少女はお辞儀することにした   作:ウンバボ族の強襲

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 今回はまったく本編ストーリーに関係ない短編。
 
 本編より13年以上前のフォイカス(父)と嫁の話。






Interval01 『yellow narcissus』

 

 誰からも愛されて育った。

 

 幸せは黙っていても与えられるものだった。

 

 

 

 

 だから欲しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ルシウス」

 

 見てみろよ、アレ。

 金髪に黒のドレスローブを完璧に着こなした青年がテラスから下を見下ろせ、と言った。

 片ひじをつき、だらりとだらしなく手すりに寄りかかる姿は、まるで数年前まで所属していた魔法学校の生徒のような幼稚さと若さ、ついでに育ちの悪さを感じさせた。

 

「『ブラック』の末娘。えーっと……なんつったっけなぁ、名前」

 

 ブラック、という音にぴくり、と反応したルシウスが優雅にテラスの側へと歩く。

 その様子がおかしかったのか青年はせせら笑った。

 

「お坊ちゃんがよ」

「五月蠅い」

 

 ルシウスは凍るような視線で青年を射抜いた。

 だが青年はそんなことを気に留めるそぶりもない。ただニヤニヤと興味本位、といった様子で視線の先にいるマドンナを上から下へ、と眺めまわしている。

 

 

「いいよなぁ、ああゆうの」

「……」

 

 

 うっとり、と男は言った。

 

 

 

 確かに…………そう思う。

 

 

 外見だけならこのパーティー会場にいる誰よりも美しい。

 とてもとても美しい女だった。

 裾の長いグレーのドレスローブを着込み、ほぼ白銀に見えるほど色素の薄い金髪は背に流している。

 古代ギリシアの女神のように整った顔には薄く化粧が施されており、ボーンチャイナのように白くつるりとした肌に浮かぶ淡い桜色の唇がやけに鮮烈で、可憐で、どこか妖艶ですらあった。

 

 審美眼で下す裁定ーーーー残念ながら、男に全面同意をしざるをえなかった。

 

「品があってよぉ、だけど、さっきからニコリともしねぇの。もう何人も玉砕してるぜ」

 

 見てると本当にそうだった。

 まるで花に惹かれた蝶のように、ふらふらと寄った男が一人彼女に言い寄るーーが、二言、三言交わすとそのままとんぼ返りする羽目になっていた。

 

 

「ガードが堅いな」

 

 ルシウスは素直に口に出した。

 

「だからよぉ。そこがいいんじゃあねぇか」

「……」

「男にも女にも笑わねーし媚びねーし、そんでもってプライド高そうだし、お嬢様で美人でそんでもって性格キツいとか最高じゃねぇかよ。いいよなぁ、ああゆうの」

 

 間違ってはいないが、彼女をそのように評されるとなぜか無性に腹が立った。

 お前はどう思うよ?なんて無邪気に聞いてくる様もなぜかイラっとくる。

 

「……女は素直なほうがいい」

「なぁーに言ってんだぁ。女のウソは綺麗なんだぜぇ?」

「言ってろ」

 

 女と付き合ったこともないくせに。

 と、ルシウスは口の中でつぶやいた。

 

 

 

「でもあのお嬢様。けっこー苦労してるらしーぜ?」

 

 

 

「……」

「知ってるだろ、『ブラック』の家の姉妹の話」

 

 もちろん知っていた。

 

 魔法界の中でも『上流階級』だけが集う社交界。この場合は上流階級ーーつまり、純血の古い家系のみが出入りを許される世界。その中でブラック家は何百年も頂点に君臨し続けていた。

 永久なる純血の家系。奇跡のブラック家。

 その実態は誰だって知っている。

 ブラック家に生まれた男の子は純血のお姫様と。女の子は純血の王子さまと、それぞれ素敵な恋をして結婚をしましたーーなんて甘い、アイスクリームにチョコレートソースやクランベリーやクリームをかけまくったおとぎ話なんか、どこにもない。

 ブラック家はただ、『血を裏切った一族のもの』を『消している』だけなのだ。

 

