少女はお辞儀することにした   作:ウンバボ族の強襲

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1年目の終わり

「……こうして見ると、1年間……頑張ったって気がするな……」

「そッスね」

 

 そろそろ相棒と化しつつある、スリザリンビーターコンビのベスとボールは緑一色に染め上げられた大広間を見て感慨深げにつぶやいた。

 

 

「俺らメッチャ頑張ったよな……ベス」

「せやな」

「見ろよ先輩達のあの喜び様」

 

 

 

 

「イェエエエアアアアアアアアアアアアアア!!」

「勝った!! 勝ったぁあああああ! 優勝ゲットぉおおおおお!」

「大広間を俺色に染め上げてやったぜ……フッ……」

「やった……! やった……! これで……! ジェマ! デートしてくれぇええええええ!」

「えー? ……ま、まぁ1日だけならいっか。あんた頑張ったしね。キャプテン?」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」

 

 

 

 

「スゲーだろ」

「ひくわ」

「アレ、毎年やってんだぜ」

「嘘だろ」

 

 

 前夜祭で浮かれまくったスリザリン生の先輩陣(5年以降)は手が付けられなかった。

 後から来た1年生が、ドン引きしながらも、大広間一面に飾ってある蛇の紋章をきらきらとした目で見ている。

 

「ベスちゃーーん! お疲れさまぁ~~! 私たち優勝しちゃったよ~~!」

「杯を交わそうぞ。戦友よ」

「スゲー! 蛇ってらー!!」

「蛇でけぇwwwwww」

「…………悪くない」

 

 

「フォ……おい、騒ぐな。こんなこと位で喜ぶなんて純血の誇りに……ゴニョゴニョ……あ! ラドフォード」

「ようマルフォイ」

「あー……その……。良い天気だな!」

「分かる。今にも雨が降りそうな英国特有の曇天だよな」

「……フォい……」

 

「……ドラコ、素直、なる」

「非常事態宣言発令ーー非常事態宣言発令ーー」

「あ?」

「五月蠅いな!! 黙ってろよ!!」

 

 マルフォイは、何かモジモジしていた。

 俯いている。

 その顔がやや赤みがかっているような気もした。

 

「なんだよ、さっさと言いたいことあんなら言え殺すぞ」

「あー……だから……その……えっと」

「あ?」

「……ベス……学年末パーティーは……その……僕の……隣に……座らないか?」

「おk」

「……え? いいの!?」

 

 嬉しそうなマルフォイ。

 

 

「何だ、そんなことなの。別にいいわよ。だってゴハンはどうせ『聖域』で食べるもの」

「……」

「今は亡きターバンのやらかしたトロールシャンデリアにもカボチャパイ持ってってあげなきゃ可哀想でしょ? それに、今日は一段と蝋燭の輝きがいいんだから。飯終わったら行くわ。んじゃ」

「…………」

 

 

 

「ドラコ……」

「水分調整……顔面水分調整シロ……」

「ないてない」

「……ドラコ」

「水分……生理食塩水……要ルカ?」

「あぁもう黙れよ!!」

 

 

 ベスはそんな感じでスリザリン席から全てのカボチャパイを一人で独占すると、ハロウィーンの日にバッキバキにされたトイレでシャンデリアと化したトロールと最後の晩餐を楽しむのだった。

 便所飯も、家具が一緒なら、孤独ではない。

 

 

 

 

 

 

 

「また1年が過ぎたーーーー」

 

「お、始まったぞ。ダンブルドアのクソ演説だ」

「どこぞの政治家みたいだな」

 

 

「何という1年じゃっただろーー、君たちの頭に少しでも何か詰まっていればいいが、どうせお前ら馬鹿だから夏休みでスッカラカンになるんだろご愁傷さまじゃ」

 

 

「死ね老いぼれ」

「いつまで生きる気がクソ老害が」

 

 

 

「さぁ、楽しい点数の発表時間じゃぞーい」

 

 

 

 

 グリフィンドール:312

 ハッフルパフ:352

 レイブンクロー:426

 スリザリン:432

 

 

 

 レイブンクローとわずか6点差。ギリギリで勝利をもぎ取ったスリザリンから割れるような歓声が上がった。

 

 

 

 

 

 

「と、最高に喜んでいるスリザリンの諸君を今から絶望の淵に叩き込もうかと思います」

 

「「「「え」」」」

 

 

「ロナウド・ウィーズリー。たとえ危険極まりないと分かっていても、友を見捨てはしなかった。それこそまさしく騎士道の鏡。かつて獅子寮に属したどっかの誰かと君は違ったようじゃの。

