中に吸い込まれていく!
「アー、きゅーこんきがーータイヘンダーーーー(棒)」
マクネアは完全な棒読みであった。
吸魂鬼は全部没収されました。
ともあれ、吸魂鬼たちは一箇所に集まったことにより一気に気温が下がる!
氷点下まで下がる! とても下がる!
「ボンバーダ!!」
オフィーリアが呪文を唱えて塔の壁を破壊した。
「マジか、お母様すっげ、弟子入りしたい」
「お母様呼びしてんじゃねぇフォイ! ノット!」
「ぷ、プロテゴォオオオオ!」
「よし……頼むぞ、ザコ共。
ベスちゃん! もう少し待っててね! お母さん、ちょっと過去の因縁に決着をつけてくるから!!」
「わ、分かったー。ママも気をつけてねーーーー!」
そのままオフィーリアは吸魂鬼の大群に乗って脱出。
ホグワーツ圏外へと離脱したのだった。
■■■
「汽車がでるよーーーー」
「乗ります」
「帰ります」
「もうこんな学校居られるかぁ!!」
「一体どれだけ殺すのだ……」
「誰か……誰か、僕たちを見つけてくれ……!」
ホグワーツ城、大破。
謎の吸魂鬼大量怪死事件。
禁じられた森大炎上。
行方不明になった人狼。
一夜にして起きた事件は生徒たちを混乱の渦へと落とし込んだ。
ルーピンはスネイプが「ルーピン●!」と言ったせいで人狼が確定し、トレローニーの真が決まったところで、校長は仕方なくルーピンを罷免することにした。
だがどの道禁じられた森に帰った奴のことを気にする奴はあまり居なかった。
「とんでもねー1年だったフォイ」
「そうね、来年からファイアボルトどう殺すか考えなくちゃね」
「……ヒャッハー! カエルチョコだぜウェーーーーーーーーイ!」
『アレ』以来、ノットは『チョコを食べると爆発の神が降りてくる』とかほざき、立派な中毒者になってしまっていた。結果ワゴン販売のカエルチョコを買い占めて独り占めするという暴挙に出る有様だ。
マルフォイは思った。
コイツホグワーツの天井にブッ刺さってた方が良かったんじゃねえかな、と。
「……あー、ラドフォード」
「何」
「その……来年は、クィディッチのワールドカップがあるんだフォイ。僕の家は貴賓席のチケットが用意されてるフォイ。
……だからそうだろう。必要なら一人分くらいは多く確保できるんだけど」
「は? 行かねーよ」
「……フォイ……分かりました」
少年は玉砕していた、男はそうやっておとなになっていくのだ。
もうやることがないので、マルフォイは新聞に目を落とすことにした。
するとどうゆう訳か、赤ん坊をあやす若い魔女の広告が目に入る。
ふと昔に母親が言っていたことを思い出した。
赤ん坊は泣くことでしか自分の存在を示せない、と。
僕はここだ、ここにいるんだ、と泣いて存在を人に伝えるのだと。
人が生きるということは、恥に塗れていくことだ。
生きれば生きるほどに、罪は増える。
涙だって色々なものが入り混じった純粋とは言えないものになる。
だから純粋に泣けるのは赤ん坊のときだけなのだ、と。
居て欲しい誰かを呼ぶ泣き声も。
ここにいる、と伝える涙も。
今はふてぶてしく、グースカと寝息を立てる少女を見て、マルフォイはそんな母親の言葉を思い出したのだった。
きっと、あの涙がそうだったんじゃないか。と。
ママ、と言った。
最初は小さな声だった。
だけど、だんだん我慢できなくなったのか、ついには足から崩れ落ちてしまった。
膝をついて、座り込んで、上半身を折り曲げるようにして、もう一度だけ、ママ、と呼んだ。
僕はそこで初めてベスが泣いているということに気づいた。
少しだけびっくりした。
彼女にソレは似合わないと思ったのだ。