 何百年も、何千人も。

 

 その消し方が家系図から抹消するだけか、戸籍を消すだけか、社会的にか物理的にかで多少差があるだけで。いままで何千という男が女が、少女が少年が、自分の母親や父親、娘や息子、そして兄弟姉妹を『抹消』してきたのだ。

 

 

 

 

 

 そんな歪な奇跡を積み上げたブラック家に三人の美貌の姉妹がいる。

 

 一番上は真っ黒な炎のような女だった。

 触れれば切れるような怜悧な美貌を持つが、その実常に真っ黒な炎が燻っているような荒すぎる気性の持ち主だった。女だてらに、誰よりも強くそして誰よりも優秀だった。

 しかるべき家に嫁げばさぞや女主人として辣腕を振るうだろうと期待されたが彼女は杖腕に刻印を刻むことを選んだ。仕方ない、アレは女の形をした男だ、などと想像力に欠いた世の阿呆共は諦め半分、といった調子でそう理屈づけた。

 

 二番目は万人受けするタイプだったように思える。

 一番上が強烈だったために影にかすみがちではあったが、来るものを拒まない気性の穏やかな娘だった。

 外見だけならよく似ていたと思う。だが僅かにやわらかい雰囲気をまとっていたし、何より口を開けば姉とは正反対の温厚で優しい気性だった。

 

 だから、まさかこの娘がトンデモナイことをしでかすなんて誰も思わなかったわけだ。

 

 姉よりも、引く手数多だった。

 美しいがとにかく気が荒く、かつ並みの男ではまるで歯が立たないほど強い長女よりも、同じ位の容姿で、それなりに優秀で温厚で控えめで御しやすいこっちのほうがいい、とほとんどの男は考えたのだ。

 

 が、この娘が取ったのは『穢れた血』の男の手だった。

 

 

 社交界の一大スキャンダルであった。

 当然許されるわけもない二人は駆け落ち。

 見つけ次第いつものように『消される』のだろうと誰もが思った。

 

 

 だが、当主オリオン・ブラックは意外にも寛大だった。

 家系図からの抹消、血族との絶縁。それだけの処分で済ませたのだった。

 

 

 そのときのルシウスは父、アブサラクスの言葉を今でも覚えている。

 

「相変わらず甘い奴だ」と。

 

 

 

 

 

 

 

 という、姉たちを持っているのだ。

 とりあえず、まがいなりにも『きちんとした』純血結婚をした長女はともかく、次女のやらかしたことは明らかにブラック家の家名を汚したし、血の裏切りという醜聞を付きまとわせることになった。

 

 結婚適齢期に入った末娘にも。

 

 

 そう考えると、あの鉄面皮と氷の王女っぷりは社交界で向けられる嘲笑からの防衛反応なのかもしれない……とルシウスは溜飲を下した。

 

 

「キツイよなー。姉さんのやらかしたことでヒネちまったんだろーなーー。ひでぇ女。最悪」

「そう言うな。確かにアンドロメダは軽率だっただろう。だが」

 

 ルシウスはそこでいったん言葉を切った。

 

 

 

「名家にも名家の責任と義務がある。……それを、受け入れられなかったのだろう」

 

 

「なんだそれ」

 

 

 青年はわずかに怒気を孕んだ口調に変わった。

 声は軽い。

 調子も軽い。

 だが確かに怒っていた。

 

 

「テメーが嫌だ嫌だってダダこねて、そんで自分の家族を捨てんのか? 妹の幸せまで邪魔すんのか? 