 騎士の誉れを貫いた心意気を評価し――10点」

 

「「「おおおおおおおお!!」」」

 

「僕の弟だ! 一番下の弟だよ! 凄いぞロン! 監督生モノだぞ!!」

「「言ってろパーシー」」

 

 

「この話長そうね」

「……だ、大丈夫だフォい……まだ……まだ大丈夫だフォい……!」

「あっそ」

 

 

 

 

 

「次はハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながらも、冷静さを失わずよくぞあの底意地の悪い殺意MAXのスネイプのクソ問題を解いた。

 50点」

 

 一気に60点も増えたグリフィンドール生は歓喜に満ちていた。

 

 

 同時に、今この瞬間、最下位に転落したハッフルパフから笑顔が消えた。

 

 

「……」

「……」

 

 若干笑顔が引きつるフリントと、ジェマ・ファーレイ。

 

 

「ふぇぇ……大逆転だよぉ……ねぇ、私たちどうなっちゃうのぉ……?」

「勝ちて兜の緒を締めよとは、まさにこの事」

「…………これは絶望の予感」

 

 

 

 

「3番目はハリー・ポッター!

 

 強き意志の力こそがグリフィンドールの精神そのもの。そして、類まれな勇敢さを讃えよう。恐れて尚、逃げなかったその勇気を礼賛しよう。

 60点」

 

 

「スリザリンに並んだわ!!」

 

 

 

「……グリフィンドールが……並んだわ」

「……」

 

 

 青ざめるスリザリン生。

 

 大鷲寮からはファッキン!という言葉がいくらか聞こえてきた。

 

 

 

「zzz……」

 

 

 

 

 

「そして、敵に立ち向かうには大きな勇気が要る――じゃが、味方に……それも自らの信じる者に、逆らって尚、己の正しいと思うことこそを成す勇気。

 そこで、ネビル・ロングボトムに10点!」

 

 

 

「」「」「」

 

 

 

 

 スリザリン、絶望。

 

 

 殆どの生徒は何が起こったのか分からない、という顔のまま硬直していた。

 

 

 

「zzz……」

 

 

 

 

 ベス、爆睡。

 

 

 

 

 

「……ここで終わらせるのも一興じゃが、面白くないので追加じゃ。

 

 

 

 ケルベロスを錯乱させ、ホグワーツの物品および施設を破壊しまくり、未成年であるにも関わらず酒を飲み、更には炎の中に突っ込んでいく。

 その規則なんてクソくらえというスタンスを貫いた様は、最高に笑わせてもらった。

 ワシがおもしろかったので、エリザベス・ラドフォード。

 

 10点!!」

 

 

 

 

 

 

「……え?」

「ん?」

「はい?」

「……お?」

 

「マジでか。何気、私初得点じゃない?」

「ふぉ……フォ……?」

「もっと誉めた立ててもいいのよマルフォイ」

「……ベス……ベス……!」

「何?」

 

 

 

「よくやったーーーーーーーー!!!!」

 

 

「ちょ……え……えぇええ!?」

 

 

 

 

「あ! ああーー! ど、ドサクサに紛れてドラコ君ベスちゃんに抱き着いたーーー!」

「あ奴も遂に漢となったか、ならば良し」

「セクハラだーー!」

「ドラコwwwwwwやったなwwww感動したwwww」

「…………もう見ててウザかったもんな。こん位いいだろこの位はな」

「や、やだちょっと何で皆見てるのよ!? マルフォイ離しなさいよ!! 恥ずかしいでしょ!!」

「う、うるさい!! ……この場合僕の方が恥ずかしいわ……!」

 

 

 

 

 

「と、という事は……!?」

「コレは……つまり……」

 

 

 

 

「何かそうゆう訳じゃ、愚民共。大いなるわしの采配に跪くがいい。

 

 今年はグリフィンドール&スリザリン同一1位じゃ!! おらさっさと変われ飾りつけ」

 

 

 ダンブルドアがパチン、と指を鳴らすと。

 

 そこには

 

 

 

 

 蛇と獅子が複雑に絡み合った、冒涜的な旗が掲げられていた。

 

 

 

 

「「「うわぁあああああああああああ!!」」」

 

 

 その、狂気じみた光景に。

 

 

 普通の神経を持つ生徒たちは次々と卒倒していく――――。

 

 

 

 

「……あ」

 

「ジェマ……!? 無茶するなお前は女なんだからこんなもん見るな! そうだこのキャプテンフリントの胸にーー!」

 

 

 

 

「あ、あああ……!」

 

 

 

「ジェマ……? どうしたジェマ……??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっりがとうございますぅううううううううううううう!!!!!!!!!!」

「」

 

 

「獅子攻め……蛇受け……! コレは――コレは――――そう!!

