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おかしな転生 作者:古流 望

第33章 蜜蝋は未来を照らす

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379話 祖業と呼集

 黄下月に入った夏のある日。

 神王国王都にあるモルテールン家別邸では、モルテールン夫妻が久方ぶりの語らいの時間を満喫していた。

 常日頃忙しいモルテールン子爵カセロールと、その妻アニエスの二人。

 既に子供六人が全員成人している年の夫婦であるが、関係性は良好そのもの。多少は喧嘩することも有るが、こうして穏やかに過ごせるだけ仲睦まじいと言えるのだろう。


 「ふう、平和だな」


 妻の淹れてくれたお茶を楽しみながら、カセロールはぽつりとつぶやいた。

 レーテシュ産の高級茶葉は特に香りが良く、味わいも深みが有る。

 日頃の繁忙を忘れ、僅かなひと時を楽しむにはもってこいのもの。

 優雅なティータイムは、平和な証拠であろう。


 「最近は忙しかったですからね」


 アニエスも、夫の言葉に同意する。

 最近では社交に飛び回っていた記憶しかない彼女も、自分の淹れたお茶の出来に満足だ。

 幸いにしてお金に困るようなことは無くなったモルテールン家であるが、豊かになればそれに比して出費もかさむ。

 特に、アニエスの衣装代や装飾品代のかさみっぷりは、カセロールの頬がひくつく程度には増えた。

 収入に不安は無いために問題は無いのだが、それでも貧乏だった時代の金銭感覚が抜けきらないカセロールやアニエスにとってみれば、かなりの心労であったのは間違いない。


 モルテールン家は、爵位がここ最近で三度も上がった。陞爵の度に立ち位置が変わる貴族社会。カセロールやアニエスも、昔の服を引っ張り出して着る、などという真似は出来ない。

 特にアニエスは、お洒落するのも仕事のうち。

 女性貴族の間では、美しい装いをするのも戦いの武器なのだ。自分の家と比べて高位の相手よりは豪勢にしないようにしつつ、さりとて下の爵位の家の御婦人よりは明確に上と分かる装いを求められる。

 また、社交に呼ばれる回数も、けた違いに増えている。

 カセロールは軍服でお茶を濁せるにしても、まさか、アニエスが同じ服を着回すというような真似も出来ない。一度着れば、最低でも一年は間をあけねば笑われる。

 アニエスだけが着た切りで笑われるならばまだいい。社交の場において笑いものになるというのは、学校で虐められて先生が助けてくれないような状況に等しい。笑いものになったアニエスと、親しくしている人間までとばっちりがある。

 貴族社会というのは、男も女も、舐められたらおしまいなのだ。舐められないためにも、お洒落に手を抜く訳にはいかない。

 格段に増えた社交の招待と、それに伴う衣装の用意。必然的に、手間暇を掛けたドレスが何十着も出来上がることになった。ほぼ、日替わりの勢いである。

 贅沢というなら確かに贅沢。見栄の張り合いというものは、実に馬鹿げているとは思いつつも、カセロールだって妻に恥をかかせたいとは思わない。

 モルテールン領の職人も腕が上がり、また数も揃ってきた。領内にお金を循環させるという意味もあり、アニエスは大量のドレスを抱えることになったわけだ。

 二十畳ぐらいありそうな部屋が一室、アニエス専用のドレス部屋になっていると聞けば、何をか況や。


 宝飾品や豪華な衣装を着飾ったファッションモデルの様な毎日。

 疲れを癒す時間は、貴重である。

 改めてもう一口お茶を口に含んだ二人。

 ほっとした雰囲気に、心を落ち着ける。


 「確かに、最近の忙しさは筆舌に尽くしがたい。それもこれも、ペイスのせいだな」

 「まあ」


 呟くような夫の一言。

 夫婦がお互いに笑い合う。


 「でも、あの子が、国王陛下から称号を授かるなんて」


 せんだって、ペイスは国王から褒美をもらった。

 先んじて提示された幾つもの恩賞を断った上で、改めて与えられた恩賞。その一つが、龍の守り人という称号だ。

 称号の授与とは、つまるところ名誉と権威の付与。

 ペイスに称号が授与されて以降、神王国内においては「龍の守り人」という言葉を使って良いのはペイスだけということである。

 第三者が勝手に名乗ったり、或いは利用した場合。国王の与えた権威を貶める行為として処罰の対象になるということ。

 今後、ペイスが名前を為さしめ、名声が高まった時。「龍の守り人」という代名詞は、同じように価値を高める。


 例えるなら「野球の名門校」というブランドの様なもの。

 その称号に恥じない実力を高め、実績を積めば、称号に惹かれて集まる者も出てくる。人を集めるのも容易くなるし、寄付だって集まりやすくなるだろう。有望な人財のスカウトにも使える看板だ。人から一目置かれる肩書が有るというのは、有形無形の利益が有るものなのだ。

