「こんにちわ。レッドキャップです。人がかつて死んだ戦場跡に生まれて、マグルが一人でうろついているところをこん棒で襲うことが生きがいの弱小魔法生物です。
今日は事あるごとに吸魂鬼に魂を吸われて毎回鬱になるポッターとかいうカスガキに吸魂鬼について説明しに来ました」
「よろしくお願いしますお辞儀します」
「私は必要ねーけどな。お辞儀します」
「概要を説明します。吸魂鬼は地上を歩く生物の中でももっとも忌まわしい生き物の一つです。
もっとも暗く、もっとも穢れた場所にはびこり、凋落と絶望の中に栄え、平和や希望、幸福を周りの空気から吸い取ってしまうという生き物です」
「うん?」
「ざっくりしすぎてわからないわ」
「吸魂鬼の主食は人の幸福感です。幸福を吸い取られた人間に代わりに絶望感を与えていきます。たいていはうつ病になります。ちなみに最終的には魂を吸い取ることができます」
「魂だって?」
「あるのかそんなん」
「人は死ぬと21グラム軽くなります。それが『霊素』、魂の重さです」
「本当? すごいね」
「生者は死体にランクアップすると体内にあった水分が蒸発するからじゃないの?」
「魂を奪われた人間は昏睡状態の廃人になります。このことを『ディメンターがキスをする』と業界用語では言います。そうして最終的には同じ存在にとなり果てます。こうやって繁殖していく生物です」
「そんな……じゃあ皆元人間ということ……?」
「そりゃ善人が多い訳だわ納得しましたお辞儀しますペコリ」
「基本的にはそうだと思います。
現在では彼らはアズカバンの看守として任命されています。1718年に魔法大臣ダモクレスが『人間使うよっか安上がりじゃね?』という安易な発想から任命されて意外とうまくいったので現在まで続いている悪習です。すっかり腐敗しています」
「うわぁ最悪だな魔法大臣」
「その名の通りソード・オブ・ダモクレスにクシザシになるべきクソ野郎ですね」
「吸魂鬼の対処法はいくつかありますが、最も効果的なのは『守護霊の呪文』を使用することです。『守護霊』を出現させる呪文で、ぶっちゃけ『OWL試験』レベルを遥かに超える超難易度呪文です。それが盾となり吸魂鬼を遮る壁となってくれます。ウォールマリアみたいな感じの」
「そうですか」
「分かりました。超大型吸魂鬼の求人広告を作ります」
「悪魔の末裔みたいな発想は置いといて続けます。
守護霊は一種のプラスエネルギーで構成されます。具体的に言うと、希望や生きようとする意志、幸福などです。生徒、あなたは幸福ですか?」
「もちのロンです」
「完璧に幸福です」
「守護霊は各人違う形状を取ります。また、更に何か心情的に大きな変化があった場合、変更されることもあります。一番幸せだったときの思い出を、渾身の力で思い出したときに初めて『実体』を伴った強力な守護霊を作り出すことができます。
以上です、せいぜいあがいて見せるんだな。このディストピアの中で」
「アバダゲダブラ!!」
緑色の光線が迫る。
だがレッドキャプはシュバッと華麗なるマト●ックス避けで死の直撃光線を回避した。
「あたらなければどうということはない」
「フン、甘いな」
ルーピンが杖を振るとレッドキャップの下の床が落ちた。
アバダが無効になったときのためにルーピンが徹夜して掘った落とし穴がそこにあった。
今度こそレッドキャップに回避するすべはない。そこから真下に3メートルほど落下する。
ボキっ!と何かが折れて砕けるような音がしたが絶命には至っていないのか、苦痛の叫び声が聞こえる。
「クルーシオ!! クルーシオ!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああ」