 

 ゴドリック×サラザール!! 創設者カプキタァアアアアアアアアアアアア!!

 ゴドサラよーーーー! 皆ぁあああ! ゴドサラよぉおおおお!! 校長公式だわーー! あ、あああ! 私の……私のGペンはどこ!? スケッチブックを貸してフリントーーーー!」

 

 

 

「……絶望しました、死にます」

 

「あ、鼻血が……失血死します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キングスクロス行きーーホグワーツ特急--出るよーー」

 

「帰ります」

「音速で帰ります」

「光の速度で帰ります」

「次はコ●ケで会いましょう」

「今年はゴドサラ祭りです」

 

 まるで幽鬼の群れの如く生徒たちは次々と汽車に乗り込んだ。

 

 

「ほれ、ハリー。プレゼントだ」

「ありがとうハグリッド。アルバムだ。何だこれ……お、マジか。ありがとう」

「達者でな」

 

「あれ? 今回の騒動の戦犯じゃん。あれれー? 確か、酒に酔ってドラゴンの卵と引き換えに機密情報漏らしたんですってねスコッチ野郎。ねぇ恥ずかしくないの? 生きてて恥ずかしくないの??」

「黙れ小娘」

「私にプレゼントは?」

「あると思ってんのか帰れ。できたら二度と戻ってくるな」

「テメーがな」

 

 ホグワーツ特急に乗り込む。

 ベスは、当然の様にハリーとハーマイオニー、ロンと同じコンパートメントに乗り込んだ。

 ハーマイオニーとロンは、存在するだけで場の空気が悪くなるベスをなるべく見ないようにし、会話を楽しむふりをする。

 

 ハリーはじっとアルバムを見ていた。

 そこには、彼の両親――若かった頃のリリーとジェームズ・ポッターが、ハリーに向かって微笑んでいた。

 

 もう、二度と見る事ができないと思っていた両親の顔。

 

 ハリーは言葉が出なかった。

 

 

 

 

「あら、この人ハリーのお母さん? 凄い美人ね。この人に似ればハリーは赤毛のイケメンだったのに」

「あ……その……」

「うっわお父さん凄いわね。眼鏡じゃない。ハリーそっくり。あなた大人になったらこんな感じになるのかしら」

「……えっと……」

 

 ハリーはバタン、とアルバムを閉じた。

 

「あ……気、悪くした? ごめんね勝手に覗いちゃった」

「……うん。いや、僕はいいんだ……僕は。だけど……君は」

「いや別にいいけど」

「……」

 

 ハリーは緑色の澄み切った目で、じっと少女の目を覗き込む。

 相変わらず――冬の空のような色が見つめ返してきただけだった。

 青の混じった灰色。

 

 その色は美しい。

 だが、どこか冬の訪れを感じさせるような――――寂しさや孤独が、いつも宿っている。

 

「……」

 

 あの時、ハリーがみぞの鏡を割ろうとした理由はもう一つあった。

 

 ベスに鏡を見せない為だ。

 

 ハリーですら、虜になりそうだった。

 あの時のダンブルドアの言葉がなければ――――もしかしたら今でも、

 亡き家族の幻影を見続けていたのかもしれない。

 

 ハリーは思ったのだ。

 

 

 もし、みぞの鏡を彼女が覗いたら。

 

 

 

 

 きっと、同じものを見たハズだ。

 

 

 

 

 

 だから、見せたくなかったのだ。

 

 あんな思いをするのは、自分だけでいい。と。

 

 

 

 

「……いいの?」

「何が?」

「……君も……その……」

「あぁ、大丈夫よ。……それはもう解決したから」

「本当?」

「本当よ、だから気にしないで写真見ましょうよ。うわコレスコッチ野郎じゃない、全然変わってないわね! やっぱアイツ人外の汚い血が混じってるんだわきっと」

「……君、本当人を不愉快にさせるよ」

「放っておきなさいよロン。こうゆう人種なのよ。もう話だけ無駄だわ。時間と酸素のね」

「言ってろ穢れた血」

 

 聞こえてくるのはいつも通りの罵倒と皮肉の応酬。

 ハリーは苦笑を漏らしながら、アルバムを開く。

 今から戻るのは魔法の存在しない世界。

 酷く冷たい人の世界。

 だから、最後に。

 魔法界の温もりに存分に触れておきたかった。

 

 この汽車を、降りるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、これ寮監じゃない?」

 

「え……うわぁあああ!本当だスネイプだぁああ!」

「若いわ……!?」

「何だコイツ……う、麗しい……だと……!?」

「歳は取りたくないわね」

 