 逆に、名門校と言われながら不甲斐ない結果を出し続ければ、鼻で笑われるようになる。長年積み重ねてきた名声も、一夜で失うといったことも有りえないことでは無い。

 龍の守り人という称号も同じ。龍を守るという姿勢を続け、実際に成果を出し続けるとしたら、価値が出てくる。

 龍に関わりたいと考える人間がいれば、まず守り人の所に集まるだろう。或いは、龍の研究をしたいと研究者が集まれば知識の集積、龍の素材を欲する者が集まれば、富の蓄積。

 地元で野球強豪校と言えばどこそこ、といった具合に、龍についてと言えば守り人、と言われるようになるだろう。

 称号の価値というものは、これからもペイスの行い次第でどんどん高くもなるし、或いは無意味なものにもなりかねない。

 カセロールとしては、是非とも大人しく地道に功績と経験を積み、称号を輝かしいものにして欲しいと願うばかり。


 「そうだな。大変に名誉なことだし、将来は明るい」

 「明るい、で済むと良いのだけれど」

 「眩しくて、目が眩むかもしれんぞ」


 カセロールは、からからと笑う。

 我が息子の才能は、父親の目から見ても傑出している。称号の持つ価値を、今後もどんどん高めるはずだ。

 ペイスの能力は現時点でも十二分に高いもの。それが、国王お墨付きの看板まで貰えたとなれば、箔という意味でも大きい。

 あの息子であれば、与えられた権威を活かし、更なる躍進を果たすはずだ。


 「元気でいてくれればそれでいいわ」

 「末っ子は、どうしても構ってしまうものなのかもしれんな」


 五人娘が続いた後の、跡取り息子。

 どうしたって、猫かわいがりしてしまった訳だが、分かっていても可愛いものは可愛い。

 特に、上の姉たちはペイスを可愛がった。年が離れていることも有って、一時期はモルテールン家のアイドルがペイスだったのだ。


 「そういえば、ビビ達とも久しく会っていませんよね」


 前に会ったのはいつだったか。

 ここ最近忙しくしていたせいで、日付の感覚も怪しい。


 「あの娘たちのことだ、元気でやっていると思うが」

 「たまには顔を見たいわ」


 ビビを始めとして嫁いでいった娘たち。

 みな、それぞれに成長し、大人になり、母になっている。

 アニエスとしては、孫の顔も含めて娘たちには顔を見せて欲しいと思っていた。

 だが、モルテールン夫妻は王都在住の身の上。カセロールも、いつ何時非常呼集が掛かるか分からないため、中々王都を離れることが出来ない。


 「ビビのところは、最近養女に婚約話が出ているらしいぞ」

 「あら、そうなの?」


 ビビの夫であるハースキヴィ準男爵には、ビビとの間に出来た子供以外にも養女が居る。

 殉死した部下の娘で、身寄りのない寂しい身の上になってしまった時に養子に迎え入れたのだ。

 遠縁ながらハースキヴィ家の血を引いていたため、貴族の娘となるのも問題は無く、ここ最近は時折社交会にも顔を出していたらしい。

 モルテールン家の面々とも面識があり、愛らしい風貌で性格も良いことから、アニエスは義理の孫として可愛がっている。血の繋がりは無いが、ビビの義理の娘であれば、アニエスにとっても孫なのは間違いない。

 年頃としてはペイスよりも少し上と言ったところか。神王国においてはまさに結婚適齢期。婚約話の一つや二つ、有ってもおかしくない。

 むしろ、浮いた話が全くなければ親が焦るような年頃だ。


 「それに、シビの旦那も最近は商売が上手くいっていて、忙しくしているそうだ」

 「仕事が順調ならいいことね」


 シビこと、モルテールン姉妹の次女シルヴィエーラ。

 彼女の夫もモルテールン家活況の好影響を受けている立場。

 妻の実家が飛ぶ鳥を落とす勢いなのだ。余程に雑な商売でもしていない限りは、普通にしていても儲け話が舞い込んでくる。


 「そうそう。最近、ジョゼにも良い知らせがあったじゃない」

 「ああ、報告は聞いた」

 「出来れば、直接話を聞いてみたくない?」

 「そりゃ、まあそうだな」


 つい先日。

 ボンビーノ子爵家に嫁いだジョゼに、とても喜ばしいことが有ったと、ペイスから知らせが届いた。

 父親としても嬉しい報告であったため、勿論アニエスにも情報は伝えてある。


 「あの子たちを、私たちが呼んであげることは出来ないかしら」


 だから、アニエスは夫に提案する。


 「そうだな、たまにはうちも人を呼ばねばなるまい」


 モルテールン家も、陞爵してそれなりに経った。

 子爵家と言えば、貴族的に言えば上位に入る立ち位置。俗に“偉い人”扱いされるポジションだ。

 モルテールン家が騎士爵家だった頃ならば、社交には自分たちの方から出向くのが当然であった。しかし、今は事情も変わっている。

 外に嫁いでいった娘たちに会おうと思えば、呼びつける方が貴族家の当主として正しい作法だ。


 「ここにはそれほど多く呼べませんよ?」


 問題が有るとするなら、場所だろうか。

 モルテールン家の王都別邸は、まだ爵位が低かったころに贖ったもの。

 質素倹約を美徳とし、質実剛健をモットーとするカセロールの趣味嗜好もあって、非常にこじんまりとした家になっている。

 別邸だから豪邸にする必要も無いという考えもあったが、何にせよ別邸に大勢集めてパーティーしよう、などとは無理がある。物理的に。


 「なぁに、ここに集まってもらって、都度【瞬間移動】で運べばいいのさ」

 「あら、良いのかしら」

 「それでうちの有用さを改めて感じて貰えればいい」


 ここ最近、モルテールン家と言えば、大龍の話題ばかり。

 或いは話題が変わったとしても、お菓子の話や、息子の武勇伝についてだ。

 元々モルテールン家はカセロールが建てた家であり、代名詞と言えば【瞬間移動】の魔法だった。

 ここらで一つ、モルテールン家の“祖業”をアピールしておくのも悪い手ではない。

 カセロールは、そう考えた。


 「それなら、ペイスちゃんにも連絡しておかないとね」

 「そうだな。久しぶりにこっちに呼んでやろうか」


 モルテールン夫妻は、息子を呼ぶことを決めるのだった。

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