「アクシオ!」
ルーピンはそう叫ぶと棚から何か液体のようなものを取り寄せた。
どうやら油のようなものらしい。それをレダクトして落とし穴の中へと投げ入れる。
「インセンディオ!!」
穴の中から聞くに堪えない程の悲鳴と何かが焦げ付く異臭がしてきた。
ハリーは椅子から転げ落ちた。
「うわああああああああああああああああああああああ!!」
べスは教室のドアまで駆け寄った。
「出してぇええええええええ! 誰かぁああああああああああああ! ここ開けてぇえええええええええええええええええ!!」
「うわあああああああああああああああああ! レッドキャップがああああああああああああ!」
「あああああああああああああああああああ!」
「死ぬぅうううううううううううう!」
「教師に殺されるぅうううううううううううう!」
「はい、シレンシオ。五月蠅い生徒は嫌いだな。静かにしようか」
ルーピンの無慈悲な呪文により、強制的に黙らされた。
「まぁ邪魔なザコも死んだ事だし、さて、と。それじゃあハリー……。……はじめようか?」
ハリーに断る権限など一切存在しなかったのだ。
●
結局ハリーはその日、一度たりともマトモな守護霊を出すことはできなった。
どうやら『幸せな思い出』とやらはあるらしい。
ホウキに初めて乗った日、魔法世界に足を踏み入れた日、ロンやハーマイオニーと友達になった日……。
それを思い浮かべて、「エクスペクト・パトローナム」と唱えればわずかながらに白い霧のような靄が杖から噴出する……させる、ことはできる。
13歳の魔法使い見習いである少年にしては十分すぎる成果だ。だが、それで満足するハリーではなかった。
ハリーが求めているのは吸魂鬼に対しての防御手段。そしてソレにはまだ遠いのだ。
そして、真似妖怪の扮する『吸魂鬼』の前ではハリーの『守護霊』はあまりに無力だった。
その日、ハリーは2回失敗した。
どうやら幸せだった思い出が不完全だったらしい。じゃ別の思い出にすれば?とべスが言うと、ハリーはややうつむきながらに答えるのだった。
「母さんの声が聞こえるんだ」
「は?」
何言ってんだおまえ、とばかりにべスは首をかしげる。
ルーピンは何かを堪えるかのように押し黙ったままだった。
彼にも人並みの感情と理性は一応心の隅あたりに1ミクロン位はあるらしい、尚満月の日は除く。
母親の声が聞こえるのだ、とハリーは言った。ヴォルデモートに対して叫ぶ声だったと言う。
「自分はどうなってもいい」「ハリーの命だけは助けて」と泣き叫んでいる、と。
2回目は父親の声も聞こえたと言った。
「ハリーを連れて逃げろ」「あいつは僕が食い止める」おそらくはそれがハリーが最後に聞いた言葉だったのだろう。死の直前まで妻と子供を守ろうとした、男の最期だったのだろう。
「え? 闇の帝王の声は?」
「もちろんだよ、聞こえる」
「それにしたって真似妖怪さん優秀すぎるだろ。形態だけじゃなくって能力までコピーできんのかよこいつら」
「出力は本物の10パーセント以下らしいけどね」
「はいカス、ボガード、無能!」
ハリーの緑色の目がべスをじっと見つめていた。
こいつがこんな目してる時はたいていなんか言いたい時なんだよなー、とべスは全力でそむけようとしたが、そこには笑顔のルーピンの視線があった。
このままじゃ殺されかねない、と思ったべスはハリーと向き合うことを選んだ。
「……べス、君は大丈夫?」
「何が」
「吸魂鬼だよ。君は、平気なの?」
「別に?つかなんで皆そんな騒いでんのか私全然わかんないわ」
「……どうして? なんで?」
どうして、君だけなの?