 

 

 

 

 

 

 


























 鏡には、一人の男の姿が映った。

 若い、背の高い青年だった。


 顔立ちだけなら、どこか冷たそうで……傲慢にも見える美形。若者特有の過剰な自信に、甘やかされて育ったのだろう高慢さと気品とが等しく存在した。


 嫌味っぽくて、皮肉屋っぽくて、誇りだけなら山の様に高そうな若者。
 そのくせ心の底では何かに怯えているような――――ありふれた、ごく普通の青年だった。

 だが。



 とても優しそうに、微笑んでいる。





 それが誰であるのか、ベスは一目見て理解する。





「……パパ……」





 鏡の中の男は、一際嬉しそうに笑った。




「…………パパ」









 コレは都合の良い幻ではない。

 もし、そうならば。

 ベスにはもっと別の光景が見えているハズだ。

 それは両親――他の子と同じく、中年ほどの容貌をした父と母に囲まれた――何不自由ない今の自分の姿が見えているハズだ。
 もしくは、大人になった、立派な死喰い人になった自分の姿が映るハズだ。

 



 だが、今、この目に映るそれは違う。


 
 みぞの鏡とはすなわち『自分の心の奥底にある一番つよい覗く』を映すもの。





 ベスの望みは多かった。
 
 美人になりたい、賢くなりたい、背が高くなりたい。マグル死ね。
 呪文をもっとうまく使えるようになりたい、クィディッチのキャプテンになりたい。マグル死ね。
 寮で一番得点を稼げる人になりたい、いつか主席になりたい、ジェマのような監督生になりたい、そしてマグル死ね。
 

 誰かに認めてほしい。
 誰かにすごいって言って欲しい。
 誰かに褒めて欲しい。

 誰より愛した人に笑って欲しい。誰よりも愛した人に抱きしめて欲しい。


 誰より――――誰よりも、愛したかった人に。

 
 自分を愛してくれていたであろう、人に。


 欲望は自覚するほど多く。
 11才の少女ならソレは――未来に対する『夢』の方が勝っていた。
 いつか私は主席になりたい。いつか私はキャプテンになりたい、と。


 だが、本当は、

 本当は一番欲しかったものは。



 多すぎる夢の中に埋もれていた――――たったひとつの、ベスの『願い』











 ベスはただ、一度でいいから『死んだ父親』に会ってみたかったのだ。










 ベスの家、叔母コーデリアの住むラドフォード家に、父親の写真は一葉もない。
 『死喰い人』であった父。その事実からベスを守るために、コーデリアが……もしくは、彼自信の意志によって全て処分されていたのだ。
 だから、ベスは自分の父親の顔を知らない。

 だからこそ。


 死んだ時の――――自分を愛してくれていたであろう、父に会いたかったのだ。






「パパ」








 自分でも分からなかった、本当の望みすらも、みぞの鏡は暴き出す。

 それが、見るものをどれ程傷つけようとも。

 鏡はただ、『望み』だけをつきつける。



 

 それは胸を切りつけられる程悲しく。


 狂おしい程愛おしい。






「……わたしね、ホグワーツに来たんだよ、スリザリンに入ったのよ。
 ……ねぇ、すごいでしょ? …………ねぇ、パパ……」



 答えはなかった。


 ただ、今にも消えてなくなりそうな微笑だけが、そこにある。




「笑わないでよ……」




 目を曇らす涙ですらも、憎らしかった。
 今はただ、この先2度と見ることのできない父の面影を目に刻んでおきたかった。
 
 だが、ベスはこの時が長く続かないことを分かっている。
 後ろにはダンブルドアが居る。
 鏡を見ないように目を背け、ハリーに呪文を唱えるダンブルドアが。
 これはきっと、彼なりの褒美のつもりなのだろう。


 もうすぐ時間が来てしまう。

 夜は明けて、朝が来る。


 生者のための、時間が来る。




 残る時間は少ない。話せる言葉も限られる。
 だから、これだけはしておきたかった。










 姿勢を正す。
 
 背筋を伸ばす。

 スカートの裾をゆっくりと持ち上げる。
 
 そして、早すぎず、遅すぎず、自分のペースで。


 優雅に頭を下げた。













 少女はお辞儀することにした。
 








 

 鏡像の向こうへ。亡き人へ。
 
 
 自分をこの世へ送り出した者への深い感謝と、哀悼を込めて。



 これからも生きていくという、決意を込めて。















 ずっと会いたかったんだよ。

 会って伝えたかったんだ。


 ありがとう、って。




 
 だからもう、




 悲しくないよ。






 






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