昭和9年(1934年)の婦人公論より、やせ薬の広告。 なかなか容赦ない書き方です。 2枚目はこの広告が載ってるページ全体です。毛生え薬の広告の下が脱毛剤の広告と、いろんなニーズに対応してます。
大正2年(1913年)の少女画報より、当時の少女たちの流行髪型の紹介です。 リボンがポイントですね。
出どころは分からないのですが昭和43年ぐらいでしょうか、時代が出てますね。pinterestより。 pin.it/7kTHoQ6
という事で先ほどの画像の元は週刊マーガレットの「とくべつ調査」という記事のようです。絵も池田理代子さんみたいですね。もう1枚(下のリンクより)。ゴージャスな髪の平均的少女です。 twpunk.tumblr.com/post/112138006…
こちらは大正7年(1918年)10月25日の東京朝日新聞です。 春に欧州で大流行したスペイン風邪(第一波)が、またこの秋に流行(第二波)というニュース。 記事を見ると一応注意は呼びかけていますが、内務省医務課長はまだ甘く見ている感じです。この直後から日本でも大流行し30万人以上が亡くなります
先日大正2年の少女たちのリボンの髪型をアップした所結構反響があったんですが、これは明治の女の子です。 明治43年(1910年)の大阪の女の子。今で言うツインテールというんでしょうか。リボンが可愛らしいです。
これは再掲ですが、1865年(元治2年/慶応元年)頃の箱根の宿場町です。ベアト撮影。日本人お茶漬け好きだったんだなあと思います(当時のファストフードですね)。
ちなみにこれはどなただったか・・・フォロワーさんから頂いた某横浜の高校のPTAだよりです(自分の判断で高校名は消してます)。昭和50年(1975年)。やはり不良女生徒はスカートが長いですね。
前アップした戦後の子供たちの遊びです。一枚目は東京の永代橋だったと思います。 どれもなかなかハードな遊びで、今だったら現場猫がヨシ!と言ってそうな写真です。
さっきカフェーの写真を貼りましたが、これは大正14年(1925年)。女給が付くカフェーの先駆けだった「カフェー・ライオン」の厄介客番付です。『銀座』より。 最も思う理由もありますし、完全にいちゃもんと思われる理由もあります。 しかし1日に8回来るとか鉈持ってくるとか凄いですね。
「女給を張る」の意味ですが、今昭和6年の銀座細見などを見て調べてますが、おそらく「女給を狙う」だと思います。 この本では、カフェーの女給を張りたかったら1週間以上の間を開けず通えなどいろいろ指南が書いてあります。
昭和44年(1969年)のアサヒカメラ入選作品。 場所は埼玉の蕨で、アマチュアバンドの練習を塀の外から覗き込んでる少女たち。 この頃なのでGS風かビートルズかそれともベンチャーズか分かりませんが、当時各地でこういう風にアマチュアバンドが庭の広い家で練習してたかもしれませんね。
戦後のカラー写真。GHQカメラマンのディミトリー・ボリアが撮ったもので時期不明なのですが昭和20年代前半(1947-49ぐらい)でしょうか。 街の豆腐屋さんを捕まえて撮ったものです。パープーとラッパが聞こえてきそうですが、桶の中身は豆腐と油揚げ。出来立てでしょうね、美味しそうです。
昭和9年(1934年)のハチ公。既に11歳で老犬でしたが、カメラマンに向かってお利口にお座りしています。2-3枚目は昭和14年(1939年)の渋谷駅。渋谷には今もハチ公がいます。
これも昭和30年(1955年)。場所は不明で、シーソーみたいな遊具で遊んでる女の子たちです。これもなかなかハードな遊びですね。
先日ハチ公をアップしましたが、その続きです。 1枚目のような恰好で上野博士を待っていたのでしょうか。 3枚目は渋谷駅の駅長と。
昭和29年(1954年)のサンケイカメラ入選作品。「夕暮れのアパートにて」という写真です。 場所は東京で大藪達二というカメラマンのカラー撮影。 夕方のアパートを撮った、写真というよりは絵のような幻想的な感じもする作品です。
閉店ですか・・・大阪の名物店だっただけに残念です。コロナの影響大きいですね。写真1962年(昭和37年)。 #づぼらや
昭和11年(1936年)の少女倶楽部より、「お上手な挨拶」という写真記事です。8枚あるので2回に分けます。 当時の女学生言葉が随所に出てきますので今は耳慣れない表現があるかもしれません。 店員さんにはつっけんどんな言い方をしない事などは今もそうですね。
大正10年(1921年)、東京のラーメン発祥の店と言われる浅草の「来々軒」。明治43年開業。 それまで高級中華料理店でしか食べられなかった支那そばを醤油味ベースにし、安く食べられるようにして大衆にラーメンの味を広めた、歴史的に重要なお店だそうです。
昭和24-5年(1949-50年)頃のGHQカメラマン・ディミトリーボリア撮影のカラー写真。いずれも子供たちです。 3枚目は静岡県の富士宮市。富士山のふもとですね。 子供たちはいつの時代でもいい笑顔を見せてくれます。それではおやすみなさい。
昭和31年(1956年)の岩波写真文庫「子供は見る」より。 東京の小学校、犬を飼っている3年生のクラスです。廊下に繋いでるんですかね。 クラスの子たちが犬の為に少し弁当を多めに持ってきてるようです。
最後は再掲で大正4年(1915年)。旧制中学の男子生徒たちが女装した写真です。 女の子っぽい子もいますね。明治大正の仮装の写真を見るとなんとなくコスプレ的な文化ってずっと続いてるんだなあと思います(これは女装ですが)。それではおやすみなさい。
昭和11年(1936年)の『少女倶楽部』から「大切な夏のたしなみ」です。 (1)目的地の少し手前で休んで汗を拭いてから行きなさい (2)アイスクリームはウエハースと一緒に食べなさい (3)スイカはさじで食べなさい (4)生ゴミは水気を取って新聞紙にくるんで捨てなさい 、など夏の注意点です。
何の写真なのか覚えてないんですが、フォルダにあったので過去にアップはしたんだろうなという女性2人の写真です。幕末~明治前半ぐらいですかねえ・・・。いい加減な説明ですみません。おそらく外国人撮影でしょう。