慶應義塾大学をご卒業後、ビジネスの最前線で活躍されていた阿部敬一郎先生。その経験から著書も5冊出版されています。そんなビジネス畑出身の阿部先生は、なぜ旭川高専を選んだのか。そこで教えているPBLや学生起業とは。お話を伺いました。
企業で働きながら、ビジネス本を5冊出版
-阿部先生はどのような大学時代を過ごされたのですか?
大学時代「女性のためになることをやりたい」と考え、ダンスパーティーのコミュニティをつくったり、歌手を誘致したりしていました。
当時、女性に大人気だった歌手の加山雄三さんのコンサートを開いたときは、特に喜ばれましたね。また、米軍基地でクリスマス会を開催したりもしたので、イベントの中心として、企画や運営をすることが好きでした。
-阿部先生はその後、たくさんの企業でご活躍されているんですね!
「女性が喜ぶ仕事がしたい!」と思い、最初は化粧品メーカーの「株式会社ナリス化粧品」に就職しました。その後何社か転職をしたのですが、特に印象に残っていることは、「株式会社ドーム」にいるときに「厂崎(かんざき)敬一郎」というペンネームで本を5冊ほど出版したことですね。
前職で「SAP」という基幹システムを導入した経験から、「図解 IT担当者のためのSAP ERP入門」という本を出版させていただきました。その本が増刷になるほどご評価いただいて、その後4冊ほど本を出版させていただきました。
5冊目は出版社の看板商品の一つである、「よく分かるシリーズ」を書かせていただいたんです。5冊も出版できたのは、締切をしっかり守っていたので、そこが評価されたのではないかと思っています(笑)。
英語は苦手だったが、恩師の授業で面白さが分かった
-すごいですね!教員の道を志したきっかけを教えてください。
「先生になりたい」とは浪人生の頃から思っていました。実は浪人しているんです。当時は代々木ゼミナールの「金ピカ先生」が流行っていましたし、駿台予備校で恩師の筒井先生と出会ったことで、その思いは強くなりました。
筒井先生は英語の先生だったんですが、すごく教え方が上手かったんです。私は英語が大嫌いだったんですが(笑)、筒井先生の授業で「英語が楽しい」と思えるようになったんです。
授業中はノートを取って、録音もして、家でテープを聞きながら何度も復習をしました。でも全然成績は上がらなかったです(笑)。ただ数学は元々得意で、数学は全国一位にもなったので、それで大学に進学できました。
-阿部先生はその後、東筑紫短期大学で教壇に立たれているんですね!
大学卒業後そのまま就職したので、修士を持っていなかったんですよ。大学の先生になろうと思って転職活動をしていたんですが、修士の学位がなかったので話にもならなくて(笑)。その時に東筑紫短期大学にご縁をいただいたんです。なので、先生をしながら修士を修了しました。
美容ファッションビジネス学科では、今までの経験を活かして、プレゼンテーションのやり方やインターンシップについて教えていましたね。あとは美容ファッションビジネス論を教えていました。
ただ、東筑紫短期大学は3年契約だったので、次の道を考えていたときに旭川高専にご縁をいただいたんです。高専の存在は、東筑紫短期大学での転職活動のときに初めて知って、その時から視野に入れていましたね。
トマトを使わない「トマトリキュール」の開発とは
-旭川高専で何を教えていらっしゃるんですか。
実は私、所属学科がないんです(笑・今は機械システム工学科)。高専では珍しいと思います。担当は(地理と)「北海道ベースドラーニング」です。「PBL(Project Based Learning)」という地元の課題発見や解決の授業をメインに教えていますね。
鷹栖町に「オオカミの桃」というブランドトマトジュースがあるんです。以前からよく知っていて新商品をつくりたかったんですが、生産者さんに聞いたら「トマトは売り切れて、もうない」と言われてしまって(笑)。「トマトを使わない新商品ならつくっていいか」と尋ねたらOKをいただいたので、「トマトを使わないトマトリキュール」の開発がスタートしました。
トマトの香料を使ってリキュールをつくろうと考えました。でもこれがすごく難しかったんです。質の悪い糖を使うと甘みも下品になり、味が尖って美味しくないし、安い香料を使うとトマトの完熟した香りが出なかったんです。
単純に高い香料や糖を使うと香りも味もよくなるのですが、原価は高くなるし、オオカミの桃の野性味あるトマトの風味が出ない。試作はかなり悩まされました。失敗からの出口も一時は見えなくなりました。
あとは対応していただける酒造メーカーさんが全然見つからなくて。数々の酒造メーカーさんに断られ、最終的に関東の「陶陶酒本舗」さんが対応してくださいました。「陶陶酒本舗」さんは、160年の歴史がある酒造メーカーさんなんです。リキュールの専門なだけあって、香りや味、トマトの風味すらも非常に素晴らしく、こちらの理想に近づけていただきました。