少年が口にした言葉は、クイーンズイングリッシュだったはずなのに。
何故かべスには遠い異国の言葉のように思えた。
「それは多分私が超才能持ってるからでしょ。神が私にくれた恩寵って奴だわ」
「べス、今は真面目に聞いてほしいんだ。なんで君は大丈夫なんだ? ……何か特別な理由があるから?」
「ないわよそんなの。私が私だからでしょ」
「……べス、君は――」
ハリーの中で何かが堰を切ったようだった。
「僕は――君は、君だけは僕の気持ちを分かってくれるんじゃないかって心のどこかで思ってたんだ。だって君は僕とよく似てる――もちろん違うってことはわかってるけど――それでも、他の皆よりもずっとずっと僕の気持ちを分かってくれてると思ってたんだよ!! だって、だって君も両親が居ないんだろ!?」
「あ゛? あなたと一緒にしないでくれる? 私のパパは――」
「そんなことはどうだっていい!! 君のパパはヴォルデモート側だったかもしれない! だけど……だけど僕にはそんなこと重要じゃない!!
君だって――――君だって『あの鏡』で自分の『家族』を見ただろう!?
自分と親の姿を見たハズだろう!?」
「……違うわ」
「…………え?」
「見てないわそんなの」
勢いに任せて言ったことを後悔した。
だがもう既に手遅れだった。
君だって、『欲しかった』家族を見たハズだろう? という問いかけは全くの空振りで終わってしまった。
「私が見たのはパパよ。……死んだ時のパパの姿よ」
「……」
「家族なんか見てないわ。だって、私には叔母さんが居るし、小さいころには叔父さんも居たし、ハウスエルフのティニーも居る。あとあんまよく覚えてないけど、昔死んだお婆ちゃんも居たわ」
「…………べス……」
「ハリー、私はそんなの望んでない。そんなの欲しくない。だって、『在る』んだから。今持っているものを欲しがる人間なんか居ない。
……私が――私はたった一回でいいから、パパの顔が見たかっただけ!!」
「…………べス」
「母親の声が聴けたならいいじゃない……父親の声が聞こえたならそれでいいでしょう? 何が嫌なの?
……いいえ、ハリー。あなたはちっとも嫌なんかじゃない。
むしろ『聞きたい』って思ってる。吸魂鬼に幸福感を盗られれば、最悪の記憶を引きずり出されれば親に会えるって思ってる。
自分の持ってる『人生で一番最悪の記憶の中』に居る両親に会えるんだ、って思ってる。
だからダメなのよ!!」
それは。
まるで、全てを拒絶するかのような叫びだった。
「そんなに不幸が楽しい? 最低な過去の思い出が大好き?
馬鹿じゃないの? ……そうやって一生自分を不幸にして喜んでればいいこの惰弱眼鏡!!」
「……じゃあ君はどうなんだ」
「……私、は……」
何か、言い返そうと思った。
だが、まるで話すことを忘れたかのように。
声が詰まって、出てこなかった。
何ひとつ。
「君は、どうなんだよ……自分は不幸じゃないって言うのは分かるよ。同情されたくないのも分かるさ。
でも、違うだろ。
べス、君は――――君はずっと、目を背けてるだけだろ」
「……」
「べス、君は今まで誰にも同情されたことはないかもしれない。可哀想だとか言われたことはなかったかもしれない。
だけど、強くあることと逃げることは全然違うんだ。
君はただ目を背けただけだろ!? 自分の不幸から逃げただけなんだ!!」
「だって自分で認めたら、どうしようもないじゃない!!」
だって、そうやって生きてきた。
それ以外に生きる術なんか、なかった。
だから仕方なかった。
それしか、なかった。
『死喰い人』と『アズカバンの囚人』の子供なんか、誰も助けてくれなかったのだから。
同情されたら終わりだと思った。
情けをかけられたらもう立ち直れなかった。
まだ怒りをぶつけられた方がマシだった。
蔑まれる方が、何十倍も楽だった。
そうやって、ずっと自分に言い聞かせてきたのだ。
そうやって、ずっと生きてきたのだ。