いつだって、彼女は自信満々で傲岸不遜で、怖いものさえも……誰もが『怖い』ものを自覚しているボガードさえもベスには通用しなかったのだ。
だから、その時、ベスは『怖いものがないんだ』って思った。思って、いた。
本当にびっくりした。
だって……入学してからのベスはいつだって強かった。
強かったし、自信満々だったし、大声で純血主義を叫びまくる。
皆が恐れる吸魂鬼も怖がらないし(効いてないからだろうが)規則だって恐れもせずに平気で破る。
だから、そんな彼女が『ただの女の子』のように泣くなんて、あまり想像できなかったのだ。
何か言おうと思った。
何か、声をかけないと。と思った。
傍で背中をさすってやるだけでいいから、何か言って、慰めてやりたいと思った。
そして、気づいた。
……何を言っていいのか、分からなかった。
横でノットがやめろ、と言った。
「なんで」
「……オレだって片親だから少しは分かるつもりだ」
「……だって」
「……『お前』がアイツに何か言えるのか?」
「……」
図星だった。
その通りだ。コイツは爆弾魔の癖に……こうゆう所は凄く聡い。
今、親と再び別れたばかりのベスに。
汽車に乗れば直ぐにでも両親と会える僕がかけてやれる言葉なんて――なかったのだ。
ベスの心まで届く声を、自分は持っていないのだ。
多分、ノットも。
そんな事実だけが、つきつけられて、僕たちは一歩も動けずに居た。
その時だった。
ふと、ガタっと音がした。
最初は吸魂鬼の生き残りかと思った。
だが違う。
『ソレ』が何なのか、僕たちには直ぐに分かった。
そいつは『何』になろうか、悩んでいるのが分かったからだ。
蛇になったり、蜘蛛になろうとしたり、或いは白い水晶のような何か、時々スネイプやマクゴナガル、なんてものまで混じっていた。
どうやら、そんなものが『怖い』奴が居るらしい。
あの日確かルーピンの部屋から逃げ出したボガードが一匹が居たはずだ、と思い出した。
ボガードはベスの方へと近づいていった。
一番近くに居たからなのか、それとも一番弱っている相手をターゲットにしようとしたのかは分からない。
だが、コイツはベスの傍へと寄っていった。
一歩一歩、ゆっくりと近くへ這いよっていく。
そして、急に姿を変化させた。
それは女性の姿だった。
初めはベスの母親なのかな、と思った。
けど、その考えはすぐに否定される。
その女は、老婆に近い年齢だった。
ひどく痩せた老婆だった。
ひどく痩せていて、本当に朽ち果てる冬の倒木のようだった。
何となく、先が長くない老女に思えた。
そのやや吊りあがった目の形や、以前は黒かっただろう髪は……なんとなく、ベスに似ていると思った。
多分、ベスの知る誰か――年齢から考えて、きっと祖母なのだろう、と思った。
おそらくは、もう、この世に居ない。
「……やめたんだな」
「……え?」
「……恐れることから、逃げるのを。アイツは止めたんだな」
「……」
だから、ほら、とノットはベスに向かって言った。
「ボガードは、ちゃんとお前を見てるよ」
泣き声が、ぴたりと止まったような気がした。
俯いて、這いつくばっていたベスが。
お辞儀をしていたかのような少女が。
老婆に姿を変えたボガードが、ゆっくりとベスの頭に手を置いて、優しく撫でた。
ベスが杖を出すのが見えた。
呪文は知ってる。
発音は知ってる。
発動条件も、方法も分かっている。
あとは、ただ、自分の力のみ。
「リディクラス」
そのボガードが。
ベスの祖母に化けたボガードが。
とても優しく、微笑んだ。
ベスが恐れるものから逃げるのを止めたから。
ここに居るのだと、確かに、告げたから。
だから、あなたもここに居ていいのだと、許すように。