酒造メーカー探しに1年かかり、合計2年ほどで完成したのですが、店に並んでいるところを見た時は感動しましたね。「リコピン+Age」を続けて読むと「リコピナージュ」になるんですよ。「リコピンを摂って、いつまでも若々しくお酒を楽しんでほしい」という思いを込めて、「リコピナージュ」という商品名を付けました。
-他にも商品開発をされていらっしゃるんですよね。
セルロースナノファイバーを使って、シャンプーとトリートメントを開発しました。今年はヘアミストも開発したんです。「ririQ(リリック)」というブランドの商品なのですが、地元美容室のMarvelousさんと共同開発している商品です。
こだわりポイントは、「セルロースナノファイバー」とMarvelousさんのもつ特許「ナノオイル」の技術、北海道原産のひまわり油を使用したところです。保水性が良くなり、髪の強度を上げることができるので、寝ぐせが付きにくくなるんですよ。また、熱から髪を守る効果が非常に高いので、髪をいたわりながらまとまりを良くできます。
実はナリス化粧品時代、シャンプーを出そうとしたけど企画倒れだった経験があるんです(笑)。それを二十年以上経って夢をかなえることが出来ました。
日本のヘアケアの市場は「5%の獲得でトップシェア」と言われるほど難しい世界です。今までの化粧品の知識、マーケティング力を生かして、成果を出していきたいですね。
昨年、日本科学技術振興会の「START」という補助金の一次審査を通りました。受託されれば高専初の快挙でしたが、二次審査で落選してしまって。今年こそ大きな補助金を手にして、本研究を大きく推進したいと思っています!
高専がトップで「旭川初の産業」をどんどん生み出したい
-阿部先生は「学生起業」を推進していらっしゃるんですね。
北海道ベースドラーニングを通じ、専攻科生と一緒に「水耕栽培の廃液を量る機械」をつくりました。この機械は、廃液の状態を見るだけで、栄養を足すかどうかの判断ができるものなんです。つまり水耕栽培の知識が無くても美味しい農作物を育てられるんですよね。この専攻科生はコンクールで最優秀賞を取って、販売先も決め、起業に結び付きました。
私の思いとしては、もっと学生起業を進めていきたいんです。旭川で教育しても、みんな北海道から出て行ってしまいますから。旭川発の産業をつくれば学生も残りますし、雇用も生まれて、人口も増えていきますからね。
日本はあまり学生ベンチャービジネスを立ち上げるのに向かない環境なんです。普通高校は進学のために受験勉強しないといけないですから、研究できても1、2年までです。ただ高専の場合は5年一貫教育ですし、受験もないので起業する下地をゆっくりつくることができます。そこが高専の良いところですよね。
-最後に高専生にメッセージをお願いします。
「高専は大学の下請け」というイメージではなく、もっと前に出て良いと思うんです。例えば「ririQ」だと、トップは旭川高専ですから。「高専生だから誰かの指示で動かなければいけない」ではなく、「自分たちが前に出て大学や企業に指示を出していく」という意識をもってほしいですね。
また、高専生には文系科目をもっと大切にしてほしいですね。社会情勢が分からなければ、マーケティングは分からないし、国語が分からなければ、人に説明する文章は書けません。英語が分からなければ、海外の人と話は出来ないですよね。
早いうちから企業と接することで、文系科目の大切さが理解できるのではないかなと思います。
あとは高専生には夢をずっと持っていてほしいですね。私は歌も舞台役者もやりました。本を書きましたし、シャンプーだってつくりました。
「専門を決め(高専に行っ)たからもう〇〇はできない」ではなく、どんな環境でも気持ちを持ち続けることによって、夢をかなえるチャンスに出会えます。そのときはとっても忙しくて辛い時かもしれないけど、無理をしてでもチャンスを拾えば、夢がかなう確率はぐっと上がります。
夢が強ければ強いほど、勉強はすごくやり易くなりますよ!
阿部 敬一郎氏
Keiichiro Abe
- 旭川工業高等専門学校 機械システム工学科 准教授
私立鎌倉学園高等学校 卒業、
慶應義塾大学 総合政策学部 総合政策学科 卒業後
株式会社ナリス化粧品 他日本企業、外資企業を経て
2007年 株式会社ドーム
2016年 東筑紫短期大学 美容ファッションビジネス学科 専任講師
2018年 放送大学大学院 文化科学研究科 文化科学専攻情報学プログラム 修了
2018年 旭川工業高等専門学校 准教授
2022年より現職
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