自分は決して不幸なんかじゃない。ほら幸せ。いつかママも帰ってくる。いい子にしてれば必ずパパと同じ道を進める。そしたら皆で、一緒に暮らせる……。
二人の口喧嘩がもう取り返しのつかない所まで進む前にルーピンが制止した。
ハリーの口に無理やりチョコレートをぶち込み、グリフィンドールまで戻らせたのだ。
べスはまだ帰る気にはなれなかった。
そのまま教室に残ったべスに対し、ルーピンは補習をやろう、と声をかけた。
元々、べスは補習の追試のためにここに来たのだ。
課題は真似妖怪。だから、このまま続行するのは効率も都合も良い話だった。
やがて、バチン! という大きな破裂音と共に先ほども出た燃える男の断末魔が現れた。
「……リディクラス」
べスが呪文を唱えるとまたしても、バチン! という破裂音が響く。
いつか見た瀕死で血を吐く少女の姿――ダフネの妹、アストリア(偽)の姿に変わる。
「…………リディクラス!!」
次は自爆テロ男だった。
次は大きな蜘蛛だった。
その次はミイラだった。
その次はバンシーだった。
その次はガラガラヘビ。
その次は銀色の何か球体。
リディクラス、リディクラス、と少女は唱え続ける。
バカバカしい、バカバカしい、と何度も何度も復唱される呪文は、広い教室の石壁の中、何度も何度も反響しては自分の耳へと返ってくるだけだった。
ルーピンは何も言わない。
切断された手首。大きな昆虫。何かの悪霊、または愛するだれかの死体。苦しむ姿。
その、どれもべスの『怖い』ものはない。
もういい、とルーピンは言った。
「もういい、やめなさい。べス」
「いいです。やります。……私がこんな課題も出来ないなんて有り得ないんだから」
「……やめなさい、べス。今日、君はひどく取り乱している。冷静な状態じゃない。そんな心で、闇の生き物に対処するべきではない」
「……できるわよ……できる、んだから……!」
リディクラス、とまた唱えた。
発音は完璧だった、杖の振り方は申し分なかった。
だったら、何がいけないのか――――その答えは、悲しいほどに明白だった。
「……べス、私はね」
「なんで」
「…………君が、『閉心術』の心得があるんじゃないか、と思ったんだ」
「どうして……」
「…………たまに居るんだよ。誰から習うわけでもないのに、生まれつき閉心が得意な人間が。
べス、私はね……君も、そうゆう人間なんじゃないか、って思ったんだ。
君はなぜだか吸魂鬼の影響を受けない、そして真似妖怪も変化しない。……だから、そうなんじゃないかと思っていたんだ」
「…………なんで、どうして、どうして!! リディクラス!!」
ルーピンの腕が、べスの振り上げた杖を掴む。
何もできなかった杖はそのままゆっくりと、下された。
「でも、違ったようだ」
「…………!」
ソレを否定する材料は何もなかった。
嫌でも苦しくても悲しくても。
どんなに自分が惨めでも。
認めざるを得なかった。
悔しさが、悲しさが、言葉にならなかった何かが、脳が処理しきれなかった感情が。
ゆっくりと瞼の上へとせりあがってくるのを感じた。
べス、とルーピンが優しく名前を呼ぶ。
「君は、『コレ』が怖かったんだね」
「……」
「君は、『見てもらえない』ことが怖かったんだね」
違うと言いたかった、言えなかった。
代わりに出てきたのは鼻水だった、しゃくりあげる吐息だった。
上手く呼吸ができなかった。
目の前の景色すべてがぐにゃぐにゃと水面を通して見えるようだった。
「べス、恐怖の度合いは人によって違うんだよ。それが分かりやすいか、それとも分かりにくいか。その程度の差があるだけだ。恐怖に優劣なんて、ありはしない。
……だけどね、べス。
人が恐れを自覚したとき、やってはいけないことがある。少なくとも……私はそう信じているよ。
それは、恐怖に屈して前に膝をつくことじゃない。
また自暴自棄になって突っ込んでいくことでもない」
いいかい、べス。と、ルーピンはあくまで穏やかに語り掛ける。
いいかい、べス。
それがどれほど、辛く、苦しくとも。
「恐れることから、逃げてはいけない」