 ……あぁそっか。だからお嬢様だってんだよ。そこまで考えられねぇんだろうな。

 はっきり言う、生きてる価値ねぇよそのアマ。消して正解だ。いっそのことぶっ殺せばよかったんだ」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は絶対ェそんなことしねぇ」

 

 

 

 

 それはどこの誰へともつかない、宣戦布告のように聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今思うとアンドロメダは愛されることを強く望んでいたように思える。

 手垢のついた一般論ではあるが、長女は初めての子供だから親から目をかけられる。

 末っ子は両親からも上の兄弟からも愛される。だが、真ん中はそのどちらも得られない。

 

 だから、とは言わないけれど、アンドロメダは無償の愛に飢えていたのかもしれない。

 

 惜しみなく与えられる愛情が欲しかったのかもしれない。

 

 

 

「どうしても行くの、アンドロメダ」

 

 

 ごめんなさい、とアンドロメダは言った。

 ごめんなさい、ごめんなさい、シシィ。

 まるで壊れたかのように繰り返している。

 ついにはわぁと泣き出してしまった。

 

 

「……幸せにね、アンドロメダ」

 

 うん、とアンドロメダは涙でぐしゃぐしゃになった顔をこすり、一度だけ妹をしっかりと抱きしめた。

 

 

 

「離れても、もう二度と会えなくても」

 

 

 忘れないで、と涙の混じった曇った声でシシィ、と呼んだ。

 

 

 

 

「ずっと愛してるからね、シシィ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 数か月後、ルシウス・マルフォイとの縁談がまとまった、とナルシッサは両親から聞かされた。

 母親は思わず涙ぐんでいた。

 

 『あの子』が『あんなこと』をしたから貴女のことは不安で不安でたまらなかった。

 だけどいい家柄で純血の婿が見つかってよかった。

 きっと彼なら貴女を『幸せ』にしてくれる。本当に良かった――――としきりに繰り返した。

 

 

「まぁ、根性なしのお坊ちゃんだけど引っ込み思案のあんたには似合いの相手だね」

 

 幸せにおなり、とベラも言った。

 

 

 だが当の花婿――――求婚してきたはずの相手、ルシウスはどこか当惑しているような顔つきだった。

 

 

 

「あなたは本当にコレでいいのか?」

「……なぜ問うのですか?」

「本当に、私と結婚することになってもいいのか?」

「それがあなたの幸せになるのでしょう?」

「だが、それが貴女が『したいこと』とは限らないんじゃないか」

 

 思わず、ナルシッサは、青い目を見開いた。

 

 

 

 生まれた場所は、とてもとても幸運だった。

 由緒正しい名家の末娘。

 だから。

 

 誰からも愛されて育った。

 

 幸せは黙っていても与えられるものだった。

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 だから――――。

 

 

 

 

 ふと、掠れた声が喉からこぼれた。

 

 

 

 

 

 

「アンドロメダのこと」

「……」

「私は――姉のことが、大好きでした。愛していました。

 でも、でも、姉は――――愛されたかったのです。家族ではない、ほかのだれかに」

「……」

「だから、私は、黙って姉を見送りました。それが姉の望む『幸せ』なのだと思っていました」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

「私は、離れたくなかったのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 欲しなかった。

 

 何かを欲したことはなかったのだ。

 

 いつだって自分の幸せは誰かから与えられるものだった。

 だから自分が何をしたいか、を考えたことはなかった。

 

 そんなナルシッサが唯一、していた後悔が堰を切って、大粒の涙になって、あふれた。

 

 

 

 

「愛してるなんて、言ってほしくなかった。愛してるなら、行ってほしくなかった。

 

 言葉なんていらなかった。私は――――傍にいてほしかった!」

 

 

 

 

 それが、彼女の欲しかった愛の形だったのだろう。

 

 

 

 あぁ、そっか、と泣きじゃくる婚約者の背を撫でながらルシウス・マルフォイは思った。

 素直じゃなくて、意地っ張りで、どこまでも不器用。

 

 なのに、本当は誰よりも愛情深い。

 

 姉妹だな、とルシウスは思った。

 

 

 

 

 ブラック家の女たちは愛することにも愛されることにも実に強欲だ。

 

 

 

 だからこそ、きっとこの人とはいい家庭を築けるだろう、とルシウスはごく自然にそう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱり女は素直なほうがいい。

 

 

 ありのままの彼女は、こんなにも愛おしい。

 

 

 

 

 

 








黄水仙の花言葉


「 私のもとへ帰ってきて 」


「 もう一度愛して 」



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